異世界で演技スキルを駆使して運命を切り開く

第二章

不和

ある日のリハーサル後、エレナと数人の劇団員が私に近づいてきた。

「サラ、ちょっといいかしら？」

エレナの表情には、いつもの優しさはなく、どこか険しさがあった。
他の劇団員たちも何かを言いたげに見つめている。
その視線に、私は一瞬戸惑ったが、すぐに気を引き締めた。

「もちろん、何かあったの？」

エレナは少し間を置いてから言った。

「リオネルとの関係について、みんなが不安を感じているの。」

その言葉に私は驚きと戸惑いを感じた。
私とリオネルの関係について、なぜ不安を感じているのかが理解できなかった。
リオネルとは、ただ演技のトレーニングや劇団の運営について話し合うだけだったのに。

「どういう意味？」

エレナはため息をつき、他の劇団員たちの視線を受けて続けた。

「あなたとリオネルが毎日一緒にいることが多くて、特別な関係なのではないかって噂になっているの。私たちもリオネルを信頼しているけど、劇団のルールとして、恋愛は禁じられているから。」

「私たちは、ただ演技のトレーニングについて話し合っているだけよ。特別な関係なんてないわ、本当に。」

私は真剣に説明したが、エレナや他の劇団員たちはまだ不安そうな表情をしていた。
恋愛禁止のルールがあるなんて、知らなかった。
しかし、それを今言っても気持ちを逆撫でするだけだろう。
リオネルとの時間が劇団員から特別な時間に見えていたことに、私は気づいていなかった。

「でも、サラ、あなたが来てからリオネルの態度が変わったのは確かよ。私たちもリオネルが特別扱いしているんじゃないかって感じてしまうの。」

エレナの言葉に、私はリオネルの行動を思い返してみた。
彼は私に対していつも優しく、距離も近い。

「ごめんなさい、みんなに不安を感じさせてしまったのは私のせいね。でも、本当に特別な関係はないわ。リオネルと一緒に演技を向上させるために頑張っていただけなの。」

エレナは私の言葉を聞いて少しほっとしたように見えたが、まだ完全には納得していないようだった。
他の劇団員たちも同様に、不安げな表情を崩さない。

「あなたたちが抱き合っているところを見た子もいるのよ。リハーサル後に毎晩親密な雰囲気で過ごしているって。」

確かに思い当たる瞬間はあった。
けれどそれは、恋愛とは違う。信頼とか、親愛とか、そういう類の気持ちだと思う。

「ごめんなさい。それは誤解なんだけど、今は何を言っても言い訳にしか聞こえないでしょうね。恋愛とかそういうものではないので安心して。これから誤解されないように気をつけるわ。」

「……わかったわ、サラ。でも、これからはもっとみんなと一緒に過ごすようにしてほしいの。そうすれば、誤解も解けると思うから。」

「もちろん、そうするわ。みんなと一緒に頑張っていきたいし、劇団の一員としてもっと貢献したいもの。」

私の言葉に、エレナや他の劇団員たちも小さく頷いた。

その夜、私は自分の部屋で一人考え込んでいた。
異世界に来てから、リオネルの助けがなければここまでやって来られなかった。
彼への感謝の気持ちは本物だし、彼との時間が特別だったのも事実だ。
しかし、それが劇団の中で不和を生む原因になっていたなんて……。

私はいずれ元の世界に帰るかもしれないし、劇団の中をかき乱したい訳ではない。

翌日、私はリハーサル後の二人の時間にリオネルに話しかけた。

「リオネル、ちょっと話せる？」

彼に昨日の出来事を伝える必要があると感じたからだ。

「もちろん、どうしたんだ？」

リオネルは私の表情を見て、何か深刻なことがあると察したようだ。
私は劇団員たちとのやり取りを説明し、リオネルとの関係について誤解を解きたいと伝えた。

「そうか……そんなことがあったのか。」

リオネルは少し驚いたように見えたが、すぐに真剣な表情に変わった。

「サラ、君の気持ちはよくわかった。俺たちが一緒に過ごす時間が多いことが、他の劇団員たちに誤解を与えていたんだな。」

「そうなの。だから、なるべく二人きりになることは避けましょう。」

リオネルは頷き、考え込んだ。

「これからはトレーニングの時間をみんなに公開して、希望者は一緒に学べるようにしよう。そうすれば、君の演技スタイルやトレーニング方法をみんなが学べるし、誤解も解けるはずだ。」

「そうね、みんなで一緒に頑張っていけるようにしたいわ。」

「でもサラ……俺は……」

「何？」

気づくと、リオネルはすぐ近くに立っていた。
私の目をまっすぐに見つめている。
心臓が跳ねる。

「俺は……そう誤解されるのも仕方ないと思っている。」 

「え？それはどういう……。」

「俺にとって君と二人の時間は本当に特別なんだ……。たぶんあの日から……ずっと君の事を想っている。」

「え……。」

「女神像で出会ったあの日から、君のことが頭から離れない。」

「……！」

「俺は……。」

リオネルは、私の目を真っ直ぐに、真剣に見つめている。

「リ、リオネル……。もう！すっかり自然な演技が板についてきて。私をからかっているんでしょう？」

「からかってなんていない。」

彼の眼差しは真剣だった。

「でも……劇団内のルールが……。」

「君は旅の途中なんだろう？劇団の外に出ればルールなんて関係ないよ。」

「……！」

「困らせてごめん。今すぐ返事がほしいわけじゃないよ、劇団には君の力が必要だし、俺も劇団が大切だ。でも……気持ちを抑えられなかった。」

「リオネル……。」

私は顔に熱を持っていた。
彼に見つめられると動けなくなってしまう。

「サラ。今日もありがとう、また明日から、今まで通りに。」

そう言って、リオネルはリハーサル室を出ていった。
何とか取り繕いながら、目を伏せて頷くのがやっとだった。
心臓が早鐘のように鳴っている。


翌日、リオネルは劇団員たちを集め、私たちのトレーニング方法を公開することを発表した。
劇団員たちは初めは戸惑いながらも、次第に興味を持ち始めた。

「今日はサラが教えてくれるトレーニングをみんなでやってみよう。彼女の演技スタイルを学ぶことで、もっと自然な演技ができるようになるはずだ。」

リオネルの言葉に劇団員たちは頷き、私の指導に耳を傾けるようになった。
リオネルはいつも通りに接してくれているように見えてはいたが、明らかに距離を置かれているような気がした。
それだけ、これまでの距離がおかしかったのかもしれないのだが、今はそれがとても悲しく感じた。

私は彼らにリラックスして体を動かすトレーニングや、感情を自然に表現する方法を教えた。
次第に、劇団員たちは私の演技スタイルに興味を持ち、自分たちの演技にも取り入れていった。

リオネルも積極的にトレーニングに参加し、自ら手本を示すことで劇団員たちのモチベーションを引き上げた。
私たちの共同作業は、劇団員たちの演技力を徐々に向上させていった。

しかし、リオネルと私への誤解が解けても、エレナの心の中には不安が残っているようだった。
気づくと、エレナはいつもリオネルを目で追っている。
恋愛禁止のルールを必死に守っているのかもしれない……。
エレナはきっと、リオネルを想っているのだ。

気づくと、胸がチクリとした。
この痛みが何なのか、この時はまだ分からなかった。