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第2章
懐かしい場所
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◇◇◇
扉の取っ手を引くと、鳥の形をしたガラスのプレートが小気味いい音を立てた。
カウンターに立ってグラスを拭いている人物を見つけて、倫人は店内に漂う懐かしい空気にほっとした。
羽鳥が店の入り口に立った倫人を見た。少しだけ目を見開いて、すぐにふわりと微笑みを浮かべる。昔と変わらずに、彼は穏やかな色で倫人を迎え入れた。
「みさきくん、久しぶり」
穏やかな笑みと周囲に漂う明るい色を見て、倫人も思わず嬉しくなって破顔した。
「羽鳥さん、お久しぶりです」
駆け寄るようにしてカウンターに近寄ると、羽鳥が倫人を見てしみじみと頷いた。
「一瞬だけ、戸惑っちゃったよ。みさきくん、ますます美人になったねぇ」
「なんですかそれ。羽鳥さんまで変なこと言わないでください……あの、羽鳥さん。ずっと連絡しなくてすみませんでした」
カウンターを挟んで羽鳥の前に立ち、頭を下げると穏やかな声が降ってきた。
「いいんだよ。みさきくんにはみさきくんの事情があったんだろう。それに、こうやってまた会えたからね。今日は来てくれてありがとう」
「急に連絡してすいません、日本に帰って来てからなかなか外に出られなかったので」
「あの学園遠いからねえ」
思い出すような素振りでうんうんと頷いている羽鳥を見て、倫人はほっと息を吐いた。
夏休みになり、倫人はオーストラリアにいる両親に会いに渡豪することになった。
その前にペリステリに寄ることにしたのだ。結局一学期の間は来ることが出来ず、羽鳥に会うのはあの夏の夜以来だった。拓海から連絡先を聞いて事前に連絡はしていたものの、昔のように接してもらえるか少し不安だった。
実際に羽鳥に会って彼の色を見ると、純粋に再会を喜んでくれる色があるのがわかり、そこでようやく倫人は肩の力を抜いた。
「拓海達も一緒に来られたら良かったんですけど」
「ああ、聞いてるよ。拓海は帰省で、凌は遠征だっけ」
「はい。俺も今日を逃すともうオーストラリアに発たなきゃいけないので、一人で先に来ちゃいました」
倫人にカウンターの椅子に座るように促してから、羽鳥は冷えたレモネードの瓶を倫人の前に置いた。
「外暑かったでしょ。何か食べる?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
懐かしい気持ちになって、倫人はグラスに汗をかいたレモネードを嬉しそうに見つめた。
「嵐は……どんな様子?」
静かな口調で聞かれて、倫人はカウンターの向こうに立つ羽鳥を見上げた。
「……変わりないです」
「まだ、思い出していないんだね」
「はい。もう気軽には話しかけられなくて。ほとんど会う機会もないし……」
それを聞いて羽鳥が頷いた。羽鳥も拓海と同じように、後悔するような色を滲ませている。
それを感じ取って倫人は申し訳ないような気持ちになった。
拓海にも、羽鳥にも、こんなふうに迷惑をかけたい訳じゃないのに。
この状況は自業自得だ。二人が気にしてくれるのが申し訳ないと思う。
「でも、最近少し普通に話せるようになったんですよ」
倫人の言葉を聞いて、羽鳥は小さく笑った。
「そうなんだ。良かったね」
「本当は、嵐に全部言ってみればいいんだってわかってるんです。昔のことを全部。……でも、言って、それで嵐が思い出さなかったらって思うと、怖いんです」
そう言いながら、レモネードのグラスを持つ手に無意識に力が入った。
「まだ、怖くて。だから何も変えられませんでした。俺がいつまでもうじうじしてるから、みんなにも迷惑かけて。羽鳥さんにも──」
「みさきくん」
倫人の言葉を羽鳥が遮った。見上げると、羽鳥は目を細めて優しい顔をしていた。
倫人の手を手袋の上からそっと包んで、落ち着かせるように穏やかな声を出す。
「大丈夫だよ。みさき君、俺と最後に会った時に話したこと、覚えてる?」
「……はい」
「きっとまた、みんなで笑える日が来る。そうみさき君に聞かれて俺が頷いたのは、俺の本心だから。だから、焦らなくても大丈夫」
覚えている。
二年前、何も言わずにオーストラリアに行こうとしていたとき、羽鳥にそう聞いた。羽鳥は笑って大丈夫だと頷いてくれた。
「嵐のことは焦っても仕方ない。みさき君がもう大丈夫だと思ったときに話せばいい。拓海も凌も、もちろん俺だって、それを迷惑に思ったりはしないからね」
羽鳥を見上げると、穏やかに笑ってくれた。
「……ありがとうございます」
少し落ち着いて、倫人はこくりと頷いた。
大人の余裕のある空気がほっとさせてくれるのか、不思議と鬱屈していた気持ちが休まっていく。
学園に戻ったら、もっと頑張ってみよう。
何を、とはまだ明確に考えられないけれど、嵐ともっと話をしてみようと思った。
今の嵐との関係を前向きに考えてみたい。
そう気持ちを新たにしていると、ちらちらと時計を気にしていた羽鳥が迷うように口を開いた。
「みさきくん……あ、そうか。もうこの呼び方は変えた方がいいね。じゃあ倫人くんって呼んでもいい?」
頷くと、羽鳥がにこっと笑う。
それから扉をちらりと見て、倫人に視線を戻した。
「倫人くん、もし良かったら少し奥で待っててくれる?さっき連絡があって、これから知り合いが来るみたいなんだけど」
「あ、そうなんですか?だったら、俺帰りますけど」
「いや、すぐに終わると思うから……。というか、倫人くんが良ければそのまま座って貰っててもいいし……」
なんとなく歯切れの悪い羽鳥に首を傾げると、羽鳥は苦笑いするように小さな声を出した。
「あのね、来るって連絡があったの、嵐のお父さんなんだ」
驚いて倫人が何か言葉を発する前に、扉が軽い音を立てて開いた。
扉の取っ手を引くと、鳥の形をしたガラスのプレートが小気味いい音を立てた。
カウンターに立ってグラスを拭いている人物を見つけて、倫人は店内に漂う懐かしい空気にほっとした。
羽鳥が店の入り口に立った倫人を見た。少しだけ目を見開いて、すぐにふわりと微笑みを浮かべる。昔と変わらずに、彼は穏やかな色で倫人を迎え入れた。
「みさきくん、久しぶり」
穏やかな笑みと周囲に漂う明るい色を見て、倫人も思わず嬉しくなって破顔した。
「羽鳥さん、お久しぶりです」
駆け寄るようにしてカウンターに近寄ると、羽鳥が倫人を見てしみじみと頷いた。
「一瞬だけ、戸惑っちゃったよ。みさきくん、ますます美人になったねぇ」
「なんですかそれ。羽鳥さんまで変なこと言わないでください……あの、羽鳥さん。ずっと連絡しなくてすみませんでした」
カウンターを挟んで羽鳥の前に立ち、頭を下げると穏やかな声が降ってきた。
「いいんだよ。みさきくんにはみさきくんの事情があったんだろう。それに、こうやってまた会えたからね。今日は来てくれてありがとう」
「急に連絡してすいません、日本に帰って来てからなかなか外に出られなかったので」
「あの学園遠いからねえ」
思い出すような素振りでうんうんと頷いている羽鳥を見て、倫人はほっと息を吐いた。
夏休みになり、倫人はオーストラリアにいる両親に会いに渡豪することになった。
その前にペリステリに寄ることにしたのだ。結局一学期の間は来ることが出来ず、羽鳥に会うのはあの夏の夜以来だった。拓海から連絡先を聞いて事前に連絡はしていたものの、昔のように接してもらえるか少し不安だった。
実際に羽鳥に会って彼の色を見ると、純粋に再会を喜んでくれる色があるのがわかり、そこでようやく倫人は肩の力を抜いた。
「拓海達も一緒に来られたら良かったんですけど」
「ああ、聞いてるよ。拓海は帰省で、凌は遠征だっけ」
「はい。俺も今日を逃すともうオーストラリアに発たなきゃいけないので、一人で先に来ちゃいました」
倫人にカウンターの椅子に座るように促してから、羽鳥は冷えたレモネードの瓶を倫人の前に置いた。
「外暑かったでしょ。何か食べる?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
懐かしい気持ちになって、倫人はグラスに汗をかいたレモネードを嬉しそうに見つめた。
「嵐は……どんな様子?」
静かな口調で聞かれて、倫人はカウンターの向こうに立つ羽鳥を見上げた。
「……変わりないです」
「まだ、思い出していないんだね」
「はい。もう気軽には話しかけられなくて。ほとんど会う機会もないし……」
それを聞いて羽鳥が頷いた。羽鳥も拓海と同じように、後悔するような色を滲ませている。
それを感じ取って倫人は申し訳ないような気持ちになった。
拓海にも、羽鳥にも、こんなふうに迷惑をかけたい訳じゃないのに。
この状況は自業自得だ。二人が気にしてくれるのが申し訳ないと思う。
「でも、最近少し普通に話せるようになったんですよ」
倫人の言葉を聞いて、羽鳥は小さく笑った。
「そうなんだ。良かったね」
「本当は、嵐に全部言ってみればいいんだってわかってるんです。昔のことを全部。……でも、言って、それで嵐が思い出さなかったらって思うと、怖いんです」
そう言いながら、レモネードのグラスを持つ手に無意識に力が入った。
「まだ、怖くて。だから何も変えられませんでした。俺がいつまでもうじうじしてるから、みんなにも迷惑かけて。羽鳥さんにも──」
「みさきくん」
倫人の言葉を羽鳥が遮った。見上げると、羽鳥は目を細めて優しい顔をしていた。
倫人の手を手袋の上からそっと包んで、落ち着かせるように穏やかな声を出す。
「大丈夫だよ。みさき君、俺と最後に会った時に話したこと、覚えてる?」
「……はい」
「きっとまた、みんなで笑える日が来る。そうみさき君に聞かれて俺が頷いたのは、俺の本心だから。だから、焦らなくても大丈夫」
覚えている。
二年前、何も言わずにオーストラリアに行こうとしていたとき、羽鳥にそう聞いた。羽鳥は笑って大丈夫だと頷いてくれた。
「嵐のことは焦っても仕方ない。みさき君がもう大丈夫だと思ったときに話せばいい。拓海も凌も、もちろん俺だって、それを迷惑に思ったりはしないからね」
羽鳥を見上げると、穏やかに笑ってくれた。
「……ありがとうございます」
少し落ち着いて、倫人はこくりと頷いた。
大人の余裕のある空気がほっとさせてくれるのか、不思議と鬱屈していた気持ちが休まっていく。
学園に戻ったら、もっと頑張ってみよう。
何を、とはまだ明確に考えられないけれど、嵐ともっと話をしてみようと思った。
今の嵐との関係を前向きに考えてみたい。
そう気持ちを新たにしていると、ちらちらと時計を気にしていた羽鳥が迷うように口を開いた。
「みさきくん……あ、そうか。もうこの呼び方は変えた方がいいね。じゃあ倫人くんって呼んでもいい?」
頷くと、羽鳥がにこっと笑う。
それから扉をちらりと見て、倫人に視線を戻した。
「倫人くん、もし良かったら少し奥で待っててくれる?さっき連絡があって、これから知り合いが来るみたいなんだけど」
「あ、そうなんですか?だったら、俺帰りますけど」
「いや、すぐに終わると思うから……。というか、倫人くんが良ければそのまま座って貰っててもいいし……」
なんとなく歯切れの悪い羽鳥に首を傾げると、羽鳥は苦笑いするように小さな声を出した。
「あのね、来るって連絡があったの、嵐のお父さんなんだ」
驚いて倫人が何か言葉を発する前に、扉が軽い音を立てて開いた。
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