黒魔女リリィは世界を壊したい!!〜転生者たちの治める国で呪われた魔女と騎士〜

tanakan

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第七話 かつて夢見た理想郷

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               -◇- 
 エルフの里に降り立つと色鉛筆で描かれたような、淡い色彩の景色が広がる。牛舎ぎゅうしゃ小川おがわで回転する水車すいしゃ、小高い山々に背の低い森。

 エリスと同じ白銀色の髪をなびかせ、白く薄い衣装に身をまとったエルフたちがいた。エリスは黙って景色を眺めている。シュミットは目を細めた。タカハシは予想通りに声すら失っている。

 声が思い出と一緒に浮かぶ。アリスと名乗る彼女の声は景色と同じで柔らかい。

「ねぇ。リリィにしなよ。黒魔女のリリィ。ここは新しい世界なんだから、生まれ変わったつもりで」

 原初の十人として今は呼称されていても、最初はただの転生者である。生まれも育ちも違う。肌の色すら違った。

 同じ場所に導かれ、争いを望まれていながら、真実を語られてもなお・・・私たちは避けた。

 手を取り合うことを願ったのだ。呪われた私にも彼女は手を差し伸ばした。

 全員と仲が良かったとは言えない。強い意志で立て直そうと肩を組み、新しい世界を、種族の違いを超えて今度こそ平和を目指そうと前に進み続けた。

 私たちの生きていた現世は、戦火が世界を焼いている途中だったのだから。

 私に名前を与えてくれた少女は、アリスと名乗った。青い髪色と同じ優しげな瞳。浅黒い肌が美しく、髪は自分で染めたのと無邪気に笑っていた。

「アリスはね。新しい世界に旅立つの。絵が好きなんだ。認めてもらえなかったけど、絵が好きなの」

 アリスは私にギフトの力を見せてくれた。色彩のギフトは世界の色を変える。色が変われば、意味も変わる。世界のあり方を変えるのだと幸福そうに語った。

 懐かしい香りがした。ラベンダーの香りが遠くから記憶と一緒に流れ続けている。

「さぁ。長老のところにいこう。へんくつ爺さんを引っ張り出さなければいけないわ」

 面倒くさいとエリスがわざとらしくあくびをかみ殺す。瞳は緊張感を抱いていた。偽りの戦争を始める時、エルフの長老はひどく反対した。

 平和を続けよ。願い続けよと。

 今思えばあらがい続けるべきだったのかもしれない。どこか私たちは諦めていた。体は強く強大な力を得ても、心までは強く転生できなかった。生まれ変われなかったのだ。

 草木の生え渡る小道を歩きながら景色に溶け込んだ思い出に、心を添わせる。タカハシの足元を黒猫が駆けていく。バランスを崩したタカハシが尻餅しりもちをつき笑った。

「こんな平和な場所もあるんだな。馬が水を吐いている。体調でも悪いのだろうか。青色だ」

「あれはケルピー。水馬すいまだよ。今、足の下を駆け抜けたのはケットシー。猫の精霊」

「詳しいな。どこで学んだ?」

「教えてもらった。ここで暮らしたこともあったから」

 そうか。とタカハシの腕を引き立ち上がらせる。風が吹き薄い緑色の草木が流れた。いつわりといえば、ここもまた偽りである。

「ずっと長く暮らしたいくらいに、平和だ。絵画の中で見たことがある」

「でしょう? 世界を二分し偽りの戦争を行いながら、私たちだけは帰れる場所を作ったの。疲れたら帰ってこられる新しい故郷こきょうを。ここがそう。もう誰もいないけど」

 タカハシは私の心情を察してか黙る。黙りながら隣を歩いてくれた。いつの間にかエリスが私の隣にいる。周りのエルフたちから視線が注がれていた。決して好意的ではない。

「ここでリリィに魔法を教えたよね。元素を扱う魔法は教えたけど上手にできなかった。ずっと練習して、なんとか少しだけできたね」

 むぅ。と口をへの字に曲げる。理屈が現実離れしすぎて理解はできなかった。どうやら私に才覚はなかったらしい。

「魔法は日常生活を楽にする程度で大丈夫。って言ったのはエリスでしょう?」

「そうね。私たちはそれくらいしか使えない。ギフトとはまた違う。穏やかに暮らすために必要な生活の知恵。目には見えない存在と少しだけ手を取り合う力。リリィの魔法はおかしいけれど好きだよ」

 タカハシが首をかしげる。またあらぬ方向へ考えをまとめているのかもしれない。

「エリスがリリィの師匠ということか? 魔法とギフトはやはり違うのか?」

「力の源泉げんせんが違う。魔法はフィドヘルに存在する力を用いる。ギフトは女神から与えられた力なんでしょう? 嫌いだわ。ギフトなんか。世界には力があふれているのに、神頼みは嫌いだなんて」

「リリィはこの世界にある力を使うのか?」

「えぇ。そう。私がそう教えたから。下手くそだから少しだけ。それをよくわからない力で形作っている。源泉は同じだけど、過程が違うだけ。生活は楽になったでしょう? 戦うほどに強くはできなかったけど」

「それはもうありがたく・・・」

 よろしい。とエリスが笑みを向ける。昔から本当は優しいのに、わざと口を悪くして好かれないようにしている。単純にめられるのが苦手なのだ。

 不器用だなぁと笑みを返すとそうか。とタカハシが口に手を当て眉間みけんを歪ませていた。難しいことを考えているのだろうなぁ。私は目の前に現れた巨木を見上げる。木々には集落があり、細い通路が螺旋らせんを描いて頂上へと向かった。

 登りながらシュミットの息が荒れる。

「いい加減。なんとかしてくれ、足が浮いて不安だ」

 シュミットがようやく声を出す。ずっと我慢していたのだろうか。シュミットとエリスも世界の敵になることを選んでくれた。エリスたち若く生まれたエルフは長老の反対を押し切って理想郷を捨てた。

 果てのない戦いに身を投じ、平穏を望みながらひとり、またひとりと果てた。郷の外にいるエルフはエリスだけになってしまった。ドワーフよりも体が弱かったから悪意に染められ寿命を縮めたのだ。ドワーフたちも今では穴倉あなぐらで人に扱われている。

 耐え忍びすぎると、苦痛にも慣れてしまうから恐ろしい。タカハシを呼ばなければ永遠と自我を失いながら続いていたのかもしれない。

 里に住むエルフの瞳が好意的ではないのは仕方がない。また戦争を持ち込んだと思われているのだろう。

「がんばってよ。シュミット。もうすぐ頂上だから」

「ありがとうよ。黒魔女さま。こもっている間に、すっかり足が鈍っちまった。しかし綺麗だな。狩猟祭カーニバルが始まる前の世界みたいだ」

「世界の色は変わらないよ。見え方が変わっただけ」

 ほぅ。とシュミットがあごひげへ触れる。

 私の言葉ではない。色彩の転生者アリスが言った言葉だ。空を見上げると雲はあれど動いていない。思い出の中にしかないあおさだ。タカハシが立ち止まり空を見上げる。

「本当に語るのを忘れるくらいに美しい世界だ。リリィと仲間たちが作った世界は」

「創ったのはアリスという色彩の転生者だよ。もともとは絵描きさん。空想の世界を形作るギフトを扱えた。転生者たちが増えて争いが絶えなくなった時、一度みんなで逃げ込んだの。そして・・・戦争を始めた。のちに狩猟祭と呼ばれる戦争が」

 魔女は魔女として生きなければならない。被害を最小に相手へ優越感だけを与える戦争。ひどい争いだった。

 いつしか私はアリスの世界に訪れることはなくなった。ここまで戦火が及ぶことを恐れたのだ。

 アリスは日に日に疲れていった。そうして原初の転生者もひとりずつ姿を消し、最後はアリスだった。

 狩猟祭の合間に呼び出され、私はアリスと空を眺めた。久しぶりの再会だったのに、私は喜びよりも緊張していた。彼女の言葉を察してしまったから。

 ちょうどタカハシの立つ場所で腰を下ろし、空の半分を覆う木々と、青い空を眺めていた。

「ねぇ。リリィ。本当によかったのかな」

 どうしたの?と尋ねるとなんでもない。とアリスが首を振る。

「今度は世界は理想通りに創れると思っていたけど、ダメだったね」

 ダメじゃない!と私が立ち上がると、リリィは強いね。とアリスが力なく笑った。

「みんなが望んだ世界を私は守るの。大丈夫。アリスも一緒に頑張ろう!」

 私はムキになっていたのだ。呪ってさえいた。世界を。再び呪っていた。

 約束だけは守りたかった。全員の誓いである、世界を新しく平和に作り直すことを。

「私は頑張れないかな。みんなもいなくなってしまった。見送ったの。私も・・・疲れた。だからリリィがね。もしまた私に会いたくなったら、現世で会いに来て」

 会いに来てね。と笑みを残してアリスは私と別れて頂上へと向かった。別れの言葉だったのだろう。

 私は後を追えなかった。追うべきだったのだろう。でも・・・疲れてしまったアリスをこれ以上追い詰めることができなかったのだ。

 他の転生者とも同じ。現世で今度こそは幸せになって欲しいと願った。

 死を受け入れたのだ。転生し希望を抱いたはずなのに、今度は死して現世に逃げ込む。堂々巡りだ。優しければ優しいほど世界は、牙を剥いて弱い人から襲いかかる。

 タカハシは世界のことわりを物理法則だと言った。私にとっての世界の法則は違う。

 力を持たない存在から駆逐くちくされる。力を持つ存在が覇権はけんを握り幸福を得ることができる。弱肉強食。それが私が知った世界の理だ。

 そんな世界を呪った。呪いながら私だけが生き続け、約束を守り続けた。守り続けるしかなかった。世界の理を否定するために生きた。

 ギフトの力から逃げまどうしかすべを持たない存在と生きたのだ。逃げたのではなく生きた。そう思えるのはきっとタカハシのせいだろう。

「世界の色は変わらないよ。見え方が変わっただけ」

 アリスの言葉が私と違う声色で、思い出の中から顔を出した。タカハシが腰に手を当て、よし。私へ向く。

「行こう。リリィ。一緒に世界を壊すんだろう? 約束したじゃないか」

タカハシが手を差し伸びて、私はそっとタカハシの手に触れる。

「さすがに・・・疲れたか? 背負おうか?」

「背負われるか! 疲れてなんかいやしない!」

 足を踏み出すと、タカハシは私の歩幅に合わせた。エリスとシュミットが顔を合わせて笑うのが見えて、帽子のつばで顔を隠す。

 頂上はすぐそこである。

 アリスとかつての転生者たちが向かい、戻ってこなかった場所。登りつめてしまったらきっと、アリスたちと本当のお別れになってしまう。

 私がずっと恐れ続けてきた場所はもうすぐだ。
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