19の泡沫

うり

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割と

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「ははっ、、うん、ごめんね変なこと言って。」

必死で作り笑いしたものの、やっぱりちょっと傷付いた。
同棲しよう、なんて出会って半年で言うもんじゃないんだ。
お互いの領域に踏み込みすぎないことが長続きの秘訣だって、訳の分からん恋愛評論家とかいうおばさんが言ってたような気がしないでもない。
まあ、、実際あたしのアパートに転がり込まれても困るかも。
そう考えれば吉永の返事は妥当だった。
あと1時間半後にはバイトに出なければならない。
化粧を直しに洗面台へ向かった。





ガシャン。
「、、、っ。」
結構ズキズキするもんだな、と、左耳の痛みに耐える。
昔の女だとか、そんなものはどうでもよかった。
今この人はあたしのものなんだ。
そう思いたいがために、ドン・キホーテに寄ってから帰った。
左耳の上の方に触れながら、明日の予定を思い浮かべる。
昼過ぎまでは自由だし、高架下の雑貨屋へ行こう。
そう決めて眠った。



"closed"
看板にはそう書いてあった。
定休日くらい調べてから来ればよかった。
そう思っていると、りかから着信があった。
「ごめん、今から会えないかな?」
またいつものやつだ。
彼氏の愚痴を永遠聞かされると分かっていながら、この間のカフェで約束を取り付ける。
どうせ近くにいるんだし、と、早めにカフェに入った。
30分ほど経った頃、りかと合流した。

「え、、、別れちゃったの、、?」
存外すっきりした表情のりかとは反対に、あたしは心底驚いていた。
ついこの間まであんなにお熱だったのに。
「うん、だからあたしのことはもういいの。乙葉はどうなのよ?」
そういやこの前はりかの話ばかり聞いていて自分のことを話していなかったんだと思い出す。
「うん、、えっとね、彼には言ってないんだけど、、同じところにピアス、開けてみた、、り、、して、、、へへへ」
口に出すのは行動するよりも照れくさいものだ。
そう言って左耳を指さした。
「へぇ~、、案外可愛いことするんじゃん。」
りかは面白半分でそう言ってきた。
照れ隠しに携帯を見やると、時刻は午後6時を回っていた。
「ごめん、、そろそろ行かなきゃ。」
そう言って会計を済ませる。
「またね、何かあったら話聞かせてね。」
そんな会話をしてカフェを出た。

予定なんて特にあるわけじゃなかった。




「ごめんね、ほんとにごめんね。」
子犬のような潤んだ瞳で必死に謝ってくる吉永を叱れる女は多分、いない。
前にあたしがプレゼントしたピアスをなくしてしまったらしい。
気に入ってよく付けてくれていたのを知っているからこそ、わざとじゃないのもわかっていた。
「大丈夫大丈夫、そんなに高価なものでもなかったし。」
そう言いつつも、内心焦っていた。
あたしらしいものだったのに。
この人を独占している証だったのに。
そんな気分だった。
「あ、明日日曜じゃんね。」
空気を変えようと、明るく問いかける。
「そうだけど、、。」
「仕事休みでしょ。一緒に行きたいところがあるんだけど。」
そう言って微笑みかける。
多分今の顔を鏡に写したら、とんだ悪魔がいるだろう。
「珍しいね、おとちゃんが出掛けようなんて。」
吉永を連れて行く先はもちろん、あの雑貨屋だった。



カランコロン。
玄関のベルが鳴り、二人分の足音。
もう同じピアスは売ってなかったが、それでも可愛いものはたくさんあった。
「あ、、、。」
やっと気付いた。
男の人は彼女が髪型を変えても気付かないと言うが、やはり鈍感なようだ。
「同じとこ、、えへへ。」
わざとらしく笑って見せた。
その日吉永は、お揃いのピアスをプレゼントしてくれた。
帰り際、初めて手を繋いだ。
高架下は暗かったが、そこを抜けると夕日に照らされた大きな長い影が二本、並んで伸びていた。
影が重なり合うように寄り添いながら、ぎゅっと手を繋ぎ直した。
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