ミミは生涯の番と別れられるか?

みづきかやの

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29話 掃除の依頼

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 ミミの部屋には、テテの笑い声が響いている。いったい、いつまで彼女は大笑いを続けていられるのだろうか。

「そんなにおもしろいですか?」
「最高におもしろいさ! おまえは本当に世間知らずの田舎娘なんだな! まさか闇市で肉の塊になるところだったなんて!! はははっ」

 やはりあの場所は、ホーデリオからけっして行くなと言われていた一帯のようだ。

「獣人肉の取り引きは、国で禁止されています。見つかれば死罪ですよ!」
「見つかればな! それに豚野郎が捕まっても、次の豚野郎が出てくるだけさ」
「そんな……」
「ここじゃあ、悪い奴らなんて山ほどいる。自分の身は自分で守るしかないんだ。油断したおまえが悪い。いつまでも脳みそを、お花畑にしてんじゃねーぞ」

 ミミの頭をテテは人差し指で突いた。彼女はミミたちが帰ってくる前から酒を呑んでいたので、もうすでに酔いが回っているのだろう。

「なんだよクソガキ。いっちょまいに、睨みやがって」

 見るとサージュがテテを睨みつけている。テテも身を乗り出し、サージュを威嚇しだした。

 一触即発の空気がミミの肌を刺して、痛みがやってくる。猛獣類の殺気は、ミミには強すぎるのだ。

「ふたりともやめて! せっかくのお肉なのよ! 味わって食べて!!」

 ミミの一声に、ふたりは肉を見た。

「サージュも代金を出してくれたのよ。はい、あーん」

 支払いのとき、サージュも出すとゆずらなかった。ミミは躊躇ちゅうちょしたが、支払ったあとのサージュの安堵した表情を見たら、これでよかったのだと思う。

 彼は、早く大人になろうと努力しているのだ。そのことが切なくて、愛おしかった。

 ゆっくりでいいのよ、フォークに刺さった肉とミミを交互に視線を向けるサージュを見てそう思う。

 意を決して肉を食べたサージュの顔は真っ赤だった。

「ふふふ、おいしい?」

 サージュは下を向いて何度も頷いた。

「けっ、肉買う金があるなら家賃代にまわせっつーの!」
「テテさんっ!」

 最近のミミは、テテを恐れずに言い返している。酔っ払いに説教など意味がないのだが、少し前のミミには考えられないことだった。




 朝の冷たさは手先の自由すら奪っている。

 焼き釜に火をつければ厨房も温かくなるのだが、冷水に手をひたすとまた振り出しに戻るを何度も繰り返す。

 今朝の窓には霜が降りていた。国都の冬は領地よりも暖かく、めったに雪は降らないと聞いたとき、ミミは少しだけ残念に思ったのだが――。

「急に寒くなりましたね」

 ミミはかじかんだ手に息をかけながらナッチェに言った。

「寒い日と暖かい日を繰り返して冬がやってくる。ここは領地よりも雪が降らないからそれだけでも助かるよ。今でも故郷は雪に埋もれちまっているのかい?」
「はい。毎年何度も雪が降ります。今ごろは冬じたくが終わっているころでしょうか」

 毎年、領地に降る雪は壁のように高く積もる。冬は領地から外に出れなくなるので、食料や薪などを集めて冬にそなえるのだ。

 白一色に染まる故郷は、厳しくて美しい場所だった。

 その故郷から、今年最後の手紙が届いた。両親と親友のランエルからのものだ。

 鳥獣人の配達屋に頼めば冬でも届けてもらえるのだが、お互いに緊急のとき以外は使わないと決めている。

 両親からの手紙にはふたりの近況や料理のレシピなどで、ランエルからは領地全体の近況が書かれていた。

 ミミたちが出てから、領地は少しずつ、でも確実に変わってきているという。何よりもホーデリオの不在と番解消請求審議会で提出した書類が領地に大きな衝撃と打撃を与えていた。

 生活面では、物価の価格を抑えていたホーデリオとその商会が無くなったことにより、今では商品の値上がりが続いているという。つぶれる店も出てきていて、これは序章だと領内に不安が広がっていた。

 ロベニカはかなり派手に遊んでいたようで、書類に名前が載っていた番の伴侶たちからは相当恨まれているらい。

  しかも伴侶たちの中には慰謝料を請求するために動き出している人たちもいて、その数は日に日に増えているのだという。

 ランエルの事務所にも数人の相談者がいて、このまま増えればロベニカの資産は底をつくだろうとのことだった。

 その数々のきっかけを作った張本人、ホーデリオはこの冬のあいだに国都を離れ、温暖な地方へ商談の旅に出ると先日あいさつに来てくれた。お土産をたくさん買ってくるからね、と言って冬用の服や毛布を置いていってくれたのだ。

 みんな気を使ってくれているのか、ベナスについての知らせはいっさいなく、近況はわからない。思い出すこともだいぶ減っていて、今は辛さよりも懐かしさのほうが勝っている。

「焼き釜が温まりました!」
「よし、焼くよ!」

 ふたりで形成したパン生地を焼き釜の中へ入れていく。うさぎのパン屋に勤めだしてから数か月、ミミはいちからパンを作れるようになっていた。ナッチェのようにまだうまくは作れないのだが、できることが増えるのは嬉しい。

 それと同時に、領地ではどれだけ自分が恵まれて、まわりに大事にされていたのかを実感する日々でもあった。

 寒さでいっそう荒れてしまう自分の手をミミは見た。サージュのくれた手荒れの薬は本当によく効いてくれるので、毎日ありがたく使っている。国都での生活は想像以上に大変だが、人との縁はここでも恵まれているのだと実感できた。

「掃除のお手伝いですか?」

 ミミの目の前には、銀髪を結い上げた上品なご婦人が立っている。

 彼女は赤レンガ通りに店を構えている常連客さんで、ミミが最後のお客さんにおつりを渡し終えるのを待ってから声をかけてくれたのだ。

 赤レンガ通りにも何件かパン屋はあるのだが、彼女のひとり息子はこの店だけにあるミルクパンが大好物で、何度も買いにきてくれている。

「家具屋の奥様から聞いたのよ。なかなか落ちなかった汚れや部屋の片づけをミミさんに手伝ってもらったって。このお店も見違えるようにきれいになったわね」

 微笑みながら、店の中をながめている。

 彼女の話を聞くと、ひとり息子が部屋中の壁を豪快に落書きしてしまったらしい。どんなに水でこすっても落ちず、業者を入れて壁を修理するか悩んでいたところ、ミミの話を聞いたという。

 ナッチェの紹介もあり、ミミはときどき掃除を頼まれるようになっていた。ミミの趣味ともいえる掃除が、国都ではそこそこの需要があり、必要とされていることが嬉しい。

「どうかしら、もちろんちゃんとお礼をさせてもらうわ」
「やります!」

 掃除を頼みに来る人たちは、お店を営んでいることが多い。そのため、商売としてしっかり認識しているようで、お礼は硬貨でくれることが多いのだ。

 ミミは二つ返事で了承していた。


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