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三章【繋がり】
3-11 ありがとう(前編)
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ーー遺跡が崩れていく。
「レイラ‥‥レイラ‥‥!」
リオは気を失っている彼女に声をかける。
彼女の目がうっすらと開いた。相変わらず、綺麗な赤が輝いている。
「リオ‥‥私、もう、人間じゃなくなってる?」
レイラが弱々しくリオに聞いた。
レイラの両腕ではまだ、無数の目が瞬きを繰り返している。
「ううん‥‥大丈夫。レイラ、君は人間だよ、人間だ」
リオは優しく言った。
「‥‥リオ。ごめんなさい‥‥私、あなたにひどいこと‥‥した。右目を‥‥私が奪った。ひどいこと、たくさん‥‥言った。あなたを、裏切った‥‥ごめ‥‥なさ‥‥」
リオは力なく首を横に振り、
「いい‥‥いいよ、そんなの。君の我が儘には、慣れちゃったから」
リオは、涙を流しながら笑う。
「‥‥リオ、早く、ここを出なきゃ。私はいいから‥‥あなたは早く、ここから出なきゃ」
「なに言ってるの‥‥私、レイラを‥‥レイラちゃんを助けるためにここまで来たんだよ」
リオはレイラの手を握り、ただただ、微笑むばかりだった。
「リオ君ーー!早くこっちに来て!!リオ君!早く!!お願いだよ!!」
悲痛な声でハトネが叫んでいるのが聞こえる。
「ほら、呼んでるわ。あなたの、仲間が‥‥」
弱々しい声でレイラが言い、リオは目を閉じた。
(不死鳥‥‥レイラちゃんを助けることは‥‥できないの?)
リオがそう聞けば、
(主よ。悪魔の術にかかった者を生かすことは、たとえ神の力であろうとも無理なのだ。生かすことは出来ぬが、人のまま終わらせてやることは出来る。人間ではなくなるというその代償をなくすことは出来る。だが、手遅れだ‥‥)
その言葉に、リオは目を開ける。
手遅れ━ー。レイラの命はもう保たない、不死鳥はそう言いたいのだろう。でも、それでも。
「レイラちゃん‥‥ごめん‥‥」
リオは悔しげに言い、
「不死鳥、お願い‥‥手遅れでも、それでも‥‥」
リオがそう言うと、リオの右手から光が溢れ出した。その光を、レイラの両腕に翳す。
「‥‥あ」
それを見たレイラが小さく声を出した。その光によって、見る見るうちに、両腕の目が消えていくのだ。
「レイラちゃん、ごめん‥‥ごめんね‥‥!助けるって言ったのに!!こんなことしか‥‥私にはできない、できないよぉ‥‥」
嗚咽を漏らし、リオは泣く。
涙と鼻水で濡れたリオの顔を見て、レイラは静かにほくそ笑み、
「‥‥ううん。ありがとう、リオ‥‥」
「えっ‥‥」
礼を言われ、リオは首を傾げた。
「だって、人のまま死ねるんでしょ‥‥?それなら、いいの‥‥ありがとう‥‥」
彼女自身、悟っていた。自らの、命の限界を。
「リオちゃん達、何をぐずぐずしてるのかしら!早くしないと‥‥遺跡が‥‥」
フィレア達が焦る中、カシルは静かに二人を見ていた。
「‥‥」
リオは諦めたように、何かを決めたように、レイラを見つめて、
「レイラちゃん、私は祝福するから。君がカシルを好きなのを、祝福するから‥‥たった、それだけのことだったのにね‥‥」
リオは微笑み、
「だから、お願いがあります」
「‥‥?」
レイラは不思議そうにリオを見つめ返す。
「ーー次に会う時には、また友達になって下さい」
そう言って、リオはにっこりと笑った。
「まあ‥‥そんなの‥‥リオ、当然、でしょ?ずっと、友達よ‥‥次も‥‥」
レイラは微笑む。
「ありがとう、リオ。この石‥‥いつもちゃんと、持ってるのね」
レイラはリオが首にかけている、青い石に触れた。
「私の石‥‥あなたに預けてもいい?」
あの日、フォード国でお揃いで買った青い石ーー約束の石。
レイラは自らの石を取り出すと、リオの手に置いた。
「レイラちゃん?」
「次に会った時‥‥返してよね?」
「うん‥‥必ず、返すよ。私、レイラちゃんが大好き。友達で‥‥まるで、姉妹みたいだった。君は私の初めての‥‥たった一人の、友達だよ」
「私も‥‥」
レイラは小さく笑う。
「ねえ、リオ。私‥‥カシル様を好きでいても、いいのよね」
「うん‥‥もちろんだよ」
「私ね‥‥あの方の孤独な目を‥‥悲しい目を‥‥なくしてあげたかったの」
レイラの言葉に、リオは驚いた。
「孤独?悲しい?カシルが?」
「ええ‥‥私、あの方の笑顔が見たいと思ったの。それで、思ったわ。これは恋だ‥‥って」
レイラはおかしそうに笑う。
「でも、私じゃ駄目だった‥‥カシル様の心を溶かすことはできなかった。国を捨て、母を捨て‥‥友達まで捨てたのに‥‥それでも、今もまだ、私はカシル様が好き。私がカシル様と過ごした四年間でね‥‥私があなたや国のことを思い出し、泣いた日があったの」
レイラは懐かしそうに話し出し、
「その時、カシル様がたった一度だけ‥‥私を抱き締めてくれたの。『大丈夫、俺がいる』‥‥そう言ってくれた」
それを聞き、
(そんなことが‥‥カシル、あなたは、レイラちゃんのことを?)
リオは意外な考えをしてしまう。
「嬉しかった‥‥本当に、嬉しかった。その時ますます思ったの。この人の為なら、全てを捨ててもいいって。だから‥‥あなたに酷い事をすることができたの‥‥ごめんなさい‥‥」
段々と、レイラの声が小さくなっていくことにリオは気づいた。
「本当に、好きだったんだね‥‥」
リオは泣きながら笑う。
レイラがカシルの話をする時は、とても幸せそうなのだ。
少しだけ、悔しいけれど。
「‥‥リオ。もう、最期みたい‥‥」
レイラが言って、リオは顔をくしゃくしゃにして泣いて、
「私‥‥あれからずっと‥‥レイラちゃんの為だけに‥‥頑張ったのに‥‥こんなっ‥‥」
そっと、レイラがリオの髪を撫でる。
「私、お母様に謝りに逝かなくちゃ‥‥ね?」
彼女はもう、全てを受け入れていた。
「‥‥私を、ひとりにしないで‥‥」
それでも、リオは泣き続ける。
「あなたは‥‥一人じゃない、でしょ?」
その言葉に、リオは首を振り、
「友達は‥‥レイラちゃんだけだよ‥‥」
レイラは目を細めて小さな友を見つめ、
「身勝手だけど‥‥私は、後悔しないわ‥‥この結末を。あなたに、会えた‥‥カシル様を、好きになれた‥‥それだけで、いい。それでいいの」
レイラは心からの言葉を紡いだ。
「だから、あなたも‥‥後悔しないで」
レイラは最期にリオを瞳に映し、ゆっくりと目を閉じる。
「カシル‥‥様‥‥」
ーーあの時と同じ、女王の死の時と同じ‥‥
静寂が、リオを包んだ。
最期に友の姿を。
最期に愛しき者の名を。
レイラは、救われたのだろう。幸せだったのだろう。
きっとーー。
「うっ‥‥うぅ‥‥あぁぁああ‥‥」
リオは声にならない声で泣いた。
自身の、無力さを嘆いた。
ーー遺跡の崩れが激しくなる。
「ねぇ!リオ君の様子が‥‥」
リオとレイラの様子は遠くてよくは見えないが、ハトネが異変に気づき、
「恐らくは‥‥」
フィレアは、静かに目を瞑る。
「王女様‥‥リオさん‥‥」
ラズも祈るように目を瞑った。
カシルは表情ひとつ変えずに、
「早くしないとお前らも死ぬぞ」
なんて言って、
「そんなこと言ったって‥‥あなたのせいでしょう!?あなた達が世界を壊そうとさえしなければ、フォード国は‥‥女王様は‥‥王女様は!!」
フィレアが怒鳴れば、
「言い争っている場合ではありませんよ」
どこからか聞こえた女性の声、そして現れた姿に、
「あっ、あなたは!」
ハトネには見覚えのある姿だった。
「サジャエル‥‥」
カシルが舌打ちをしながらその名を呼ぶ。
道を開く者ーーサジャエルが現れたのだ。
「えーっと、誰?」
フィレアが言い、ラズはじっと、彼女を見据えて‥‥
二人はサジャエルと会うのは初めてだった。
「この遺跡は封印され、崩壊するでしょう。ですが、一時的に崩壊を弱めることができます。その間に、早くリオを連れてここから出ましょう」
サジャエルが言えば、それにカシルは舌打ちし、彼は短く呪文を唱える。
「あっ!転移の呪文!」
ハトネがとっさに気づき、
「カシル!待ちなさい!」
フィレアが止めるが、カシルはその場から姿を消した。
「くっ‥‥」
フィレアは悔しそうに歯を噛み締める。
それと同時に、疑問が芽生えていた。
戦いの最中、カシルは確かにフィレアに向けて魔術を放った。
しかし、不思議なことに、フィレアには当たらなかったのだ‥‥
周りの地面に被害が及んだだけで‥‥
(あれは、わざと外したの?偶然よね‥‥?)
◆◆◆◆◆
「あっ‥‥うっ、うぅ‥‥私は、私は‥‥レイラちゃんを、救えなかった‥‥守れなっかった‥‥約束っ、したっ‥‥のに‥‥なんの為の、力だよっ‥‥」
リオはレイラから受け取った青い石を握り締める。
「うっ‥‥ごほごほっ‥‥はぁ‥‥はあ、レ、イラちゃ‥‥」
ロナスの魔術の槍で受けた傷口から、血が流れていた。
リオはレイラをーー彼女の亡骸をこんなところに残すことはしたくなかった。
「誰か、誰か、レイラを‥‥どうか、彼女だけでも‥‥」
懇願の声は誰にも届かない。
願いは届かない。
リオはただ、嘆くことしかできなかった。
すると、遺跡の崩壊が弱まったのに気が付く。
ちらっと、遠くにいるハトネ達の方を見ると‥‥
「あれは‥‥サジャエル」
「リオ、こちらに来なさい。あなたはまだ助かります。一時的に崩壊を弱めました。しかし、遺跡は崩れるでしょう。そうなる前に、こちらへ」
サジャエルが言って、
「行けない‥‥」
と、リオはレイラを見る。
「リオさん!!なぜ!?」
ラズが聞けば、
「レイラ一人逝かせて‥‥私が生きるなんて‥‥約束、守れなかった‥‥」
「違う!!違うよリオ君‥‥!レイラ王女はきっと、あなたには生きててほしいんだよ!!」
ハトネが叫び、届かぬ手を伸ばすが、リオはレイラの傍を離れようとしない。
「馬鹿ーー!!リオちゃん‥‥!!」
フィレアの声も、誰の声も、リオには届かなくて‥‥
「必ず、帰るから‥‥みんなの所に、帰るから」
リオはそう言って、ゆっくりと、レイラの亡骸を抱き締める。
「だから、先に行ってて。大丈夫、絶対に‥‥生きて、戻るから。だって、シュイアさんにも、あれっきり会えてないもん」
リオはにこっと笑った。
「リオ君‥‥」
ハトネは涙を流す。
「必ずよ‥‥必ずだからね!?死んだら、許さないわよ!シュイア様を、悲しませないで!?」
フィレアはきつく言って‥‥
「‥‥」
ラズは言葉が出なかった。
「リオ、あなたは見届ける者。死など、有り得ません」
意味深な事を言うサジャエルに、ラズは驚くように横目に彼女を見る。
「‥‥私は不老になったけど、不老と、不死は違うよね‥‥私もいつかは、死ぬ日が来る」
リオは薄く微笑んだ。
「ーー三人共、私の周りに集まるのです。転移の魔術を唱えます」
サジャエルが言い、
「その魔術でリオちゃんを連れていけないの!?」
フィレアが聞けば、
「‥‥あの場所は、少々危険なのです、私は近寄れません」
サジャエルはそう答える。
「‥‥リオ君、待ってるから!!」
ハトネの叫びが聞こえた。
四人の体が透けていく。転移の準備が整ったのだろう。
「‥‥ごめんね‥‥」
小さく、リオがそう言ったような気がして‥‥
「え?」
と、最後にハトネのそんな、間抜けな声が聞こえて、リオは苦笑した。
四人は無事に脱出できた。
この場に残されたのは、自分とレイラだけ。
リオは目を閉じ、体を仰向けにする。
ぼんやりと、遺跡が崩れていく様を見つめていた。
「レイラ‥‥レイラ‥‥!」
リオは気を失っている彼女に声をかける。
彼女の目がうっすらと開いた。相変わらず、綺麗な赤が輝いている。
「リオ‥‥私、もう、人間じゃなくなってる?」
レイラが弱々しくリオに聞いた。
レイラの両腕ではまだ、無数の目が瞬きを繰り返している。
「ううん‥‥大丈夫。レイラ、君は人間だよ、人間だ」
リオは優しく言った。
「‥‥リオ。ごめんなさい‥‥私、あなたにひどいこと‥‥した。右目を‥‥私が奪った。ひどいこと、たくさん‥‥言った。あなたを、裏切った‥‥ごめ‥‥なさ‥‥」
リオは力なく首を横に振り、
「いい‥‥いいよ、そんなの。君の我が儘には、慣れちゃったから」
リオは、涙を流しながら笑う。
「‥‥リオ、早く、ここを出なきゃ。私はいいから‥‥あなたは早く、ここから出なきゃ」
「なに言ってるの‥‥私、レイラを‥‥レイラちゃんを助けるためにここまで来たんだよ」
リオはレイラの手を握り、ただただ、微笑むばかりだった。
「リオ君ーー!早くこっちに来て!!リオ君!早く!!お願いだよ!!」
悲痛な声でハトネが叫んでいるのが聞こえる。
「ほら、呼んでるわ。あなたの、仲間が‥‥」
弱々しい声でレイラが言い、リオは目を閉じた。
(不死鳥‥‥レイラちゃんを助けることは‥‥できないの?)
リオがそう聞けば、
(主よ。悪魔の術にかかった者を生かすことは、たとえ神の力であろうとも無理なのだ。生かすことは出来ぬが、人のまま終わらせてやることは出来る。人間ではなくなるというその代償をなくすことは出来る。だが、手遅れだ‥‥)
その言葉に、リオは目を開ける。
手遅れ━ー。レイラの命はもう保たない、不死鳥はそう言いたいのだろう。でも、それでも。
「レイラちゃん‥‥ごめん‥‥」
リオは悔しげに言い、
「不死鳥、お願い‥‥手遅れでも、それでも‥‥」
リオがそう言うと、リオの右手から光が溢れ出した。その光を、レイラの両腕に翳す。
「‥‥あ」
それを見たレイラが小さく声を出した。その光によって、見る見るうちに、両腕の目が消えていくのだ。
「レイラちゃん、ごめん‥‥ごめんね‥‥!助けるって言ったのに!!こんなことしか‥‥私にはできない、できないよぉ‥‥」
嗚咽を漏らし、リオは泣く。
涙と鼻水で濡れたリオの顔を見て、レイラは静かにほくそ笑み、
「‥‥ううん。ありがとう、リオ‥‥」
「えっ‥‥」
礼を言われ、リオは首を傾げた。
「だって、人のまま死ねるんでしょ‥‥?それなら、いいの‥‥ありがとう‥‥」
彼女自身、悟っていた。自らの、命の限界を。
「リオちゃん達、何をぐずぐずしてるのかしら!早くしないと‥‥遺跡が‥‥」
フィレア達が焦る中、カシルは静かに二人を見ていた。
「‥‥」
リオは諦めたように、何かを決めたように、レイラを見つめて、
「レイラちゃん、私は祝福するから。君がカシルを好きなのを、祝福するから‥‥たった、それだけのことだったのにね‥‥」
リオは微笑み、
「だから、お願いがあります」
「‥‥?」
レイラは不思議そうにリオを見つめ返す。
「ーー次に会う時には、また友達になって下さい」
そう言って、リオはにっこりと笑った。
「まあ‥‥そんなの‥‥リオ、当然、でしょ?ずっと、友達よ‥‥次も‥‥」
レイラは微笑む。
「ありがとう、リオ。この石‥‥いつもちゃんと、持ってるのね」
レイラはリオが首にかけている、青い石に触れた。
「私の石‥‥あなたに預けてもいい?」
あの日、フォード国でお揃いで買った青い石ーー約束の石。
レイラは自らの石を取り出すと、リオの手に置いた。
「レイラちゃん?」
「次に会った時‥‥返してよね?」
「うん‥‥必ず、返すよ。私、レイラちゃんが大好き。友達で‥‥まるで、姉妹みたいだった。君は私の初めての‥‥たった一人の、友達だよ」
「私も‥‥」
レイラは小さく笑う。
「ねえ、リオ。私‥‥カシル様を好きでいても、いいのよね」
「うん‥‥もちろんだよ」
「私ね‥‥あの方の孤独な目を‥‥悲しい目を‥‥なくしてあげたかったの」
レイラの言葉に、リオは驚いた。
「孤独?悲しい?カシルが?」
「ええ‥‥私、あの方の笑顔が見たいと思ったの。それで、思ったわ。これは恋だ‥‥って」
レイラはおかしそうに笑う。
「でも、私じゃ駄目だった‥‥カシル様の心を溶かすことはできなかった。国を捨て、母を捨て‥‥友達まで捨てたのに‥‥それでも、今もまだ、私はカシル様が好き。私がカシル様と過ごした四年間でね‥‥私があなたや国のことを思い出し、泣いた日があったの」
レイラは懐かしそうに話し出し、
「その時、カシル様がたった一度だけ‥‥私を抱き締めてくれたの。『大丈夫、俺がいる』‥‥そう言ってくれた」
それを聞き、
(そんなことが‥‥カシル、あなたは、レイラちゃんのことを?)
リオは意外な考えをしてしまう。
「嬉しかった‥‥本当に、嬉しかった。その時ますます思ったの。この人の為なら、全てを捨ててもいいって。だから‥‥あなたに酷い事をすることができたの‥‥ごめんなさい‥‥」
段々と、レイラの声が小さくなっていくことにリオは気づいた。
「本当に、好きだったんだね‥‥」
リオは泣きながら笑う。
レイラがカシルの話をする時は、とても幸せそうなのだ。
少しだけ、悔しいけれど。
「‥‥リオ。もう、最期みたい‥‥」
レイラが言って、リオは顔をくしゃくしゃにして泣いて、
「私‥‥あれからずっと‥‥レイラちゃんの為だけに‥‥頑張ったのに‥‥こんなっ‥‥」
そっと、レイラがリオの髪を撫でる。
「私、お母様に謝りに逝かなくちゃ‥‥ね?」
彼女はもう、全てを受け入れていた。
「‥‥私を、ひとりにしないで‥‥」
それでも、リオは泣き続ける。
「あなたは‥‥一人じゃない、でしょ?」
その言葉に、リオは首を振り、
「友達は‥‥レイラちゃんだけだよ‥‥」
レイラは目を細めて小さな友を見つめ、
「身勝手だけど‥‥私は、後悔しないわ‥‥この結末を。あなたに、会えた‥‥カシル様を、好きになれた‥‥それだけで、いい。それでいいの」
レイラは心からの言葉を紡いだ。
「だから、あなたも‥‥後悔しないで」
レイラは最期にリオを瞳に映し、ゆっくりと目を閉じる。
「カシル‥‥様‥‥」
ーーあの時と同じ、女王の死の時と同じ‥‥
静寂が、リオを包んだ。
最期に友の姿を。
最期に愛しき者の名を。
レイラは、救われたのだろう。幸せだったのだろう。
きっとーー。
「うっ‥‥うぅ‥‥あぁぁああ‥‥」
リオは声にならない声で泣いた。
自身の、無力さを嘆いた。
ーー遺跡の崩れが激しくなる。
「ねぇ!リオ君の様子が‥‥」
リオとレイラの様子は遠くてよくは見えないが、ハトネが異変に気づき、
「恐らくは‥‥」
フィレアは、静かに目を瞑る。
「王女様‥‥リオさん‥‥」
ラズも祈るように目を瞑った。
カシルは表情ひとつ変えずに、
「早くしないとお前らも死ぬぞ」
なんて言って、
「そんなこと言ったって‥‥あなたのせいでしょう!?あなた達が世界を壊そうとさえしなければ、フォード国は‥‥女王様は‥‥王女様は!!」
フィレアが怒鳴れば、
「言い争っている場合ではありませんよ」
どこからか聞こえた女性の声、そして現れた姿に、
「あっ、あなたは!」
ハトネには見覚えのある姿だった。
「サジャエル‥‥」
カシルが舌打ちをしながらその名を呼ぶ。
道を開く者ーーサジャエルが現れたのだ。
「えーっと、誰?」
フィレアが言い、ラズはじっと、彼女を見据えて‥‥
二人はサジャエルと会うのは初めてだった。
「この遺跡は封印され、崩壊するでしょう。ですが、一時的に崩壊を弱めることができます。その間に、早くリオを連れてここから出ましょう」
サジャエルが言えば、それにカシルは舌打ちし、彼は短く呪文を唱える。
「あっ!転移の呪文!」
ハトネがとっさに気づき、
「カシル!待ちなさい!」
フィレアが止めるが、カシルはその場から姿を消した。
「くっ‥‥」
フィレアは悔しそうに歯を噛み締める。
それと同時に、疑問が芽生えていた。
戦いの最中、カシルは確かにフィレアに向けて魔術を放った。
しかし、不思議なことに、フィレアには当たらなかったのだ‥‥
周りの地面に被害が及んだだけで‥‥
(あれは、わざと外したの?偶然よね‥‥?)
◆◆◆◆◆
「あっ‥‥うっ、うぅ‥‥私は、私は‥‥レイラちゃんを、救えなかった‥‥守れなっかった‥‥約束っ、したっ‥‥のに‥‥なんの為の、力だよっ‥‥」
リオはレイラから受け取った青い石を握り締める。
「うっ‥‥ごほごほっ‥‥はぁ‥‥はあ、レ、イラちゃ‥‥」
ロナスの魔術の槍で受けた傷口から、血が流れていた。
リオはレイラをーー彼女の亡骸をこんなところに残すことはしたくなかった。
「誰か、誰か、レイラを‥‥どうか、彼女だけでも‥‥」
懇願の声は誰にも届かない。
願いは届かない。
リオはただ、嘆くことしかできなかった。
すると、遺跡の崩壊が弱まったのに気が付く。
ちらっと、遠くにいるハトネ達の方を見ると‥‥
「あれは‥‥サジャエル」
「リオ、こちらに来なさい。あなたはまだ助かります。一時的に崩壊を弱めました。しかし、遺跡は崩れるでしょう。そうなる前に、こちらへ」
サジャエルが言って、
「行けない‥‥」
と、リオはレイラを見る。
「リオさん!!なぜ!?」
ラズが聞けば、
「レイラ一人逝かせて‥‥私が生きるなんて‥‥約束、守れなかった‥‥」
「違う!!違うよリオ君‥‥!レイラ王女はきっと、あなたには生きててほしいんだよ!!」
ハトネが叫び、届かぬ手を伸ばすが、リオはレイラの傍を離れようとしない。
「馬鹿ーー!!リオちゃん‥‥!!」
フィレアの声も、誰の声も、リオには届かなくて‥‥
「必ず、帰るから‥‥みんなの所に、帰るから」
リオはそう言って、ゆっくりと、レイラの亡骸を抱き締める。
「だから、先に行ってて。大丈夫、絶対に‥‥生きて、戻るから。だって、シュイアさんにも、あれっきり会えてないもん」
リオはにこっと笑った。
「リオ君‥‥」
ハトネは涙を流す。
「必ずよ‥‥必ずだからね!?死んだら、許さないわよ!シュイア様を、悲しませないで!?」
フィレアはきつく言って‥‥
「‥‥」
ラズは言葉が出なかった。
「リオ、あなたは見届ける者。死など、有り得ません」
意味深な事を言うサジャエルに、ラズは驚くように横目に彼女を見る。
「‥‥私は不老になったけど、不老と、不死は違うよね‥‥私もいつかは、死ぬ日が来る」
リオは薄く微笑んだ。
「ーー三人共、私の周りに集まるのです。転移の魔術を唱えます」
サジャエルが言い、
「その魔術でリオちゃんを連れていけないの!?」
フィレアが聞けば、
「‥‥あの場所は、少々危険なのです、私は近寄れません」
サジャエルはそう答える。
「‥‥リオ君、待ってるから!!」
ハトネの叫びが聞こえた。
四人の体が透けていく。転移の準備が整ったのだろう。
「‥‥ごめんね‥‥」
小さく、リオがそう言ったような気がして‥‥
「え?」
と、最後にハトネのそんな、間抜けな声が聞こえて、リオは苦笑した。
四人は無事に脱出できた。
この場に残されたのは、自分とレイラだけ。
リオは目を閉じ、体を仰向けにする。
ぼんやりと、遺跡が崩れていく様を見つめていた。
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