とある日の何でもない話

無言

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使い捨てカメラ

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 引越し準備のために棚を整理していると、いつ買ったものか分からない使い捨てカメラが出てきた。
 残り撮影枚数を見てみると、もう使い切っている。カメラなんてスマートフォンでしか使わないのに、自分が使い捨てカメラを持っていたことに驚いた。
 しかし、いくら思い返してもこんなカメラを使った覚えが無い。撮影した写真を見れば思い出すだろうか。
「現像っていくらするんだ?」
 身に覚えのないカメラの中身が気になってしまって、近くのカメラショップを調べ始める。どうやら2000円もあれば現像が出来て、スマートフォンにデータを転送することもできるらしい。
 出掛ける予定はなかったが、散歩がてら駅前のカメラショップまで行って現像することにした。
 件のカメラと財布、スマートフォンだけ持って外へ出る。タバコを持っていこうとして、切らしていたことに気づいた。ライターだけを掴み、財布と一緒にポケットに突っ込む。
 外は春にしてはまだ肌寒い気温だが、柔らかな日光のおかげで上着を羽織る程でもない。
 祝日の街並みはいつもより少し賑わっていた。道すがら、駅前の商店街にあるカメラショップまでの経路を確認する。
 普段から使っている駅なのに、駅前にカメラショップがあることすら知らなかった。
 これまでの人生の中で、撮った写真を現像する機会なんて無かったから、仕上がった写真はどんな物になるのだろうと考えをめぐらせた。、
 インターネットには壮大な大自然の写真や、極彩色のスイーツ、仲間との記念写真が高画質で溢れている。
 手のひらで操る板の上ではなく、実際にモノとして質量を持つ写真とは、一体どんなものなのだろうか。
 学生時代にイベントの写真を購入できる仕組みはあったが、友人たちと各々のスマートフォンで撮影した写真以外に興味がなく、両親がどんな写真を購入しようとしていたかすらも覚えていない。
 これから現像しようとしている写真を撮った覚えは無いくせに、自分がどんな世界を切り取ったのかを想像すると、気分が浮ついた。
 駅に近づくにつれて活気づいていく街を歩いていると、目の前を猫が横切った。脱走した飼い猫だろうか。首輪に着いた鈴をリン、と響かせながら、あっという間に雑踏に紛れていく。
 こういう猫の写真も、電子の海の中ではありふれている。しかし、ポケットに突っ込んだ使い捨てカメラの中にある写真は、猫の写真では無い、ような予感がする。
 自分が今から手に入れる写真はどのようなモノであるのか想像できないまま、カメラショップにたどり着いた。
 店内には、これまで触れ合ったこともない重そうなカメラや、大小様々なレンズ、色とりどりのアルバムが並んでいる。
 素人目には違いの分からないレンズを吟味する中年の男や、使い捨てカメラを手に取る中学生くらいの女の子2人組、アルバム印刷の種類を話し合うカップルが、同じ空間で写真に向き合っていた。
 使い捨てカメラの現像を頼んだ店員の話によると、写真は数時間後には仕上がるらしい。スマートフォンで時間を確認すると、時刻は11:50を示していた。
 ちょうど昼時だ。食事がてら駅前で時間を潰すことにする。
 特に店選びに迷うことも無くわカメラショップがある駅前とは反対側の大通りにある、行きつけの町中華へ向かう。店内はそれなりに混みあっているものの、ほとんどの客がラーメンか、角に設置されたテレビで流れる昼の情報番組に夢中だ。
 チャーシュー麺と半チャーハン。来る度に注文する組み合わせの料理が出来上がるのを待つ間、なんとなしにテレビを眺める。
 この街から少し離れた大きなターミナル駅の近くに数ヶ月前オープンした、カジュアルイタリアンの店が特集されている。友人達との会話でも話題に上がる、新進気鋭かつ有名な店だ。
 垢抜けた店構えなのに、写真映えする料理に限らずボリュームのあるメニューも多いことから、女性客だけでなく男性にも人気、とリポーターが伝えている。野菜が沢山入ったアラビアータはちょっと食べてみたい気がした。
 しかし、目の前にチャーシュー麺と半チャーハンがやってくれば、意識と食欲はたちまち目の前の料理に向かう。いつ食べても変わらない味わいの料理を味わっているうちに、テレビ番組の特集は別の内容に切り替わっていた。
 現像が仕上がるまで時間があるからといつもよりのんびり食事を楽しみ、それでも空いた時間で駅前をフラフラと散策する。この駅はターミナル駅と呼ばれるような規模の駅ではないが、コンビニやスーパーだけでなく、娯楽や食事が楽しめる店もそれなりにある。
 しばらくウロウロしていれば、時間もつぶせるだろう。
 とはいえ、引越しを間近に控えている今はものを増やしている場合では無い。
 服や雑貨を見ても仕方ないし、家具や家電は一通り揃っている。欲しいゲームも今は特にない。いっそ久々に映画でも見ようかと思ったが、一人で映画館に行ったことが無いことに思い至り、映画館に入る前に引き返してしまった。見たい映画はあるが、鑑賞後すぐに感想を言い合える相手が居ない状況で映画館に行くことが、何だか躊躇われた。
 結局古本屋に入り、昔読んでいた漫画を数冊立ち読みすることにした。引越し荷物は少し増えるがまあいいと、そのまま気になっていた本や漫画を数冊とコンビニで飲み物とタバコを買ったあたりで、現像が仕上がる時間が近いことに気づく。そろそろカメラショップに戻っても良い頃合だろう。
 数時間ぶりのカメラショップに入ると、先客がカウンターでやり取りしていた。初老の男だった。
「ではこちらがお写真になります。データはこちらからアクセスしていただけます。」
「ありがとうございます。」
 声を弾ませて写真を受け取る男の後ろに並ぶ。男は写真を見るのが待ちきれないという様子で、受け取ったばかりの写真を何枚か確認していた。
 チラリと見えたのは赤ん坊の写真だった。きっと彼の孫なのだろう。振り返り、店を後にする男の顔は心底喜びに溢れていた。
「すみません、現像した写真の受け取りに来ました。」
 注文時に告げた名前を確認してもらい、自分が発注した写真が入った紙袋を受け取る。使い捨てカメラのフィルムを全て消費した写真の束は、予想していたより重く感じた。
「こちらお名前お間違いないでしょうか?」
「はい。」
「今回データ転送サービスもご一緒に注文いただきましたので、こちらのQRコードからご確認いただけます。」
「はい。ありがとうございました。」
 一通りの説明を受け店を後にした。そのままカメラショップからほど近い喫煙所へ向かい、紙袋から写真を取り出す。
 写っていたのは自分自身だった。
 咥えたタバコを思わず落としそうになり、慌てて指で支える。
 紫煙を吐いて、もう一度写真を確認する。
 部屋でアラビアータを食べる自分。真剣な顔でゲームに白熱する自分。町中華でラーメンを頬張る自分。運転する自分。ハイキングでバテそうになっている自分。眠っている自分。寝癖頭のままで、コーヒーを啜る自分。
 今より幾らか若かった頃の自分の姿が、そこにあった。写真の中に写りこんだカレンダーの日付を見てみると、これが2年前に撮影されたものだと言うことが分かる。俺が彼女の元を離れていったのも、2年前だった。
 一緒に食事をして、ゲームで遊んで、映画を見て。2人でそれなりに色んな場所へ行って、同じ部屋で時間を過ごした。その思い出の中に、確かに使い捨てカメラのシャッター音は存在していた。彼女はよく俺の写真を撮っていたのに、その事すら今の今まで忘れていた。
 現像した写真を全て確認する前に紙袋に戻す。
 タバコの煙を深く吸って、少ししてからゆっくり吐き出した。この写真が撮影された頃には吸っていなかったタバコが、今ではよく身体に馴染む。
 左手に持った写真の束は存外重くて、この質量を仕舞う場所があったかどうか、すぐには思い出せなかった。
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