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第24話 10年分の祝福
しおりを挟む7月に入り、私は彼女の誕生日のことを考えていた。これまで祝うことができなかった10年間分、たくさんお祝いしてあげたい。
何を贈るべきか、どう祝えば喜んでもらえるのか、しばらく悩み込んでいた。エルフは、生まれた日を祝うことはない。長命のため、そのうち年齢の概念も曖昧になってくるからだ。
誕生日を祝われた経験がないので何をするべきかも分からない。ここは彼女のことをよく知っている者に聞くべきだろう。
「メアリー、エヴェリーナの誕生日は毎年何をしているんだい?」
「お嬢様のお誕生日は、毎年午前中は町の教会へ行って、午後は孤児院訪問ですね。夕方は家族でティーパーティーをしております」
「ティーパーティーか……そのティーパーティーに何か決まりはあるかい?」
「決まり、と言ったようなものはございませんけど……昔は、奥様がお誕生日のケーキを焼いておりましたわね」
メアリーは少し寂しそうな顔をして目を伏せた。先日の夏至祭で見せた彼女の様子は、思い出すだけで心の奥が絞られるような痛みを感じる。
「そのケーキは、今は作っていないの?」
「レシピがないのですわ。奥様の残されたレシピ帳に、そのケーキは載っていなくて……」
(そのケーキを作ってあげられたら、彼女は喜んでくれるだろうか……)
「メアリー、できるだけ詳しく、そのケーキのことを教えてくれるかい?」
私はエヴェリーナの誕生日に、ケーキを作ることにした。
♢♢♢
「ケーキの名前は、スウィートロビン・ケーキ。ナッツやフルーツが入っている、スパイスケーキか……」
屋敷の厨房では使用人が集められて、ケーキの再現計画が立てられた。
「どんな些細なことでもいい、ケーキについて知ってることを教えてほしい」
三人はケーキについて思い出し、材料や味を語った。
「フルーツは確か、レーズンの他に、南方から取り寄せた珍しい果物がありましたわ。非常に高価ですから、そういった意味でも今は作ることができないんです」
「アーモンドとくるみも入ってましたな。ずっしりと重たくて、スパイスは当時の帳簿と在庫状況からすると、シナモン、ナツメ、クローブ辺りが妥当かと。こちらもまあ高価ですな。当時は我が領も豊かでしたから」
「材料費はどうとでもなるよ。あとは配合か……見た目は、どんなケーキだった?」
ヒューゴが頭を掻きながら、空を見上げて思い出そうとしている。
「丸くて、白いものがかかってるんですよね……あれなんて言うんでした?」
「アイシングですよ、ヒューゴ。それからスミレの砂糖漬け!これがあれば完璧ですわ」
材料はロンドンに行けば手に入りそうなものばかりだった。
「エアリエル」
「はい、お呼びでしょうか?」
「ロンドンのFortnum & Masonに行って、このリストに書かれたものを買ってきてくれ」
「えっ……わ、私がですか?」
エアリエルはリストと黒い皮財布を手渡しされてギョッとしている。私は有無を言わさず「頼んだよ」と一言交わして彼をロンドンに送った。
♢♢♢
メアリーから基本的なケーキの作り方を教わり、ロンドンから帰ってきたエアリエルが持ち帰った材料をテーブルに並べた。
輸入された高価な果物を一通り買ってこいと命じたので、見たことがないような果実ばかりだ。
イチジク、ナツメヤシ、バナナにパイナップル。この中に彼女の思い出の味があるといいのだけど。
焼き上がったケーキからは、あたたかい湯気と共に甘い匂いが漂う。早速彼らに味見をしてもらった。
「……美味しいですわ」
「しかし、奥様が作ったものとは少し違いますね……」
一度目で完全に再現できるとは思っていない。作って味見をしてもらう、それを繰り返すのみだ。
ナッツや果物の組み合わせや配合を変え、何十通りと試行錯誤した。
ケーキを何度も作りすぎて、全身に甘ったるい匂いがまとわりついているような気がする。廊下でエヴェリーナとすれ違った時、すん、と彼女が鼻を鳴らした。
「アル、何か甘い匂いがしない?」
「……そうですか?私には貴女の方が、甘い香りを放ってるように思えますよ」
髪を一房さらりと掬い取ってやると、エヴェリーナは顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
危ない、秘密が露呈するところだった。
何回試作を繰り返したか分からなくなったころ、恐らくこの材料でこの配合だろう、と思えるケーキに仕上がった。
「でも、あと何か一味……」
「足りないですな……」
私たちは頭を抱えてしまった。エイヴェリー男爵にも味見をしてもらったが、彼は甘いものは得意ではないようだ。「美味しいが、私には甘すぎる」と言っていた。
エヴェリーナの誕生日は三日後に迫っていた。使用人たちはこれでも充分に美味しいと言ってくれたが、ただ美味しいだけでは意味がないのだ。
そういえば、自分では食べてなかったな……出来上がったものを何気なく口にする。
――この味、知っている。
唐突に流れ込んでくる、記憶。私はこの味を知っている。足りないのはなんだ?風味……香り……。
『……リーナのお父様は甘いものよりお酒がお好きだからね……』
透き通るような、穏やかな声を思い出す。その瞬間、閃きが振って湧いてきた。
「みんな、このケーキを食べてみてくれ」
使用人を集めて、もう何度目になるかわからない味見をお願いした。明日はエヴェリーナの誕生日だ。これでダメなら、もう打つ手はない。
祈るような気持ちで三人が試食を終えるのを待っていた。
「……これです、この味ですわアルサリオン様!」
「懐かしい……またグレイス様のケーキが味わえるだなんて、このロナルドは感動しております」
メアリーもロナルドを目に涙を浮かべていた。ヒューゴもふっと微笑み、黙って頷いていた。
「マディラ酒を入れたんだ。深みとコクが出ただろう?」
「アルサリオン様、よくお分かりになりましたわね、一体どうやって……」
メアリーの問いに私は笑ってこう返した。
「エルフはなんでも知っているんですよ」
(よかった……きっと、エヴェリーナも喜んでくれる)
窓から吹き込む夜の風が、薔薇とライラックの香りを運んでくる。麦が揺れる音と虫の声が混ざり合い、夏の夜が更けていく。明日が待ち遠しく思えた。
♢♢♢
誕生日当日。彼女からは、「絶対ついてこないでね!」と念を押される。今日はついて行かないよ、大切な準備があるからね。
私はシンボルツリーの近くにテーブルを出し、白いクロスをかけた。使用人たちにも手伝ってもらい、不思議の国のアリスをモチーフにしたティーパーティーを開くことにしたのだ。
昔、エヴェリーナは不思議の国のアリスが好きだった。"お茶会に参加してクリケットをするの"と言っていたっけ。
彼女を笑顔にしてくれる人は一人でも多い方がいい。エアリエルに招待状を運んでもらい、シャーロット嬢も誕生日会に招くことにした。
本当は、二人きりでお祝いをして、たくさん君に愛を伝えたかったけど。
でも、きっと君はこちらの方が喜ぶんだろう。エヴェリーナのことを考えてケーキを作ったり会場を飾ったりすることは、とても手間がかかって大変だった。
だが、その手間すら心地よい時間に変わっていく。君の笑った顔が見たい――それだけを願うことが、こんなにも幸せなことだと知ってしまったから。
中庭から見た青空は、澄み渡っていた。
エヴェリーナが男爵と共に帰ってきた。彼女の準備はメアリーにお願いして、会場に到着するのを待つ。
ドレスも私が用意した。これくらいは魔法で贈っても許されるだろう?本来、エルフは番を美しく飾り立てたい生き物なんだから。
彼女のもとにケーキを運ぶと、エヴェリーナはとても驚いたようだった。きっとケーキを食べたら、喜んで花のような笑顔を見せてくれるはずだ――そう思っていたのに、予想に反して彼女は肩を震わせて泣き出した。
私はさあっと全身の血の気が引く感覚を味わった。
――どうしよう、また彼女を泣かせてしまった。誕生日なのに、幸せな1日にしてあげたかったのに……。
「すみません、泣くほど不味かったんですね。私はまた貴女を嫌な気持ちに……」
ケーキを持ちながら狼狽えていると、エヴェリーナは涙をポロポロと溢しながら笑っていた。
「やだ、違うわ。これは嬉し涙よ、とても美味しかったわ。もう二度と食べられないと思っていたから……ありがとう、アル。ありがとう……」
その涙と笑顔が震えるほどに美しくて、目が離せなくて。さっきまで冷えていた指先にぬくもりが灯るような心地がした。
「お誕生日おめでとうございます、エヴェリーナ。産まれてきてくれて、ありがとう」
私は心からの祝福を彼女に贈った。
君は私の光。幸福をくれる、青い小鳥。
私は、君のいる世界で生きていきたい。
――たとえ君に憎まれたとしても。愛されたいと望むのは罪だろうか、傲慢だろうか。
できればもう少しだけ、知らないままでいてほしい。
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