異世界で演技スキルを駆使して運命を切り開く

井上いるは

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第五章

再会のぬくもり

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冷たい雨の中、私たちはしばらくその場に立ち尽くしていた。
リックさんの体温が心地よく、彼の存在が私を安心させた。

「まあ、お嬢さん、風邪ひきますよ!」

玄関からレイチェル夫人の声が聞こえて、一瞬で現実に引き戻された。

 「中に入ろう」とリックさんが言い、私は彼に導かれて玄関の中に戻った。

暖かい室内の空気が冷え切った体に染み込んできた。

レイチェル夫人がタオルを持って駆け寄ってきた。

「濡れてしまいましたね。着替えをお持ちします。温かいものも用意しますので召し上がってください。」

レイチェル夫人に促されるまま、私とリックさんは応接室に入った。

リックさんは泥だらけの服を着替えるため、衝立の奥へと案内した。
私も自分の部屋に戻り、レイチェル夫人に借りた服に着替えた。
応接室に急いで戻ると、暖炉の前に佇むリックさんがいた。

私たちは暖炉のそばの長椅子に座り、紅茶を飲みながら冷えた体を温めた。
安心感に包まれながら、彼の隣で静かに横顔を見つめた。

久しぶりのリックさんと再会し、心がほっとした。
彼のそばにいると、こんなにも安心するんだ。
リックさんが無事に目の前にいることが、信じられないほどの安心をもたらす。
彼が死にそうになったときの恐怖が蘇り、初めて芽生えた感情を思い出した。
彼を失う恐怖、そして彼が隣にいることの大切さ。
この感情を思い出しながら、少しずつ過去の悲しみと恐怖から解放されていくのを感じた。

そこへ、濡れた私たちのお世話をし、タオルを片付けてくれた夫人が戻ってきた。

「お嬢さん、記憶が戻ったのですね。」

レイチェル夫人がほっとした表情で私を見つめた。

「……はい。窓の外を眺めて彼を見た瞬間、記憶が蘇ったんです。これまでお世話をしていただき、本当にありがとうございました。レイチェル夫人、私はサラと申します。」

改めて自己紹介した。
劇団で習った貴族女性の所作で挨拶をした。
これはカーテシーと呼ばれるものだ。

「サラを助けてくださり、感謝しております。私はリチャード・オルデンと申します。」 

すっと椅子から立ち上がり、右手を心臓付近に当て、お辞儀をする姿は、貴族男性の所作だった。

リチャード?
初めて聞く名前に驚いたが、フルネームを知らないのもおかしなことなので、私は平静を装った。
人に合わせるのは慣れていた。
エチュード(即興劇)で散々経験してきたのだから。

「まあ、オルデン家の!私はレイチェル・アドマイアと申します。この救護院の運営をしております。」

レイチェル夫人もカーテシーで挨拶した。

「このような略式の挨拶で失礼します。アドマイア伯爵の功績は伺っております。お会いできて光栄です。」

「まあまあ、主人をお褒めいただけるなんて、最近はもう、忘れ去られた人なんですのよ。」

そう言いながらも、レイチェル夫人は嬉しそうだった。

「夫人、サラは私の婚約者で、今回はリヴェール王国からの移動中に起こった事故でした。私は彼女を一刻も早く領地に連れて帰りたいと思っています。」

「もちろん構いませんよ。記憶が戻ったのでしたら、残りは心のケアだけですね。サラ様の表情を見てわかりますが、あなたと一緒ならきっと乗り越えられるでしょう。大したおもてなしはできませんが、今日は雨がひどいので、オルデン様もよろしければお泊まりください。」

夫人が私の顔を見てにっこりと微笑んだ。

「感謝致します。」

「積もる話もあるでしょうから、私は席を外しますね。何かあれば遠慮なくお呼びください。」

レイチェル夫人が気を利かせてくれて退室した。

暖炉の火がパチパチと音を立て、柔らかな光が部屋を包んでいた。
外の雨音と相まって、静かな温かさが部屋に満ちていた。
炎の揺れが、私の心の中の不安と重なり合うようだった。
その不安は、彼の存在によって少しずつ和らいでいくのがわかった。
外では雨が降り続き、私の心に残るわだかまりを静かに洗い流しているようだった。

炎が揺らめき、その不規則な光がリックさんの顔に陰影を作り出していた。  
その顔を見た瞬間、目の下に刻まれた深い隈が目に留まった。  
彼がどれほどの時間を私を探すために費やしたのか、考えただけで胸が痛んだ。
もっと強く、足手纏いにならなければ、彼に負担をかけずに済んだかもしれない。  
申し訳なさが心を重く沈め、言葉が出なかった。  

私はそっと、リックさんの頬に手を伸ばした。 
やつれた頬が胸に突き刺さる。  
私を見つけるためにどれほどの苦労を重ねたのだろうか。  

「リックさん、私のせいでごめんなさい。」

彼は目を見開き、私の言葉に驚いた様子を見せた。
リックさんがどれほどの苦労を重ねたかを思うと、感謝の気持ちが込み上げた。  
私は迎えを待ち望んでいた。
だけどそれは、簡単なことではなかった。
彼の顔を見るまで、そのことに気づかなかった。
本当に、感謝してもしきれない。

リックさんはそっと、私の手を握りしめた。

「謝らないでくれ。俺にもっと実力があれば、サラを守れたのに。守るって約束したのに、俺の方こそ、本当にごめん。」

リックさんの声には、かすかに震えがあった。
彼もまた、自分を責めていたのだ。

「リックさんが迎えに来てくれると信じてたから、大丈夫だよ。だから、リックさんも謝らないで。」

私はやつれたリックさんの顔が心配で、少しでも安心させたくて、微笑んだ。
こんなにも疲れた顔を見せるなんて、どれほど私を探してくれたのか。
彼がしてくれたすべてに、感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。
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