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第三章【破滅へと至る者】

3―9 エクスとヨミ

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城内の廊下には宝物庫へと繋がる隠し通路がある。王族とそれを守護する僅かな兵しか知らないルート。隠し出入り口は二つあり、抜けた先は王室へ続く道ーーそこにヨミが居る。

天使の村でヨミに会ってから六ヶ月。シックスギアとして教会の子を連れて行こうとした姿しか知らない。自分が生まれた頃にはもう退役していたが、彼女は父に仕えた兵だ。天使として彼女はまだ若い。だが、自分にはこれからの王を支える力がないと退役したそうだが‥‥

入城する前に隠しておいた剣と衣装を取り、元の服に着替えを済ませる。ここからが本番だ。ソートゥを助けに行く際、何者かと戦うことになるかもしれない。正装では戦いづらかった。

階段をゆっくりと上り、壁に手を当て、浮かんできた魔方陣にコードを入力する。隠し扉がゆっくりと開き、今の自分と同じ、金の目が重なった。

「ーーやはり、あの時のあなたが‥‥ウィシェ王子でしたか」

自分より背の高い、誇り高き白い翼を大きく広げた白銀の女性、ヨミが、ゆっくりとエクスに頭を下げる。

「なぜ、俺だと気づいた?」

警戒を解くことなく、距離を取りながらエクスが聞けば、

「あなたの剣技は王家のもの。しかし、フードの下から見えた金の目で確信は出来ませんでした。王子の目は青だとお聞きしていましたから。ですから、この数ヶ月のあなたの行動を失礼ながら見させて頂きました」
「つけていたのか?」

全く気がつかなかったとエクスは目を丸くする。

「信じてもらえないかもしれません。ですが、私の忠誠は未だ、ルベリア様の下にあります。ですから、ご子息であるあなたをお守りしたい」
「‥‥」

声音と表情から、その言葉に嘘はないとわかった。だが、

「ならなぜ、父と母を殺めた‥‥?お前達、シックスギアの計画なのだろう?」
「いいえ、違います」

ヨミは首を横に振り、

「狂暴な集まりですが、殺めたのは我らではありません。それに、私はロンギング国を離れていた‥‥八ヶ月前、私宛にとルベリア様名義で信書が届いたのです。ウィシェ王子の剣の教師になってほしいと‥‥」
「!」

そのような話は知らなかったとエクスは驚く。

「断るつもりではありました。しかし、数十年振りに昔話でもしたいと添えられており、まんまと‥‥騙されたのですね」
「え?」

自嘲するように笑う彼女を、エクスは不思議そうに見た。

「此度訪れてみれば‥‥私を待っていたのはルベリア様とリーシェル様の変わり果てたお姿。ウィシェ王子が主犯で、幽閉されたという事実。あの時ばかりは、頭の中は真っ白になりました‥‥」
「っ‥‥」

エクスは俯き、本当に両親は死んだのかとようやく認識する。話でしか聞いていなかった。だからまだ、淡い希望を抱いていた。しかし、こうして目の前に、その亡骸を見た者がいるのだ‥‥

「ルベリア様からの手紙は、偽の手紙だったのです。ふふ‥‥情けないですね、私も。こんな感情さえなければ、ここにいなかったというのに」
「‥‥感情?」
「‥‥」

ヨミはエクスから視線を逸らし、

「私はーールベリア様をお慕いしておりました」
「‥‥」
「ですから、あの方のお側であの方をお守りした日々は、幸せな日々でした。しかし、あの方とリーシェル様が恋に落ち、愛し合うようになり‥‥私は、耐えられなくなった。力を理由にと嘯いて、退役した。ふふ‥‥情けないでしょう?」

エクスは肯定も否定もできない。彼女はどちらも、望んではいないだろう。

「‥‥ウィシェ王子。もしよろしければ、あなたのお姿を見せては頂けないでしょうか」

いつものようにフードを目深に被っていたエクスはゆっくりとそれを外し、眼帯と金の目を露にする。ヨミは彼が受けたという拷問を耳にしていた。ゆっくりとエクスの前まで歩み、彼の手を取る。手袋越しではあるが、そこに柔らかさがないことに気づいた。
ヨミは困ったように微笑み、一筋の涙を溢す。

「あなたは、リーシェル様に似ておられますね」

そう、消え入りそうな声で言った。

「ヨミ‥‥」

愛した男の息子を前に、彼女はどのような思いでいるのか。恐らく彼女は母よりも長く、父の側に居たはずだ。それなのに、時間は愛には勝らなかった。目の前のこの姿が、憎いだろうに‥‥

「お前‥‥いや、あなたは、それでも危険を犯し、ウェザに協力を要請し、今日の日のことも教えてくれた。俺は‥‥あなたに感謝する」
「勿体無きお言葉です」

彼女は握っていた彼の手をゆっくりと離し、

「ーー王子。私は今からあなたに仕えます。あなたのご両親の無念を、私が受け取ります」
「‥‥」

彼女を疑った自分が馬鹿だった。しかしなぜ、シックスギアとして活動していたのかはわからない。

「私がなぜ、逃げ出さずに留まったのか、ですね」

エクスの視線を感じ取り、ヨミは頷きながら、

「私は、ルベリア様の愛娘であるソートゥ様のことも気掛かりでした。ですが、それを思い残ったのが、間違いだった。今からの話は‥‥あなたにとって酷なものとなります‥‥」
「‥‥」

ーーどんな結末が待っていようと、その足でちゃんと、立つんですよ。

シーカーの言葉を思い起こし、

「聞かせてくれ」
「はい‥‥では‥‥」
「やっぱり裏切っていたね、ヨミ」
「ーー!!」

ヨミが真実を語ろうとした瞬間、二人の背後から第三者の声が聞こえてきた。

「まあ、最初からわかっていたことだよ。君はルベリア派だ。ソートゥに心は開いていなかっただろうし」
「パンプキン‥‥!」

黒のコートに身を包み、派手なオレンジ色の髪をした少年、パンプキン。ヨミはすぐに鎌を強く握り、エクスを守るように前に立つ。
だが、パンプキンはエクスを冷ややかに見つめ、

「やはり今日という日に来たね、王子様。八ヶ月も妹をほったらかしにした気分はどうだい?そのくせ自分は王族という立場を捨て、自由に生きていたようだね?まあいい。ついておいで。ヨミから聞かずとも、真実はすぐそこなんだからね」

そんな皮肉を言いながら、踵を返した。彼は先へ進み、玉座の間へと続く道を行く。ヨミはエクスの肩に手を置き、

「王子ーー何があっても私がお守りします。しかし、パンプキンは‥‥異質な存在。今は黙って彼に従いましょう」
「‥‥ヨミ。俺は、なんとなくわかってしまったよ。この元凶がなんなのか。いや、わかっていたのかもしれない‥‥」
「‥‥」

体を震わす小さな存在。王子といえど、まだ王ではない、人間の子供。かつてのルベリアもそうだった。だが、いつの日か、立派に、強くなった。

「王子ーーいえ、エクス‥‥そう、名乗っているのでしたね」
「‥‥」
「エクス。私があなたのお側におります。この先の真実の下、私はあなたの味方です。決して、この先の道に私の忠誠心はありません」
「‥‥」

彼女はエクスに視線を合わせるように笑い、今日、初めて硬い表情を崩した。

「‥‥」

自分が暮らした場所だというのに、不安しかない、この異質な空間。まるで、知らない場所。
だが、まだ二度しか邂逅したことのない彼女の笑顔が美しく、心強く見えた。
希望の光ーーとでも言うのだろうか。

「‥‥俺は大丈夫だ。今日の日を覚悟して、ようやくここに戻った。だからーー」

エクスは玉座の間へと続く道を見つめ、ヨミと共に真実へと進んだ。
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