ミミは生涯の番と別れられるか?

みづきかやの

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13話 ホーデリオの一手

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 大商会を率いるホーデリオ・ロードン会長の行動に、誰もが我が目を疑っている。

「な、何を言っているの!? ホーデリオ!」

 ロベニカも顔を青くして立ち上がった。

「先ほど私も同じ書類を提出したんだ。彼女と私、ふたりまとめて今、審議したほうがいいだろ?」

 ホーデリオはそう言うとミミの隣に並んだ。

 領主代理人たちは眉間にしわを寄せ、苦虫を噛み潰したような顔でホーデリオを見ている。領地になくてはならない存在になっている彼が、このままでは永久追放になってしまうのだ。

「ここにあるのは私の番、ロベニカが今までに行ってきた数々の不貞行為を証明する証拠たちです」

 ホーデリオは分厚い資料を高らかに見せた。魔道具のカメラで撮った写真には、ロベニカと男たちの仲睦まじい姿が映っている。用紙には日時と誰と会っていたかなど、事細かく書き記されていた。

「この提出した書類は、今後申請すれば誰でも自由に閲覧することができます。勇気のある方はぜひ見てください。自分の番がこの中にいるかもしれませんよ?」

 領民たちに激震が走った瞬間だった。口を開け唖然と固まっている領民たちに視線を向けて、ホーデリオはさらに小さな袋を掲げた。

「そしてこの耳飾り。これはロベニカがベナス・グリフォロー氏の家に置いていったものです。知り合いの追憶魔法の名手に鑑定をしていただきました。その資料も提出します」

 自宅へ荷物を取りに行ったときに発見した金色のリングを、ミミはホーデリオに渡していた。どう見てもロベニカの物だと思い、あの家には置いておきたくなかったからだ。追憶魔法を使える者は数が少なく、依頼料もかなり高額だと聞いているのだが、ホーデリオは少しもためらわずに依頼した。今ある証拠で十分だというのに――。

「なっ、なっ……」

 ロベニカの顔は真っ白になっている。

「きみの悪い癖は、愛されている番に嫉妬して嫌がらせをしてしまうところだよね」

 ホーデリオはロベニカの男癖を非難せず、自分が手を出した男が番を愛しているとわかると、途端にその番を傷つけたくなる悪癖のことを指摘した。まるでおまえの不貞など、気にもしていないと言っているかのように。

「だって……あなたが、私を……あい……」
「うん。私は最初からきみを愛していない。きみが想像通りの女で本当に嬉しいよ」

 ホーデリオの心からの笑顔に、ロベニカは膝から崩れ落ちた。

 最初から愛していない。自分の番を――。

 冷静な笑顔の中に見え隠れしていた彼のほの暗い何かを、ミミはまだ掴めずにいる。彼がもし、ロベニカを愛していたら――考えても意味がないのに考えてしまう。すべての結果がここにあるのに。

 ミミは遠くの席にいるベナスを見た。ベナスは悲壮な顔で、少しも目を逸らすことなくミミを見つめていた。

「ロベニカ、きみはミミやきみが傷つけてきた他の女性たちに謝罪はしないのかい? 今日を逃すと今後その機会はもうないかもしれないよ」

 ホーデリオの言葉に、ロべニカはふらつきながらも立ち上がると、薄気味悪い笑顔でミミや周りをゆっくりと見渡した。

「謝る? この私が? バカなおまえたちの番が、美しい私に汚い鼻の下を伸をばしてのこのこと近づいてきただけじゃない。悪いのは自分の番を思いとどまらせるだけの魅力がなかったおまえたちだ。ブスども!」

 異様な静けさが部屋全体に広がった。この場にいた女たちの目は鋭くロベニカを見つめていて、男たちは口を開けて魂が抜けたように呆然としている。

「清々しいほどのクソ女ね。悪女王妃もビックリのクソさだわ」

 ランエルの冷たいつぶやきの声も、領民たちから漂ってくる怒りの空気にかき消されていった。どこもかしこも殺気立っている。

 発言のきっかけを作ったホーデリオは苦笑いを浮かべながらロベニカを見て口を開いた。

「大事なことを言うのを忘れていたよ。じつはきみに渡せる私の資産がほとんど残っていないんだ。商人は儲かることもあれば、損をすることもあるからね。残念だけど、借金のカタに商会も自宅も二日前に知人に手放してしまっているんだよ」
「嘘よ!!」

 部屋中にロベニカの叫び声が響きわたった。ホーデリオは思い出したかのように書類の束から数枚の用紙を取り出してなびかせている。

「きみに残せるのはこれだけだよ」

 領民たちも領主代理人たちも、驚きを隠せず立ち上がった。

「何を言っているの!? ホーデリオ!」

 ロベニカはホーデリオが手にしていた書類を奪い取って目を走らせた。

「全然残ってないじゃない! こんな額じゃ一月ひとつきももたないわ!!」
「きみが無駄遣いをしなければ三年は生活できる額だよ。町のほうにある、きみの別邸は残してあるしね」
「あそこは私の荷物置き場よ! あんな小さな家で生活しろというの!?」
「荷物を整理すれば、そこそこ広くなるよ」
「二日前に使ったこの信じられないくらい高額な請求書は何!?」
「きみがミミの頬を何度も打って怪我をさせた治療費だよ」

 ふたりの会話を聞いていた領民たちは、気遣わしげな目をミミに向けてくる。先日の出来事も、なぜか領内中に知れ渡っているのだ。

 ロベニカに打たれたミミの頬の腫れを見たランエルは、いつもの冷静さをかなぐり捨てて訴えるべきだと怒気を荒らげていた。誰もがそんな時間は残されていないことを理解していたのだが、ランエルが言わずにはいられないほどに腫れは酷かったのだ。

 その後にホーデリオが手配してくれた治癒師が実家に来たときも、ランエルは慰謝料として治療費を全額支払う気があるのかと好戦的にホーデリオに詰め寄り、彼は笑顔でもちろんだと答えている。

 最高ランクの治癒師の力は凄まじかった。

 頬の腫れはもちろんのこと、目の下の隈も一瞬で消え去り、肌は赤子のようにつるつるで古い傷跡すらなくなったのだ。傷んだ髪は艶を取り戻し、眩しいくらいに輝いていた。そして何よりも身体が軽いのだ。ミミは、はじめての治癒魔法に驚きを隠せなかった。
 
 治療が終わった後でミミが嬉しかったのは、ホーデリオが両親とランエルにも治癒師の力を使うと言ってくれたことだ。
 
 連続の治癒魔法の使用に治癒師は最後のほうではぐったりとしていたのだが、最高の仕事ができましたと笑い、大きくてずっしりと重そうな袋を大事に抱えて帰って行った。

 ミミは永遠にあの中身を知るべきではないと思っている。
 
「嘘よ! 嘘よ! 嘘よ!」

 ロベニカは書類をくしゃくしゃにして、紙も自分も床に落ちていく。

 ホーデリオは満足げに微笑んで両手を打った。

「このあとは確か……身体検査をして、銀貨十枚貰って、追放だったね!」
「ロードン殿! このことを領主様は……!!」

 領主代理人のひとりが真っ青な顔で声を上げていた。

「我々兎獣人族の決まりなのだから仕方がありませんよ。こんな法さえなければね」

 ホーデリオの鋭い目が、領民たちを見据えた。

「商会を買い取ったのは竜人族の方々です。彼らはこの地になんの思い入れもありませんからね。投資した分の回収を急ぐでしょう」

 ホーデリオはこの地の発展はこれまでだと暗に言っているのだ。

「そんな……竜人族だなんて……」

 底知れない不安が領民たちに広がっていく。

「領主様にお伝えください。私はいつでもお会いしますと」

 ホーデリオは丁寧にお辞儀をしたあと、そばにいたミミに小さく笑顔を向けて、混沌とした部屋を一足先に出て行ってしまったのだった。


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