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6 エルノア
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喋らない、とよく言われる。
けど喋らないんじゃない。喋ることが無い、だ。正しくは。
言いたい事は言っている。
言葉にする必要性を感じない事は言わないだけで。
それを他の者達は「寡黙」だの「無関心」だの評価してくる。頼んでもないのに。
ああでも、無関心は当たってるな。だってこの世の中それ程価値の有るものなんて存在するか?俺は見た事も出会った事も無い。
けどあれは特別。あれだけは別格。
俺が十一の時に父親が再婚し、弟が生まれた。今まで俺が弟だったのが、俺に弟ができたのだ。
竜族の女性は子供を卵の状態で生む。
両手で持てる位の大きさで産み落とされた卵は日に日に大きくなり、やがて殻から赤ん坊が出てくる。
弟卵には興味が無かったけど、殻から出た弟には少し興味が沸いた。
学校へ行こうとサンルームの前を通りがかった時に扉が開いていて、赤ちゃん用の寝台が目に入った。
母親も使用人も居ない部屋にそっと入る。
木製の囲いに守られた小さな寝台を覗き込むと、弟が機嫌良く手足をジタバタさせてる。
「……ちっちゃい……」
こんな小さな生き物が動いている、と驚いた。
ふと目が合う。
小さくて綺麗な弟の瞳。
なんだかたまらなくなって気づけば俺は泣いていた。
この沸き上がってくる感情は何なんだろう?
「お前……小さいね……小さくて、キレイだ……」
手を伸ばすと小さな左手で俺の薬指をぎゅっと握って笑った。
俺の指を握って嬉しそうに笑ったんだ。
弟のルスランは小さくて柔らかい。俺が触って壊れたら嫌だからそうっと見守る。
朝起きた時、学校に行く前、学校から帰ってきた時、眠る前……一日最低この四回は必ずルスランの顔を見に行く。
俺が顔を出すと必ずご機嫌になるんだ。俺を分かってる。
俺の事が好きなんだよ。
つまらない日常が信じられないくらいに変わった。楽しくて仕方がない。話なんか出来なくても顔を見るだけで。
でもそんな幸せな日々は突然奪われた。
弟が攫われた。
俺の弟なのに。俺のなのに。
俺はパニックになって町中を探し回った。
許可無く町で竜体になることは法律で禁止されているけど、自分が竜体になれること事態が頭から飛んでいた。
駆けずり回って探したけど見つからない。
そんな俺を町でいきなり拘束したのは家令のタイニーだった。
「エルノアぼっちゃま、ルスランぼっちゃまはもうこの国にはいらっしゃいません」
愕然とした。ルスランは居なくなったその日の内に国を出ていたと聞いて。
それに気付かず、俺は二日間も馬鹿みたいに走り回っていたんだ。
あの時の悔しさをずっと抱えてきたのに。
「タイニー、どいて。顔が見たいんだ」
そんな俺が言った言葉は一蹴された。
俺はどうでも良いことなんか口にしないのに。凄く凄く会いたいのに。
結局父に追い払われた。
信じられない。
この日を俺がどんなに待ちわびていたか。兄達なんかよりずっと。
夜になって屋敷の全員が寝静まったのを確認して一階のルスランの部屋に向かう。
ドアノブに手を掛けると、
「こんな深夜になんのご用ですかな?」
「……タイニー」
後ろにタイニーが立っている。まったく気配を感じなかった。
「昼間、旦那様が仰った事をご理解されなかったのでしょうか?ルスランぼっちゃまは眠っておいでですよ?」
「………」
やはりタイニーを出し抜く事は不可能なのか。この初老の使用人は、この家に来る前は軍人で、母の部下だった。
背丈はメイドのマリーよりも低く、ドラグーンじゃないけど戦闘能力はかなりのものらしい。
接近戦を得意とし、体術に長けている、と父が言っていた。
だがこんな事で諦める俺じゃ無い。
翌日から隙あらば部屋に入ろうと試みるも、全敗。
続けること九日目にしてタイニーが大きなため息を吐いて言った。
「ハァ……。明日、お兄様方もお呼びしますので、お会いになれますよ」
「わかった」
食い気味に返事をした俺を見たタイニーが特大の溜息を吐いた。
けど喋らないんじゃない。喋ることが無い、だ。正しくは。
言いたい事は言っている。
言葉にする必要性を感じない事は言わないだけで。
それを他の者達は「寡黙」だの「無関心」だの評価してくる。頼んでもないのに。
ああでも、無関心は当たってるな。だってこの世の中それ程価値の有るものなんて存在するか?俺は見た事も出会った事も無い。
けどあれは特別。あれだけは別格。
俺が十一の時に父親が再婚し、弟が生まれた。今まで俺が弟だったのが、俺に弟ができたのだ。
竜族の女性は子供を卵の状態で生む。
両手で持てる位の大きさで産み落とされた卵は日に日に大きくなり、やがて殻から赤ん坊が出てくる。
弟卵には興味が無かったけど、殻から出た弟には少し興味が沸いた。
学校へ行こうとサンルームの前を通りがかった時に扉が開いていて、赤ちゃん用の寝台が目に入った。
母親も使用人も居ない部屋にそっと入る。
木製の囲いに守られた小さな寝台を覗き込むと、弟が機嫌良く手足をジタバタさせてる。
「……ちっちゃい……」
こんな小さな生き物が動いている、と驚いた。
ふと目が合う。
小さくて綺麗な弟の瞳。
なんだかたまらなくなって気づけば俺は泣いていた。
この沸き上がってくる感情は何なんだろう?
「お前……小さいね……小さくて、キレイだ……」
手を伸ばすと小さな左手で俺の薬指をぎゅっと握って笑った。
俺の指を握って嬉しそうに笑ったんだ。
弟のルスランは小さくて柔らかい。俺が触って壊れたら嫌だからそうっと見守る。
朝起きた時、学校に行く前、学校から帰ってきた時、眠る前……一日最低この四回は必ずルスランの顔を見に行く。
俺が顔を出すと必ずご機嫌になるんだ。俺を分かってる。
俺の事が好きなんだよ。
つまらない日常が信じられないくらいに変わった。楽しくて仕方がない。話なんか出来なくても顔を見るだけで。
でもそんな幸せな日々は突然奪われた。
弟が攫われた。
俺の弟なのに。俺のなのに。
俺はパニックになって町中を探し回った。
許可無く町で竜体になることは法律で禁止されているけど、自分が竜体になれること事態が頭から飛んでいた。
駆けずり回って探したけど見つからない。
そんな俺を町でいきなり拘束したのは家令のタイニーだった。
「エルノアぼっちゃま、ルスランぼっちゃまはもうこの国にはいらっしゃいません」
愕然とした。ルスランは居なくなったその日の内に国を出ていたと聞いて。
それに気付かず、俺は二日間も馬鹿みたいに走り回っていたんだ。
あの時の悔しさをずっと抱えてきたのに。
「タイニー、どいて。顔が見たいんだ」
そんな俺が言った言葉は一蹴された。
俺はどうでも良いことなんか口にしないのに。凄く凄く会いたいのに。
結局父に追い払われた。
信じられない。
この日を俺がどんなに待ちわびていたか。兄達なんかよりずっと。
夜になって屋敷の全員が寝静まったのを確認して一階のルスランの部屋に向かう。
ドアノブに手を掛けると、
「こんな深夜になんのご用ですかな?」
「……タイニー」
後ろにタイニーが立っている。まったく気配を感じなかった。
「昼間、旦那様が仰った事をご理解されなかったのでしょうか?ルスランぼっちゃまは眠っておいでですよ?」
「………」
やはりタイニーを出し抜く事は不可能なのか。この初老の使用人は、この家に来る前は軍人で、母の部下だった。
背丈はメイドのマリーよりも低く、ドラグーンじゃないけど戦闘能力はかなりのものらしい。
接近戦を得意とし、体術に長けている、と父が言っていた。
だがこんな事で諦める俺じゃ無い。
翌日から隙あらば部屋に入ろうと試みるも、全敗。
続けること九日目にしてタイニーが大きなため息を吐いて言った。
「ハァ……。明日、お兄様方もお呼びしますので、お会いになれますよ」
「わかった」
食い気味に返事をした俺を見たタイニーが特大の溜息を吐いた。
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