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第一章 京都市北区のケットシー
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闇夜でもよく通る、暗く低い声の猫はまっすぐと私の方を向いている。
声をきっかけに猫たちはいっせいに私の方を向く。夜に浮いた無数の瞳はちりばめられた星空みたいにキラキラと光っていた。
どうしよう。動けずにいる私はその猫たちから視線もそらせない。すると猫又よりも巨大な影があるのに気がついた。
先の曲がった黒い大きな三角帽子に足元まで隠すほど長い黒いローブ。猫を従えた姿は絵本の中で見た魔女そのものである。
魔女もまた私の隠れる方を見て、そしてゆっくりと立ち上がった。
何だろう。夜中の公園で目の前には無数の猫と魔女がいる。夢と思えるそんな情景にもかかわらず、絵本の中なら、さらわれて食べられてしまうかもしれない。でも不思議と私は恐ろしくなかった。
絵本の中みたいな情景に現実感が湧いていないだけかもしれない。
正面に立つ猫たちはジリジリと足を進めて私の方へと向かってくる。魔女もまたその歩幅に合わせて私の方へと向かってきた。声を出すこともできない私はどうしようかとその場でうずくまることしかできない。
「待て!」
猫又の野太い声が闇夜に響き、それをきっかけにして魔女が足を止め、その代わりに歩み寄る無数の猫が私に飛びかかってきた。
食べられちゃう。そこで初めて私は恐怖を感じて足がすくむ。
そして猫のモフモフとした毛皮とやわからそうな肉球で視界が埋まった。
猫の間から黒い三角帽子の魔女が、右手を振り上げ金色の軌跡が猫たちを包んで、宙に浮かんだまま静止している。
魔法だと思った。魔法が・・・目の前にある。
しかし、私は情けないことに気が遠のいていく。閉じていくまぶたの端っこでいつの間にか私の隣に立つ魔女の姿が見えた。
「あらあら。仕方がないわねぇ」
困ったような口ぶりで、言葉がふわりと宙に浮くような落ち着いた声が聞こえた。
きれいな声をしているなぁ、どんな顔をしているのだろう。
しかし私はその声の主を確かめることもできずにあっけなく気を失った。
私がまぶたを開けるとそこは学校の教室で、私は椅子に座って目の前の机に視線を落としている。
あぁこれはきっと夢だと私は思った。だって私は長く学校にいけていないのだから。
机の上には乱暴に刻まれた罵倒の言葉が並んでいる。傷付けられた教科書はバラバラに机の下へとぶちまけられていた。それでも私はそこから逃げ出すことも身動きでさえできない。
深い失望と、どうとでもなれという虚無感だけが私の心を支配している。
周りの生徒は私がまるでいないかのように黒板へと視線を向けている。黒板の前に立つ教師も私を見ることはしない。教室の隅にいる髪をひとつに結んだ大人しそうな少女だけが申し訳なさそうに私に視線を向けた。
目を伏せる私の耳にはわざとらしく床を踏み鳴らす足音が聞こえ、すぐに四人の少女が私の周りを囲む。
口々に放たれる言葉は罵倒だろうけど、それは私の耳に届かない。
いや、本当は耳に届いているのだろうけど頭の中ではそれが言葉にならない。
頭が、心がそれを拒否しているのだ。
「本当に気持ちが悪い偽善者。嘘つき」
それでも言葉だけはしっかりと聞こえた。ボロボロと私の心が崩れ落ちていくように感じる。学校が社会の縮図というならばきっと、これから先も私の人生はこんなものだろう。そんな考えだけが心の中を支配している。傷付けられても誰かに助けられることなんてない。
だからといって集団を相手に自分ひとりではどうすることもできない。
うつむきながら一生を過ごす。そんな考えが心の中で私の体と心を巻き込み大きな渦になる。お母さんたちには申し訳ないな。その思いだけが渦の中央で形をなしている。
するとどこかで見たことのある黒猫が、二本の尻尾を揺らしながら私の目の前に姿を現した。
声をきっかけに猫たちはいっせいに私の方を向く。夜に浮いた無数の瞳はちりばめられた星空みたいにキラキラと光っていた。
どうしよう。動けずにいる私はその猫たちから視線もそらせない。すると猫又よりも巨大な影があるのに気がついた。
先の曲がった黒い大きな三角帽子に足元まで隠すほど長い黒いローブ。猫を従えた姿は絵本の中で見た魔女そのものである。
魔女もまた私の隠れる方を見て、そしてゆっくりと立ち上がった。
何だろう。夜中の公園で目の前には無数の猫と魔女がいる。夢と思えるそんな情景にもかかわらず、絵本の中なら、さらわれて食べられてしまうかもしれない。でも不思議と私は恐ろしくなかった。
絵本の中みたいな情景に現実感が湧いていないだけかもしれない。
正面に立つ猫たちはジリジリと足を進めて私の方へと向かってくる。魔女もまたその歩幅に合わせて私の方へと向かってきた。声を出すこともできない私はどうしようかとその場でうずくまることしかできない。
「待て!」
猫又の野太い声が闇夜に響き、それをきっかけにして魔女が足を止め、その代わりに歩み寄る無数の猫が私に飛びかかってきた。
食べられちゃう。そこで初めて私は恐怖を感じて足がすくむ。
そして猫のモフモフとした毛皮とやわからそうな肉球で視界が埋まった。
猫の間から黒い三角帽子の魔女が、右手を振り上げ金色の軌跡が猫たちを包んで、宙に浮かんだまま静止している。
魔法だと思った。魔法が・・・目の前にある。
しかし、私は情けないことに気が遠のいていく。閉じていくまぶたの端っこでいつの間にか私の隣に立つ魔女の姿が見えた。
「あらあら。仕方がないわねぇ」
困ったような口ぶりで、言葉がふわりと宙に浮くような落ち着いた声が聞こえた。
きれいな声をしているなぁ、どんな顔をしているのだろう。
しかし私はその声の主を確かめることもできずにあっけなく気を失った。
私がまぶたを開けるとそこは学校の教室で、私は椅子に座って目の前の机に視線を落としている。
あぁこれはきっと夢だと私は思った。だって私は長く学校にいけていないのだから。
机の上には乱暴に刻まれた罵倒の言葉が並んでいる。傷付けられた教科書はバラバラに机の下へとぶちまけられていた。それでも私はそこから逃げ出すことも身動きでさえできない。
深い失望と、どうとでもなれという虚無感だけが私の心を支配している。
周りの生徒は私がまるでいないかのように黒板へと視線を向けている。黒板の前に立つ教師も私を見ることはしない。教室の隅にいる髪をひとつに結んだ大人しそうな少女だけが申し訳なさそうに私に視線を向けた。
目を伏せる私の耳にはわざとらしく床を踏み鳴らす足音が聞こえ、すぐに四人の少女が私の周りを囲む。
口々に放たれる言葉は罵倒だろうけど、それは私の耳に届かない。
いや、本当は耳に届いているのだろうけど頭の中ではそれが言葉にならない。
頭が、心がそれを拒否しているのだ。
「本当に気持ちが悪い偽善者。嘘つき」
それでも言葉だけはしっかりと聞こえた。ボロボロと私の心が崩れ落ちていくように感じる。学校が社会の縮図というならばきっと、これから先も私の人生はこんなものだろう。そんな考えだけが心の中を支配している。傷付けられても誰かに助けられることなんてない。
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うつむきながら一生を過ごす。そんな考えが心の中で私の体と心を巻き込み大きな渦になる。お母さんたちには申し訳ないな。その思いだけが渦の中央で形をなしている。
するとどこかで見たことのある黒猫が、二本の尻尾を揺らしながら私の目の前に姿を現した。
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