19の泡沫

うり

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咲いたらしい

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金属が擦れ合う、乾いた音。
今までこんなことはなかったのだ、嬉しくなっても仕方がない。
自分のアパートの鍵がついたキーホルダーにはもうひとつ、吉永のアパートの鍵が仲間入りしていた。
吉永は就職しコンビニを辞めていたが、今のあたしにとって深夜のアルバイトなど大した苦ではない。
吉永と共に辞めてしまおうかとも思ったがいつまでも男の家に居座るわけにもいかず、時折自分のアパートに帰るため、やはり収入は必要なのだ。

吉永に告白されてからというもの、生活環境はガラリと変わった。
色のない日常が500色の色鉛筆でも足りないほど彩られていく。
人を愛することの豊かさをこれほどまで全身で感じたのは生まれて初めてだろう。
"こんな日々がずっと続けばいい"
らしくないが、最近流行りのJ-POPにありがちなことを考えるようにさえなってしまった。
ただ、こんな自分も悪くない。
そう思っていた。



吉永が勤めているのは大手の広告会社。
深夜のコンビニ店員とは生活リズムが真逆のため、あたしが吉永のアパートに帰る頃にはとっくに眠りについている。
まつ毛長いな、、、。
吉永の寝顔を見つめながら自分もベッドに入る。
時間を確認しようと携帯をつけると、画面の光であることに気が付いた。
ピアス、、開いてたんだ。
左耳の軟骨に透明の樹脂ピアスがついていた。
普段髪で隠れていたため、全く知らなかった。
と、あたしは女であることを恨んだ。
占いだとかおまじないだとかを信じないタイプのあたしだが、自分のことは信じている。
自分の、、女の勘だって。
明日、あの雑貨屋へ行こう。
そう決めて、眠りについた。



やっぱりあたしが起きる頃には仕事に出てしまっていた。
身支度をして駅までの道へ向かう。
高架下のあのお店。
玄関のベルを鳴らしながら店内へ足を踏み入れた。
あたしがこの間買った土星のピアスがあった棚の隣に、軟骨用のピアスのコーナーがある。
窓に映る自分の雰囲気を精一杯客観視しながら、一番自分が選ぶであろうデザインのものを買おうと思った。
小さな北斗七星のモチーフがついたピアスを選んだ。
吉永の好みだとか、似合うかどうかはどうだってよかった。
ただ、乙葉っぽいね。
そう思わせることができればそれでいいのだ。



今日はバイトは休みだった。
迷惑かもしれないと思ったが、軽く手料理を作って吉永の帰りを待った。
午後8時を過ぎた頃、吉永が帰ってきた。
「ただいま~、、。」
「おかえりなさい。」
このありふれた会話がくすぐったい。
手料理はまずまずの反応だった。
「ねぇ。」
「ん?」
「渡したいものがあるの。」
そう言って、雑貨屋の小さな紙袋を手渡す。
「開けてみて。」
吉永は袋をそっと開き、中身を取り出した。
昼間買った北斗七星のピアス。
驚いた表情を浮かべる吉永はやっぱり可愛かった。
「昨日の夜気付いたの、ピアス開いてたんだなぁって。だから、ね、よかったら使ってほしいなっ、て。」
上手く言葉になったかは不安だったが、すごく嬉しそうな顔をしてくれた。
「ありがとうおとちゃん。すっごい素敵。大切にする。」
そう言って微笑んでくれた。
それだけであたしは満足だった。
吉永はさっそくピアスをつけてあたしに見せてくれた。
「うん。思った通り、似合ってるよ。」
そう言いながら髪を耳にかけてやった。
「仕事のときは付けて行けないんだけどね、毎日付けたいくらいだよ。」
そんな優しさも大好きなんだと思わせてくれる。
あたしの目的は達成された。
この日も仲良く2人並んで眠りについた。



昨日バイトがなかったおかげで、朝は吉永と同じ時間に起きることができた。
正確には、あたしの方がちょっとだけ早起きだった。
隣で静かに寝息を立てる吉永の左耳。
昨日あたしがプレゼントしたピアス。
穴に気付いたとき、向こう側にあたしじゃない誰かがいた。
俗に言う元カノ、なんだろうか。
それは分からないが、とにかく急いで穴を塞がなければ愛が漏れてしまう。
そんな思いに駆られた。
昔の女をあたしが塗り替えた、そう思いたかったあたしのためのプレゼントだった。
今日のバイトが終わったら、一旦自分のアパートに戻らないと。
半同棲のようになっているが、配達物や光熱費諸々しなければならないことは山ほどある。
いっそのことアパートを引き払ってしまおうか。
その考えにたどり着いたのは吉永を送り出した後だった。
次来た時にはアパートを引き払って、吉永と2人で暮らしたい、そう言おうと決めた。
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