1 / 1
私の職業は「魔女」らしい
しおりを挟む
下町の、職人達が店を構える区画の一角に『ヴェールノアレル』という店がある。その店は若い魔女が営んでいるというが──。
私の職業は『魔女』らしい。
ごちゃついている下町の、職人達が店を構える区画の一角。そこにこぢんまりとした私の店がある。
「いらっしゃいませ」
ドアベルの音に、声をかける。今日二人目のお客さんだ。
「あの……北方のドラゴンの爪ってありますか?」
「はい、御座いますよ。幼体から老体、本数も確保してあります。……何に使われる予定でしょう?」
北方のドラゴンの爪は、主に熱冷ましに使う。
「祖母が……ここの所火照りがとれないと言っていて……」
お客さんである少女はそう言って、俯いてしまう。
「お医者さんは何ともないって……でも、前にも風邪引いて、そこから病気になったから……早く何とかしないとって……」
「かしこまりました。それでは……幼体のものを三日分ご用意しますね」
カウンターの奥に引っ込み、北方ドラゴンの爪を取り出す。加えて、別のものも取り出した。
「お待たせしました。『北方ドラゴン幼体の爪』の粉、一包一日分です。朝食の後に飲んで下さいね。それと……」
カウンターで商品の説明をする。私は一緒に出しておいた、赤子の拳ほどの瓶も隣に置く。
「宜しければこちらもどうぞ。『マルハナ』の蜜です。体力回復と熱を追い出す効能があります」
「えっでも、お金が」
「いえ、お試しという事でお代は結構ですよ。お体に合って気に入って下されば、その時に、また」
こういう事の積み重ねで常連を作るのだと、母に教わった。けれどやりすぎもいけないと。
少女は笑顔で帰って行った。あの子のおばあさんが、良くなると良いと思う。
今日は後一人来るかどうかだろう。私が継いだ店は、ひっきりなしに客が来るような店じゃない。もしそんな状況になったら世界に何かが起きていると、父は言っていた。大げさな気もする。
私の店『ヴェールノアレル』はこんな感じでゆったりと営業している。名の由来は、教えて貰う前に両親ともに逝ってしまった。
名といえば、私の名前──ユリエラ・バルト──の名の由来も聞き損ねたな。今更そんな事を思う。
「まあ、しょうがない……んー」
軽く伸びをして、閉店までの気合いを入れる。いつ何時も、店を守っているという意識を持て。そういう風にも教わったから。
また、ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいま、せ……」
そこに立っていたのは、真っ黒な服に身を包んだ背の高い人間。
「……こちらにいらっしゃるなんて、珍しいですね?」
ある意味、常連さんだ。ある意味というのは、普段は表立って店には来ないから。
「至急、欲しい物がある。あればあるだけ欲しい」
低く響く声で言いながら、常連さんはずんずんとカウンターに近付いてきた。
「えっと、まずその必要な物というのはなんでしょう? 後出来れば何に使うかもお聞きしたいんですが……フェルステマンさん」
彼の名はイザーク・フェルステマン。この国の騎士だ。
「この前討伐の際に頼んだ物と同じ物を。近隣で魔物の目撃情報があった」
「魔物?」
この店は有り難い事に、お国と、とりわけその騎士団と商売をさせて貰っている。普段は定期で商品を届けているが、こういう場合も時折ある。
「どんな魔物かによって用意する物が変わります。詳細を教えて下さい」
「まだ調査部隊が戻ってきていない。少ない情報になるが、いいか?」
しょうがない。あるだけの情報でやりくりするのも、この商売では良くある。
「分かりました」
「四つ足の獣で羽根があり、体長は俺より小さい。屋根の上を駆けていたそうだ」
「フェルステマンさんより小さい?」
何故そこでフェルステマンさんが比較対象として出てくるんだ。
「目撃したのが俺の団の非番の者だった」
「なるほど」
四つ足、羽根、屋根の上を駆ける……。
「どんな頭、顔かは分かりますか?」
「いや、そこまでは」
これは、ややこしい案件かも知れない。
「私も行きます」
「何?」
こういう事を言うと、決まってフェルステマンさんは難しい顔になる。
「……もしかしたら、討伐でなく保護が必要かも知れません。現場での情報がもっと必要です」
「………………分かった」
「準備してきます。ちょっと待ってて下さい」
カウンター横の椅子にフェルステマンさんを座らせると、私は店の奥へと引っ込んだ。
「……失礼します」
フェルステマンさんの先導で、黒獅子団の隊舎に入る。フェルステマンさんはここの副団長だし、ここに来るまでもその顔パスで手続きを飛ばして貰った。いつもこうだが、分不相応な待遇を受けているようで少し肩身が狭い。
「いらっしゃいバルト嬢。わざわざご足労頂いて、頼もしいやら心配になるやら」
入り口すぐで、団長のダミアン・ガイスラーさんに声をかけられた。
「団長……紙鳩を飛ばしたからといってここまでこないで下さい。執務が残っているでしょう」
呆れた声を出すフェルステマンさんに、ガイスラーさんは言い返す。
「それを言うなら君もだよ。魔女さんへの頼み事なんて新人がやったって問題無い」
なにそれ初耳。私は思わず隣を見上げる。
「……」
フェルステマンさんはさっきよりも難しい顔になっていた。
「まあ、調査部隊も帰ってきた事だし、ちょうど良いだろう? 皆で作戦を立てよう」
黒いマントと肩まである赤毛を翻し、ガイスラーさんは会議室へ歩き出した。
フェルステマンさんの黒髪も見事なほどの漆黒だけど、この人もとても綺麗な赤毛だと、会う度思う。ちなみに私は長さだけはある茶髪を三つ編みにして、背中に垂らしている。
会議室にはガイスラーさんが言った通り、すでに五人ほどの団員さん方がいた。この人達が調査部隊なんだろう。
全員が座った所で、ガイスラーさんが切り出した。……こういう時、何故いつも私はフェルステマンさんとガイスラーさんの間に座らなければならないんだろう?
「さて、今副団長とともに入ってきたバルト嬢を知らない者は……いないね。じゃあ、調査部隊の面々の調査結果を聞こう」
その言葉に、向かって右端の団員さんが話し出す。
それによると、最初に目撃されたのは一時間ほど前。そこからもう何件か撃情報が入ってきたらしい。場所は庶民の住宅街で、場所が場所なだけに早期に収拾をつけたいんだそう。
「今、場所を絞って魔物の捜索をしております。現場の住人には家から出ないよう広域通達を行いました」
「その魔物の特徴は? どんな姿ですか?」
思わず口を挟んでしまう。団員さんはこちらを一瞥し、口を開く。
「今までの情報を会わせると、体長は人並み、鳥のような羽根と嘴を持ち、四つ足で駆けながら羽根をばたつかせる……といったものです。飛翔能力があるかは確認出来ませんでした」
ああ、それならもう、確定したも同然だ。
「特定は出来るか」
フェルステマンさんの問い掛けに、強く頷く。
「はい。おそらく、その魔物はグリフォンです。しかも幼体の可能性があります。親が探しに来る前に保護して森に帰した方が良いでしょう」
「親?」
「親の大きさは馬程あります。それにグリフォンは知能も高いけど気性が荒い。子供に何かあったら、街に被害が出るかも知れません」
「それはまずいな。……体制を討伐から保護へ。団員の数も増やそう。指揮は私がとる」
「は!」
「イザークは実働部隊へ。バルト嬢はどうしたいかな?」
「私は残ります。……あのでも、一つお願いしたいんですが」
なんか今、フェルステマンさんが揺れたように見えたけど、どうしたんだろう。
「言うと思ったけど……内容を聞いても良いかい?」
「ありがとうございます。子供を保護した時とか、もしその羽根が抜けたりしたら……こちらに頂けませんか?」
グリフォンの羽根は薬になる。
「だ、そうだよ実働部隊。頑張って」
言われて気付いた。そうか、これを行うのはフェルステマンさん達実働部隊になるのか。
「あの、無理にって訳では……その暇があればってくらいで」
「問題無い。それも遂行しよう」
フェルステマンさんは頷き、立ち上がる。
「では団長、行って良いでしょうか」
「本当に君分かり易い……はい、話は終わり。それぞれ動き出して行こう、解散!」
ガイスラーさんの言葉で、私以外の全員が俊敏に動き出す。騎士さんってこういう時本当にキビキビ動くなあ。
「……バルト嬢。いつもありがとう。こういう時、生きた知識というのは本当に大切なんだと身にしみるね」
「そうですね、私も……この知識が役に立っているのがとても嬉しいです。もっと知っておけば良かったと今更思う時もありますが……」
私が持っている『喪われた識』はほんの一部。大部分は受け継げなかった。
「まだまだ時間はあるからね。バルト嬢も頑張ってる。…………話は変わるんだけど、バルト嬢」
「はい、なんでしょう?」
「イザークについて、どう思う?」
時々、ガイスラーさんからこういう質問をされる。最近はほかの団員さんにも聞かれたりする。
「えっと……とても真面目な方だと思います」
「うんうん。他は何かある?」
「ええ? ……んー、皆さんに信頼されてるんだなあと……?」
この質問タイムは何に関係するんだろう。
「……うん、イザークってそういう奴だよね……もっと頑張れよ……」
「???」
その後のグリフォンの確認、保護、森への解放はとてもテンポ良く進んだ。グリフォンはやはり幼体で、怪我なども確認出来なかったので「初めてひとりで遠出してみたら迷子になった」ものだと推測された。
「良かったです、その子に怪我がなくて」
もし怪我などしていたら、親グリフォンは怒り狂うだろう。他の魔物も血の匂いに釣られてやってきていたかも知れない。
「団員さん方もありがとうございます。グリフォンって羽根抜け落ちやすいんですかね?こんなに沢山……」
目の前に置かれた複数の布袋の中には、グリフォンの羽根がたっぷりと入っていた。袋の大きさも背負い鞄並なので、本当に多い。
「いえ、保護の際に少々……グリフォン? が暴れまして。その時に抜けました」
袋を持ってきてくれた団員さんが言う。
「なるほど。……それで、あの、フェルステマンさんはどうしたんですか……?」
フェルステマンさんも一緒に袋を持ってきてくれたのだが、なんだか落ち込んでいるように見える。
「ああ、ええ……暴れている所を副団長が一睨みしたら、その、グリフォンが気絶しまして」
一睨みで。……幼体には刺激が強かったのかな。
「そのおかげで他が滞りなく進んだんだろう? イザーク、君の成果だよ」
ガイスラーさんはそう言って、フェルステマンさんの肩をポンポン叩いた。
「後は魔物除けを周辺に撒いて、一週間ほどですかね? 何もなければ大丈夫かと」
私は魔物除けの香り袋と、薬液の瓶を取り出す。
「瓶の中身は百倍に希釈して撒いて下さい。あ、希釈するのは水で大丈夫です。それとこの香り袋は、無風なら半径五メートルほどの範囲で効果があります。軒先に吊すとか、今回グリフォンに接触した人も……」
説明しながら顔を上げると、周りにいた人達が皆一様に変な顔をしていた。
「……? どうかしましたか?」
「いや、バルト嬢。香り袋はともかくその瓶……なんでその大きさの鞄から出て来たんだと思ってね……?」
ガイスラーさんが私の肩掛け鞄とその倍はある薬液の瓶を交互に見た。
「ああこれは、鞄の中の空間が広いんです。だからこの大きさの瓶も、鞄を壊さずに入れられます」
あれ、これ見せたのって初めてだっけ。
「……いや、魔女さんの力は本当に凄いね……」
「そう、ですか」
これは『喪われた識』より、今ある科学技術の方に近い。だけど、それをうまく説明出来るほどの知識を私は持っていない。
「……鞄がどうあれ、今すべきはこれらをしっかりと行う事でしょう」
「!」
低く通る声が、俯きかけた私の顔を上げさせた。
「……そうだね、まだやる事は残っている。気を抜かずにいこう」
あれからちょうど一週間。グリフォンや他の魔物の目撃情報も無いという事だし、魔物除けもきちんと効いたようだ。
「今回も貰っちゃったな……いや、有り難いけども」
私はグリフォンの件で、情報・資材提供者としてちょっとした礼金みたいなものを貰った。ちゃんと商品の代金も、グリフォンの羽根も受け取った身としては、なんだか貰いすぎてるような気がしてしまう。
「まあ、私が評価されることで他に同じような事があった時、スムーズに事が進むんだろうけど」
そう考えればいいか。そう自分を納得させていると、ドアベルが音を立てた。
「いらっしゃいませ……あ」
「あ、あの、こんにちは」
そこにいたのは、この前北方ドラゴンの爪を求めてきた少女。
「こんにちは。あの後、具合良くなりましたか?」
「はい! おばあ、祖母も元気になって、ありがとうございます!」
頬を上気させ、とても嬉しそうに言う少女。ちゃんとものが効いたようで、こちらも安心する。
「それは良かったです」
「あの、それで……あの時一緒に貰った蜜、家族皆も気に入っちゃって……ちゃんと買いに来ました」
「それはありがとうございます。今用意しますね」
この子も、その家族も、常連さんになってくれるだろうか。そんな事を考えながらも、でもあの笑顔が見られただけでも良かったとも思ってしまう。
リリィという少女──名前を教えて貰った──は中くらいの大きさの『マルハナ』の蜜瓶を買っていった。今度は笑顔だけでなく、手まで振ってくれた。
こちらも手を振りかえしながら、思う。こんな日が続けばいいのになあ。
この世界の人々は昔、自然の恩恵とそこからもたらされる智恵を用いて生きてきた。今よりも世界に対する見識は深く、人々は人以外のもの達とも一緒に暮らしていたそうだ。
それがいつの間にか消え、自然との隔たりが深く広くなり、人々は『人』と『自然』を分けるようになっていった。だが、それでも一部の者達は自然との繋がりを保ち、生活をしていたそうだ。
私の家はその末裔に当たる。自然と繋がっているとされる知識、『喪われた識』と呼ばれるそれを、私も少しだが持っている。
そして、『喪われた識』を持つ人間は『魔女』や『魔法使い』と呼ばれるらしい。
「そういうものを使うってだけなんだけど」
私の知っている魔女や魔法使いは物語に出てくる、自分の意のままになんでも出来てしまう人だ。そういう人達と同じ呼び名というのも、誇らしいような、言い過ぎですと言いたくなるような。
「……さて、納品するものの確認でもしてましょうか」
頭を切り替える。騎士団への納品日はもうすぐそこだ。
「グリフォンはその次に持って行こうかな」
羽根で作る薬は日数がいるし、他にも色々実験もしてみたい。
「……フェルステマンさんにも、お礼言わないとな」
私が魔女と言われる事を少し気にしているのを、あの人は多分気付いてる。けれど、あそこでフォローしてくれるなんて思わなかった。
「納品日の時、会えるかな」
お客さんのいない、ゆったり時間が流れる店内で、私は呟いた。
私の職業は『魔女』らしい。
ごちゃついている下町の、職人達が店を構える区画の一角。そこにこぢんまりとした私の店がある。
「いらっしゃいませ」
ドアベルの音に、声をかける。今日二人目のお客さんだ。
「あの……北方のドラゴンの爪ってありますか?」
「はい、御座いますよ。幼体から老体、本数も確保してあります。……何に使われる予定でしょう?」
北方のドラゴンの爪は、主に熱冷ましに使う。
「祖母が……ここの所火照りがとれないと言っていて……」
お客さんである少女はそう言って、俯いてしまう。
「お医者さんは何ともないって……でも、前にも風邪引いて、そこから病気になったから……早く何とかしないとって……」
「かしこまりました。それでは……幼体のものを三日分ご用意しますね」
カウンターの奥に引っ込み、北方ドラゴンの爪を取り出す。加えて、別のものも取り出した。
「お待たせしました。『北方ドラゴン幼体の爪』の粉、一包一日分です。朝食の後に飲んで下さいね。それと……」
カウンターで商品の説明をする。私は一緒に出しておいた、赤子の拳ほどの瓶も隣に置く。
「宜しければこちらもどうぞ。『マルハナ』の蜜です。体力回復と熱を追い出す効能があります」
「えっでも、お金が」
「いえ、お試しという事でお代は結構ですよ。お体に合って気に入って下されば、その時に、また」
こういう事の積み重ねで常連を作るのだと、母に教わった。けれどやりすぎもいけないと。
少女は笑顔で帰って行った。あの子のおばあさんが、良くなると良いと思う。
今日は後一人来るかどうかだろう。私が継いだ店は、ひっきりなしに客が来るような店じゃない。もしそんな状況になったら世界に何かが起きていると、父は言っていた。大げさな気もする。
私の店『ヴェールノアレル』はこんな感じでゆったりと営業している。名の由来は、教えて貰う前に両親ともに逝ってしまった。
名といえば、私の名前──ユリエラ・バルト──の名の由来も聞き損ねたな。今更そんな事を思う。
「まあ、しょうがない……んー」
軽く伸びをして、閉店までの気合いを入れる。いつ何時も、店を守っているという意識を持て。そういう風にも教わったから。
また、ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいま、せ……」
そこに立っていたのは、真っ黒な服に身を包んだ背の高い人間。
「……こちらにいらっしゃるなんて、珍しいですね?」
ある意味、常連さんだ。ある意味というのは、普段は表立って店には来ないから。
「至急、欲しい物がある。あればあるだけ欲しい」
低く響く声で言いながら、常連さんはずんずんとカウンターに近付いてきた。
「えっと、まずその必要な物というのはなんでしょう? 後出来れば何に使うかもお聞きしたいんですが……フェルステマンさん」
彼の名はイザーク・フェルステマン。この国の騎士だ。
「この前討伐の際に頼んだ物と同じ物を。近隣で魔物の目撃情報があった」
「魔物?」
この店は有り難い事に、お国と、とりわけその騎士団と商売をさせて貰っている。普段は定期で商品を届けているが、こういう場合も時折ある。
「どんな魔物かによって用意する物が変わります。詳細を教えて下さい」
「まだ調査部隊が戻ってきていない。少ない情報になるが、いいか?」
しょうがない。あるだけの情報でやりくりするのも、この商売では良くある。
「分かりました」
「四つ足の獣で羽根があり、体長は俺より小さい。屋根の上を駆けていたそうだ」
「フェルステマンさんより小さい?」
何故そこでフェルステマンさんが比較対象として出てくるんだ。
「目撃したのが俺の団の非番の者だった」
「なるほど」
四つ足、羽根、屋根の上を駆ける……。
「どんな頭、顔かは分かりますか?」
「いや、そこまでは」
これは、ややこしい案件かも知れない。
「私も行きます」
「何?」
こういう事を言うと、決まってフェルステマンさんは難しい顔になる。
「……もしかしたら、討伐でなく保護が必要かも知れません。現場での情報がもっと必要です」
「………………分かった」
「準備してきます。ちょっと待ってて下さい」
カウンター横の椅子にフェルステマンさんを座らせると、私は店の奥へと引っ込んだ。
「……失礼します」
フェルステマンさんの先導で、黒獅子団の隊舎に入る。フェルステマンさんはここの副団長だし、ここに来るまでもその顔パスで手続きを飛ばして貰った。いつもこうだが、分不相応な待遇を受けているようで少し肩身が狭い。
「いらっしゃいバルト嬢。わざわざご足労頂いて、頼もしいやら心配になるやら」
入り口すぐで、団長のダミアン・ガイスラーさんに声をかけられた。
「団長……紙鳩を飛ばしたからといってここまでこないで下さい。執務が残っているでしょう」
呆れた声を出すフェルステマンさんに、ガイスラーさんは言い返す。
「それを言うなら君もだよ。魔女さんへの頼み事なんて新人がやったって問題無い」
なにそれ初耳。私は思わず隣を見上げる。
「……」
フェルステマンさんはさっきよりも難しい顔になっていた。
「まあ、調査部隊も帰ってきた事だし、ちょうど良いだろう? 皆で作戦を立てよう」
黒いマントと肩まである赤毛を翻し、ガイスラーさんは会議室へ歩き出した。
フェルステマンさんの黒髪も見事なほどの漆黒だけど、この人もとても綺麗な赤毛だと、会う度思う。ちなみに私は長さだけはある茶髪を三つ編みにして、背中に垂らしている。
会議室にはガイスラーさんが言った通り、すでに五人ほどの団員さん方がいた。この人達が調査部隊なんだろう。
全員が座った所で、ガイスラーさんが切り出した。……こういう時、何故いつも私はフェルステマンさんとガイスラーさんの間に座らなければならないんだろう?
「さて、今副団長とともに入ってきたバルト嬢を知らない者は……いないね。じゃあ、調査部隊の面々の調査結果を聞こう」
その言葉に、向かって右端の団員さんが話し出す。
それによると、最初に目撃されたのは一時間ほど前。そこからもう何件か撃情報が入ってきたらしい。場所は庶民の住宅街で、場所が場所なだけに早期に収拾をつけたいんだそう。
「今、場所を絞って魔物の捜索をしております。現場の住人には家から出ないよう広域通達を行いました」
「その魔物の特徴は? どんな姿ですか?」
思わず口を挟んでしまう。団員さんはこちらを一瞥し、口を開く。
「今までの情報を会わせると、体長は人並み、鳥のような羽根と嘴を持ち、四つ足で駆けながら羽根をばたつかせる……といったものです。飛翔能力があるかは確認出来ませんでした」
ああ、それならもう、確定したも同然だ。
「特定は出来るか」
フェルステマンさんの問い掛けに、強く頷く。
「はい。おそらく、その魔物はグリフォンです。しかも幼体の可能性があります。親が探しに来る前に保護して森に帰した方が良いでしょう」
「親?」
「親の大きさは馬程あります。それにグリフォンは知能も高いけど気性が荒い。子供に何かあったら、街に被害が出るかも知れません」
「それはまずいな。……体制を討伐から保護へ。団員の数も増やそう。指揮は私がとる」
「は!」
「イザークは実働部隊へ。バルト嬢はどうしたいかな?」
「私は残ります。……あのでも、一つお願いしたいんですが」
なんか今、フェルステマンさんが揺れたように見えたけど、どうしたんだろう。
「言うと思ったけど……内容を聞いても良いかい?」
「ありがとうございます。子供を保護した時とか、もしその羽根が抜けたりしたら……こちらに頂けませんか?」
グリフォンの羽根は薬になる。
「だ、そうだよ実働部隊。頑張って」
言われて気付いた。そうか、これを行うのはフェルステマンさん達実働部隊になるのか。
「あの、無理にって訳では……その暇があればってくらいで」
「問題無い。それも遂行しよう」
フェルステマンさんは頷き、立ち上がる。
「では団長、行って良いでしょうか」
「本当に君分かり易い……はい、話は終わり。それぞれ動き出して行こう、解散!」
ガイスラーさんの言葉で、私以外の全員が俊敏に動き出す。騎士さんってこういう時本当にキビキビ動くなあ。
「……バルト嬢。いつもありがとう。こういう時、生きた知識というのは本当に大切なんだと身にしみるね」
「そうですね、私も……この知識が役に立っているのがとても嬉しいです。もっと知っておけば良かったと今更思う時もありますが……」
私が持っている『喪われた識』はほんの一部。大部分は受け継げなかった。
「まだまだ時間はあるからね。バルト嬢も頑張ってる。…………話は変わるんだけど、バルト嬢」
「はい、なんでしょう?」
「イザークについて、どう思う?」
時々、ガイスラーさんからこういう質問をされる。最近はほかの団員さんにも聞かれたりする。
「えっと……とても真面目な方だと思います」
「うんうん。他は何かある?」
「ええ? ……んー、皆さんに信頼されてるんだなあと……?」
この質問タイムは何に関係するんだろう。
「……うん、イザークってそういう奴だよね……もっと頑張れよ……」
「???」
その後のグリフォンの確認、保護、森への解放はとてもテンポ良く進んだ。グリフォンはやはり幼体で、怪我なども確認出来なかったので「初めてひとりで遠出してみたら迷子になった」ものだと推測された。
「良かったです、その子に怪我がなくて」
もし怪我などしていたら、親グリフォンは怒り狂うだろう。他の魔物も血の匂いに釣られてやってきていたかも知れない。
「団員さん方もありがとうございます。グリフォンって羽根抜け落ちやすいんですかね?こんなに沢山……」
目の前に置かれた複数の布袋の中には、グリフォンの羽根がたっぷりと入っていた。袋の大きさも背負い鞄並なので、本当に多い。
「いえ、保護の際に少々……グリフォン? が暴れまして。その時に抜けました」
袋を持ってきてくれた団員さんが言う。
「なるほど。……それで、あの、フェルステマンさんはどうしたんですか……?」
フェルステマンさんも一緒に袋を持ってきてくれたのだが、なんだか落ち込んでいるように見える。
「ああ、ええ……暴れている所を副団長が一睨みしたら、その、グリフォンが気絶しまして」
一睨みで。……幼体には刺激が強かったのかな。
「そのおかげで他が滞りなく進んだんだろう? イザーク、君の成果だよ」
ガイスラーさんはそう言って、フェルステマンさんの肩をポンポン叩いた。
「後は魔物除けを周辺に撒いて、一週間ほどですかね? 何もなければ大丈夫かと」
私は魔物除けの香り袋と、薬液の瓶を取り出す。
「瓶の中身は百倍に希釈して撒いて下さい。あ、希釈するのは水で大丈夫です。それとこの香り袋は、無風なら半径五メートルほどの範囲で効果があります。軒先に吊すとか、今回グリフォンに接触した人も……」
説明しながら顔を上げると、周りにいた人達が皆一様に変な顔をしていた。
「……? どうかしましたか?」
「いや、バルト嬢。香り袋はともかくその瓶……なんでその大きさの鞄から出て来たんだと思ってね……?」
ガイスラーさんが私の肩掛け鞄とその倍はある薬液の瓶を交互に見た。
「ああこれは、鞄の中の空間が広いんです。だからこの大きさの瓶も、鞄を壊さずに入れられます」
あれ、これ見せたのって初めてだっけ。
「……いや、魔女さんの力は本当に凄いね……」
「そう、ですか」
これは『喪われた識』より、今ある科学技術の方に近い。だけど、それをうまく説明出来るほどの知識を私は持っていない。
「……鞄がどうあれ、今すべきはこれらをしっかりと行う事でしょう」
「!」
低く通る声が、俯きかけた私の顔を上げさせた。
「……そうだね、まだやる事は残っている。気を抜かずにいこう」
あれからちょうど一週間。グリフォンや他の魔物の目撃情報も無いという事だし、魔物除けもきちんと効いたようだ。
「今回も貰っちゃったな……いや、有り難いけども」
私はグリフォンの件で、情報・資材提供者としてちょっとした礼金みたいなものを貰った。ちゃんと商品の代金も、グリフォンの羽根も受け取った身としては、なんだか貰いすぎてるような気がしてしまう。
「まあ、私が評価されることで他に同じような事があった時、スムーズに事が進むんだろうけど」
そう考えればいいか。そう自分を納得させていると、ドアベルが音を立てた。
「いらっしゃいませ……あ」
「あ、あの、こんにちは」
そこにいたのは、この前北方ドラゴンの爪を求めてきた少女。
「こんにちは。あの後、具合良くなりましたか?」
「はい! おばあ、祖母も元気になって、ありがとうございます!」
頬を上気させ、とても嬉しそうに言う少女。ちゃんとものが効いたようで、こちらも安心する。
「それは良かったです」
「あの、それで……あの時一緒に貰った蜜、家族皆も気に入っちゃって……ちゃんと買いに来ました」
「それはありがとうございます。今用意しますね」
この子も、その家族も、常連さんになってくれるだろうか。そんな事を考えながらも、でもあの笑顔が見られただけでも良かったとも思ってしまう。
リリィという少女──名前を教えて貰った──は中くらいの大きさの『マルハナ』の蜜瓶を買っていった。今度は笑顔だけでなく、手まで振ってくれた。
こちらも手を振りかえしながら、思う。こんな日が続けばいいのになあ。
この世界の人々は昔、自然の恩恵とそこからもたらされる智恵を用いて生きてきた。今よりも世界に対する見識は深く、人々は人以外のもの達とも一緒に暮らしていたそうだ。
それがいつの間にか消え、自然との隔たりが深く広くなり、人々は『人』と『自然』を分けるようになっていった。だが、それでも一部の者達は自然との繋がりを保ち、生活をしていたそうだ。
私の家はその末裔に当たる。自然と繋がっているとされる知識、『喪われた識』と呼ばれるそれを、私も少しだが持っている。
そして、『喪われた識』を持つ人間は『魔女』や『魔法使い』と呼ばれるらしい。
「そういうものを使うってだけなんだけど」
私の知っている魔女や魔法使いは物語に出てくる、自分の意のままになんでも出来てしまう人だ。そういう人達と同じ呼び名というのも、誇らしいような、言い過ぎですと言いたくなるような。
「……さて、納品するものの確認でもしてましょうか」
頭を切り替える。騎士団への納品日はもうすぐそこだ。
「グリフォンはその次に持って行こうかな」
羽根で作る薬は日数がいるし、他にも色々実験もしてみたい。
「……フェルステマンさんにも、お礼言わないとな」
私が魔女と言われる事を少し気にしているのを、あの人は多分気付いてる。けれど、あそこでフォローしてくれるなんて思わなかった。
「納品日の時、会えるかな」
お客さんのいない、ゆったり時間が流れる店内で、私は呟いた。
11
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない
柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。
バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。
カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。
そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。
愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。
【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)
噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される
柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。
だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。
聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。
胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。
「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」
けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」
噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情――
一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる