ミミは生涯の番と別れられるか?

みづきかやの

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21話 国都

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 領地を出てから一月ひとつきが経ち、夏の終わりを告げる魔虫が青空を飛ぶころに、ミミたちはようやく国都に着いた。

 馬車の小窓を開ければ、嗅ぎなれない空気の匂いがミミたちを出迎えている。大きな道を挟んで左右には様々な建物が密集するように立ち並び、多種多様な種族が道を行き来していた。

「ここが国都……すごく人が多い!」

 ミミの想像をはるかに超えた街並みと人の多さだ。猛獣を先祖に持つ獣人たちが多く目につくのは、草食獣人たちが人化して耳などを隠しているからだろう。目の前にいるホーデリオも、国都に入ってから耳を隠している。

「ここは赤レンガの街並みが特徴で、比較的安全な地域だよ」

 ホーデリオはミミと向かい合いながら、街の説明をしていく。

 アーニルマ国自体には王や元首はいない。全種族の代表者が年に一回、国都に集まって、そのときに話し合いや多数決で国のあらゆることを決めていく。国都は考え方も習慣も異なる各種族たちをまとめる重要な拠点になっているのだ。

 平時は国都に三人の各種族の代表者が滞在して、政庁の職員たちと国の運営に携わっている。期間は三年で、今の代表者のひとりが、ミミたち兎獣人族の領主だった。

「貴族もお忍びで来るけど、彼らの多くは東の街に集まるんだ。店も住人も高収入で治安もいい」

 貴族たちが多く住む住宅地は、白い街並みが特徴で丘の上に広がっているという。地位や収入によって住む場所が決まっているのだ。

 平民の中では家名を持つ者が最も信頼されていて重要な職に就くことが多い。なぜなら家名は生まれの血筋や地位、名誉を証明する称号のひとつとされているからだ。

 貴族社会の中でも爵位によって序列があるようだが、平民のミミにはわからない世界だった。とにかく近づかないのが一番だ。

 ホーデリオからは、けっして足を踏み入れてはいけない場所も聞いている。

「私の店も、その中にあるんだよ」

 説明していた窓から目を放し、ホーデリオはミミを見て優しく笑った。

 東の街の住民は、平民の中でも上流階級に入る。ちょっとやそっとでは、店など構えられな場所だ。負債で手放したとされる領地の商会とは別に、この国都にもずいぶん前からロードン商会を立ち上げていたのだという。ミミには仕組みがわからないのだが、彼の莫大な資産もすでに移動済みで、そのほとんどが手元に残っているらしい。竜人族の金融ギルドだよ、と本人は言っていたが……ミミには謎が解けなかった。

 わかることは、ホーデリオはここでも遺憾なく力を発揮しているということだ。

「この先に就労許可申請書を提出す建物がある」

 赤レンガが続く街並みの中に見えてきた大きな建物は、国都内にある政府庁舎の一つで、主に平民たちが利用している。国都で働くためには、申請が必要なのだとミミはこの時はじめて知った。

「もちろん申請せずに働くことも可能だが……正直あまりお勧めできないな」

 国都に腰を落ち着けて過ごすなら、申請したほうが絶対にいいとホーデリオは言う。

「労働者として税を納めないといけなくなるんだけど、その分、国都民と認識されてトラブルに巻き込まれたときには警備隊に相談しやすし、動いてくれることが多いんだ」

 ここ国都は税を納めていることが最も重要とされていて、就労申請していない者は、警備隊も相手にしてくれないのだという。

 子どもですら、孤児は見向きもされない。税を納める就労者の保護者がいてはじめて彼らの保護対象となるのだ。孤児院もあるのだが、運営費の不足であまりいい環境とはいえず、路上生活を選ぶ子も少なくないのが現状だった。

「そんな……」

 子どもはどんな子でも保護されるべき存在だ。未来につなげる大切な命なのに――。

 国都の厳しい現実に元気をなくしているミミに、ホーデリオは優しいまなざしを向けた。

「外に出ると、故郷のいいところが見えてくるんだ。ここ国都にも、変な決まりごとがあるからね」

 ミミは小さく頷いた。

 領地でも、親を亡くした子は主に孤児院へ行くのだが、運営費は領民の寄付でまかなわれる。子はみんなで育てようとの考えがあり、毎年そこそこの寄付金が集まっていた。学費も免除されて、一般の子どもたちと同じように学校にも通えるのだ。

 困っていれば誰かが助けてくれる。種族のつながりと繁栄を大事にするからこそできるいい部分だった。

 各種族が集まってできたアーニルマ国。

 国都はその象徴のため、どこの種族にも属さない地域となっている。国政と商業の地となっている国都は、よそ者を受け入れる大きな懐と、どこか他人に無関心で冷徹な顔を合わせ持っていた。

 ミミが落ち込んでいると、政府庁舎の前で馬車が止まった。

「ミミ、帽子をかぶって」
「うん」

 さあ行こうと、ホーデリオは手を出してミミをエスコートしてくれる。落ち込んでばかりでは駄目だと、ミミはその手を取った。

「就労許可の申請ですね。手数料として金貨十枚になります」
「金貨十枚!?」

 受付の女性に言われた言葉に、そんな話は聞いていなかったとミミは慌てた。嫌な汗が額から流れだす。ミミは無意識にお腹を押さえてそこにあるものを確認していた。かき集めれば、たぶんあるはずだ。あるにはあるが、いっきに金貨十枚分を失うのは正直痛かった。これ以上の出費があれば大切なものを換金するしかないかもしれない。顔を青くしているミミを見た受付の女性は優しく笑った。

「手持ちがなくても大丈夫ですよ。後払いにすることも可能です」
「じゃあ……!」
「はい、金貨十枚」

 ミミが言う前に、ホーデリオが金貨十枚を受付に出した。

「ホーデリオ!?」
「ミミ、後払いは利息が発生するんだ。一括で払ったほうがいい」
「じゃあ私が自分で全額払うわ!」
「きみ、持っていたの?」
「えーと……」

 言い淀むミミを見て、ホーデリオは笑った。

「きみが考え無しの無鉄砲じゃなくて安心したよ。でもここは私に出させてほしい。これはきみへの慰謝料だよ。私の元番がしでかした、きみへの物理的な暴力に対してのね」

 そう言ってホーデリオは人差し指で優しくミミの頬を撫でた。かつてロベニカが打った場所だ。

「あなたが呼んでくれた治癒師がきれいに治してくれているわ!」
「……きみは優しすぎるよ。いくらでも請求できる立場なのに……頼むから受け取って」

 ホーデリオの真剣な目に、ミミは折れた。お礼を言い、書類と一緒に提出する。貰えるものなら貰っておこう。まだ先が見えないのだから――。

「こちらが就労許可カードになります。あなたを国都の就労者だと証明する大切な物なので無くさないように気をつけてくださいね」

 書類を提出し、魔力登録を済ますと、個人番号と名前が入ったカードを渡された。再発行には同じく金貨十枚が必要だという。カードを持つミミの手がわずかに震えた。

「こちらをご覧ください」

 目の前には、ミミよりも少し年上に見える女性がいくつかの書類や冊子を並べている。

「雇われる側は二割、お店を開いたり、個人事業で収入を得る方は三割の税を国都に納めていただきます。税徴収窓口の支所は国都内に何件かありますので、お近くのところへ三月みつきに一回忘れずに税を納めに行ってください。ちなみに各ギルドでも支払いは可能ですが、ギルドの中には他国によって運営されているものも含まれています。他国のギルドからの支払いには手数料が必要となりますのでくれぐれお気をつけください。提出に必要な書類や書き方についてはこちらの冊子に詳しく書かれています。とくに個人で商売をする方は必ず提出していただく書類がありますで忘れずに全部お読みくださいね」

 受付の女性が優しく説明してくれているのだが、情報量が多くてミミの頭は混乱してきていた。固まるミミに気づいた女性は、書類や冊子を開きながら詳しく説明してくれる。

 しないと思いますが……と前置きをして、不正は駄目ですよ、と女性が笑顔で話を続けた。

「不正が発覚した場合には程度に合わせた追加納税が課せられます。また悪質だと判断されれば全財産が没収され、牢獄行か国都永久追放となります」

 ここでもか! とミミは思ったが、言葉にするのを我慢した。ホーデリオは、おかしそうに笑っている。

「あと、納税者は名誉国都民賞の対象者になります!」
「名誉国都民……賞?」

 渡された冊子を眺めていると、聞きなれない言葉が聞こえてきた。

「はい! 一年にひとりだけが選ばれる、国都独自の賞です。国都への貢献や功績などを評価して、その年に国都へ来ている領主様たちが受賞者を決められます。ちなみに副賞は金貨五百枚と対象者にふさわしいと思われるがプレゼントされます。さらに選ばれた方には投票権が与えられ、国政への参加も可能となります」

 議案の提出もできるんですよ! と明るく話してくれた。

 ミミにはまったく縁のない話だと思ったのだが、いつかホーデリオが取りそうだと勝手に思ってしまった。国政への参加に、興味はあるのだろうか。ミミが横目でホーデリオを見ると、感情の読めない笑顔がそこにはあった。

 受付の女性にお礼を言って、ミミたちは馬車に戻ってきた。カードも手に入れて、あとはミミの目的地に向かうだけだ。

「ミミ、一緒に働かないかい?」

 気持ちは変わらないかな、とホーデリオは続ける。

「ありがとう。でも大丈夫よ、訪ねようと思っている場所があるの」

 ホーデリオは何度もミミに、自分の店で働かないかと言葉を掛けてくれていた。自分を心配してくれている人がいる。彼の罪悪感から出る言葉でも、ミミは嬉しいかった。

「そうか……あ、ミミ! あそこに見える尖がった赤い屋根の建物がわかるかい? あそこがどんな信仰でも受け入れてくれる神殿だよ」

 遠くに見える建物をホーデリオは指さしている。

「ここには私たちが祈れる場所は、あそこしかないんだ」

 兎獣人族や一部の種族は独自の信仰を持っている。けっして多くはないそれらは、一歩領地を出れば邪教と言われてしまうこともあるのだ。ミミはホーデリオからそう聞き、発言には気をつけるように言われていた。

 ミミはあの日から祈っていない。この先、あの神殿に行く日は来るのだろうか。通り過ぎていく建物をミミはじっと見つめた。

 馬車はゆっくりと進み、街の様子を見せながら、平民たちが暮らすエリアへと入っていく。

「野菜市場があるね。あそこは比較的安いのが揃っているよ。寄っていこう」

 ホーデリオは時間が許す限り街の中を案内してくれる。まるでミミとの時間を惜しむように。

「あそこでいいのかい?」

 馬車の中にはホーデリオが買った野菜や果物が入った籠がゆれていた。

 窓の外を見たミミの目の前には『うさぎのパン屋』と書かれた小さな店が立っている。

「ええ、ここだと思うわ」

 ミミが訪ねようと思った場所は、領地を出るときにパン屋の女将さんが紹介してくれた別のパン屋だった。店主の妹さんが開いた店だと聞いている。

 ミミは旅路で手に入れた大きな鞄を持ち、馬車を下りた。この中には銀貨十枚で揃えた国都の生活で必要だと思ったものが詰まっている。

「ホーデリオ、いろいろとありがとう。あなたがいてくれて、本当に助かったわ。私、がんばるね!」

 振り返って元気に告げた力強い言葉に、ホーデリオは眉を下げている。

「ミミ、これは私の連絡先だよ。何かあれば飛んでくるからね」

 そう言って、ホーデリオはメモが上に乗った野菜入りの籠をミミに渡してくれたのだ。

「これ……」 
「餞別だよ。また会おう、ミミ」

 再会を望む言葉を残して、ホーデリオは颯爽と馬車に乗って去っていったのだった。


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