【完結】現世の魔法があるところ 〜京都市北区のカフェと魔女。私の世界が解ける音〜

tanakan

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第三章 サラマンダー恋慕に花束を

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「あかん・・・・話には聞いとったけれど・・・ウチの天使がここにおった」

 へっ?驚く私に八重子さんは駆け寄って両手伸ばして私を包む。着物の首袖くびそでが頬に当たり桃の香りがした。

 その後は八重子さんの腕の中に収まってされるがままに頭をなでられ、ビールを口に運びながら神話の絵画よろしく陽気に昔の武勇伝を康夫さんは語り始めた。肩を組まれたアールさんが悲しそうな瞳で私を見た。

 ミーナさんは楽しそうに晩酌の準備を終えると、厨房に見を預けながら楽しそうにファッション雑誌を眺めている。なんとも愉快な初日になったなと眺めていると、八重子さんに頭がなでられ体が揺れた。
 

 次の日、待ち合わせよりもちょっとだけ早い時間に私はカフェ・ノードを訪れた。もうすでに太陽は高く昇っている。一応今後のことを含めてミーナさんと連絡先を交換しようとしたのだけど、

「ごめんねー。私はそういうの詳しくなくて。魔法の方が簡単に思えるよー」

 ミーナさんはがっかりしたようすで答えた。魔法を使うことができたのならこういった端末はいらなくなるのかな。

 私は時刻を確認した後、端末をポケットに入れる。端末がひどく重たく感じる。確かに必要な情報はすぐに集まるけれど自分にとって必要もない、知らなくてもいい事実もまたたくさん集まってくるのはとても私の心を重くする。

 秋の空は高くて羊雲ひつじぐもがまばらに青空の中で気持ちよさそうに浮かんでいた。これからまたすっと気温が下がってきてこの路面は凍りつく日も訪れるのだ。考えると気持ちもまた冷たくなる。

「おぉ!あいかわらず早いな!」

 店の前にはアールさんが立っており、そのかぎ爪を存分に広げながら私へ手を振った。

 昨日の作業着とは違い深い緑色をしたチノパンと昨日と変わらない黒いインナー、どこで買ったかはわからない赤と緑の派手なチェック柄のカーディガンを羽織っている。もとは火の元素をつかさどる精霊だからあんまり寒くないのかな?私が手を振り返すとちょっと遅れて店の中からミーナさんも顔を出す。

 深いグレーの丈の長いワンピースに若草わかくさ色カーディガンを羽織っている。緊張した面持おももちのミーナさんをカーディガンがいつもよりずっと大人に見せた。少しおとなしすぎるほどに。

「それじゃ行きましょうか。昨日はワクワクしてあまり眠れなかったの」

 ミーナさんは目をこすりながらあくびをかみ殺し、俺もだよ。とアールさんもそれに続く。そんなに緊張するものなのかと私は首をかしげる。

「どうやっていきますか?市バスなら三十分くらいですが」

 そうすっか。とアールさんはポケットに手を突っ込み、それを見て私はサラマンダーのかぎ爪を収めることのできるポケットの構造が気になった。ミーナさんはそうねぇと口元に手を当てる。

「せっかくだし。空を歩いて行きましょうか。こんなに素敵な秋晴あきばれだもの」

 私とアールさんが顔を合わせるとミーナさんは右の人差し指を空に向けて言葉を放つ。聞いたことのない言語だと思ったし、それは言葉というより、ひとつのメロディーとなってミーナさんの口元からあふれてきた。

「ちょっと待った!まだ気持ちの準備が・・・」

 アールさんの言葉を待たずに、ミーナさんは私に片目をつぶって見せると一度右手を大きく回し、空に向けて高々とあげる。

 足元から風が吹いた。

 北から吹きすさぶ風向きは私たちを取り巻く。頭上で回転しつつそのまま地面に向けて吹き下ろした。

 風向きが巻き上げられた茶色をした木の葉でよくわかった。地面から吹き上げる風は徐々に強まると一瞬の静寂を境に一気に強くなる。
 私は自分の体が重さを失ってしまったかのように地面から足が離れる。そして風はどんどん強まり、私たちはしばらくふわふわ浮いた後、空へ向かって一気に跳ね上げられた。

 きりもみしながら上下もわからず私が目を白黒させていると、上昇する時間はすぐに終わり眼下に見えるカフェが手のひらで包んでしまえそうなほど小さく見える。

 京都の街を包む山々と同じくらいの高さで私たちは街を見下ろしていた。はるか遠くに浮かんでいたはずの羊雲はもう手でつかんでしまえそうな位置にある。

 私は驚きながらもなんとか空の上で姿勢を整えようともがいていると、ミーナさんは心地よさそうに両手を枕に浮かんでいる。アールさんといえば肩をガックリと落として両手で顔をおおっていた。

「ねっ。気持ちいいでしょ?あっこれじゃちょっと目立ちすぎるから後はアールさん。よろしくね」

 ここまでやったら自分でやればいいだろう。とアールさんはできるだけ眼下に視線を向けることを避けつつミーナさんを見る。後学のためにね。とミーナさんが返すとアールさんはちらりと横目で私を見た。そして左手で一度顔を包み、そこから腕を振るって顔を出すとフッと口元をすぼめて息を吐く。

 赤い吐息は少し離れた場所にいる私でも温度を感じるほどの熱量であった。それは私たちの足元へと広がり、赤色は鮮明さを落として徐々に透明となる。

「これでよし。とこれで周りから俺たちのことは見えない。俺の陽炎かげろうで包んでしまったからな。しかしこんなに派手なことするなんてらしくないな」

「たまにはいいじゃない。こんなに気持ちがいい陽気ようきだもの」

 呆れるアールさんの横でふわふわと浮かびながらミーナさんは空のさらに高い所を一度見上げ、それでは行きましょうかとくるりと反転し直立になると足を前に踏み出す。

 私もそれに習い足を踏み出してみると地面はないはずなのに深い腐葉土の上に立った時みたいに、頼りなくともしっかりとそれが私の足を包んだ。
 なんとかバランスを保つといつの間にか隣に並ぶミーナさんを私は見上げる。

「これは・・・魔法ですよね?」

風便かぜたより(かぜだより)って魔法だよ。大気に溶け込む風の元素を司るシルフさんたちに、お手伝いしてもらって空を歩く魔法なの。ほうきに乗ったら魔女らしいけどそれは腰を痛めるからね。長距離を移動するには便利だけど、これくらいの距離なら歩いた方が楽だよ」

「そういうものですか。私にも使えるようになりますか?」

 どうかなー。とちょっとだけ意地悪な笑みを浮かべるミーナさんの後ろから、空を歩くのに苦労していたアールさんがようやく横に並ぶ。

「琴音ちゃんにはどうかな。本当はこんな簡単に元素、というか俺たちの力を操ることはできないんだよ」

 どういうことですか?と私がぱちくりとさせていると、どうぞ。とミーナさんが手のひらをアールさんに向けた。
 うん。とアールさんは腕組みをする。

「なんというか。いろいろな元素は形を持たないままあらゆる所に存在している。目に見ることができなくてな、俺たちみたいに形を成した元素は、それぞれの意思を持って目に見えることができて同じ元素なら操れる。まぁ弟たちみたいなもんだからな」

 でも人は違うだろう?とアールさんは私の瞳を覗き込みながら言った。ミーナさんは手足を伸ばして陽気に歩く。

「人だった魔女や魔法使いは違う。だから杖だとか魔法の力が込められた道具がいるんだ。道具をこう・・・ある種のデバイスとして用いて元素たちと話をするんだよ。そうして従えることができたら、従えた元素の持つ力を使って、いわゆる魔法が使える」

「ミーナさんは何も持っていないように見えますが・・・」

「そうなんだよなぁ。それがわかんねえし、そもそも人が何種類も元素を操ることなんてできないんだよ。琴音ちゃんは外国の言葉を何種類も上手に話せないだろう?俺だって日本の言葉を覚えるのには苦労した。同じで、元素を使役するための言葉も違うし方法も違う。それぞれの性格だって違うからこんなに従えることは決してできない。だからまぁ俺たちからしても、ミーナさんは謎の人物なんだ」

「ふふー。秘密があるのは大人の女っぽいでしょ?それに私が道具を使って魔法を使ったら、みんな頑張りすぎちゃうからね。たとえば風便りの魔法なんて、道具を使って同じように使ったらね・・・ここよりずっと高い場所で凍えなきゃならないし、飛び上がる瞬間にお店を吹き飛ばしちゃう。アールさんだってここよりずっと高い場所で冬眠なんかしたくないでしょ?」

 そりゃなぁ。とアールさんは深く考えこむ素振りをした後すぐにやーめた。とお手上げといった具合に両手をあげる。

「こんな世界に生きていたら説明がつかない、不思議なことなんて慣れちまうからな。琴音ちゃんは琴音ちゃんのペースでやればいいんだ。俺だったらいつでも力を貸すからさ」

 アールさんはそういうとフッと吐息をもらす。赤色の吐息は空に浮かんで消えた。
 そうそう焦らずにゆっくりと。とミーナさんもメロディーに乗せた口調で言った。

 アールさんの説明を聞いてしまうと魔法がずっと遠くの存在に感じてしまうけど、今、私が身にまとうシルフの魔法は私を日常からずっと遠い場所へと連れていってくれている。
 いつかこんな魔法が使えたらいいな。と私は胸の奥で風と共に揺れる母からもらったディアーナの首飾りをぎゅっと握った。
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