異世界で演技スキルを駆使して運命を切り開く

井上いるは

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第五章

馬車に揺られて

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リックさんは私を横抱きにしたまま歩いている。

「リックさん、もう大丈夫だよ。重いでしょ?」

私少し恥ずかしくて、周りの目が気になりながら、彼に言った。
リックさんは笑って、耳元で囁くように答えた。

「全然重くないよ。領地に帰ったらもっと食べさせないとな。」

楽しげな響きに、私は顔が赤くなった。

「リックさん、夫人と何を話してたの?」

私はリックさんの顔を見上げながら尋ねた。
彼の表情は一瞬真剣になったが、すぐに優しい微笑みを浮かべた。

「ああ、サラの体調の話でアドバイスをもらってたんだ。それと、治療費を渡しておいたよ。救護院の運営に使ってほしいって。」

リックさんの言葉に驚いたが、彼の気遣いに胸が温かくなった。

「そうだったの。迷惑かけてごめんね。ありがとう。」

目を見て謝ると、リックさんは首を横に振って微笑んだ。

「迷惑なんかじゃないさ。婚約者だって名乗ったんだから、当然のことだよ。」

その言葉に、驚いて目を見開き、顔が熱くなるのを感じた。
リックさんは、私の反応を気にするようにちらりと見て、少し頬を赤らめて続けた。

「少し言い過ぎたかもしれないけど、俺の本心だ。」

彼が恥ずかしそうに目を逸らすのを見て、安心感と心の高鳴りを感じた。
笑みを抑えきれず、軽く肩をすくめて笑った。

「リックさんって、たまに大胆なこと言うよね。でも…ありがとう。」

彼は照れ隠しに咳払いをした。

「まぁ、夫人のアドバイスはいらなかったな。サラを一人にしてまで聞くことじゃなかった。」

リックさんが眉をひそめたのを見て、私は首を傾げて尋ねた。

「そうだったの?」

「夫人なりの誠意を見せたかったんだろうね。サラを支えて行ってくれって。」

リックさんはそう言って、困ったように笑った。
その表情から、彼の気持ちを感じ取った。

「……そっか。」

私は彼の胸に顔をうずめて、小さく呟いた。
リックさんが私のために色々と気を使ってくれていることが、改めて伝わってきた。

「じゃあ、エリオスさんの待つ隣町へ行こうか。」

リックさんが笑顔で言うと、私は頷いた。

「うん、一緒に行こう。でも、その前に降ろして。もう大丈夫だから。」

「ダメ。」

二人でくすくす笑いながら、この状況を楽しんでいた。
笑ううちに、先ほどの不安が消えていった。
こうして笑顔になれるから、きっと大丈夫。
私は強くなると決めたんだから。
おじいちゃんに会い、もっと自分を鍛えて強くなると、改めて心に誓った。

次の町へ向かうため、私たちは準備を整えた。
小雨が降り続く中、彼は私の肩を支え、街の片隅にある馬車を借りる場所へ向かった。
馬車の車輪がぬかるんだ道を踏む音が、静かな朝に溶け込んでいく。

小さな馬車は、木の車体が年月を感じさせる古びたもので、雨に濡れた屋根から水滴がぽつりぽつりと落ちていた。
御者は年配の男性で、穏やかな笑顔を浮かべながら私たちを迎え入れた。
御者の帽子には雨粒がぽつぽつと当たり、小さな音を立てていた。
リックさんが往復のお金を払い、御者と軽く会釈を交わす。

「こちらの馬車で隣町までお送りいたしますよ。しっかりつかまっていてくださいね。」

その言葉に、少し緊張しながらも、私はリックさんの手にしっかりとつかまって馬車に乗り込んだ。
馬車の中は思ったより狭かったが、リックさんが隣にいると、窮屈には感じなかった。
彼の体温が肩にじんわりと伝わり、心が落ち着く。

リックさんは私が座るのを確認してから、隣に腰を下ろし、私の手を優しく握った。
指先は少し冷たいが、その力強さに安心できた。

馬車がゆっくりと動き出し、車輪が石畳を踏みしめるリズムが、一定のリズムで響く。
車輪が石畳を踏むたび、ガタゴトという音が耳に心地よく響いた。
雨が馬車の屋根を叩くリズムに合わせ、馬の蹄が小気味よく音を立てる。
湿った空気に漂う草木の匂いが、懐かしい気持ちにさせた。

木製の座席がギシギシと音を立て、体が左右に揺れる感覚が心地よかった。

窓の外には、街の風景が徐々に遠ざかり、小雨に煙る木々や建物が後ろへと消えていく。
リックさんの肩に少し寄り添い、これからの旅に少し楽しみを感じ始めている自分に気づいた。

「リックさん、これからどんな景色が見えるんだろうね。」

私の問いかけに、彼が微笑んで返してくれる。

「さあ、楽しみにしていよう。どんな景色でも、サラと一緒なら特別なものになるさ。」

その言葉に、私の胸が温かくなり、静かな幸せが心を満たしていくのを感じた。

この旅の先に何が待っているのだろう。
少しの不安と、それ以上の期待が胸を満たす。
リックさんと一緒なら、どんな道も特別に感じられるかもしれない。

馬車の揺れが心地よく、私は彼の隣で穏やかな旅の始まりを感じ、目を閉じた。


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