三ヶ月軟禁放置してきた私に、夫が突然「呪いが解けた、愛している」とか言ってきたんですけど?

山法師

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30 身の振り方を決めました

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 昨日の夫との話し合い……まあ、あれを話し合いと呼ぶかは定かじゃないけど、それで身の振り方を決めた私は、まず、身近なところからそれを実行に移すことにした。

「リリア、行ってくる──」
「行ってらっしゃいませ、アルトゥール様」

 抱きしめてくる夫を、私は躊躇いなく抱きしめ返す。夫は、私の予想通り固まった。これ、いつになったら固まらなくなるだろう。

「アルトゥール様、動けません。手を離してくださいませ」

 ペシペシと頬を叩く。夫はハッとして動き出し、馬車に乗って城に向かった。
 私が決めた、自分の身の振り方。それは、『バウムガルテン公爵夫人らしく振る舞うこと』と『夫の求めに最大限応えること』。
 当たり前に思えるかもしれない。けどこれは、私にとってはとても大きな決断だった。
 ……やっぱりまだ、頭の隅でチラつくのだ。あの、見向きもされなかった三ヶ月が。
 人は、単純であり複雑だ。と、前に母が言っていた。たった一つの行動、言葉で、幸福や不幸を感じ、年月とともにそれらが変化し、風化し、また、美化され、蓄積されていきながら人生を歩んでいるのだと。
 私は、この二ヶ月を、夫の人となりを知る機会、そして、このまま結婚生活が継続した場合を考え、その後に公爵夫人として振る舞えるよう訓練する期間にしようと決めた。
 夫の魂だって、まだ不安定だ。そっちにも気を回さないといけない。
 ……そして二ヶ月後、夫を愛せなかったら。公爵夫人として生きていくことに限界を感じたら。
 ……それを、正直に伝えよう。

「まあ、まずは外との交流だよね」

 特に、王女様方とのお茶会の準備だ。他の方からの誘いについても、精査しないと。

 ☆

「……リリア、相談があるんだが……」
「はい。なんでしょう?」

 夕食を食べていたら、夫が真剣な顔で言ってきた。

「……もし、君が良いと言うなら、だが……王家主催の夏の夜会に、……一緒に、出てくれないか」
「ああ、そうですね。もうそんな時期ですか。分かりました」
「……えっ、良いのか?」

 ぽかんとした顔になった夫へ、

「良いも何も。王家主催の夜会は、バウムガルテンからしたらほぼ公務のようなものではないですか」
「だが、……君とはまだ……」
「昨日、言ってくださいましたね。過ごしたいように過ごし、見定めて欲しい、と。ならば、私はあなたの妻として、夜会に出席したく思います。……行くなと仰るなら行きません。最終判断をするのは、公爵であるアルトゥール様ですから」

 秋の王家の夜会は経験してるけど、冬は両親から止められたし、春はバウムガルテン邸から出られなかったから、出席出来てないんだよね。夏も、初めてだ。

「……い、良い、のか……?」
「はい」

 躊躇うことなく答えれば、「……分かった」と、何かを決心したような顔と声で、夫は頷いた。

「では、新しくドレスを仕立てたほうが良いでしょうか? 期限ギリギリになってしまうでしょうけれど……」
「あ、それは……大丈夫、だ」
「え?」

 首を傾げて夫を見る。王家主催の四季の夜会は、ただの夜会ではない。王族の御前に相応しい装いが必要になるのだけれど……?

「……アルトゥール様、もしかして、既に仕立ててあるのですか? 夏の夜会用のドレスは」
「……そうだ」
「……もしもの時のためにと……?」
「……そうだ……」

 夫は小さく呟き、まじまじと見る私の視線から逃げるように顔を逸らす。
 まじか。またか。何をどこまで想定して動いているんだこの人は。

「……ありがとうございます。明日、確認させていただきますね」
「……ああ」

 三ヶ月で呪いを解いた人だ。夏の夜会ならもしかしたら二人で出られるかも、なんて考えていたのかもしれない。そう思っとこう。
 そして、翌日。

「……流石、アルトゥール様ね……」

 感嘆と、呆れと。私は夏の夜会用のドレスを見て、なんとかそれだけ言った。
 オフショルダーで、身頃の色は深い青。花が咲くように広がるスカートは、裾にかけて徐々に明るい青へ変わり、それに伴って銀糸で刺繍がされている。襟と、身頃とスカートとの切り替えには銀のブレードが付いていて、袖は肘上から下が切り替えになっており、深い青と純白のレースでボリュームのあるものに。そして当たり前のように、ドレスの生地は上質なシルクだ。
 そしてドレスと共布で、銀の留め金が付いた踵の高いパンプス。それと、こちらもシルクの手袋。そして、様々な髪型を想定したんだろう、色々な髪飾りたち。

「……」

 ほぼ全て、青と銀を基調にしている。あの人の色だ。
 私がこれを着たら、あの人は喜ぶんだろうか。……喜んでくれると良いんだけど。
 アルトゥール様の妻として、夏の夜会に出る。あとは私が、どれだけ相応しくあれるか、だ。
 
 ☆

 そして日々は過ぎていき、王女様方との茶会の日になった。
 場所は、また王宮。けど、クラウディア様とお茶をした場所とは違うらしい、と、馬車の窓から見える景色から、推察する。
 今日の私の格好は、あの、薄緑のシルクのドレスだ。胸元と腰のリボンもシルクで、縁にレースが付いている。装飾をあえて少なくしているこのドレスは、その特殊なシルクで出来ていると、一目で分かるだろう。
 加えて、今日の私の髪型は、いつもと違う。上から編み込む、までは同じだけれど、途中からリボンも入れ込んだ三つ編みにして、左肩から前側に垂らすようにしている。このシンプルなドレスにあの髪型は合わないと、侍女たちと相談してこうなった。
 到着したのは、三段の大きな噴水がある庭だった。そして、そばの四阿に、第一王女エルメンヒルト様と、第二王女フロレンツィア様が座っている。
 私が馬車から降りると、お二方とも、クラウディア様のように立ってくださって、私の挨拶を待った。

「アルトゥール・バウムガルテン公爵が妻、リリア・バウムガルテンと申します。本日はお招きいただきありがとうございます。私のようなものに時間を割いてくださり、恐悦至極の思いにございます」

 礼をし、そのまま待つ。
 向かって左、黒曜のような黒髪と碧の瞳、優しく涼し気な顔立ちのエルメンヒルト様が、口を開く。

「こちらこそ。わたくしはハイレンヒル王国第一王女、エルメンヒルト・ハイレンヒル。リリア様。あなたに会うのを楽しみにしておりました」

 そして、向かって右。ふわりとした銀髪と明るい緑の瞳を持つ、可愛らしいお顔立ちをした、フロレンツィア様が言葉をくださる。

「あたしはハイレンヒル王国第二王女、フロレンツィア・ハイレンヒル。あたしもあなたに会うのを楽しみにしてましたわ。どうぞ、楽にして? お茶会を始めましょう」
「ありがとうございます」

 礼を解き、お二人が座ってから、下座に座る。

「じゃあ、」

 フロレンツィア様がエルメンヒルト様に顔を向け、

「ここからは無礼講でいいわよね? お姉様」

 無礼講?


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