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第三章【破滅へと至る者】

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「ノルマルさん。随分と皆さんの動きが崩れてしまいましたね」

マータの監視をしていたノルマルのもとに、全体を見ると言っていたシーカーが現れた。

「ええ。アリアはリダを。ウェザはマジャを‥‥って形になっちゃったわね。あんたはどうなの?」
「ええ。少しばかり城内を見て回りまして。このホール以外はもぬけの殻‥‥ここに衛兵達も集結している感じです」
「えっ?なんなのそれ。城だっていうのに、守備が全然なってないじゃない」
「‥‥」

シーカーはしばらく黙りこみ、

「マータはあの通り、地下牢へ続く扉の前にいますよね。別ルートから地下牢近くの壁に耳を澄ませたのですが、ドラゴンの呻き声がしました」

ーーと。ノルマルも聞いていた。マータとルヴィリがドラゴンを捕縛していたことを。

「他には、人の呻き声も」
「それってもしかして‥‥連れ去られた男の人達?」
「恐らくは」

六か月前、マータは言っていた。
種族関係なく力のありそうな男を集めて最強の軍隊を作り上げるーーと。

「わかりませんが、この城内は酷く危険だと思われます。そしてマータがあの場に居るということは、ドラゴンを出してくる可能性もある。ですから、マータの監視は私がします」
「あんたが?あんた、戦えないじゃない」

ノルマルは驚きながら言い、

「ですが、知識はあります。ドラゴンの使役を解く方法も理解しています。知識が力に勝ることもあるのですよ。それにーー私はどうしても皆さんの力になりたい」
「ええ?」

意外なことを言うシーカーを、怪訝そうに見れば、

「いやぁ、期待され、信頼されたのは久し振りで。エクスが私を信頼してくれて、ちょっと嬉しかったりします」
「あんたって、エクスに甘いわよね?」
「ええ‥‥実を言うと、気紛れで助けたというのが本音です。ですが‥‥はは、彼は若いのに真面目すぎる。王族だからですかねぇ。まあ、なんです。彼の介護をしていたら、情が芽生えたーーそれだけです。お互いそうでしょう、伝承の魔女さん」

シーカーはそう言って笑い、ノルマルの前から去った。残された彼女はため息を吐き、

(そうねーーあたしもあんたも、エクスを通してやり直そうとしてるだけね、ネクロマンサーさん。でも、ちょっと疑ってたわ。あんたは適当にエクスを助け、適当に離脱するんじゃないかって。それが、あらまぁ、本気になっちゃって)

そう思いながら、彼の背中を小さく微笑んで見送る。しかし、それじゃあ今から自分は何をするべきだろうか。監視の対象がなくなり、城内はもぬけの殻だと言っていたシーカーの言葉を思い出す。

(あたしも少し、散策してみようかしら。拐われた人達を助ける手立てが何か見つかるかもしれないし)

そう思い、廊下へと続く扉を開けた時だった。背後から悲鳴が巻き起こり、人々が逃げるように走り出しているではないか。ノルマルは思わず廊下側へ逃げ込んだ。

(えっ?何、何が起き‥‥)

状況を確認しようとホールに戻ろうとした時、

「ううううう、ああああァァァァァ‥‥」

低い呻き声が背後から聞こえてきて、恐る恐る振り返る。見知らぬ一人の男が立っていた。しかし、男は白目を剥き、開いた口からはダラダラと涎が流れ、両腕はだらんと下がっている。あきらかに、おかしい。ノルマルはドレスの下に隠したナイフを構えた。

ホールに逃げ込もうと思うが、そちら側からも悲鳴は続いている。

「あああああああああーー!!!!!!」

男は急に叫び、大きな口からは人間のものではない牙が剥き出しに見えた。物凄い勢いでこちらに駆け出してくるそれに、

「なっ、なんなの!?」

ノルマルはナイフを構えたまま姿勢を低くして男の体当たりを避ける。確実に、自分目掛けて襲ってきていた。まるで、魔物だ。
ノルマルは人気のない廊下を走る。男も追って来た。背後を確認しながら走っていると、

「きゃっ‥‥!?」

と、前方の何かにぶつかる。前を見て、ノルマルは絶句した。

「おっ。さっきのアリアの知り合いじゃねーか」

ノルマルがぶつかったのは、リダだった。背後には得体の知れない男、至近距離にはリダ。どちらにも逃げ場がない。それに、アリアの姿がないことにノルマルは目を見開かせる。

「あっ、あんた‥‥アリアをどうしたのよ!」
「どうって、ふつーに話して、ちょっと手を出‥‥」
「はいタンマーーーーー!ノルマルさん怖がってるじゃないですか!彼女は私と違って‘普通のかわいい女の子’なんですよっと!」

廊下にある扉が開き、アリアが飛び出して来た。ドレスを脱ぎ、いつもと違う黒いコートを羽織っている。

「アリア!」

彼女の無事を確認し、ノルマルは嬉しそうにその名を呼んだ。

「ノルマルさん、無事で良かった!私がいるからには安心して下さい。あなたのことは私が守ってみせます」
「なんだぁ?お前、教会の彼女といい、もしかして女が好きなのか?」
「仲間を守るのは当然でしょう!なんであなたはそんな発想しか出来ないんですか!それより、なんなんですか彼は?人間?」

白目を剥き、牙を剥き出しにしてこちらを見ている男をアリアは訝しげに見つめる。

「アレがアレだ。さっき話したやつ」

なんてリダが言って、

「あれが‥‥!」

アリアが理解しているので、ノルマルは首を傾げ、

「ねえ、こいつ、敵でしょ?あんたの大事な友達奪った奴でしょ?なんで普通にいるの?」
「至極真っ当な意見です。ですが、この場だけは協力してもらうことになりました。後で話しますが、ちょっと‥‥色々マズいんです」

そう言ったアリアの顔は、苦虫を噛み締めるようなものだった。二人の会話を気にすることなく、リダは目の前で呻く男の首を斧で刎ねた。
だが、首が落ちた部分から、不思議なことに血が吹き出してこない。
血液が空っぽであり、皮と骨、臓器だけの存在だった。

「なっ‥‥何よ、あれ」

ノルマルは両手で口を塞ぐ。

「連れ去られた男の人達らしいです。実験され、バケモノにされたって‥‥ちょっと、私も半信半疑でしたが、これは‥‥」
「え‥‥?」

アリアの言葉を聞き、ノルマルは疑問の声しか出ない。しかし、ノルマルはアリアの腕を掴み、

「わっ、わけわかんない!アリア、あんたちょっとおかしいわよ!何があったかは知らないけど!それでもやっぱり、あんな奴と協力なんて‥‥!それでいいの!?」

嫌悪感が混じったような表情で彼女は怒鳴る。アリアは静かに頷き、

「わかってます。でも、ノルマルさん。人間の一生は短い。奴から様々な情報を貰い、今は私達に危害を加えないよう交渉が済みました。今は‥‥今日ここまで来たエクスさんの為に出来ることをしましょうーーあなたとエクスさんは友達になったんでしょう?なら、私のことは気にせず、大切な友達を優先して下さい。そうしてくれたら、私がここまでした甲斐があるってものです」

なんて彼女は言う。ノルマルは顔を真っ赤にし、

「あんたねえ!?そういうの、度を越したお人好し!!いいえ、馬鹿!ただの馬鹿よ!」
「そっ、そう言われても‥‥」
「何くだらねー言い合いしてんだぁ?なんだ。見た目はかわいいと思ったが、中身は微妙だなぁ」

リダがノルマルに言うので、

「ノルマルさんに何かしたら怒りますよ」

と、アリアが間に入る。リダは二人を交互に見て、

「でもやっぱ、こっちの赤い方がかわいいな!」
「はいはい」
「んだよ、怒んなって。俺はお前を愛してるぜ」
「はいはい薄っぺらい愛ですねぇ」

そんなやり取りを、ノルマルは顔をひきつらせながら見ていた。アリアの顔が真顔だったからだ。

「ごっ‥‥ごめんなさいアリア。酷いこと言ったわ。あんた、頑張って我慢してるのね‥‥」
「そうやってすぐ謝るの、あなたの良いところですよ」

そんなやり取りをしながらも、アリアはリダから聞いた話をノルマルにも伝える。情報を共有したノルマルは顔を青くし、

「そっ、そんな‥‥!早く、エクスのところに行かないと!?」
「ええ。しかし、彼には恐らくヨミがついています。たぶん、彼女はエクスさんの味方‥‥何かあれば守ってくれているはず。とりあえず私は隠し通路に置いて来た武器を取りに行きたいんですが‥‥」

アリアはリダとノルマルを交互に見る。ヨミからの手紙にあった図で、大体の城の内部構造は頭に入れた。自分の武器を取りに行くだけだし、二人について来てもらう必要はない。かといってノルマルをリダと二人にさせるわけにもいかないし、ここでリダを一人にしてせっかくの協力をなかったことにされても困る。

「うーん‥‥ごほごほっ‥‥」

そうこう考えていると咳が出てきて、アリアはしまったと二人から顔を逸らした。

「ごほごほっ、げほっ‥‥」

あまりにも長くむせ込むので、

「どうしたのよ?ちょっと、大丈‥‥」

ノルマルはアリアの顔を覗きこみ、ぎょっと目を見開かせる。

「あんた、血が出てるじゃない!?何?怪我?病気!?」

少量の血を吐き出した彼女に聞けば、

「げほっ‥‥ああ、うーん。気にしないで下さい。ほら、さっき言ったでしょう。人間の一生は短いんですって」
「‥‥?」
「あー‥‥仕方ないかー。ノルマルさん、悪いんですが、私は武器を取りに行くんで、リダと一緒に居てもらっていいですか?先に進んでくれてても構いません。武器を取ったらすぐ追うんで」
「は!?なに言ってんのよ!なんであたしがコイツと!」
「私の仲間には手を出さないよう約束してもらってますから大丈夫ーーだと思います」

そう言いながら、ノルマルとリダに背を向け、壁に手をつきながらヨロヨロと歩き出した。

「はぁ?オイオイお前。大事なお仲間置いてっていーのかぁ?」

呆れるようなリダの声を背に、

「約束は約束です。私の代わりにちょっとの間、彼女を守ってあげて下さい」
「んな約束、お前の目のないとこじゃわかんねーぞ?」
「‥‥チッ‥‥うるさいなぁ、他人にこんな姿見られたくないんですよ。今は自分のことで精一杯なんです。ちょっとは気を遣って下さい」
「‥‥」

初めてアリアが悪態のようなものを吐いたので、ノルマルとリダは黙って彼女を見送る。

(‥‥ああ、くそ。自分のことを考えたら、ここにいて仲間ごっこしてるのがバカバカしくなる。赤の他人を手伝ったり、シェリーと両親の敵討ちなんてしてる場合じゃないのに‥‥)

ノルマルとリダの居た場所から離れ、アリアは物陰に膝をつき、激しくむせ込んだ。


「なんだぁ?あいつは。まあ、武器がなきゃ何も出来ねーのはわかるが」
「アリア‥‥もしかして病気だからお金が必要なのかしら‥‥」
「あ?」
「あっ、あんたに言ってないわよ!」

リダと共に取り残されたノルマルは、慌てて彼から距離をとる。

話の流れから特に気に掛けてはいなかった。しかし、『私が生きている間』『私の一生はあなたより短い』『いやぁ、この命、あと一年あるかどうか』‥‥執拗にアリアが命の期限について話していたことをリダは思い出す。

もし、それが事実だとすれば。

(だから俺を前に、あいつは捨て身で来るのか?)


◆◆◆◆◆

体が落ち着いて来て、アリアはようやく武器を置いた隠し小部屋に辿り着く。自分の他にエクスとレンジロウも武器を置いていたが、二人のものはなくなっていて、各々もう回収したのかと思った。灯りのない暗がりの部屋。剣に手を伸ばした時、ピチャリと足元が濡れていることに気づく。

「なんでこんなところに水‥‥ーー!?」

暗くて気づかなかった。しかし、間近まで来て、足元に人が倒れていることに気づく。

「あぁあぁあ‥‥くそっ‥‥!やっぱり私はバカだ!リダに押し付けて、ノルマルさんには酷いことしてしまった‥‥自分のことだけ考えてる場合じゃない‥‥」

アリアはその場にしゃがみ、倒れた人物の体を抱き起こす。暗くてどこから流れているのかはわからないが、地面が濡れているのは水ではなく血だった。そして、深手を負い倒れていたのは、

「ウェザさんーー!ウェザさんしっかり!何があったんですか!?」

ーー最高の治癒術者の子孫、ウェザだった。
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