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24話 出会い
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「きみ、どうしたの?」
顔を上げたのは、五歳くらいの小さな男の子だった。長めの黒髪はぼさぼさで、黒い瞳には力がなく、全体的に汚れている。種族の特徴は見えない。こんなに小さいのに、上手に隠しているようだ。
「私はちょっと前に隣の部屋に引っ越してきた、ミミです!」
あなたは? とミミは男の子と同じ目線になるようにしゃがんで尋ねた。
「……」
少しのあいだ考えてから、男の子は口を開けてしゃべろうとしたのだが――。
聞こえてきたのは、彼のお腹から出てきた空腹を知らせる小さな唸り声だった。
「お腹が空いちゃう時間だよね。お家の人は?」
「……たぶん、呑みにいってて……帰ってこない」
小さな声で紡がれた言葉に、ミミは驚いた。
「えっ、帰ってこないの!?」
ミミの問いに、男の子は小さく頷いている。
「家の中には入れる!?」
少し沈黙したあとに、男の子はまた小さく頷いたのだが、いっこうに部屋の中に入ろうとしないのだ。
「……ちょっと、家の中を見せてね」
ミミは男の子に断ってから、隣の家のドアを開けて中を見た。
「ひっ! 何これ!!」
ミミの全身が総毛立った。
「寝る時間になったら、家に入るよ……」
だから気にしないで、と後ろから小さな声が聞こえてくる。
部屋の中はゴミの山に埋め尽くされ、どこからともなく漂ってきた悪臭が鼻にまとわりつく。ミミの部屋で嗅いだ臭いの原因はやはりここだったのだと確信した。そして本当の地獄はここだったのだと悟り、ミミはすぐに勢いよくドアを閉めると男の子に向き合った。
「この部屋に入ってはだめよ、病気になっちゃうわ!」
どうするべきか、ミミは考えた。
見ず知らずの獣人の家に、小さな子どもを泊まらせていいのだろうか。獣人の多くが、我が子から他人の匂いがすることを嫌がる。中には攻撃的になる親もいるのだ。この子の親に無断で自分の部屋に入れてしまって、問題にならないだろうか。豹獣人はどうなのだろうか……正直、会ったこともないのでわからない。
ミミは自分の部屋を開けてから男の子を見た。
「何かあったら、私の部屋に入っていてね」
黒い瞳でミミを見上げていた男の子は、小さく頷いた。
「すぐ戻ってくるから、ちょっと待っていてね!」
ミミは全力で走りだし、パン屋へ戻っていった。悩んだ末、勤め先のパン屋の女店主でこの家の大家でもあるナッチェに訊きにいくことにしたのだ。彼女なら隣の家主のことを知っているだろう。
急いで戻った店はすでに暗くて、中には誰もいなかった。ナッチェたちは、店の二階で生活していると聞いている。一瞬悩んだが、ミミは二階へ続く階段をゆっくりと上がっていった。二階には部屋がいくつかあったのだが、手前のドアの中から話し声が聞こえてくる。ミミは呼びかけようとしたのだが――
『すまないな、いつもきみに頼ってばかりだ』
『何言ってるんだい。番なんだから、助け合うのは当たり前だろ?』
『だが、店もあるというのに……』
『ひとり雇ったから大丈夫だよ。働き者で、とってもいい子なんだ。そのうちあんたにも紹介するからね』
『ああ、楽しみだな。……っ、いたたたた』
『大丈夫かい!?』
ミミはふたりに声を掛けることができず、静かに階段を下りていった。
空には薄っすらと星が見えはじめている。胸のあたりがもやもやしていて落ち着かない。領地に置いてきた過去が顔を出してきて、ミミを見つめているからだ。
ミミは、今まで心の中にしまっていたベナスのことを考えた。自分に何かあったなら、彼は寄り添ってくれただろうか。幸運なことに、ミミもベナスも大きな病気や怪我をしたことはなかった。番に必要なのはいったいなんなのだろう。ベナスの答えは永遠にわからない。
自分だったら――。
ミミは一瞬考えて、意味のない答え探しだと気づいた。今、自分はここにいる。それが答えなのだ。
急いで家へ戻ると、辺り一帯が薄暗くなってしまっていたのだが、外灯の下で男の子は言われたとおり待っていてくれていた。
ミミは男の子を自分の部屋に招くことを決め、ドアを開ける。怒られたときはその時だ。
部屋に入るとミミは急いで湯を沸かし、温かいお茶を入れた。残ったお湯を水で薄め、絞ったタオルで男の子の顔や手を拭いていく。
「ふふ、ちょっとはさっぱりしたかな」
男の子は口数が少なく、小さく頷くだけだが、頬はほんのり色づいていた。本当は湯あみをさせてあげたかったのだが、今はお腹に食べ物を入れるのが先決だろう。ミミは願い袋の中にしまってあったクッキーを全部とり出してお皿に並べた。
「今あるのはこのクッキーだけなの。明日、早起きして食材を買ってくるからね」
国都の朝市は賑やかだと聞いている。行くのも楽しみだが、目的ができた。この子に栄養のあるものを食べさせたい。
男の子の食欲が落ち着くのを待ってから、ミミもクッキーを食べだした。故郷の味で母の味だ。最後の一枚を、ゆっくり噛み締めながら味わった。
空腹が満たされて安心したのか、男の子は眠りの世界へ船を漕ぎだしている。そっと優しく抱き上げれば、見た目に反して想像よりもずいぶんと重く感じるのは、ミミに体力がないからだろう。ベッドに寝かせ毛布を掛けると、男の子は寝息を立てはじめた。ミミも眠気がやってきてベッドにゆっくりと乗り上げる。
明日は野菜スープを作ろうか、痩せた男の子を見ながらミミはそう考えながら眠りについた。
顔を上げたのは、五歳くらいの小さな男の子だった。長めの黒髪はぼさぼさで、黒い瞳には力がなく、全体的に汚れている。種族の特徴は見えない。こんなに小さいのに、上手に隠しているようだ。
「私はちょっと前に隣の部屋に引っ越してきた、ミミです!」
あなたは? とミミは男の子と同じ目線になるようにしゃがんで尋ねた。
「……」
少しのあいだ考えてから、男の子は口を開けてしゃべろうとしたのだが――。
聞こえてきたのは、彼のお腹から出てきた空腹を知らせる小さな唸り声だった。
「お腹が空いちゃう時間だよね。お家の人は?」
「……たぶん、呑みにいってて……帰ってこない」
小さな声で紡がれた言葉に、ミミは驚いた。
「えっ、帰ってこないの!?」
ミミの問いに、男の子は小さく頷いている。
「家の中には入れる!?」
少し沈黙したあとに、男の子はまた小さく頷いたのだが、いっこうに部屋の中に入ろうとしないのだ。
「……ちょっと、家の中を見せてね」
ミミは男の子に断ってから、隣の家のドアを開けて中を見た。
「ひっ! 何これ!!」
ミミの全身が総毛立った。
「寝る時間になったら、家に入るよ……」
だから気にしないで、と後ろから小さな声が聞こえてくる。
部屋の中はゴミの山に埋め尽くされ、どこからともなく漂ってきた悪臭が鼻にまとわりつく。ミミの部屋で嗅いだ臭いの原因はやはりここだったのだと確信した。そして本当の地獄はここだったのだと悟り、ミミはすぐに勢いよくドアを閉めると男の子に向き合った。
「この部屋に入ってはだめよ、病気になっちゃうわ!」
どうするべきか、ミミは考えた。
見ず知らずの獣人の家に、小さな子どもを泊まらせていいのだろうか。獣人の多くが、我が子から他人の匂いがすることを嫌がる。中には攻撃的になる親もいるのだ。この子の親に無断で自分の部屋に入れてしまって、問題にならないだろうか。豹獣人はどうなのだろうか……正直、会ったこともないのでわからない。
ミミは自分の部屋を開けてから男の子を見た。
「何かあったら、私の部屋に入っていてね」
黒い瞳でミミを見上げていた男の子は、小さく頷いた。
「すぐ戻ってくるから、ちょっと待っていてね!」
ミミは全力で走りだし、パン屋へ戻っていった。悩んだ末、勤め先のパン屋の女店主でこの家の大家でもあるナッチェに訊きにいくことにしたのだ。彼女なら隣の家主のことを知っているだろう。
急いで戻った店はすでに暗くて、中には誰もいなかった。ナッチェたちは、店の二階で生活していると聞いている。一瞬悩んだが、ミミは二階へ続く階段をゆっくりと上がっていった。二階には部屋がいくつかあったのだが、手前のドアの中から話し声が聞こえてくる。ミミは呼びかけようとしたのだが――
『すまないな、いつもきみに頼ってばかりだ』
『何言ってるんだい。番なんだから、助け合うのは当たり前だろ?』
『だが、店もあるというのに……』
『ひとり雇ったから大丈夫だよ。働き者で、とってもいい子なんだ。そのうちあんたにも紹介するからね』
『ああ、楽しみだな。……っ、いたたたた』
『大丈夫かい!?』
ミミはふたりに声を掛けることができず、静かに階段を下りていった。
空には薄っすらと星が見えはじめている。胸のあたりがもやもやしていて落ち着かない。領地に置いてきた過去が顔を出してきて、ミミを見つめているからだ。
ミミは、今まで心の中にしまっていたベナスのことを考えた。自分に何かあったなら、彼は寄り添ってくれただろうか。幸運なことに、ミミもベナスも大きな病気や怪我をしたことはなかった。番に必要なのはいったいなんなのだろう。ベナスの答えは永遠にわからない。
自分だったら――。
ミミは一瞬考えて、意味のない答え探しだと気づいた。今、自分はここにいる。それが答えなのだ。
急いで家へ戻ると、辺り一帯が薄暗くなってしまっていたのだが、外灯の下で男の子は言われたとおり待っていてくれていた。
ミミは男の子を自分の部屋に招くことを決め、ドアを開ける。怒られたときはその時だ。
部屋に入るとミミは急いで湯を沸かし、温かいお茶を入れた。残ったお湯を水で薄め、絞ったタオルで男の子の顔や手を拭いていく。
「ふふ、ちょっとはさっぱりしたかな」
男の子は口数が少なく、小さく頷くだけだが、頬はほんのり色づいていた。本当は湯あみをさせてあげたかったのだが、今はお腹に食べ物を入れるのが先決だろう。ミミは願い袋の中にしまってあったクッキーを全部とり出してお皿に並べた。
「今あるのはこのクッキーだけなの。明日、早起きして食材を買ってくるからね」
国都の朝市は賑やかだと聞いている。行くのも楽しみだが、目的ができた。この子に栄養のあるものを食べさせたい。
男の子の食欲が落ち着くのを待ってから、ミミもクッキーを食べだした。故郷の味で母の味だ。最後の一枚を、ゆっくり噛み締めながら味わった。
空腹が満たされて安心したのか、男の子は眠りの世界へ船を漕ぎだしている。そっと優しく抱き上げれば、見た目に反して想像よりもずいぶんと重く感じるのは、ミミに体力がないからだろう。ベッドに寝かせ毛布を掛けると、男の子は寝息を立てはじめた。ミミも眠気がやってきてベッドにゆっくりと乗り上げる。
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