上 下
93 / 117
第二章 竜の文化、人の文化

四十二話

しおりを挟む
 モアが持ってきた教科書は、全部で十冊。

「そう。先生が持ってる上から順に〈言語〉、〈算数〉、〈理科〉、〈社会〉、〈家庭〉、〈音楽〉、〈保健〉、〈体育〉、〈道徳〉、〈初級魔法〉。で、この教科書達は、六十九歳までに習う、初級用のもの」
「すごい量ですね……。冊数も、その厚みも。これが六十九歳……人で言う、五、六歳ほどまでに習得するものですか……」

 アイリスは感嘆するように言いながら、それらを持って、重さを確かめるように上下させる。
 その横でゾンプ達も、それぞれ自分が使っていた教科書達を出していく。

「人の五歳なんて、まだまだ遊びたい盛りで、勉強なんて、全然……」

 アイリスは、呟くように言う。

「習い事をしているご家庭も、あるとは思いますが……それもお金のある家に限りますし、それほど多くないと思います」
「へえ、そんななの。でも、人間と竜じゃ成長速度? が全然違うんだろ? だからモノゴトの吸収が俺らより速いって」

 ゾンプの言葉に、アイリスは頷く。

「そうですね……恐らくは……。人は、早くても三歳ほどから習い事を始めます。けど、それこそ本当に少数派です。そしてそれを長く続け、極めようとしても、寿命は長くて八十ほど。皆さんが勉強を全て習得する前に、その命は尽きてしまうでしょうね」
「短命ってホント、文字通りに短いよね。種の違いとはいえ」

 ケルウァズが言い、アイリスはその通りだと痛感した。

(単純な話じゃないけど、でも。時間をかければかけるほど、教わったものは自分の力になり、知識と経験が合わさって、高められていく……。竜の方々の文明がこれほど発達しているのも、魔力や魔法だけの事じゃないのかも)
「それで、先生。先生は竜の言葉についてと、魔法については結構やってるんだよね?」

 モアの声に、アイリスはハッとして意識を戻す。

「えっ、あ、はい。そうですね。ヘイルさんやブランゼンさん、それとファスティさんに教わりながら、ある程度の読み書きなどは出来るように、なってるとは……思います……たぶん……」

 言いながら、だんだんと自信がなくなってきたアイリスの声は、萎んでいく。

(いつも、どれだけ教わっても、家での私は全然なんにも、出来なかった……。今も、本当は、出来ると思い込んでいるだけなのかも……)
「じゃあ、この教科書のどこまで分かるか、読んでみて」
「は、はい」

 モアはそれを気にする事なく、言語の教科書を指さした。気持ちを切り替えたアイリスは他の教科書を置き、それを開く。

「……はあぁ……!」

 アイリスは中身を見て、また感嘆の吐息を零した。

「……すごい。すごいですね、これは。紙質や印字の質の高さもさることながら、項目ごとに分かりやすく別れていて、簡単なものから順に進めていけるようになっているんですね……!」

 表紙をめくり、目次に目を通し、中身を眺めているアイリスの瞳が、キラキラと輝く。

「……人間の、言語の教え方ってどんなの、です?」
 アイリスの興奮した様子に、ドゥンシーが首を傾げた。
「……えっと、」

 アイリスはそれに、少し答えあぐねるようにしながら、口を動かす。

「その、……それぞれ、です」
「それぞれ?」
「恐らく高位貴族の方々になれば、確立されたものがあるのだと思いますが……私達の家の程度だと、家庭教師に教わるとしても、その家庭教師の教え方は人によるんです」
「ひとによる……?」
「はい。殆ど口頭で教える人、自作の本を作っている人、実践形式の人、師から教わり方を受け継いでいる人……。それに、教える内容や速度にばらつきがあります。教える子供に合わせる、なんて事は滅多にありませんね。自分の得意分野を教えられるだけ教えて、そこでおしまいです」
「なんつーか、色々大変そうだな、人間の教育。教える方も、教わる方も」

 ゾンプの反応に、アイリスは困ったような笑みを作る。

「ええ、そうとも言えると思います。ここに来てから、何においても思うのですが……人がどれだけ竜の方々より遅れた──ともすれば劣るような、体制を取っているのかと、理解が出来てしまうんです」


しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界転生でスキルを貰えなかったらどうなると思う?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

二つの椅子/昼さがり

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

俺と彼女とタイムスリップと

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:21

処理中です...