酔い潰れた青年を介抱したら、自分は魔法使いなんですと言ってきました。

山法師

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39 知ってもらうと、決めたから

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 で、現在六時五十二分。セイが洗い物をしてくれて、その間に洗濯物を干すことが出来、時間に余裕が出来た。

「どうする? 少し休んでから行く?」
「いえ、ナツキさんが良ければ、……なるべく早く……」

 苦々しい顔だ。

「分かった。じゃ、行こう」

 私は頷いて、三匹にお留守番を頼み、玄関で。

「はい」

 と手を出した。

「……え、いいんですか」
「そのほうが安心するかと思ったけど、無しが良いなら無しで」
「い、いえ! あの、お願いします」
「ん」

 そろ、と、持ち上げられた手に指を絡めて、握る。

「では、行きます」
「オッケー」

 そしてまた、景色が変わった。

「……えー……先に説明しましたが、今、周りに防音を張っています。そして、ここが玄関前です」

 手を離し、説明するセイの声を聞きながら、辺りを見回し、「ほおう……」と声が出た。
 家は和風の二階建て。しかも大きい。で、庭。枯れ木や枯れ草で溢れてる。これ、夏だったらどうなってたんだろ。

「ここから門扉まで、どのくらい?」
「……少し曲がりますが、十メートルほどです」

 見えん。

「あと、門扉から玄関まで、敷石があります」

 見えん。

「うん、よし。中、行こう」
「はい……」

 肩を落としながら、セイはドアを開ける。

「えっ鍵は?」
「あ、それはほとんど使いません。今は魔法で開けました。普段も家の中に直行ですから」
「なるほどね」
「……それで、中が、このような……感じで……」

 外開きのそれを、私に中を見せるように開けてくれる。
 中も、一見すると、和風の普通の家だ。

「入って良い?」
「はい」
「お邪魔します」

 下はコンクリ……三和土? で、板張りの長い廊下。に、足を乗せたら、ギシ、と音がした。

「すみません……」
「大丈夫大丈夫」

 全体的に木材と土壁、襖や障子。

「ねえ、セイ」
「はい」

 しょげなさんな。

「こう、素人目だけどさ。荒れてるようには見えないよ?」
「あー、や、この辺は……あの、連絡をもらってから、なんとか仮に体裁を整えたので、そう見えるのかと……そこの、襖、開けてみて下さい」

 遠い目をしながら言われる。開ける。

「んお、おー……」

 少し掴めてきた。
 そこは畳敷き、なんだけど。パッと見ただけでも畳の古さが分かる。あと、この部屋の畳、沈むな。それにこの部屋、何も無いな。窓の所もカーテンじゃなくて障子で、光も入ってきてない。

「セイ、障子、開けて良い?」
「……はい……」
「……」

 開けようとしたけど、開かない。

「……これは……?」
「家が、少し……多少、歪んでまして。どこもそんな感じです」
「この障子の先は? 暗いけども」
「雨戸ですね。それも同じく歪んでます。あとたぶん、錆びてます」
「じゃ、開かない?」
「……恐らく。その、……そもそも何年も、開けてなくて……」
「空気が淀んでる感じはないけど、魔法?」
「はい。……連絡をいただいたあとに、入れ替えました……」

 どんどん落ち込みが激しくなるな。

「セイ、ちょっと良いかな」

 セイの前に立つ。

「はい……」
「手、握って良い?」

 と、差し出す。

「えっ……はい……」

 落ち込んたまま乗せられた手を、握って。

「あのね。落ち込むことじゃないよ。セイはずっと、頑張ってきたんだから。それも、一人で、さ。すっごい大変なことだったと思うよ?」

 落ち込んた顔の口が、ぐに、と曲がる。

「ものが食べられなくなって、寝ることも出来なくなって。心が迷子になって。けど、勉強も仕事も頑張ってた。今も頑張ってる。キャパオーバーになって当然だよ。こんな広い家の管理、一人でなんて出来ないよ」
「そ、ですかね……」
「そう。建て替えるか引っ越すって言ってたの、良い案だと思うよ? あ、でも、その場合、仕事道具の部屋はどうなるのかな? そこだけ移築みたいになる?」
「あー、……部屋、見てもらっても、良いですか?」

 えっいいの?

「えっいいの?」

 やべ、心の声がそのまま出た。

「はい。近いうちに、見てもらおうと思ってましたから」

 苦笑いしながら、言われる。

「……じゃあ、見せてもらおっかな」
「はい。こっちです」

 手を繋いだまま歩き出されたけど、離すとしょげられる気がしたから、そのままついていく。

「事前に言いましたが、防犯のために、家と、敷地全体に、人は入れないようになってるんです」

 廊下に出て、進む。

「ああ、うん。入れない、かつ、入る気が起こらない、だっけ」
「はい。ですけど、念には念を、と」

 だいぶ進んで、二回くらい曲がり、部屋じゃなくて、壁の前で立ち止まった。

「ここを、入口にしてるんです。開けますね」

 その言葉が終わるかどうか。壁に、ドア一枚分の穴……穴? 中、明るいけど。まあ、ドア一枚分、壁が消えた。

「それで、今は危険な状態ではないですが、何かあると危ないので、僕の指示に従ってもらって良いですか?」

 真剣な、そして心配そうな顔を向けられ、「分かった」としっかり頷く。

「では、中に入ります。ゆっくり行きます」
「了解」

 数歩進み、

「止まって下さい。入口を閉じます。振り向く程度なら、大丈夫です」
「ん、おっけ」

 で、顔だけで振り向けば、入口だったところはなく。白い壁が広がっていた。

「うん、把握しました」

 顔を戻す。
 そこは、入った時点で見えていたけど、白い、広い空間で。棚はないけど、透明な棚があるように、沢山のものが並んでいる。研究とか仕事っていうより、保管庫みたいな感じだ。

「ナツキさん。部屋は、ここともう一つ。合わせて二部屋あります。ここは主に、魔法の研究や実験、修練などを行う部屋です」
「質問、いい?」
「はい」
「ものが所狭しと並んでるように見えるけど、その、研究とかのための場所は、どこに?」

 セイと部屋を見つつ聞く。

「この奥ですね」

 セイは人差し指で部屋の先のほうを示した。

「仕事部屋は左隣ですが……どちらから見ますか?」
「セイに任せる」
「では、まず、奥に行きますか。ものをどけながら行きますが、触れないようにして下さい」
「了解」
「では、行きます」

 歩き出す。並んでいたものが脇へ行き、車二台が悠々通れるだけの道が出来た。
 そこを行くと、開けた場所に出る。ドームくらいありそう。

「ここで、研究、実験、修練などを行います」
「また、質問、良い?」
「はい」
「こう、テーブルとか、器具とか、何にもないけど。その都度用意するの?」
「はい。そうですね。それらは今通ってきた、並んでるものの中にあります。……あと、何かありますか? なければ仕事部屋の案内をします」

 ちょっと考えて。

「うん。思いつかないから、仕事部屋でお願い」
「はい。では、左に」

 そのまま左に進んで、白い壁の、目の前に。

「入口と同じ仕組みで開きます」

 と、言葉通りに、壁がドア一枚分消えた。
 中は、こっちより、少し薄暗い。

「入ります。良いですか?」
「うん」

 数歩進んでからまた、入口を閉める、とセイが言う。了解して、入口が閉まる。
 そこで、セイが長く細く、息を吐いた。

「すみません……この部屋は、さっきより数段危険度が低いので……」
「ごめん。緊張させちゃったね」

 手を握れば、握り返してくれる。

「……いえ、見せる、見てもらうと、決めたので」
「……ちょっと休む?」
「……では、お言葉に、甘えて……少し、中へ」
「了解」

 その、少し行った先で、立ち止まり、

「ナツキさんの家にある、椅子とテーブルと同じで良いですか?」

 なんとなく意味はつかめたから、

「うん、それで」

 頷いたら、パッ、と、目の前に、椅子とテーブルが現れた。

「では、少し、休憩で……」
「手、どうする?」

 座ろうとしたセイに聞く。

「……あ、や……」

 迷う素振りのセイに、

「じゃ、このままでいい? あと、座るから、ちょっと繋ぎ直させて」

 セイが何か言う前に、指を絡ませて握る。

「座るね」

 椅子を引いて、座る。セイもゆっくり動き出し、椅子に座った。
 そして、テーブルに突っ伏した。

「すみません、ナツキさん。色々と、ご配慮を……」
「いやいや、こっちこそ色々ありがとね」

 言って、見える範囲で、部屋の中を見回す。
 さっきより薄暗いけど、慣れれば普通の明るさに思える。で、見た感じ、あっちより、狭いかな?
 ものも、見た感じ少なめだ。あと、なんとなくだけど、少しだけ、さっきの部屋とは逆に、乱雑な印象を受ける。

「……ナツキさん、一つ、言っても良いですか」

 ムクリと身を起こしたセイが、そんなことを言ってくる。

「えっと、何を?」

 こっちを向いた水色が、真剣味を帯びた。

「僕、アジュールって名前で、活動してます」
 

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