4 / 40
4 ラスカー
しおりを挟む
眠っていてもあの声は聞こえてくる。小さくて弱いが酷く……悲しい声。
宰相の父を持ち、公爵家の長男に産まれた私は中々の才能と資質に恵まれていた。
自惚れているわけじゃない。
学校の成績は常に一番だったし、剣術も同年代では負け知らず。
何もせずとも異性や同性関係なく向こうから迫ってくる。
薄紫の髪とアメジストの様な瞳は竜族では珍しいと常に道行く人の目を引く。
けれどどれもこれも今ひとつ自分が熱中出来るものが無かった。
だがある日、行方不明の末弟の声が私にも聞こえる様になった。
以来私の一番の興味事となった。
私の母は軍人で、弟二人を産んだ後に戦死した。
父が二人目の妻を娶った時には私はもう成人していて、義母は家族と言うよりも単に『父の妻』という認識だった。
義母は自分の母とは真逆のタイプで、竜族では珍しく、大人しく控えめ。
竜族は気性が荒かったり、自己主張が激しい者が多く、私もウジウジした者よりハッキリした性格の者を好むので、義母と再婚した父の気持ちはよく分からない。
けれどそんな義母が生んだ子供の助けを求める心の声が私の竜玉を熱くさせる。
騎士団に入団し、忙しい毎日を送っていた私と末弟との接点は皆無で、実家を出て寮暮らしだったから顔を見る事も無かった。
なのに今は会いたくて会いたくてたまらない。
私も父と同じくドラグーンではあるが、その能力においては父の足下にも及ばない。
経験値の差だから仕方が無い。仕方が無いが苛々する。
父が居なければ方角すらわからない。
「糞っ、どっちだ?」
休暇や眠れない夜には空を飛んで弟を探す。探すといっても何もわからないから空の散歩状態。
夜空を淡く照らす大きな月を見ながら思い出す弟の母親は、髪も瞳も真珠の輝きを持つ乳白色だったな。
弟はどんな姿だろうか。
騎士団の寮に入ってから実家に帰る事も無く、三人目の弟が生まれてからも戻ったことは無いからわからない。
まだ二歳だ。きっと驚くぐらい小さいに違いない。小さくて柔らかくて可愛くて…。
たまらず月に向かって吠える。
『何処にいるんだ!!』
弟が見つからないもどかしさと寝不足の苛々を仕事にぶつける。
特に鍛錬と犯罪者討伐は良い憂さ晴らしだ。
お陰で私の評価は鰻登り。まあそれはどうでもいい。
夜の見回りで城下町を歩いていると声が聞こえた。
「おい!どこに行くんだ!」
一緒に見回りをしていた騎士を無視して走る途中で竜体化し、空へ飛び立つ。
程なく父から呼びかけられた。父も既に空を飛んでいたらしい。
弟二人も招集し、全員の意識を繋ぎながら父の指示に従って探索する。
何だ?……なにかおかしい……
『ラスカー!ギルシュ!エルノア!』
父から呼びかけられる。
「父上、今日はいつもより声がよく聞こえるような気がします」
『ああ、多分状況が変わったんだろう。急ぐぞ』
「もしかして居場所が分かるんですか?」
『私の後を追ってこい』
そう言った父の飛行は迷いが無い。悔しい。私には苦しんでいるという事しか分からないのに。
父の導き通りに進めばボロボロの弟を見つけた。降りたって想像通り小さい体の彼の無残な姿を間近にして…
目の前が真っ赤に染まった。
「この醜い人間から血の臭いがする」
信じられない事に、この醜い人間の体には弟の血の臭いが染みついている。
それほどにこの小さな小さな私の弟を傷付けたのだ。
その後の記憶はあまり無い。
あまりの憤怒に理性を無くした。
「旦那様の言いつけで現在ルスランぼっちゃまへの面会は禁止されております」
小柄な家令のタイニーが扉の前に立ちふさがっている。
「ずっと長い間探し続けてやっと見つけたと思ったら四ヶ月も離れたままだった。ようやく家に帰ってきたのに今度は面会禁止だと?ふざけるな!私は家族だ。会う権利がある」
「俺にだってある」
「ギルシュ……来たのか」
思わず舌打ちする。騎士団に入団する前から禄に家にいた試しがなかったクセに。
「………」
いつの間に来たのか、廊下の反対側に三男のエルノアが立っていた。
「よく言うな。学生の頃から家には寝に帰るだけの生活だったのに」
「それは関係ねぇだろ。家族は家族だ」
「お前が家族らしくあったことがあったか?」
「タイニー、どいて。顔が見たいんだ」
「エルノア、お前はいつもみたいに黙って大人しくしてろよ。俺が入る」
「何故お前が先に入るんだ。ここは長男である私が一番だろう!」
「静かにしないか!おまえ達!」
部屋から出てきた父に諭され、未だ会えない不満とギルシュへの苛立ちが残るが、父とタイニーに体調の事を言われては仕方ない。
兄弟全員、諦めて散っていく。
だが諦めるのは今日会う事だけだ。
この先どう動くか私の気持ちは固まっているが、ギルシュとエルノアも私と同じ気持ちかもしれない。
生まれて初めて焦りという感情を覚えた。
宰相の父を持ち、公爵家の長男に産まれた私は中々の才能と資質に恵まれていた。
自惚れているわけじゃない。
学校の成績は常に一番だったし、剣術も同年代では負け知らず。
何もせずとも異性や同性関係なく向こうから迫ってくる。
薄紫の髪とアメジストの様な瞳は竜族では珍しいと常に道行く人の目を引く。
けれどどれもこれも今ひとつ自分が熱中出来るものが無かった。
だがある日、行方不明の末弟の声が私にも聞こえる様になった。
以来私の一番の興味事となった。
私の母は軍人で、弟二人を産んだ後に戦死した。
父が二人目の妻を娶った時には私はもう成人していて、義母は家族と言うよりも単に『父の妻』という認識だった。
義母は自分の母とは真逆のタイプで、竜族では珍しく、大人しく控えめ。
竜族は気性が荒かったり、自己主張が激しい者が多く、私もウジウジした者よりハッキリした性格の者を好むので、義母と再婚した父の気持ちはよく分からない。
けれどそんな義母が生んだ子供の助けを求める心の声が私の竜玉を熱くさせる。
騎士団に入団し、忙しい毎日を送っていた私と末弟との接点は皆無で、実家を出て寮暮らしだったから顔を見る事も無かった。
なのに今は会いたくて会いたくてたまらない。
私も父と同じくドラグーンではあるが、その能力においては父の足下にも及ばない。
経験値の差だから仕方が無い。仕方が無いが苛々する。
父が居なければ方角すらわからない。
「糞っ、どっちだ?」
休暇や眠れない夜には空を飛んで弟を探す。探すといっても何もわからないから空の散歩状態。
夜空を淡く照らす大きな月を見ながら思い出す弟の母親は、髪も瞳も真珠の輝きを持つ乳白色だったな。
弟はどんな姿だろうか。
騎士団の寮に入ってから実家に帰る事も無く、三人目の弟が生まれてからも戻ったことは無いからわからない。
まだ二歳だ。きっと驚くぐらい小さいに違いない。小さくて柔らかくて可愛くて…。
たまらず月に向かって吠える。
『何処にいるんだ!!』
弟が見つからないもどかしさと寝不足の苛々を仕事にぶつける。
特に鍛錬と犯罪者討伐は良い憂さ晴らしだ。
お陰で私の評価は鰻登り。まあそれはどうでもいい。
夜の見回りで城下町を歩いていると声が聞こえた。
「おい!どこに行くんだ!」
一緒に見回りをしていた騎士を無視して走る途中で竜体化し、空へ飛び立つ。
程なく父から呼びかけられた。父も既に空を飛んでいたらしい。
弟二人も招集し、全員の意識を繋ぎながら父の指示に従って探索する。
何だ?……なにかおかしい……
『ラスカー!ギルシュ!エルノア!』
父から呼びかけられる。
「父上、今日はいつもより声がよく聞こえるような気がします」
『ああ、多分状況が変わったんだろう。急ぐぞ』
「もしかして居場所が分かるんですか?」
『私の後を追ってこい』
そう言った父の飛行は迷いが無い。悔しい。私には苦しんでいるという事しか分からないのに。
父の導き通りに進めばボロボロの弟を見つけた。降りたって想像通り小さい体の彼の無残な姿を間近にして…
目の前が真っ赤に染まった。
「この醜い人間から血の臭いがする」
信じられない事に、この醜い人間の体には弟の血の臭いが染みついている。
それほどにこの小さな小さな私の弟を傷付けたのだ。
その後の記憶はあまり無い。
あまりの憤怒に理性を無くした。
「旦那様の言いつけで現在ルスランぼっちゃまへの面会は禁止されております」
小柄な家令のタイニーが扉の前に立ちふさがっている。
「ずっと長い間探し続けてやっと見つけたと思ったら四ヶ月も離れたままだった。ようやく家に帰ってきたのに今度は面会禁止だと?ふざけるな!私は家族だ。会う権利がある」
「俺にだってある」
「ギルシュ……来たのか」
思わず舌打ちする。騎士団に入団する前から禄に家にいた試しがなかったクセに。
「………」
いつの間に来たのか、廊下の反対側に三男のエルノアが立っていた。
「よく言うな。学生の頃から家には寝に帰るだけの生活だったのに」
「それは関係ねぇだろ。家族は家族だ」
「お前が家族らしくあったことがあったか?」
「タイニー、どいて。顔が見たいんだ」
「エルノア、お前はいつもみたいに黙って大人しくしてろよ。俺が入る」
「何故お前が先に入るんだ。ここは長男である私が一番だろう!」
「静かにしないか!おまえ達!」
部屋から出てきた父に諭され、未だ会えない不満とギルシュへの苛立ちが残るが、父とタイニーに体調の事を言われては仕方ない。
兄弟全員、諦めて散っていく。
だが諦めるのは今日会う事だけだ。
この先どう動くか私の気持ちは固まっているが、ギルシュとエルノアも私と同じ気持ちかもしれない。
生まれて初めて焦りという感情を覚えた。
52
あなたにおすすめの小説
転生したが壁になりたい。
むいあ
BL
俺、神崎瑠衣はごく普通の社会人だ。
ただ一つ違うことがあるとすれば、腐男子だということだ。
しかし、周りに腐男子と言うことがバレないように日々隠しながら暮らしている。
今日も一日会社に行こうとした時に横からきたトラックにはねられてしまった!
目が覚めるとそこは俺が好きなゲームの中で!?
俺は推し同士の絡みを眺めていたいのに、なぜか美形に迫られていて!?
「俺は壁になりたいのにーーーー!!!!」
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?
銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。
王命を知られる訳にもいかず…
王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる?
※[小説家になろう]様にも掲載しています。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される
Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。
中1の雨の日熱を出した。
義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。
それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。
晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。
連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。
目覚めたら豪華な部屋!?
異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。
⚠️最初から義父に犯されます。
嫌な方はお戻りくださいませ。
久しぶりに書きました。
続きはぼちぼち書いていきます。
不定期更新で、すみません。
平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています
七瀬
BL
あらすじ
春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。
政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。
****
初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる