ミミは生涯の番と別れられるか?

みづきかやの

文字の大きさ
30 / 46

30話 掃除の仕事

しおりを挟む
「大丈夫よ、サージュ」
「でも……」

 何度も大丈夫だと言っても、サージュはミミの後ろをついてくる。

 ミミは頭にかぶった帽子を少しだけ上げてサージュを見た。自分の行動を反省したミミは、外に出るときは帽子をかぶって白い耳を隠すようにしている。

 掃除の依頼日の今日も、身なりをしっかり整えて家を出たのだが――。

 依頼主の家へ行くと知ると、サージュは心配だからとついてきてしまったのだ。

 肉事件はミミにダメージを与えていたが、サージュにも大きなトラウマとなってしまっているようだ。街に出ようとすると、必ずついて来ようとするようになってしまっている。

 同じやり取りを繰り返しているうちに、いつの間にか依頼主の家に着いてしまっていた。

「大きなお店ね」

 赤レンガ通りの店の中でもひときわ大きいな薬屋で、貴族も買いに来ると聞いている。

 ミミは自分の服をもう一度確認した。いつもはスカートだが、掃除をするときだけは乗馬用のスタイルをもとに、動きやすい服装にしている。国都にも流行の服装があるのだが、それらはおもに貴族たちの中でのもので、平民たちの服装は様々だ。流行の衣服を身に着ける者もいれば、民族衣装を身にまとっている者もいる。多種多様な種族が賑わう国都だけあって、他者の服装にはおおらかだった。

 ミミはサージュの服装も確認した。出会ったころは傷みと汚れが目立った服を着ていたが、今はミミが用意した新しい服を着ている。成長を見越して、サイズは大きめの服を選び、今は手足の裾を折って着ていた。この服装なら、貴族がいるかもしれないお店へ入っても大丈夫だろう。

 サージュはミミの視線に気づかずに、お店を見上げて気まずそうに目を泳がせている。ミミは不思議に思い、声をかけようとしたとき、後ろから明るい声が聞こえてきた。

「ミミさん、ようこそ!」

 振り返ると依頼主の婦人が、後ろに使用人らしき人たちを従えて立っている。ミミの後ろにいるサージュに気づくと、婦人は大きく目を見開いた。

「まあ! サージュさん! 今日もお仕事かしら?」

 サージュのことを婦人たちは知っているらいしい。周りの人たちも穏やかな目をサージュに向けている。ミミが言葉を出そうとした瞬間、サージュは前に出てきて婦人たちに言った。

「今日はミミの護衛です」
「「まあ!」」

 婦人たちは手を頬にあてて、感嘆の声を出している。

「あ、あのこの子は……」
「ふふ、なんてすてきな護衛さんでしょうか。さあ、おふたりとも中に入ってくださいませ」

 婦人は笑顔でミミたちを店の中へ招き入れた。

 案内されたのは広い子ども部屋で、中はおもちゃであふれている。

「ひとり息子が可愛いと、夫も義父母も見境なくおもちゃを買い与えてしまうのよ」

 婦人は部屋の状況を見渡しながら、困っているのとつぶやいた。部屋の白い壁には色鮮やかな線が豪快に広がっている。小さな声が聞こえてミミが振り返ると、後ろに立っていたサージュの足元に、三歳ぐらいの男の子がまとわりついていた。

 サージュに遊んでほしいのか、興味深そうに見上げながら、愛らしい白銀の耳としっぽを動かしている。男の子には狼獣人族の特徴が色濃く表れていた。肉食獣の上位にいる種族から出される無自覚の圧に、ミミは緊張を強くしてしまう。これは本能的なもので仕方がない症状だった。

「この子はご先祖様の血が濃いせいか、産まれたときから力も魔力も強くて……子ども同士で遊んだことがないのよ。だけど……」

 婦人は次の言葉を続けずに子どもたちを凝視している。男の子はサージュの足や腕をぎゅうぎゅうに掴んでいるのだが、サージュは顔色ひとつ変えずにミミを見ていた。

「サージュさん、掴まれて痛くはない?」

 婦人の声には驚きと心配が含まれていたのだが、サージュは平気です、と言うだけだ。

 その言葉を聞いて、婦人の顔がわずかに輝いた。

「この子と遊んであげてくれないかしら?」
「あしょんで……」

 小さな声は男の子のもので、期待に満ちた目をサージュに向けている。

 サージュは黙ってミミを見ていた。ミミが小さく頷くと、サージュの眉間に一瞬だけ皺が寄ったのだが、すぐに承諾の返事が聞こえてきた。

 部屋の中には、子どもの笑い声が聞こえてくる。

 その声を聴きながら、ミミは店の使用人たちと部屋の掃除をはじめていた。婦人も使用人たちもミミの作る薬草の洗剤に興味深々で、あちらこちらから質問が飛んでくる。領地では当たり前に作り使っていた洗剤が、国都では知られていないことにミミは驚く。

 掃除に必要な薬草たちをミミは領地の自宅の庭で育てていたのだが、森にも生えているので知られていると思っていたのだ。

 しかし、国都の薬草屋では見かけなかった。売ろうと思いたくさん摘んできた薬草たちは、こうして自分で使ってしまっているので、残りは少なくなってきている。春になったら近くの森に入ってまた摘んでこよう。できれば長屋の庭を借りて、種をまきたい。いっぱい採れるようになったら、掃除用として自分で売ってみるのもいいかもしれない。

 商売のことなど何もわからないのに、こうしていろいろなお店の人たちと接していると、自分にも何かできることがあるかもしれないと勇気が湧いてくる。

「まあ! こんなにきれいになるなんて! 凄いわ!」

 落書きはきれいに落ちて、おもちゃも工夫して片づけた。一日がかりではあったのだが、その日に終わることができてミミは胸をなでおろした。

 目の前にはお茶のいい匂がして、色とりどりのお菓子たちが並んでいる。遊び疲れたのか男の子は婦人の膝で眠り、サージュはミミの隣でお菓子をおいしそうに食べていた。

「昼食までごちそうになったのに、おやつまで頂けるなんて。ありがとうございます」

 昼食のサンドイッチもおいしかったが、今食べているお菓子の甘さも疲れた身体にしみわたっている。

「ふふ、お口に合ってよかったわ。ねえ、ミミさん。本格的に掃除屋さんの仕事、やってみない?」

 婦人の言葉にミミの心臓が跳ねた。

「もしよかったら、私の知り合いを何人か紹介できるわよ?」
「ぜひ、よろしくお願いします!」

 考えるよりも先に、言葉が飛び出していた。

 これはきっとチャンスと言うもので、そうそうあるものではない。結果がどうなろうとも、ミミがやることは決まっている。一生懸命頑張るのみだ。

「ミミさん、今日はありがとう。サージュさん、またうちの子と遊んであげてね。あとお薬が必要になったらまたお渡しするわね」

 サージュは驚きつつも、小さく頷いた。頬が赤くなっているのは照れているからだろうか。

 ミミは掃除のときに聞いたことを思い出した。

『サージュさん、以前うちの店に薬を買いにきたのよ。大切な人の手が荒れてしまっていて、治す薬がほしいって』

 夕焼けの空はあっというまに夜を運んでくる。

 風は冷たくて、冬はすぐそこなのに、ミミはぽかぽか温かい。サージュはいつもミミの心を温めてくれるのだ。

「サージュ、湯屋に寄ってから帰ろうか」
「うん!」

 サージュの顔が輝いて、ミミも嬉しくなった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

処理中です...