異世界で演技スキルを駆使して運命を切り開く

井上いるは

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第五章

救護院の訪問者

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救護院に保護されてから数日が経った。
この日は雨が降っていた。
雨粒が窓を叩く音が響き、外の景色はぼんやりと滲んで見えた。
灰色の雲が空を覆い、冷たい風が木々をざわめかせていた。

雨音が聞こえて、眠りの浅い中で目を覚ました。
少しずつ体力は戻ってきているが、心には不安が残っていた。
廊下から朝食を用意する音が聞こえ、私はゆっくりとベッドから起き上がった。

その時、ドアがノックされた。
レイチェル夫人が部屋に入ってきて、私に知らせた。

「あなたを助けてくれた魔法師の方が来ています。事情聴取を行いたいそうです。お嬢様はこちらのワンピースに着替えましょうね。」

それはレイチェル夫人が着ているようなシンプルなワンピースだった。
確かに今着ているのは肌着のようなワンピースで、人前に出られるような服ではなかった。

「お借りします。」

少し緊張しながらも、彼女の言葉に従い慎重に着替えた。
応接室に向かうと、そこには私を助けた魔法師が立っていた。
彼は穏やかな表情で私に挨拶をした。

「おはよう、体調はどうだ?」

「おはようございます。少しずつ良くなっています。」

彼は頷いた。
表情はとても硬かった。
あまり笑わない人なのかもしれない。
冷静で、どこか冷たい印象も感じる。

「それは良かった。今日はあの日の話を聞きに来た。」

「はい。」

彼は私にソファに座るよう勧め、向かいに座った。

「まず、そなたの名と住まいを知りたい。」

記憶喪失の演技を続ける以上、真実を答えることはできない。
少しの沈黙の後、答えた。

「申し訳ありませんが、覚えていないんです。」

彼は少し眉をひそめたが、理解してくれたようだった。

「では、あの日、なぜあの場所にいて襲われていたのか、何か覚えているか?」

その質問にも答えることはできなかった。
頭を横に振るだけだった。

「申し訳ありません。何も思い出せないのです。気づいたら、男の人に引きずられている所でした。」

その瞬間、あの夜の恐怖がフラッシュバックのように蘇ってきた。
暗い森の中、冷たい風が吹きすさび、盗賊たちの荒々しい声が耳元で響いた。
「この女、高く売れそうだ」という言葉が再び頭に響いた。
力強い手に引きずられ、無力感と恐怖が全身を覆っていた。
何もできなかった。
ただ無力だった。

心臓が早鐘のように鳴り響き、全身に冷や汗が浮かんだ。
必死にその感情を抑えようとしたが、体が震えているのを感じた。

「大丈夫か?」

魔法師の声が遠くから聞こえるように感じた。
必死で微笑み、平静を装った。

「大丈夫です。すみません、少し思い出そうとしたら気分が悪くなってしまって……。」

彼は眉間にしわを寄せ、心配そうに私を見つめた。

「無理はしなくてよい。別の任務でたまたま探索魔法を使っていて、そなたを見つけられてよかった。」

探索魔法?
その言葉に疑念を感じながら、私は小さく頷いた。

「はい。本当にありがとうございました。」

彼の視線は鋭く、それでもどこか優しさ感じられた。
私はその眼差しに一瞬戸惑ったが、続けて話す彼の言葉に耳を傾けた。

「その後の調査は騎士団に依頼したのだが、あの日、そなたを見つけた場所から少し離れた山中で、争った形跡があったとのことだ。そこから連れ去られた可能性が高い。」

窓の外では雨がしとしとと降り続いていた。
その音が部屋の静寂を和らげていた。
彼の話に耳を傾けながら、祖父とリックさんのことが出なくてほっとした自分に気づき、少し罪悪感を感じた。

「そうですか……。魔法師様がいなければ、どうなっていたかわかりません。」

彼は頷いた。

「自己紹介がまだであったな。私は帝国魔法師団精鋭部隊副隊長のヴィンセントだ。」

ヴィンセントと名乗る男の別の任務とはきっと、あの日の魔法の痕跡を探すことだったに違いないと確信していた。
祖父に封印の魔法をかけてもらっていてよかった。

「精鋭部隊ということは、すごくお強いんでしょうね。」

「魔法が好きなだけだ。この国で魔法を研究するには、しがらみも多い。今回のように人助けができた時は素直に嬉しく思う。精鋭部隊は、現地で一人で行動することが多い。あまり人助けには向かないのでな。今回は間に合ってよかったと思う。」

そう言って、彼はうっすら微笑んだように見えた。
表情はほぼ変わっていない。
「あれ?聞いていた話と違う」というのが私の印象だった。
確かに冷たい印象はあるが、どんな非道なこともするとは違う気がする。
この人がそんなことをするようには思えなかった。

「魔法師様に助けていただけて、幸運でした。」

彼は窓の外を見た。
雨音が静かに響き、部屋に重い雰囲気が漂っていた。
彼の表情は硬いままだが、どこか安堵の色が見え隠れしているようだった。

「そなたはやはり、貴族の令嬢なのかもしれぬな。格好は町娘のようだったが、話してみると教育を受けてきたものに感じる。」

私は驚きで表情が変わった。
部屋の中の静けさが心の動揺を強調しているようだった。
彼の目が一瞬優しげに見えた。

「そうでしょうか?」

外の雨が窓ガラスに打ち付ける音が、私たちの間の静寂を埋めた。

「捜索願が出てもおかしくない。騎士団にも保護されている女性がいることを届けておこう。無事に家に帰れることを願っている。」

「はい……ありがとうございます。」

外の雨音が、私たちの間の静寂を埋めるように響いていた。

面談はここで終了となった。
ヴィンセントという男は、水色の美しい髪に、金の瞳がとても印象的だった。
表情筋はあまり動かないが、誠実な印象だった。
この人が私の敵なのかもしれないと思うと信じられず、悲しい気持ちになった。


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