ミミは生涯の番と別れられるか?

みづきかやの

文字の大きさ
32 / 46

32話 誇り高き豹女

しおりを挟む
 心臓は早鐘を打ち続け、手も足もまだ震えていた。

「こ、怖かった……!」

 サージュが優しくミミの背を撫でてくれている。ミミはまたサージュを抱きしめた。

「くっ、くっ、くっ」

 部屋の中からは笑いをこらえる声が聞こえてくる。

 ミミが目を向けると、テテが酒の入ったグラスを上げて片眼を瞑った。

(テテさんっ!!)

 ミミの困惑と怒りの心の声がテテに届いたのだろうか、腹を抱えて大笑いするジャスチャーで答えていた。

 そのとき、隣のドアを叩く大きな音が部屋に響いた。

『おい、テテ! いるんだろ!? 早く借りた金を返せ!!』

 何度も何度もドアを叩いている。最後に『クソっ!』と大声が聞こえて音は止まった。

「はぁ~」

 サージュを抱きしめていたミミの腕の力が抜けていく。全身が緊張していたようで、疲労感がいっきにやってくる。代わりにサージュが力強くミミを抱きしめ返してくれいていた。

 静かになった今でも、大きな音がミミの耳にこびりついている。

 あの熊男はなんなのか、ミミが力なく座っていると、テテの声が聞こえてきた。

「最近は来てなかったみただけど、匂いでもたどってきやがったのかな~」

 空になったグラスに酒を注ぎながらつぶやいていたテテのもとへ、ミミは床を這いながら向かった。

「な、な、なんですか、あの熊男は!?」
「金貸し屋」

 悪びれることなく言うテテの話を聞くと、以前、酒代がなかったときに自分が貸してやると熊男が金を出してきたという。後日返そうとしたら、金が足りない、うちは一日一割だと言ってきた。

「こいつがそこそこ有名なあくどい金貸しでね。しらふなら気づけたんだが借りたときは酔っちまっててさ」

 酔いが醒めた頭で相手の顔を見たらやっちまったと気づいたが、今さら遅いしまあいいかってね、とテテは屋台の料理をつまみに酒を呑みながら熊男の素性を話した。

「頭にきたから借りた金だけ叩き返して無視してんだ」

 それ以来、テテに払えと膨大な金額を提示して迫ってくるようになったという。最近は飲み屋に出没することが多く、家にまでは来なくなっていたらしいのだが――。

「弱い奴なら怖がって払っちまうから死ぬまでいいカモになる。でもあたしは誇り高き豹女だよ。熊なんて怖かねえ」

 それにあたしの金はすべて酒を買うためにある! と豪語してテテはいっきに酒を呑んだ。

「サージュは大丈夫だったの?」

 あんなに恐ろしい熊男が来ていたなんいて、サージュは大丈夫だったのか気になった。

「近くに来ると気配がしたから、すぐ隠れた」
「気配!?」

 サージュはミミが思う以上に凄い子なのかもしれない。将来が楽しみな分、あの熊男をこのままにしてはいけないと思った。

「警備隊に相談しましたか?」

 ミミは冷静に話さねばと心を落ちつかせながらテテに訊いた。違法なら捕まえる対象ではないのかと思ったのだ。

「ははは、奴らがあたしを助けてくれと思っているのか? 奴らは上流階級のためにある組織だぞ。それに……」

 テテは言葉を止めて酒を呑んだ。

「あたしはお前と違って、暗い道を歩く者だ」
「暗い道?」

テテは少しのあいだ黙っていたが、やがてゆっくり話し出した。

「あたしの親父はね、故郷で濡れ衣を着せられて、死罪になるところだったんだよ。一族の掟で、家族全員がその罰の対象だったんだけど、親父はあたしらを連れて逃げた。要は、お尋ね者の道を選んだのさ。自由を得たが、どこにいても見つかれば死が待っているいばらの道だ」

 それはテテが十六歳のときの出来事だった。父親の刑罰は寝耳に水で、誰かに嵌められたことだけがわかっていたが、無実を証明する時間などなかった。幸運だったのは、逃がしてくれる仲間がいたことだ。家族三人で逃げた日は大雨が降っていて、匂いが消えることは助かったのだが、心身ともに疲弊していたテテたちには毒でしかなかった。

 その雨が原因で、テテの母親は病気になってしまったのだ。医者にも診せることができず、逃げる途中で彼女は天へ帰っていった。

 目的地までの道のりは険しく、岩山も超えたという。空腹に負けて立ち寄った場所で盗みもしたし、身の危険があれば相手が動かなくなるまで牙を向けた。

 わずかな希望を持ってやってきた国都は想像よりも厳しい場所で、父親はその一年後に仕事へ行くと出ていったきり、テテの前から姿を消してしまったのだ。生きているのか死んでいるのか今もわからない。その後、テテが調べてわかったことは、父親は裏の仕事に手を出してしまっていたということだけだった。

「国都に逃げたはいいものの、ここで胸張って生きて働くには魔力登録が必要だろ。あたしらは故郷で魔力登録しちまっててさ、そんなことしたらすぐにばれちまう。お尋ね者の情報は国都でも共有されているんだよ」

 そう言って、言葉のあいまにテテは酒を一口だけ呑んだ。

「でもね、ここはそんな奴らのたまり場でもある。お前のように光の道を歩けるものには幸運のチャンスが巡ってくるが、そうじゃないものもここには大勢いる。はみ出し者は、ひっそりこっそり隠れて生きていくんだ。そのひとりがあたしだよ」

 国都に来てから三十年、テテはひとりで隠れるようにここで生きてきたという。

 警備隊も必要悪としてある程度のことは目を瞑っている。その条件は、彼らが表に出てこないことなのだ。

「国都はこの国の光と影を凝縮したような場所だ。故郷に行き場をなくした者たちの受け皿の役割もあるが、それは問題を起こさないからこそ見逃されているにすぎない」

 だから警備隊なんてごめんだよ、とテテは言いまた酒を呑んだ。

 部屋には静寂が広がった。ミミは何も言えず、ただただ心が痛かった。

「そんな顔すんなよ。前にも言っただろ、自分の身は自分で守らないといけないって」

 そんな顔とはどんな顔だろう。鼻も痛いし耳も痛い。ミミはくちゃくちゃになった顔をテテに向けた。

「テテさん……」

 ミミはテテの手を両手で握った。温かくて、ミミの手よりも一回り大きくて、指も長い。一生懸命生きてきた、女の手だ。

「なっ、なんだよ!」

 珍しく狼狽えるテテがおかしくて、ミミは少し笑ってしまう。大事なことを伝えるのだと、気を取り直して気合を入れた。

「熊男に見つかったら、全力で逃げてくださいね!」
「え~~」
「逃げる一択ですよ!」

 とても大事なことなので、握った手に力を込める。

 テテは嫌そうな顔をして叫んだ。

「あたしは豹獣人だよ、熊野郎なんかに負けねーの!」
「ダメです。逃げる一択です!」

 何度も同じ会話も繰り返すふたりを見ながら、サージュはデザートを皿に分けている。

 お皿の数は、三枚だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

処理中です...