【完結】現世の魔法があるところ 〜京都市北区のカフェと魔女。私の世界が解ける音〜

tanakan

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第六章 ディアーナの首飾りと夢の魔女

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 まぁと口元に手を当てくすくすと笑っている。それはまるで初めて会った時のように。
 
 イヤだ。その言葉が私の心を支配している。息もできなほどに。

 私は踵を返して走り出す。どこかに精霊がいるはずだ。誰かに会えば何も変わっていないはずなんだ。そう思って走り抜ける街並みには人しかいない。

 ミーナさんと出会ってから広がった世界。今まで見えていなかった優しく豊かな世界。居心地のよかった世界。それは消えてしまった。

 思考は体の疲れを許さない。それでも限界は来る。

 とうとう私は一歩も歩けなくなってしまいその場にへたり込む。砕かれた首飾りもその拍子に地に落ちた。魔女にもなれずに魔女でもなかった私は、ミーナさんと共に何もかも失ってしまったのだ。

 
 次の日もその次の日も私は足が動かなくなるまで街を走った。どこかにまたミーナさんや精霊たちの姿を見つけるために。でも人の姿しかなかった。

 何度その事実を突きつけられても私は諦めることができなかった。やっと変わり始めた私の日々。それが何もかも、もとに戻ってしまうことに耐えられなかったからだ。それでも街はミーナさんと出会う前の私が過ごした孤独な日々を変えることもなく、私はいよいよ立ち上がることもできなくなってしまった。

 部屋の外に出ることもだ。

 すべてを拒絶するようにベッドの中で、頬を伝う涙を拭うこともなくミーナさんと過ごした日々を思い出していた。母は何度も心配そうに私の部屋に訪れて、私はなんでもないよと返した。

 すべてもとに戻っただけだから・・・と。

 そうして私はまた眠りにつく。夢か現実かもわからないそれに身をまかせることしかできなかった。

 いつもの夢の中だ。また夢を見てしまう。カフェ・ノードで過ごした日々が薄らいで、また学校でひとりうつむき過ごす日々が浮かんでは、べっとりと汗を掻いて起きる。涙はすでに枯れてしまっている。
 
 ただその日見た夢はいつもと違っていた。私がそれを夢だと認識できているのも不思議だったし、その景色は一度も見たことがなかった。

 地平線まで続く草原には木々がなく、先が細く深い緑色をした雑草が広がりオレンジ色をした花が点々と咲いている。

 その中央には黒いローブの少女がいた。

 まっすぐの黒髪は草原を抜ける風に吹かれて揺れている。少女は顔を上げてまだ幼い顔立ちなのに、私はそれがミーナさんだとすぐにわかった。面影があった。風が強まり少女は髪に手を当てる。そして巨大な白い竜が飛来した。

 かつてこの街にも訪れた竜だ。鱗は白く、光りを反射し白銀にも見える。巨大な翼が視界を覆い、強靭な四つの足先には赤い爪が地を掴む。

 その竜は少女に鼻先を近づけると愛おしそうに大きな爪と同じ色の目を細める。まるで母のような仕草に少女もまた笑みを返した。白い竜がミーナさんを育てているように見えた。

 白い竜が鼻先をあげると少女の目の前へと食事が現れる。まるで魔法のように。

 次に、いくつかの書籍や漫画本が目の前に現れる。ミーナさんの部屋で見たのと同じ本だった。
まだキレイな漫画本を幼いミーナさんは手に取り、ページをめくる。

 異世界で異種族たちが楽しそうに暮らし、互いの姿形を当然に生活を送っている。幼いミーナさんの顔が輝く。

「私もこんな世界に行きたい。物語の中に行ける魔法はないの?」

 白い竜を見上げるミーナに、竜は静かに首を横に振った。

 ミーナさんは竜に育てられたんだ。だからこそ竜をかばい空へと消え、魔女の世界から拒絶されてしまったのだ。

 その時、視界がちらつき一度暗く染まる。舞台の合間にある暗転みたいに。

 次のシーンで少女は少し大人になっていた。私くらいの年齢だろうか。外国の人が多く歩いている通りで、探し物をしているようだった。目を伏せ歩くその姿から伝わるのはひどい孤独感こどくかんである。

 少女は必死に探していた。そして町外れに建てられた小さな家にたどり着く。屋根は欠け、壁もまた崩れていた。少女が涙をこらえたまま踵を返そうとすると、空か多くの魔女や魔法使いが現れた。

 胸には星が刻印されていて魔法保安局の制服だった。それを眺める少女はわずかに笑みを浮かべる。

 自分にも仲間がいた。そんな風だった。それからの日々、少女は大人になって他の魔女から一目置かれている。人に使えるはずもない巨大な魔法を駆使くししては、社会の和を乱す精霊や大きな巨人を捕らえていた。

 イースの魔法で見たミーナさんが京都を訪れてからの日々。

 しかし私にはその日々がひとりで通りを歩いている時と変わりがないように見える。他の魔女とは違う魔法に誰もが尊敬しつつも恐怖し、嫉妬の目線を向ける。

 ミーナさんはずっとひとりだったのだ。

 心がだんだんと他の魔女から離れていくのがわかった。だからなのかミーナさんの周りには代わりに精霊が集まってきた。その強さと孤独、それに惹かれたのかもしれない。

 ミーナさんもどこか自分たちと違う存在に心を惹かれている。人ではなく竜に育てられたミーナさんは、精霊に自分が近い存在だと考えていたのかもしれない。

 ミーナさんもずっと孤独だったんだ。今の私と同じように。

 夢の中で見るミーナさんは一度も笑顔を浮かべることもなくただひとりだった。日中は魔法保安局として働き夜はずっと本を読んでいた。たまにイースさんの店で静かに話に聞き耳を立てて空想に身を任せる場面も見える。どこか遠くの世界に夢をせるように。

 そしてとうとうその日が来た。京都に白い竜が現れて竜を筆頭に精霊たちと魔女や魔法使いたちの争い。そこに歩み寄るミーナさんの心には悲しみがあふれている。
 ミーナさんは幼い頃みたいに白い竜の鼻先に触れていた。

「ママ・・・こういうことはしなくていいよ。私がなんとかするから」

 そう言いつつ竜の背に乗り海を越えた。広い大地を越えて生まれ育った草原に降り立つと、ミーナさんは飛び上がり、視界が歪むほどの速度で箒に乗って空を飛び、京都の街へ再び降り立つ。

 多くの魔法使いに囲まれて、まるで裁判所みたいな場所に呼び出され、ミーナさんを見下ろす三人の年老いた魔女が目の前にいた。そしてミーナさんの魔女たる資格、箒と杖を取り上げた。

 そこからミーナさんは康夫さんや八重子さんと出会う。そしてカフェ・ノードでの日々が始まった。慣れない料理に苦戦しながらもただただ練習し、少しずつお客さんも増えていく。

 イースの魔法で見た景色なのに、私が抱く思いは違う。

 きっと、ミーナさんは人と一緒になりたかったのだ。人の中で過ごし、自分を育てた人ではない存在の境で揺らぎながら、それでも自分の見える世界をひとつにしようとした。

 上下や境を無くし、ただカフェの中だけでは幸福な世界が広がるように。

 小さな小さな世界であっても、自分が望んだ、思い描いた世界を広げたかったのだ。

 そこから景色に色が着き、ミーナさんにも笑顔が増えた。

 そして公園で出会い猫の集団に囲まれ気を失った、私を店に寝かせると私の頬に触れる。優しく。温かく。

 まるで自分を見るような瞳で触れると、その光景を覗く私をじっと見た。この場面を眺める私はそこにはいない。しかしミーナさんは、はっきりと私を見ると右手の人差し指をくるくると回し、何かを画面に向かって話している。その声は聞き取れず、ミーナさんが話し終わると画面が砕けた。
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