一筋の光あらんことを

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七章【遠い約束】

7-4 神様のいる村で

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ここに来てから数日が経った。何もなく、穏やかな時間だけが流れていく。だが、

(シュイアさんにカシルにハトネ。オレの知っている三人なのだろうか。それに、どうしたら帰れるんだ?まさかここは、サジャエルが作り出した世界?だとしたら‥‥)

どうすることもできなくて、クリュミケールは村にある公園のベンチに座りながら、ぐるぐると思考を巡らすことしかできない。

「えいっ」

ポコッ。

「やあっ」

ポカッ。

間の抜けた音と、覇気のない声が何度も繰り返される。公園の砂場で、シュイアとカシルが木剣で剣の練習をしていたのだ。

「クリュミケールお姉ちゃーん!」

急にカシルが声を掛けてきて「なんだい?」と、クリュミケールは顔を上げる。

「お姉ちゃんの剣技を見せてほしいな」

そう言われ、

「ボクも見たいー!」

シュイアも走り寄ってきた。

「剣技って‥‥そんな大したものは‥‥」

クリュミケールが両手を前に出し、無理だと断ろうとしたが、

「ほら!お姉ちゃんの分の木剣もあるよ」

と、カシルが手渡してきて、クリュミケールはそれを受け取る。子供用の為、小さくて持ちにくい。クリュミケールが手渡されたそれをじっと見ていると、ポカッ!と、頭に軽い痛みが走り「いたっ」と、クリュミケールは片目を閉じた。
どうやらカシルの木剣だったようで、

「ほらほらお姉ちゃん!早くしないとオレたちがお姉ちゃんをたおしちゃうよ!」

なんて言われて、やれやれとクリュミケールはベンチから立ち上がる。
やる気になってくれたんだと気づき、シュイアとカシルが小さな腕でクリュミケールに木剣を突き付けてきたが、

「ほいっと」

クリュミケールは手渡された木剣で、少年二人の木剣を振り払い、二つの木剣はくるくると宙に浮いて弧を描き、カランカランッと音を立てて地面に落ちた。

「えーっ!」
「そんなぁーっ!」

シュイアとカシルは落胆の声を上げ、それぞれ地面に落ちた木剣を拾う。

(まあ‥‥相手は子供だ。そりゃ力の差が違うよなぁ‥‥そうか。シュイアさんがオレに剣を教えてくれたあの日、シュイアさんもこんな気持ちだったのかな)

あの日を思い出し、クリュミケールは少しだけ悲しそうに笑った。

「すごいなー。ボクもいつか、お姉ちゃんみたいにならなきゃなー」

シュイアがブンブンと木剣で素振りをしながら言って、その小さな腕を見つめ、

(もし君がシュイアさんなのだとしたら‥‥オレに剣を教えてくれたのは、君なんだよ)


◆◆◆◆◆

日が暮れて、三人は家に戻っていた。

「お姉ちゃん、ずーっとここにいたらいいのに」

ソファーに座りながらカシルがそう呟く。

「ボクも!なんだか、お姉ちゃんはお母さんで、お父さんみたい」

次にシュイアがそう言って。

両親がいない、顔すら知らない、その温もりを一切知らない二人にとって、こうやって二人以外の誰かと共に過ごす日々は、新鮮なことなのだろう。

(私には、シュイアさんがいた。そして、アドルが家族というものを教えてくれた)

クリュミケールは少年二人の気持ちを理解し、

「そうだね‥‥まだ、帰る場所もないし、もうしばらくここにいてもいいかな?」

そう尋ねた。当然、シュイアもカシルもそれはそれは嬉しそうな顔をして大きく頷き、

「やった!ボク、本当はうらやましくて。みんな、お父さんとお母さんがいるから‥‥」
「でも、お姉ちゃんがいてくれるなら、さみしくないね!」

シュイアとカシルは満面の笑顔でお互いの顔を見てそう笑い合う。
クリュミケールはゆっくりと二人に腕を伸ばし、

「約束する。必ず、守る」

そう言って、二人の少年を抱き締めた。とても小さくて、か細い体だ。

「二人のことは、私が守る。何があっても、どんなことがあっても、私は二人を裏切らない。何年経っても、どんなに月日が流れても、二人がどんな運命を選んでも‥‥私が二人の傍にいる。私はずっと、二人の味方だよ。これだけは、誓うよ、絶対に」

遠き日の二人に、クリュミケールはそう、言葉を向けた。二つの小さな体が小刻みに揺れ、泣いているんだとわかった。その体をより一層強く、クリュミケールは抱き締める。


ーーその日の晩は、美しい満月が夜空に浮かんでいた。
色々なことを考えすぎてなかなか眠れなかったクリュミケールはベランダに出て、夜空を眺めていた。

(とは言ったものの、いつまでもここにいるわけにもいかない。でも‥‥幼い二人をこのままにするのも‥‥)

一体、どうするべきなのか。クリュミケールはベランダの柵に項垂れる。すると、

「あれー?お姉ちゃん、どうしたの?」

と、眠そうな声が後ろから掛けられて、

「カシル?‥‥君こそどうしたんだ?」
「トイレに行ってたー」

へへっと彼は笑い、こちらに歩いて来て、ちょこんとクリュミケールの横に並んで夜空を眺めた。

「子供はもう寝ないと」
「すぐ寝るよー」

そう言って、カシルは少しだけ暗い表情になり、

「やっぱり、お姉ちゃんはいつかいなくなっちゃうの?だって、ずっとここにはいれないよね。旅人さんだもん」

その言葉に、クリュミケールは押し黙る。

「でも、さっきの、嬉しかったな!オレたちを守るって言ってくれたの!」

カシルはクリュミケールに顔を向けて微笑み、

「いつかオレ‥‥大きくなったら強くなって、お姉ちゃんより強くなって、必ずあなたの隣に立てるような人間になるよ」

真っ直ぐな目でそう言った。

「ん?立ってるじゃないか、今」

それに、クリュミケールはクスリと笑って言う。

「ちっ、ちがうよー!そんなんじゃないよ!」

カシルは頬を膨らませ、

「出会ってまだちょっとだけど、オレ、お姉ちゃんのこと大好きだよ!」
「‥‥」
「だから、約束!もし、お姉ちゃんがいなくなっても、オレは会いにいくよ、さがしにいくから、待ってて」

カシルのその言葉に、フォード国、そしてスノウライナ大陸の遺跡で『やっと会えた』と言って、自分を抱き締めてきたカシルを思い出す。
もし本当に、これがカシルの過去だとしたら、疑問だった彼の行動や言葉の意味が、わかるような気がした。

「そっか‥‥ありがとう。じゃあ、約束しよう」

クリュミケールはズボンのポケットをごそごそと探り、まだ青く淡い輝きを放った、自分の【約束の石】を取り出し、それをカシルの首に掛けてやる。

「もし、私と君が離れ離れになって違う道を歩んだとしても‥‥またいつか会えるように、いつかこうしてまた、同じ道を行けるように、約束をしよう」
「うっ、うん!でも、このペンダントは?すごくきれい‥‥」
「これは【約束の石】と言って、願いが叶うと言われているお守りなんだ。いつか、君に何か願い事があれば、その石に願うといい」

クリュミケールはその石のおかげで、レイラに命を救われたことを思い出す。今でも、光を失ったレイラの約束の石を大事に持っていた。


◆◆◆◆◆

翌朝、村は異様な静けさに包まれていた。更には大きな地震が起きて‥‥
しかし、そんな中でも少年二人はすやすやと眠っていて、クリュミケールは異変に気づき、家の外に出る。
その光景に、クリュミケールは絶句した。
昨日までのどかだった村が半崩壊しているではないか‥‥!
地面には幾つもの大穴があいていて、村人達が倒れている。

「大丈夫ですか!?」

クリュミケールは近くに倒れていた女性の元に駆け寄り、その体を揺するが、呼吸をしていなかった。

(体に外傷はない‥‥一体、何が‥‥)

他に倒れている村人達も、なんの傷も負っていないが、すでに絶命していて‥‥村に来た日に迎えてくれた老婆も、もう‥‥

それから村全体を見て回るが、悲惨な光景と死臭が広がるだけで、原因が何も掴めない。まるで、ニキータ村の惨状のようだ。そして、ふと脳裏にハトネの姿が過る。
クリュミケールは急いで神様がいる遺跡の祭壇へと走った。そして、予想は当たった。

ハトネがいた水晶は粉々に砕けて床に散らばっていて、そこに彼女の姿はない。

(まさか‥‥ハトネがやったのか?いや、彼女がそんな‥‥そうだ!シュイアさんとカシルを安全なところに‥‥!)


◆◆◆◆◆

家に戻ると、二人はまだ眠っていて、クリュミケールは安堵の息を吐く。
しかし、背後から何かの気配を感じ、

「まだ生き残りがいたのですね」

と、聞き覚えのある声がして、クリュミケールは睨み付けるように振り向いた。

「厄介な封印されし神を消滅させに来たのですが‥‥逃げられてしまいました。まだあのような力が残っていたとは‥‥」

そう言った女性はため息を吐く。クリュミケールは女性を睨んだまま、

「サジャエル‥‥これはやはり、お前の仕業か。オレをここに連れて来たのは、お前か」

と、女性ーーサジャエルに言った。しかし、サジャエルは不思議そうにクリュミケールを見て、

「何を言っているのです?たかが人間風情が、何故私の名を?」

サジャエルは赤い目でこちらを見つめながら、首を傾げる。

(‥‥!そう、か。これは、本当に過去なのか。このサジャエルは、まだ私を知らないってとこか。じゃあ、ここにオレを連れて来たのは、サジャエルじゃない‥‥?でも、リオラのことは知ってるはずだよな)

クリュミケールはそう思い、

「‥‥ふん。リオラを知らないのか?この顔に見覚えは?」

リオラと似た顔であるクリュミケールはサジャエルに向かってそう聞いた。しかし、

「リオラ?誰ですかそれは」
「え?」
「私は得体の知れないあなたと話している暇はありません」

なんて、サジャエルはリオラのことを知らないようで‥‥

(なっ‥‥だって、サジャエルとイラホー、そしてリオラが、女神なんだろう?まだこの時代に、リオラはいないのか?わからない‥‥)

彼女達がいつから存在して、どれほど生きているのか、わからない。

「私はただ、神を消滅させに来ただけなのです。この村の遺跡の祭壇に封印された、神を。でも、逃げられてしまった‥‥さて、神を見つけねば。無駄話をしている暇はありません。そこの子供達共々、目撃者は消してあげましょう」

サジャエルはそう言って、両腕を大きく広げる。

「お前は‥‥何がしたいんだ!?」

クリュミケールは剣を抜き、サジャエルに向かって駆けた。

「女神に剣を向けますか‥‥」

サジャエルは呆れるように言い、呪文を唱え始める。彼女の眼前まで間合いを詰め、クリュミケールは切っ先を突き出すが、シュンッーーと、目の前でサジャエルの姿が消えた。

「愚かなり、人の子よ」

背後から、そんなサジャエルの声が聞こえる。そして、

「うー‥‥ん」

こんな騒ぎだ。少年達が起きてしまったようで、

「あれ、お姉ちゃん?この人は‥‥?」

シュイアは起き上がり、サジャエルを見る。
カシルも不思議そうな顔をしていて‥‥
そうして、サジャエルの口の端がニヤリとつり上がったことにクリュミケールは気づく。

瞬間ーー。
家どころか、村全体が激しい爆発に巻き込まれた。
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