ミミは生涯の番と別れられるか?

みづきかやの

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26話 肉とは……

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「テテさん、なんで自分の部屋に戻らないんですか?」

 豹獣人の女はテテといい、なぜかミミの部屋に居座るようになっていた。

「小さいこと気にすんなよ、田舎娘。自慢の白髪、全部抜けるぞ」

 テテは自分の淡い黄色と黒色が混ざる髪を手でいている。ミミは慌てて自分の髪に触れた。

 ミミは何日もかけて隣のゴミ部屋を掃除し、一週間前に終えている。サージュも手伝ってくれて、今ではピカピカになっているのだが――。

 なぜかテテは私物まで持ち込んで、ミミの部屋に居座っているのだ。

「あたしがいろいろと教えてやるって言ってんだろ。どうやらおまえは頭の中がお花畑で、世間知らずみたいだからな。そのままじゃそのうち悪い奴に捕まって、三枚卸ろしにされちまうぞ」

 そう言って、今日もテテはミミの部屋で安酒を呑んでいる。

「私は魔魚じゃありません!」
「がははっ、似たようなもんだろ。それよりおまえ、また物乞いのガキに金、恵んでいただろ。あれやめろ」
「だって、あんなに小さい子が……!」
「あそこらで物乞いやってるガキどもはな、後ろに親か組織がいるんだ。おまえはそいつらの懐に金を入れてるだけなんだよ。馬鹿らしい。そもそも本物の孤児はな、一件づつ店に行って物乞いをする。なぜだかわかるか? 地面なんかにうずくまってりゃ、すぐに人攫いに捕まって地獄行きだからだよ」
「そんな……」

 店が賑わう通りには、小さな子どもたちが物乞いをしていることがある。領地ではあり得ない光景で、見るたびにミミの心がギュッと苦しくなって、何かしたくなってしまうのだ。今のミミにできることなどあまりないのだが、せめて今日のごはんを食べてほしかった。

「小さい子どもにそんなことをさせるなんて……。行政や警備隊は何をしているのですか!?」
「はっ、そんなもんに期待すんなよ。この国は所詮、大国に対抗するためにできた寄せ集めの国だ。奴らは基本、自分たち種族のことしか考えてねえ。国都はな、きれいな場所さえちゃんとしてりゃあそれでいいんだよ」

 きれいな場所とは、貴族街やその周りの地域のことだろう。ミミは興味本位で少し歩いたことがあるのだが、治安も風景もそして空気すらも格段と違っていた。

 テテの言うとおり、この国は近隣の大国たちに対抗するための苦肉の策で建国された張りぼての国だ。種族主義が強すぎて、成熟したひとつの国になるにはまだまだほど遠いし、永遠に来ないかもしれない。

 テテは新しい酒を震える手でグラスに注いでいっきに呑んだ。明らかに飲み過ぎの症状が出ている。

「そんなに呑んだら、身体に悪いですよ」
「気にすんなよ、あたしは酒に強いんだ」

 そう言ってテテは、また空になったグラスに酒を並々と注ぐのだ。

「それに……今、この酒を呑んだら明日死ぬぞと言われても……あたしは迷わず呑み干すね!」

 酒はあたしの命の素だと言い、テテはまた酒をあおった。

 朝から晩まで酒を呑み、酔いが回ると『あたしの血は酒でできている! がははっ』と豪語して笑い出すテテを、ミミは困惑と心配の目で見ていた。

「そんなことより田舎娘。今日こそはおまえに言いたいことがある! クソガキに止められていたが、我慢の限界だ!!」

 酒の入ったグラスを勢いよくテーブルに置くと、ミミを指さしてテテは叫んだ。

「なっ、なんですか!?」

 クソガキとはサージュのことだろう。彼女がサージュを名前で呼ぶところを、ミミは一度も見たことがなかったのだ。テテは何を言うのだろうか、ミミは身体を硬くして言葉を待った。

「いいかげんに肉を出せ! なんで毎日毎日、草ばかり食べさせられてんだよ!!」

 ミミは雷が直撃したかのように衝撃を受けた。

 にくとはなんだ!? ――と。 

「に……にく? にくって……あの肉のことですか!?」
「肉は肉だ! あの肉だよ! あたしたちは肉食なんだ! 魔獣肉食わねーと力が出ねーんだよ!!」

 テーブルの上には、今日もミミが作った野菜料理が並んでいる。遅く帰ってきたテテのために、とってあった料理たちだ。

 ミミたち兎獣人族は先祖の影響を色濃く引き継いでいるため、基本的に野菜や果物が中心の食事で肉は食べない。領地でも魔獣狩はあったのだが、その目的は討伐と魔石の採取くらいで、亡骸は燃やすか埋めていた。

 当たり前すぎて考えたことがないくらい、ミミの人生に肉は無かった。

 そのため、ミミは大事なことを忘れていたのだ。

 肉食獣人は肉を食う。

 あまりの衝撃的な事実に、ミミは唇を震わせながらサージュを見た。

「サージュ、本当!?」

 じっとミミを見ていたサージュは、慌てて目を逸らして下を向いてしまう。

「肉……肉が食べたいの?」
「……」

 待てど暮らせど返事は帰ってこない。長い沈黙を破ったのは、この空気を作った張本人だった。

「はぁ~、肉が食いた~い」

 テテは肉、肉と唱えながら、ふらつく足取りでミミのベッドへダイブした。

「テテさん!」

 そのままピクリとも動かずに、寝息だけが聞こえてくる。彼女は夢の世界へ一直線らしい。

 今日もまた、三人で一緒に寝ることになってしまった。テテは外に出ると帰ってこない日もあるのだが、なぜかミミの部屋で寝泊まりしだしている。驚いたのは先日の出来事で、ミミは自宅のドアの鍵を掛けて出たはずなのに、家に帰ると鍵が開いていて、部屋のベッドの上には酒臭いテテが寝ていたのだ。

 このとき、ミミは驚きとともに戦慄した。

 テテには世間知らずと言われているが、多少の危機感は持っているのだ。もはやこの部屋の鍵はあってないようなものかもしれない。そう理解したミミは、首に紐でかけてしまっていた祝い袋に、部屋に置いてあった大切なものを全部入れて身に着けるようになったのだ。

 写真は大きいので手帳に挟み、持ち歩く鞄の中に入れてある。ミミは無意識に、胸にしまった祝い袋の存在を手で確認した。この小さな袋の中に、ミミの全財産が詰まっている。テテの目的がわからない以上、警戒するのは当然だろう。

「ミミ……」

 気づくとサージュがベッドで眠るテテを床側に移動させていた。前の住人が置いていったベッドは大きくて、小さいミミとサージュなら三人で休めるのだ。ミミは壁側に、サージュは真ん中で眠っている。

 最初はなぜサージュがテテを床側に移動させたのかわからなかったのだが……朝、床に落ちて寝ているテテを見たとき、ミミはその理由が見えてきた。確信に変わったのは、夜中にミミが目を覚ましたときだった。無意識なのかわざとなのか、サージュは足でテテをベッドから押し出していたのだ。落とされた本人は気にすることなく、朝目覚めると、また床!? とぼやくだけだった。

 ふたりの寝床を確保したサージュが、ミミを呼んでいる。サージュはミミが休むまで起きて待っていてくれるのだ。ミミはテテ側のベッドの床に大きくてふわふわの毛布を敷いて、自分の定位置に向かった。

「あのね、ミミ……。おれ……野菜も食べれるよ」

 ミミがベッドに入りランタンの灯りを絞ると、隣から小さな声が聞こえてくる。

「……サージュ」
「ミミの料理、おいしいよ。肉……食べなくても平気だよ……おやすみ」

 薄暗い部屋の中で、サージュが毛布にもぐる気配がした。

「サージュ……おやすみなさい」

 少し経つと、小さな寝息が聞こえてくる。サージュもすぐに眠むれるらしい。いつの間にか顔をミミのほうに寄せて眠っているサージュをじっと見た。

 テテが居座り出したとき、ミミはサージュに訊いたのだ。どこに住みたいかと――。彼はしばらく沈黙したあと、小さい声でミミの家がいいと言ったのだ。

 サージュが自分の望みを言ったのは、ミミと一緒に生活していた中でその一度きりだった。自分も生活費を出したいと、小さな手のひらに乗せた硬貨を差し出してきたとき、ミミの胸が苦しくなったのはなぜだろうか。その硬貨は将来のために貯めておこうねと、受け取らずにいたときに見せたサージュの顔は、どこか不安気で悲しそうに黒い瞳が揺れていた。

 水仕事でできたミミの手荒に気づいたときには、どこからか薬を調達してきてくれた優しい子。

 収入があるようなのだが、本人は言いたがらない。危険なことじゃない? と訊けば、危険じゃないと答えが返ってきた。口数も少なく、自分のことはほとんど話さないサージュ。どこまで踏み込んでいいのかわからない。

 まだまだ痩せている小さい子。

(本当は、肉が食べたいんじゃないかしら……)

 この子が食べたと思っているのなら、お腹いっぱい食べさせてあげたい。

「肉……」

 ミミは小さくつぶやいた。

 肉はいったいどこで手に入るのだろうか。値段はいくらぐらいなのだろうか。

 まだ見ぬ肉に、ミミの頭の中はいっぱいになっていた。


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