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第三章【破滅へと至る者】
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「先ほど話した、ジロウという少年が世界を救った後、私はしばらく誰の前にも姿を見せませんでした。ネクロマンサーの性と言いますか、探求心と言いますか、まだまだ調べたいことややりたいことがあって、不老になることに決めたんです」
「さらっと言いますね」
シーカーの言葉に、アリアは驚きを通り越して呆れてしまう。今までの話を聞けば、もう何も驚かなくなってきた。
「不老になれるってことは、アリアの体も不老にできるんじゃない?」
ウェザが言うので、「嫌ですよ!そんな長々生きたくありません!」と、アリアは叫ぶ。
「ええ。この術はやめておいた方がいいです。体中弄り回して、酷い苦痛に耐えねばなりませんからね」
穏やかな口調で話すシーカーのその言葉を聞き、ウェザもアリアもゾッとした。
「さて、話を進めましょう。本当に偶然‥‥私は魔族の少女ーーいえ、立派な女性に再会したのです。彼女の名は、ナエラ。そして昔の私の名は、スケルです。その時には数百年経過していて、人間であるテンマさんは亡くなっていました」
◆◆◆◆◆
「あなた‥‥スケル?」
実験に必要な道具を揃えに街道を歩いていた時だった。魔族の女性にそう声を掛けられる。あれから随分と成長したが、見間違えるはずがない。
「ナエラ、ですか」
「‥‥あなた、少し老けたけど、おかしいわね。人間なのにどうして生きているの?」
「まあ、不老の実験が成功しまして」
スケルがへらっと笑うと、
「大昔の生命術士の実験?よくやるわね‥‥」
と、ナエラはため息を吐く。
そして彼女は、テンマの生涯を傍らで見送ったことを話してくれた。
スケルは思い出す。数百年前、
ーー貴女に頼みがあるのです。
きっと、まだまだ先の話ですがーージロウが、テンマさんが目覚めたとします。
目覚めた後、その先も、ずっと、ずっと、彼の一生を傍で見守ってあげて下さい。
かつて、リョウタロウとレーツさんはそれが出来ませんでした。老いていくレーツさんを傍で見守ることを、共に在ることを、永きを生きるリョウタロウさんは耐えれず逃げ出してしまいました。
だからーーそんな二人の息子であるこの魂には、二人のような悲しい人生を歩ませたくはありません。私は、テンマさんを裏切りました。
私は、ジロウが酷な道へ進む手助けをしました。この先も、恐らく私はネクロマンサーとしての血には抗えないでしょう。
ですから、これは私の最後の、人間として在る理性の願いです。
‥‥ナエラにそう、頼んだことを。
「テンマさんは、幸せに逝けたのですね」
「うん‥‥それで、彼はもし、私があなたに再会することがあればと、頼まれごとがあったんだ。だから、会えて良かった」
「テンマさんが私に?」
「詳しくは私も知らない。手紙があるの。もちろん、中は見てない。それと‥‥なぜか、ミルダの金の目を死後、医者に摘出させ、それもスケルに預けてほしいと‥‥」
「ふむ‥‥」
街道を歩きながら、スケルはナエラの家に向かった。向かいながら、ナエラは神妙な面持ちで口を開き、
「あなたは、魂の通り道を知ってる?」
「はい?」
聞いたことがないなとスケルは不思議そうにする。
「テンマが言っていたの。いつからか、自分の中に溶け込んだジロウを感じなくなったと。それから、不思議な話をしていた。時々、夢を見るって。魂の通り道だとか、果ての世界だとか‥‥そこに、ジロウの魂がひとりぼっちで居るんだとか‥‥」
「よく、わかりませんね」
「私もわからない‥‥」
ナエラの話を聞き、しばらく考え込みながら、銅鉱山付近の村に着いた。
ナエラの家に招かれ、彼女は開封されていない封筒と、ホルマリン漬けにされた眼球をスケルに見せる。
手紙の内容には、『ミルダから奪った金の目を回収してほしい、この目には、悲しみが多く詰まっている。しかし、今は‥‥大切な女性の光で溢れている。もし、かつての自分のように何かを奪われ、何かを憎み、絶望した者がいれば、この目を与えてほしい。君なら、何百年経とうが眼球の一つや二つ、綺麗に保管できるだろう、ネクロマンサー君?そして叶うなら、僕の大切な親友、ジロウを見つけてほしい』と、そう書かれていた。
少し皮肉の混じった文面に、思わずスケルは口の端を歪めて笑う。嗚呼ーーテンマは、本当に無事、帰って来ていたのだな‥‥と。
「ユウタもあなたに会いたがっていたのよ。あなたもユウタの兄さんも‥‥薄情な奴よね」
それを聞き、自分の唯一の友であるユウタの兄ーータイトは今、どうしているのだろうかと思いを馳せる。人間と魔族のハーフである彼なら、まだ生きているはずだ。
「とりあえず、この目は私が預かりましょう。しかし、果ての世界ですか‥‥気になりますね。他に何か情報はありませんか?」
スケルに聞かれ、ナエラは必死に思い出そうとするが、
「ううん‥‥これ以上はないわね。魂の通り道、果ての世界、ジロウの魂‥‥天国ってことかしら」
「ふむ‥‥その件に関しても調べてみましょう。何かわかればお伝えします」
「ええ、ありがとう」
「しかし、ナエラ。すっかりと女性らしくなりましたね」
そう言ってクスクスと笑う。
記憶にある彼女の一人称は‘ボク’であったし、口調も男の子のようだった。何より‘他人’をお前 と呼んでいたのに‥‥
ナエラはニコッと笑い、
「人を愛せるようになったからよ」
そう、優しい声音で言った。
ーーそれから数年後、今のイーストタウン地方と呼ばれる大地が世界に流れ着いた。それと共に、何処から来たのか、空には竜が舞うようになったのだ。人々は魔物とは違う巨大な存在を恐れたが、彼らは人間に関わることはしなかった。
スケルは未だわからない果ての世界について調べながら、新たに現れた大地や竜の存在‥‥それが関係するのではなかろうかと考え、世界の王になったレイルの元へと行き、謁見を申し出る。
「おっ、お前は‥‥ネクロマンサー!?」
城門には銀の髪を持つ鎧を着た魔族の兵士が立っていて、スケルを見るなり驚いた。
「貴方はタイトの知人の‥‥トールでしたね」
「なっ、なんで生きて!?」
「まあ、その話は後で‥‥」
スケルはトールに事情を説明し、スケルに疑心を抱きながらもレイルの元へ案内する。
玉座の間には王を守るように、英雄リョウタロウが世界を分断する前から生きているバーサーカーと呼ばれた魔族の男、ヤクヤの姿、そして彼の部下であり、ラザルの親友ムルの姿があった。
「おっ、お前はスケルじゃないか!なぜ人間のお前が生きている!?」
ヤクヤは彼を見るなりやはり驚き、不老の実験をしましたとスケルは笑う。
そして、玉座に座るレイルを見上げ、スケルはその場に膝をつき、頭を垂れた。
「お初に御目にかかります。私はネクロマンサーの末裔、スケルと申します」
実際、スケルとレイルは初対面だった。戦いの最中、レイルはずっと黒い影の中に囚われ、目覚めてからも会ったことはない。
「君が‥‥そうか。テンマからもよく話を聞いていたよ。食えない奴だが、悪い奴ではなかったってね。さあ、顔を上げたまえ。君はあの戦いの後、姿を眩ましたと聞いていた。そんな君が、数百年後の今、不老の身となりここに来た。用件を聞こう」
レイルに言われ、スケルは顔を上げる。そして、ナエラから聞いた果ての世界のことを話した。
「魂の通り道‥‥魂か」
レイルはうんうんと頷き、
「実は先日、魔女と名乗る少女がここに来た」
「魔女、ですか?」
「ああ。新たに大地が出現しただろう?彼女はその大地の住人で、こことは違う時間軸で何億年も生きていると言うんだ。ムル、書き記したものを持って来てくれ」
レイルに言われてムルは頷き、退室する。それからすぐに戻って来て、数枚の、文字がびっしり書かれた紙を持って来た。
それは、魔女と名乗る少女から聞いた話を書き記したものらしい。スケルはそれを受け取り、目を通す。
何度も魂というワードが出て来た。
そして、鎮魂歌。
ーー魂よ、安らかに
正常なる人よ、異常なる人よ、今だけは変わらずに安息を与えよう
主よ、賢者に慈悲を
主よ、愚者に慈悲を
いつの日か雪解けが訪れ、世界に溶けた魂よ
光が差し込み、その魂が新たなる道へ至る日よ
その日まで
主よ、彼らに安息を
主よ、彼らに慈悲を
(雪解け‥‥世界に溶けた魂‥‥新たなる道)
スケルは顔を上げ、
「レイル王。もしよろしければ、これを写しても良いでしょうか」
「ああ、構わないよ」
ーーそれからも、スケルは考え続けた。何かがわかりそうで、わからない。
雪解けの言葉を頼りに、ノースタウン地方とウエストタウン地方の境界線を度々訪れたりもした。
とある日、その場所からふと空を見上げれば、虹色に輝く竜の姿を初めて目にした。他の竜は赤や黒といった単色なのに‥‥
そして不思議なことに、その虹色に輝く竜の周りには、幾つもの小さな光が舞い、錯覚かもしれないが‥‥その背に人の姿が見えたような気もした。
もし、小さな光が魂だとすれば?
魂の通り道、果ての世界‥‥それは、遥か空にあるのだろうか。
スケルは数年振りにナエラの元を訪れ、その話をした。
「遥か空‥‥途方もない話ね」
「はい。まあ、果ての世界というものが本当に存在するかはわかりませんが‥‥」
そう言うと、ナエラは俯き、
「テンマは‥‥心配していた。ジロウの魂が何処かに行ってしまったこと。私も、それが本当なら‥‥ジロウの魂が果ての世界なんてよくわからない場所にひとりぼっちで居るんだとしたら‥‥」
ナエラは涙を流し、
「救えたと思ったのに。テンマと一緒に、ジロウのことも。なのに結局、ジロウはいつまでもひとりぼっちだなんて‥‥私、死にきれないよ‥‥テンマのことも、そして誰よりも、ジロウのことも、大切だから‥‥」
テンマを見送ってから数百年。
それでもナエラの寿命はまだ先だ。
あるかどうかもわからない果ての世界‥‥居るかどうかもわからないジロウの魂。
それを解明するには、まだまだ時間は掛かる。
「正直、いつになるかはわかりません。ですが、貴女は私の願いを叶えた。テンマさんを孤独にはしなかった。ですから、次は私が貴女に返す番です。必ず、解明してみせます」
スケルはそう、ナエラに約束をした。
それまではお互いに死ぬわけにはいかなくなり、スケルはジロウの友であったレイル王の力を借りながら、数十年掛けてコールドスリープの装置を作り上げ、時が来るまでナエラはそこで眠りに就くこととなる。
当然、彼女の父であるネヴェルや、共に過ごしたラダンやエメラ、多くの者は反対したが、ナエラの意思は固かった。
「私は、行ってらっしゃいと彼を見送ったまま、お帰りなさいを言えていないから。だから、彼の魂が本当にひとりぼっちで居るのなら、私が彼を迎えに行かなきゃいけない。私の‥‥英雄を」
◆◆◆◆◆
「そうして今も、彼女はこの銅鉱山で眠りに就いたまま。ネヴェルにボコボコにされたのは良い思い出ですねー、ハハハ。私は不老になっただけで不死ではありません。ですから肉体を捨て、自らを機械の体に作り替えました。約束を果たすまでは、死ぬわけにはいきませんから」
そう言ったシーカーに、
「それで、その果ての世界とやらはわかったの?それがエクスを救うことに繋がるってどういうわけなの?」
ノルマルに聞かれ、
「実は先ほどのレッドドラゴンに尋ねたんです。空に、魂の通り道はあるのかと。私が一度だけ見た虹色のドラゴン。それが竜族の長であり、魂の導き手を守る存在だと言っていました」
「魂の導き手?」
「結論を言うと、魂の通り道は実在するそうです。遥か空に。しかし、通常のドラゴンはそれに関わってはおらず、虹色のドラゴンだけがその場所を知っているそうです」
それから、エクスの話をしましょうーーシーカーは一同を見つめ、
「エクスの肉体は、確かに変異しました。その体を、恐らくヨミの魂が守っている。しかし、エクスの魂はあの肉体の中にはなかった気がするのです。本当に一瞬しか見えなかったのですが‥‥ヨミの魂がエクスの魂を弾き飛ばした。そうすることで、体は奪われても、エクス自身は無事なのです」
「んんー?」
ウェザはよく分からないと険しい表情をした。
「魂の通り道があるのならばーーエクスの魂は果ての世界に行った可能性があります。先程のレッドドラゴンに、虹色のドラゴンへの伝言を頼みました。もし、ロンギング国の王子の魂が迷いこんでいたら、私がその魂に会いに行くまで待っていてほしいと」
「そっ、そんなの可能なんですか?魂に会うとかそんな常識外れな‥‥」
そんな馬鹿な話‥‥と、アリアは言い、
「わかりません。ですが、虹色のドラゴンに会いに行きます。レッドドラゴンに連れて行ってもらえるよう頼みました」
「マジですか‥‥」
「知らないところで凄い話になってるわね、ついていけないわぁ」
アリアとウェザは顔を見合わせる。
「まあ、空に行くなんてどうなるかわかりません。ドラゴン達の怒りを買ったら食い殺されてしまう可能性もありますし‥‥ですから、私一人で行きます」
「待って、あたしも行くわ。ヨミに頼まれたもの、エクスのこと」
ノルマルはそう言い、シーカーは頷いた。
「皆さんは地上に残って下さい。パンプキン達が行動を起こす可能性もありますから」
「って言われても、何もできないんですけどぉ」
ウェザが言い、
「とりあえず、準備が必要です。まずはアリアさん用の薬をいくつか調合していきます。あと、この世界にある、この場所のように安全な場所も共有しておきます。後はーー‥‥」
「よくわかんねーが、話は終わりか?まあ、俺にはなんも関係なかったが。もう行っていーだろぉ」
「そうですねぇ‥‥しかし、私とノルマルさんがしばらく居なくなるので、リダ。貴方にはやはりまだ、協力して頂けたら助かるのですが」
シーカーの言葉に、リダは心底嫌な顔をする。
「悪い話じゃないと思います。私の話を聞いていたでしょう?人間の一生は本当に短いんです。ですから、アリアさんが特別なら、少しでも一緒にいる時間は大切だと思いますよ」
「なっ‥‥やめて下さい!それ、死亡フラグって言うんですよ!」
アリアは思わずソファーから立ち上がり、
「いやまあ、確かにいつ死んでもおかしくないんですけどね!?あとですねぇ、リダの特別って言うのは、私と戦いたいからってだけで、一緒にいる時間がどうとかじゃ」
「やれやれ。アリアさんもリダも、年寄りの目は誤魔化せませんよ。例えば、アリアさんはなぜ折れた剣なんかで戦っているのか?何が欲しくて金を稼ぐのか。そういう理由も知らないまま、二度と会えなくなることだってあるのですよ」
「別にそんな理由、知りたくもないですよね!?」
「あたくしは気になるんだけど!」
右腕を大きく上げながらウェザが言った。
「ドラゴン達は人里離れた山奥にも住処がありますが、人里に降りず、空に居るドラゴンに会えば、もしかしたらアリアさんの治癒方法が見つかるかもしれません」
シーカーがそう言うので、アリアは眉を潜め、
「でも、どうしてあなたは私にそこまでしてくれるんですか?」
そう聞けば、シーカーは深く息を吐き、
「失礼な話ですが、貴女の姿がジロウに似ていましてね」
「ん!?ジロウって、男の子なんですよね?」
「ええまあ‥‥髪の色も髪型もちょうど同じなんですよ。それに、歳も背丈も近い。そして‥‥ジロウは二十歳まで生きれなかった。十九歳で消え、大人にはなれなかった。アリアさんは十八でしたよね。これは私のエゴです。エクスのことも昔の自分や友人と重ねて見てしまい、貴女のこともジロウと重ねてしまい、ウェザさんのこともウェルさんとラザルさんの孫として見てしまう」
そこまで聞いたウェザは悲しげな表情をし、
「眼鏡様は、過去に囚われたままですのね」
「ええ。千年も生きてようやく、喪ったものや傍観していたものが恋しくなったんですかね。人の身でなくなっても、この脳は老いています。いやぁ、すっかり年寄りですよ」
そう言って笑うシーカーは、どこか寂しそうに見えた。物心ついた頃、ネクロマンサーの血に抗えず、両親を殺したという彼。親の温もりを理解できず、英雄リョウタロウと占術士の末裔レーツにその幻影を見たと言う。
「忌まわしい術で生き長らえる私に、レイル王は頼んだのです。‘私が亡き後、無いとは思うが、もしも世界が、国が、王が、なんらかの危機に直面した時は、どうか助けてやってほしい’とね。四代目‥‥ルベリア王のことは急すぎて間に合いませんでしたが、ウィシェ王子が監禁されたと言う話を耳にして、私はすぐにロンギング城へ忍び込み、ウィシェ王子を助けに行きました」
ただ、レイル王との約束の為だったのです。シーカーはそう言いながら肩を竦め、
「ですが、半年もウィシェーーいえ、エクスの世話をしていたら‥‥レーツさんやリョウタロウさんはどんな思いでこんな私の面倒を見ていたのだろうか。そんなことを考える時間をエクスに与えられました。正直、昔、ジロウに諭されかけたこともあります。ですが結局、私は全てを理解できなかった。親というものをリョウタロウさんとレーツさんを通じて歪にしか理解できなかった。もう、何も取り戻せなかった。そんな私に、エクスはチャンスをくれたのです。人としての感情を取り戻すチャンスを」
そこまで言って、自分の言葉がおかしく思えてきたのか彼は笑い、
「ふふ‥‥なんて、自分勝手な話ですね」
しかし、そう言った彼の表情はどこか嬉しそうに見えた。
そんな顔を見ると、ウェザもアリアもにわかには信じ難い話を無理に理解する必要はないのかもしれないと思い、
「ああもうっ!要するに!エクス様の体は取られちゃったけど、魂は無事かもしれないってことですのね!?で!エクス様とノルマルはドラゴンと一緒に空へ行くと!その間、パンプキンやソートゥ様が何か仕出かしたらあたくし達でどうにかしろと!それだけの話よね!?」
バサバサと翼を羽ばたかせながらウェザが言えば、シーカーはうんうんと頷き、自棄になるようなウェザの発言にノルマルは思わず吹き出した。
(そうね。あたしにとっては今でも罪。でも、今を生きる人達には、あたし達の過去なんて関係ない‥‥この罪は、あたしだけが持っていれば‥‥)
しかし、ノルマルの脳裏にパンプキンの顔や言葉が甦る。彼はノルマルを‘あねさん’と呼び、その顔はどこか、かつての知り合いであり、弟が自分の細胞から作った少年、ロスに似ていた。同じ細胞の為、弟とロスも目元はよく似ていたが、それよりも更に、瓜二つのような‥‥
「そういえば、あなた達はマジャのこと、そっち側から動けないとか、三代目ロンギング王の束縛魔法がどうとか言ってたわよね?あのマジャが大人しくパンプキンに従ってたし‥‥」
ウェザがルヴィリとリダを見れば、ルヴィリは欠伸をし、
「ふう。話は終わりよね?まあ、私には特に関係ない話だったわ。私の狙いはソートゥだけだから。疲れたからもう一眠りしようかしらね」
そう言いながら再び部屋から出て行ってしまい、
「ったく、どーでもいい話聞かせやがってよぉ。ウィシェだとか大昔の話だとか、マジでどうでもいいぜ」
入り口の前に立っていたリダは去って行くルヴィリを横目に見ながら悪態を吐くように言う。
二人共ウェザの質問に答える様子はなかった。
「ちょっと!マジャについて‥‥」
「さて。こんな地下深くでは時刻もわかりませんが、恐らく夜に差し掛かる頃でしょう。地上の様子も気になりますが、今夜は皆さん、ここで過ごして下さい。とりあえず、私はアリアさんの薬を調合してみます」
ウェザの言葉を遮りながらシーカーはそう言い、実験場のある方へと向かう。ノルマルはその後を追い、
「さっき、実験場で見たわ。魔族の女性、ナエラを」
それを聞いたシーカーは目を丸くし、小さく微笑んで頷いた。
「今もきっと、彼女とヨミが‥‥エクスを守ってくれているわよね」
「ええーーきっと。それに、ナエラの父、魔剣使い、ネヴェルの意志も」
「‥‥」
ノルマルは胸に手を当て、
「あたし、ちょっとスッキリした。レイル王にも話したけど、でも、普通の人って言うのかしら。ウェザとアリアにあたしがしたこと全部話して‥‥でも、二人は過去のことなんかどうでもいいって顔してた。エクスも‥‥そうだった。彼にはまだ話せていないけど、彼はあたしの過去に踏み込んでこようとしなかったわ」
それが、なんだか心地好かった。自分の罪はもう、赦されているのかもしれない。彼らと居る時だけ、そんな錯覚を感じるのだ。
「ーーそうだ、ノルマルさん。ここには食料庫があるんです。もちろん、腐らないような設備を作りました。私は今から薬を作るので、料理を作ってもらえませんか?皆さん、お腹を空かしているでしょうし」
言われてノルマルは「いいわよ」と言ったが、すぐに嫌な顔をし、
「リダとルヴィリにも作らなきゃダメなの?」
「胃袋を掴むのも大事ですよ。散々、人々を殺めて来た二人で、思うところはあります。しかし、今は彼らの力を利用しなければなりません」
「‥‥まあ、そうだけど。アリアが可哀想よ。友達だったのよね?リダに殺されたあのシスター」
「ですね、アリアさんは今、色んな意味で大変でしょうねぇ」
「?」
肩を竦めながらシーカーは言い、そのまま実験場へと入って行く。
ーー犯し続けた罪から逃げて、また独りよがりに生きて‥‥また、捨てていくのか?
久し振りに昔の事を話したからだろう。遠い昔に投げられた言葉を思い出し、ノルマルはため息混じりに笑った。
「もう‥‥あたしは逃げないし、捨てないわ、囚人」
もしかしたら、家族よりも、誰よりも、自分を愛してくれた人。でも、その愛に応えられないまま、自分は彼より先に老い、彼の前から消えた。
自分が居なくなった後、彼は幸せに生きただろうか。
だから、願った。
弟は彼をーー囚人と呼ばれた男を愛していた。
叶うならーーいつか魂が赦された時、弟が囚人と再会出来ますように。
(でも、まさか‥‥そうくるとはね)
アイスビレッジで暮らす少年シイナ。彼の姿はまさしく弟だった。
そして、少女リグレット。男勝りな彼女は‥‥囚人にそっくりだった。
(そして、オウル‥‥コアの姿と声をした人。レンジロウの娘は、忘却の地の孤独の城の王女、リフェ)
魂の通り道ーー果ての世界。
その場所が本当にあるならば、見知った顔をした人達の魂がこの時代に生まれ変わった理由がわかるかもしれない。
(それも知りたい。でも今は、エクス‥‥あなたを一番に助けるわ。あたしの、友達‥‥!)
「さらっと言いますね」
シーカーの言葉に、アリアは驚きを通り越して呆れてしまう。今までの話を聞けば、もう何も驚かなくなってきた。
「不老になれるってことは、アリアの体も不老にできるんじゃない?」
ウェザが言うので、「嫌ですよ!そんな長々生きたくありません!」と、アリアは叫ぶ。
「ええ。この術はやめておいた方がいいです。体中弄り回して、酷い苦痛に耐えねばなりませんからね」
穏やかな口調で話すシーカーのその言葉を聞き、ウェザもアリアもゾッとした。
「さて、話を進めましょう。本当に偶然‥‥私は魔族の少女ーーいえ、立派な女性に再会したのです。彼女の名は、ナエラ。そして昔の私の名は、スケルです。その時には数百年経過していて、人間であるテンマさんは亡くなっていました」
◆◆◆◆◆
「あなた‥‥スケル?」
実験に必要な道具を揃えに街道を歩いていた時だった。魔族の女性にそう声を掛けられる。あれから随分と成長したが、見間違えるはずがない。
「ナエラ、ですか」
「‥‥あなた、少し老けたけど、おかしいわね。人間なのにどうして生きているの?」
「まあ、不老の実験が成功しまして」
スケルがへらっと笑うと、
「大昔の生命術士の実験?よくやるわね‥‥」
と、ナエラはため息を吐く。
そして彼女は、テンマの生涯を傍らで見送ったことを話してくれた。
スケルは思い出す。数百年前、
ーー貴女に頼みがあるのです。
きっと、まだまだ先の話ですがーージロウが、テンマさんが目覚めたとします。
目覚めた後、その先も、ずっと、ずっと、彼の一生を傍で見守ってあげて下さい。
かつて、リョウタロウとレーツさんはそれが出来ませんでした。老いていくレーツさんを傍で見守ることを、共に在ることを、永きを生きるリョウタロウさんは耐えれず逃げ出してしまいました。
だからーーそんな二人の息子であるこの魂には、二人のような悲しい人生を歩ませたくはありません。私は、テンマさんを裏切りました。
私は、ジロウが酷な道へ進む手助けをしました。この先も、恐らく私はネクロマンサーとしての血には抗えないでしょう。
ですから、これは私の最後の、人間として在る理性の願いです。
‥‥ナエラにそう、頼んだことを。
「テンマさんは、幸せに逝けたのですね」
「うん‥‥それで、彼はもし、私があなたに再会することがあればと、頼まれごとがあったんだ。だから、会えて良かった」
「テンマさんが私に?」
「詳しくは私も知らない。手紙があるの。もちろん、中は見てない。それと‥‥なぜか、ミルダの金の目を死後、医者に摘出させ、それもスケルに預けてほしいと‥‥」
「ふむ‥‥」
街道を歩きながら、スケルはナエラの家に向かった。向かいながら、ナエラは神妙な面持ちで口を開き、
「あなたは、魂の通り道を知ってる?」
「はい?」
聞いたことがないなとスケルは不思議そうにする。
「テンマが言っていたの。いつからか、自分の中に溶け込んだジロウを感じなくなったと。それから、不思議な話をしていた。時々、夢を見るって。魂の通り道だとか、果ての世界だとか‥‥そこに、ジロウの魂がひとりぼっちで居るんだとか‥‥」
「よく、わかりませんね」
「私もわからない‥‥」
ナエラの話を聞き、しばらく考え込みながら、銅鉱山付近の村に着いた。
ナエラの家に招かれ、彼女は開封されていない封筒と、ホルマリン漬けにされた眼球をスケルに見せる。
手紙の内容には、『ミルダから奪った金の目を回収してほしい、この目には、悲しみが多く詰まっている。しかし、今は‥‥大切な女性の光で溢れている。もし、かつての自分のように何かを奪われ、何かを憎み、絶望した者がいれば、この目を与えてほしい。君なら、何百年経とうが眼球の一つや二つ、綺麗に保管できるだろう、ネクロマンサー君?そして叶うなら、僕の大切な親友、ジロウを見つけてほしい』と、そう書かれていた。
少し皮肉の混じった文面に、思わずスケルは口の端を歪めて笑う。嗚呼ーーテンマは、本当に無事、帰って来ていたのだな‥‥と。
「ユウタもあなたに会いたがっていたのよ。あなたもユウタの兄さんも‥‥薄情な奴よね」
それを聞き、自分の唯一の友であるユウタの兄ーータイトは今、どうしているのだろうかと思いを馳せる。人間と魔族のハーフである彼なら、まだ生きているはずだ。
「とりあえず、この目は私が預かりましょう。しかし、果ての世界ですか‥‥気になりますね。他に何か情報はありませんか?」
スケルに聞かれ、ナエラは必死に思い出そうとするが、
「ううん‥‥これ以上はないわね。魂の通り道、果ての世界、ジロウの魂‥‥天国ってことかしら」
「ふむ‥‥その件に関しても調べてみましょう。何かわかればお伝えします」
「ええ、ありがとう」
「しかし、ナエラ。すっかりと女性らしくなりましたね」
そう言ってクスクスと笑う。
記憶にある彼女の一人称は‘ボク’であったし、口調も男の子のようだった。何より‘他人’をお前 と呼んでいたのに‥‥
ナエラはニコッと笑い、
「人を愛せるようになったからよ」
そう、優しい声音で言った。
ーーそれから数年後、今のイーストタウン地方と呼ばれる大地が世界に流れ着いた。それと共に、何処から来たのか、空には竜が舞うようになったのだ。人々は魔物とは違う巨大な存在を恐れたが、彼らは人間に関わることはしなかった。
スケルは未だわからない果ての世界について調べながら、新たに現れた大地や竜の存在‥‥それが関係するのではなかろうかと考え、世界の王になったレイルの元へと行き、謁見を申し出る。
「おっ、お前は‥‥ネクロマンサー!?」
城門には銀の髪を持つ鎧を着た魔族の兵士が立っていて、スケルを見るなり驚いた。
「貴方はタイトの知人の‥‥トールでしたね」
「なっ、なんで生きて!?」
「まあ、その話は後で‥‥」
スケルはトールに事情を説明し、スケルに疑心を抱きながらもレイルの元へ案内する。
玉座の間には王を守るように、英雄リョウタロウが世界を分断する前から生きているバーサーカーと呼ばれた魔族の男、ヤクヤの姿、そして彼の部下であり、ラザルの親友ムルの姿があった。
「おっ、お前はスケルじゃないか!なぜ人間のお前が生きている!?」
ヤクヤは彼を見るなりやはり驚き、不老の実験をしましたとスケルは笑う。
そして、玉座に座るレイルを見上げ、スケルはその場に膝をつき、頭を垂れた。
「お初に御目にかかります。私はネクロマンサーの末裔、スケルと申します」
実際、スケルとレイルは初対面だった。戦いの最中、レイルはずっと黒い影の中に囚われ、目覚めてからも会ったことはない。
「君が‥‥そうか。テンマからもよく話を聞いていたよ。食えない奴だが、悪い奴ではなかったってね。さあ、顔を上げたまえ。君はあの戦いの後、姿を眩ましたと聞いていた。そんな君が、数百年後の今、不老の身となりここに来た。用件を聞こう」
レイルに言われ、スケルは顔を上げる。そして、ナエラから聞いた果ての世界のことを話した。
「魂の通り道‥‥魂か」
レイルはうんうんと頷き、
「実は先日、魔女と名乗る少女がここに来た」
「魔女、ですか?」
「ああ。新たに大地が出現しただろう?彼女はその大地の住人で、こことは違う時間軸で何億年も生きていると言うんだ。ムル、書き記したものを持って来てくれ」
レイルに言われてムルは頷き、退室する。それからすぐに戻って来て、数枚の、文字がびっしり書かれた紙を持って来た。
それは、魔女と名乗る少女から聞いた話を書き記したものらしい。スケルはそれを受け取り、目を通す。
何度も魂というワードが出て来た。
そして、鎮魂歌。
ーー魂よ、安らかに
正常なる人よ、異常なる人よ、今だけは変わらずに安息を与えよう
主よ、賢者に慈悲を
主よ、愚者に慈悲を
いつの日か雪解けが訪れ、世界に溶けた魂よ
光が差し込み、その魂が新たなる道へ至る日よ
その日まで
主よ、彼らに安息を
主よ、彼らに慈悲を
(雪解け‥‥世界に溶けた魂‥‥新たなる道)
スケルは顔を上げ、
「レイル王。もしよろしければ、これを写しても良いでしょうか」
「ああ、構わないよ」
ーーそれからも、スケルは考え続けた。何かがわかりそうで、わからない。
雪解けの言葉を頼りに、ノースタウン地方とウエストタウン地方の境界線を度々訪れたりもした。
とある日、その場所からふと空を見上げれば、虹色に輝く竜の姿を初めて目にした。他の竜は赤や黒といった単色なのに‥‥
そして不思議なことに、その虹色に輝く竜の周りには、幾つもの小さな光が舞い、錯覚かもしれないが‥‥その背に人の姿が見えたような気もした。
もし、小さな光が魂だとすれば?
魂の通り道、果ての世界‥‥それは、遥か空にあるのだろうか。
スケルは数年振りにナエラの元を訪れ、その話をした。
「遥か空‥‥途方もない話ね」
「はい。まあ、果ての世界というものが本当に存在するかはわかりませんが‥‥」
そう言うと、ナエラは俯き、
「テンマは‥‥心配していた。ジロウの魂が何処かに行ってしまったこと。私も、それが本当なら‥‥ジロウの魂が果ての世界なんてよくわからない場所にひとりぼっちで居るんだとしたら‥‥」
ナエラは涙を流し、
「救えたと思ったのに。テンマと一緒に、ジロウのことも。なのに結局、ジロウはいつまでもひとりぼっちだなんて‥‥私、死にきれないよ‥‥テンマのことも、そして誰よりも、ジロウのことも、大切だから‥‥」
テンマを見送ってから数百年。
それでもナエラの寿命はまだ先だ。
あるかどうかもわからない果ての世界‥‥居るかどうかもわからないジロウの魂。
それを解明するには、まだまだ時間は掛かる。
「正直、いつになるかはわかりません。ですが、貴女は私の願いを叶えた。テンマさんを孤独にはしなかった。ですから、次は私が貴女に返す番です。必ず、解明してみせます」
スケルはそう、ナエラに約束をした。
それまではお互いに死ぬわけにはいかなくなり、スケルはジロウの友であったレイル王の力を借りながら、数十年掛けてコールドスリープの装置を作り上げ、時が来るまでナエラはそこで眠りに就くこととなる。
当然、彼女の父であるネヴェルや、共に過ごしたラダンやエメラ、多くの者は反対したが、ナエラの意思は固かった。
「私は、行ってらっしゃいと彼を見送ったまま、お帰りなさいを言えていないから。だから、彼の魂が本当にひとりぼっちで居るのなら、私が彼を迎えに行かなきゃいけない。私の‥‥英雄を」
◆◆◆◆◆
「そうして今も、彼女はこの銅鉱山で眠りに就いたまま。ネヴェルにボコボコにされたのは良い思い出ですねー、ハハハ。私は不老になっただけで不死ではありません。ですから肉体を捨て、自らを機械の体に作り替えました。約束を果たすまでは、死ぬわけにはいきませんから」
そう言ったシーカーに、
「それで、その果ての世界とやらはわかったの?それがエクスを救うことに繋がるってどういうわけなの?」
ノルマルに聞かれ、
「実は先ほどのレッドドラゴンに尋ねたんです。空に、魂の通り道はあるのかと。私が一度だけ見た虹色のドラゴン。それが竜族の長であり、魂の導き手を守る存在だと言っていました」
「魂の導き手?」
「結論を言うと、魂の通り道は実在するそうです。遥か空に。しかし、通常のドラゴンはそれに関わってはおらず、虹色のドラゴンだけがその場所を知っているそうです」
それから、エクスの話をしましょうーーシーカーは一同を見つめ、
「エクスの肉体は、確かに変異しました。その体を、恐らくヨミの魂が守っている。しかし、エクスの魂はあの肉体の中にはなかった気がするのです。本当に一瞬しか見えなかったのですが‥‥ヨミの魂がエクスの魂を弾き飛ばした。そうすることで、体は奪われても、エクス自身は無事なのです」
「んんー?」
ウェザはよく分からないと険しい表情をした。
「魂の通り道があるのならばーーエクスの魂は果ての世界に行った可能性があります。先程のレッドドラゴンに、虹色のドラゴンへの伝言を頼みました。もし、ロンギング国の王子の魂が迷いこんでいたら、私がその魂に会いに行くまで待っていてほしいと」
「そっ、そんなの可能なんですか?魂に会うとかそんな常識外れな‥‥」
そんな馬鹿な話‥‥と、アリアは言い、
「わかりません。ですが、虹色のドラゴンに会いに行きます。レッドドラゴンに連れて行ってもらえるよう頼みました」
「マジですか‥‥」
「知らないところで凄い話になってるわね、ついていけないわぁ」
アリアとウェザは顔を見合わせる。
「まあ、空に行くなんてどうなるかわかりません。ドラゴン達の怒りを買ったら食い殺されてしまう可能性もありますし‥‥ですから、私一人で行きます」
「待って、あたしも行くわ。ヨミに頼まれたもの、エクスのこと」
ノルマルはそう言い、シーカーは頷いた。
「皆さんは地上に残って下さい。パンプキン達が行動を起こす可能性もありますから」
「って言われても、何もできないんですけどぉ」
ウェザが言い、
「とりあえず、準備が必要です。まずはアリアさん用の薬をいくつか調合していきます。あと、この世界にある、この場所のように安全な場所も共有しておきます。後はーー‥‥」
「よくわかんねーが、話は終わりか?まあ、俺にはなんも関係なかったが。もう行っていーだろぉ」
「そうですねぇ‥‥しかし、私とノルマルさんがしばらく居なくなるので、リダ。貴方にはやはりまだ、協力して頂けたら助かるのですが」
シーカーの言葉に、リダは心底嫌な顔をする。
「悪い話じゃないと思います。私の話を聞いていたでしょう?人間の一生は本当に短いんです。ですから、アリアさんが特別なら、少しでも一緒にいる時間は大切だと思いますよ」
「なっ‥‥やめて下さい!それ、死亡フラグって言うんですよ!」
アリアは思わずソファーから立ち上がり、
「いやまあ、確かにいつ死んでもおかしくないんですけどね!?あとですねぇ、リダの特別って言うのは、私と戦いたいからってだけで、一緒にいる時間がどうとかじゃ」
「やれやれ。アリアさんもリダも、年寄りの目は誤魔化せませんよ。例えば、アリアさんはなぜ折れた剣なんかで戦っているのか?何が欲しくて金を稼ぐのか。そういう理由も知らないまま、二度と会えなくなることだってあるのですよ」
「別にそんな理由、知りたくもないですよね!?」
「あたくしは気になるんだけど!」
右腕を大きく上げながらウェザが言った。
「ドラゴン達は人里離れた山奥にも住処がありますが、人里に降りず、空に居るドラゴンに会えば、もしかしたらアリアさんの治癒方法が見つかるかもしれません」
シーカーがそう言うので、アリアは眉を潜め、
「でも、どうしてあなたは私にそこまでしてくれるんですか?」
そう聞けば、シーカーは深く息を吐き、
「失礼な話ですが、貴女の姿がジロウに似ていましてね」
「ん!?ジロウって、男の子なんですよね?」
「ええまあ‥‥髪の色も髪型もちょうど同じなんですよ。それに、歳も背丈も近い。そして‥‥ジロウは二十歳まで生きれなかった。十九歳で消え、大人にはなれなかった。アリアさんは十八でしたよね。これは私のエゴです。エクスのことも昔の自分や友人と重ねて見てしまい、貴女のこともジロウと重ねてしまい、ウェザさんのこともウェルさんとラザルさんの孫として見てしまう」
そこまで聞いたウェザは悲しげな表情をし、
「眼鏡様は、過去に囚われたままですのね」
「ええ。千年も生きてようやく、喪ったものや傍観していたものが恋しくなったんですかね。人の身でなくなっても、この脳は老いています。いやぁ、すっかり年寄りですよ」
そう言って笑うシーカーは、どこか寂しそうに見えた。物心ついた頃、ネクロマンサーの血に抗えず、両親を殺したという彼。親の温もりを理解できず、英雄リョウタロウと占術士の末裔レーツにその幻影を見たと言う。
「忌まわしい術で生き長らえる私に、レイル王は頼んだのです。‘私が亡き後、無いとは思うが、もしも世界が、国が、王が、なんらかの危機に直面した時は、どうか助けてやってほしい’とね。四代目‥‥ルベリア王のことは急すぎて間に合いませんでしたが、ウィシェ王子が監禁されたと言う話を耳にして、私はすぐにロンギング城へ忍び込み、ウィシェ王子を助けに行きました」
ただ、レイル王との約束の為だったのです。シーカーはそう言いながら肩を竦め、
「ですが、半年もウィシェーーいえ、エクスの世話をしていたら‥‥レーツさんやリョウタロウさんはどんな思いでこんな私の面倒を見ていたのだろうか。そんなことを考える時間をエクスに与えられました。正直、昔、ジロウに諭されかけたこともあります。ですが結局、私は全てを理解できなかった。親というものをリョウタロウさんとレーツさんを通じて歪にしか理解できなかった。もう、何も取り戻せなかった。そんな私に、エクスはチャンスをくれたのです。人としての感情を取り戻すチャンスを」
そこまで言って、自分の言葉がおかしく思えてきたのか彼は笑い、
「ふふ‥‥なんて、自分勝手な話ですね」
しかし、そう言った彼の表情はどこか嬉しそうに見えた。
そんな顔を見ると、ウェザもアリアもにわかには信じ難い話を無理に理解する必要はないのかもしれないと思い、
「ああもうっ!要するに!エクス様の体は取られちゃったけど、魂は無事かもしれないってことですのね!?で!エクス様とノルマルはドラゴンと一緒に空へ行くと!その間、パンプキンやソートゥ様が何か仕出かしたらあたくし達でどうにかしろと!それだけの話よね!?」
バサバサと翼を羽ばたかせながらウェザが言えば、シーカーはうんうんと頷き、自棄になるようなウェザの発言にノルマルは思わず吹き出した。
(そうね。あたしにとっては今でも罪。でも、今を生きる人達には、あたし達の過去なんて関係ない‥‥この罪は、あたしだけが持っていれば‥‥)
しかし、ノルマルの脳裏にパンプキンの顔や言葉が甦る。彼はノルマルを‘あねさん’と呼び、その顔はどこか、かつての知り合いであり、弟が自分の細胞から作った少年、ロスに似ていた。同じ細胞の為、弟とロスも目元はよく似ていたが、それよりも更に、瓜二つのような‥‥
「そういえば、あなた達はマジャのこと、そっち側から動けないとか、三代目ロンギング王の束縛魔法がどうとか言ってたわよね?あのマジャが大人しくパンプキンに従ってたし‥‥」
ウェザがルヴィリとリダを見れば、ルヴィリは欠伸をし、
「ふう。話は終わりよね?まあ、私には特に関係ない話だったわ。私の狙いはソートゥだけだから。疲れたからもう一眠りしようかしらね」
そう言いながら再び部屋から出て行ってしまい、
「ったく、どーでもいい話聞かせやがってよぉ。ウィシェだとか大昔の話だとか、マジでどうでもいいぜ」
入り口の前に立っていたリダは去って行くルヴィリを横目に見ながら悪態を吐くように言う。
二人共ウェザの質問に答える様子はなかった。
「ちょっと!マジャについて‥‥」
「さて。こんな地下深くでは時刻もわかりませんが、恐らく夜に差し掛かる頃でしょう。地上の様子も気になりますが、今夜は皆さん、ここで過ごして下さい。とりあえず、私はアリアさんの薬を調合してみます」
ウェザの言葉を遮りながらシーカーはそう言い、実験場のある方へと向かう。ノルマルはその後を追い、
「さっき、実験場で見たわ。魔族の女性、ナエラを」
それを聞いたシーカーは目を丸くし、小さく微笑んで頷いた。
「今もきっと、彼女とヨミが‥‥エクスを守ってくれているわよね」
「ええーーきっと。それに、ナエラの父、魔剣使い、ネヴェルの意志も」
「‥‥」
ノルマルは胸に手を当て、
「あたし、ちょっとスッキリした。レイル王にも話したけど、でも、普通の人って言うのかしら。ウェザとアリアにあたしがしたこと全部話して‥‥でも、二人は過去のことなんかどうでもいいって顔してた。エクスも‥‥そうだった。彼にはまだ話せていないけど、彼はあたしの過去に踏み込んでこようとしなかったわ」
それが、なんだか心地好かった。自分の罪はもう、赦されているのかもしれない。彼らと居る時だけ、そんな錯覚を感じるのだ。
「ーーそうだ、ノルマルさん。ここには食料庫があるんです。もちろん、腐らないような設備を作りました。私は今から薬を作るので、料理を作ってもらえませんか?皆さん、お腹を空かしているでしょうし」
言われてノルマルは「いいわよ」と言ったが、すぐに嫌な顔をし、
「リダとルヴィリにも作らなきゃダメなの?」
「胃袋を掴むのも大事ですよ。散々、人々を殺めて来た二人で、思うところはあります。しかし、今は彼らの力を利用しなければなりません」
「‥‥まあ、そうだけど。アリアが可哀想よ。友達だったのよね?リダに殺されたあのシスター」
「ですね、アリアさんは今、色んな意味で大変でしょうねぇ」
「?」
肩を竦めながらシーカーは言い、そのまま実験場へと入って行く。
ーー犯し続けた罪から逃げて、また独りよがりに生きて‥‥また、捨てていくのか?
久し振りに昔の事を話したからだろう。遠い昔に投げられた言葉を思い出し、ノルマルはため息混じりに笑った。
「もう‥‥あたしは逃げないし、捨てないわ、囚人」
もしかしたら、家族よりも、誰よりも、自分を愛してくれた人。でも、その愛に応えられないまま、自分は彼より先に老い、彼の前から消えた。
自分が居なくなった後、彼は幸せに生きただろうか。
だから、願った。
弟は彼をーー囚人と呼ばれた男を愛していた。
叶うならーーいつか魂が赦された時、弟が囚人と再会出来ますように。
(でも、まさか‥‥そうくるとはね)
アイスビレッジで暮らす少年シイナ。彼の姿はまさしく弟だった。
そして、少女リグレット。男勝りな彼女は‥‥囚人にそっくりだった。
(そして、オウル‥‥コアの姿と声をした人。レンジロウの娘は、忘却の地の孤独の城の王女、リフェ)
魂の通り道ーー果ての世界。
その場所が本当にあるならば、見知った顔をした人達の魂がこの時代に生まれ変わった理由がわかるかもしれない。
(それも知りたい。でも今は、エクス‥‥あなたを一番に助けるわ。あたしの、友達‥‥!)
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