落書き置き場

山法師

文字の大きさ
上 下
33 / 34

クリスマスローズ

しおりを挟む
「私の賛美歌を作っていただけませんか!」
「あ?」

 部屋で一人ギターを弾いてたら、上から声がした。
 見上げれば、半透明の子供。やたらキラキラしい服を着ている。

「えー……だれ」

 幽霊だろうか。

「神様です!」
「へー……」

 昨日の酒が抜けてないのかな。もしくは寝てしまって夢を見ているとか。

「賛美歌、ねえ……」

 アタシは頭をかいた。
 賛美歌。神を賛美する歌。アタシが作る系統の真逆を行ってる気がするが。

「アンタ、なんの神様なんだい?」
「あなたが育ててるクリスマスローズの神です!」
「は。……はあ、そう」

 あの、クリスマスローズ、ね。

「じゃあちょっと、やってみますか」
「! ありがとうございます!」

 クリスマスローズの神だという子供は、顔を輝かせた。
 あの株は白だ。クリスマスローズの花言葉は『いたわり』、『追憶』、『慰め』などらしい。
 あいつが置いてったクリスマスローズに、慰められろってか?

 アタシは、花開いてないシンガーソングライターだ。二週間前まで恋人がいた。去年の秋に友人から恋人になった彼女とは、この春に別れた。……友人に戻った、と言ったほうが正しいかもしれない。アタシたちの間に必要だったのは恋心じゃなく、友情だった。それが証明されただけ。

「……よし、こんなもんだろ」
「出来ました?!」
「仮にだけどね」

 ふわふわ浮かぶ神様は、アタシの周りをぐるぐる回る。

「じゃ、弾く──歌うよ」
「はい!」

 あなたは見つめていた
 遠く、遠く 空の果て
 あなたは風に揺られ
 ひらり、ひらり 力強く

 今日は日曜日 空は青く
 いつまでも それを眺めていた

 あなたは遠くにいて
 届かない 手を伸ばしても
 あなたは遠くを見た、まま
 ひらり、ゆらり そこにいる

 ああ みんなが言う あなたのこと
 ああ 『美しい』 あなたを見て

 あなたを見つめていた
 近く、近く その隣で
 私は風に吹かれ
 揺れる あなた 見つめていた

「……こんなもんさ。賛美歌になってるかい?」

 なってないだろうな。思いながら問いかける。

「──ありがとうございます」
「いや、無理に──は、え」

 その子供は、泣いていた。

「私の歌です。あなたの歌です。本当に、ありがとうございます……!」

 泣きながら、キラキラした光の粒になって、その子供は消えていった。

「……まあ、良いか。喜んでくれたと思っとこう」

 アタシは頭をかいて、ギターをケースに戻す。
 ベランダに目を向ければ、クリスマスローズが、今年の春は寒いと天気予報が言っていた通りの気温のおかげで残っている白い花を、風に揺らしていた。

 
しおりを挟む

処理中です...