通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

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第27話 答え合わせをしよう

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 夜になると雨は止み、波は穏やかになっていた。私は一人夜の浜辺で、真っ暗な海を見下ろしていた。

 エアリエルに、アルをここに連れてきてもらうようにお願いしたのだ。彼はなぜか嬉しそうにアルを呼びに行った。

 じゃり、と砂を踏む足音が近付いてくる。振り向かなくても、誰の足音なのかが分かった。

「エヴェリーナ」

 ――彼が来た。私はゆっくりと振り返る。

 雲の切れ間からは月の光が差し込み、アルの銀色の髪を煌々と照らしている。まるで星の光で染め上げたようだ。
 夜の湿った風が、体に重たくまとわりついて離れない。
 
 セシルの顔は、はっきりとは思い出せないでいた。だから、こうして今アルを見つめても、セシルの面影を見つけることはできない。

 でも――私の直感が、アルとセシルを紐づける。

 もし違ったら、また「君の脳みそは小鳥さんですね」と笑われるだけ。私はあの約束を交わした日にセシルに言った、同じ台詞を口にした。

「今日ね、ミス・ローレンスが仰ったの。私は将来立派なレディになって、結婚しなきゃいけないんですって。私、結婚したら別の場所で暮らさなきゃいけないなんて知らなかった。どうしたらいいの?――ねえ、セシル」

 彼の目が大きく見開かれ、息を呑む音が聞こえた。波の音が静かにこだまする。
 アルは一瞬目を伏せ、もう一度私に視線を向けた。そして目の前まで近付き、ひざまずいて私を見上げた。

「……約束したでしょう。だからこうして求婚に来たんですよ、お嬢様」

 私の唇は震えて、言葉を紡ぐことができなかった。両手で口元を押さえた。叫び出したくなるような衝動を、必死に堪えた。
 
 私の双眸からは、涙が溢れて止まらなかった。

「セシル……貴方、セシルだったの?」
 
「はい。今は、アルサリオンです」
 
「どうして教えてくれなかったの?私、貴方は……亡くなったんだと……おもっ……!」

 通りすがりのエルフと名乗った彼は、私の大切な幼馴染の男の子だったのだ。

 驚きと嬉しさがないまぜになって、私の心だけが嵐の中の船みたいに揺れている。

「すみません、求婚の儀の制約で私からは言えなかったんです……思い出してくれて、ありがとう」

 砂浜から立ち上がった彼が、口元を覆っていた私の手を握ってそっと降ろす。頬に伝う涙を、白くて長い指が掬い取ってくれた。

「答え合わせをしましょうか。これまでのことを、お話します」

 彼から語られる真実は、思いもよらないものだった。


 ♢♢♢

 1868年4月10日。およそ数百年ぶりに産まれた、エルフの子ども――それが、私だった。その当時国は乱れていた。
 
 精霊の国エルダール魔物の国モルドールとの間で、戦争が起こっていたのだ。

 エルフ同士が番い、子を成すことは奇跡のような出来事だ。数百年ぶりに生まれたこの命を守らなければならない。

 "戦争が終わるまで、この国から逃さねば"

 それがエルフの議会で決定されたことだった。

 エルフは精霊の中でも特別に世界から祝福を受けた存在だ。そのおかげで長命であり、魔法を操ることが出来る高次元の生命体。それがエルフという種族だ。
 
 赤児だった私が人間界へ行く方法は、ただ一つ。
 
 それは、チェンジリング――妖精による取り替え子――としてだ。

 チェンジリングは存在の等価交換。、最善の手段だ。

 私と同年同日に産まれた人間はただ一人。それが、エイヴェリー領のセシル・パーキンズだった。


 ♢♢♢

 
「チェンジリング……本当に……?」
 
「はい。こちらの世界で伝承として残っているのは、概ね本当のことなんですよ」

 浜辺に並んで座り、アルの話を静かに聞いていた。彼の歩んできた人生は、私の想像を遥かに超えていた。まるでどこか遠い夢の話のようだ。

「じゃあ、私が聞いた"セシルが亡くなった"と言うのは……」
 
「私と入れ替わっていた子でしょう。彼には可哀想なことをしてしまいました」

 私は人生で一番辛かった冬を思い出していた。流行病が蔓延し、お母様が亡くなったのが2月。

 お母様を埋葬した時に、村の人々が小声で話していたのを聞いてしまったのだ。

『何人連れて行かれるんだろうな……まさか夫人まで』
『パーキンズさんのところも全滅だったんだってな』

 ……え?違うよね。セシルのことじゃないよね?
 だって、大人になったら結婚しようって、約束したもの。

 
 教会の共同墓地に見つけた、真新しい小さな墓には、"セシル・パーキンズ"という名前が刻まれていた。

 人は本当に悲しくてたまらない時、涙も出ないのだと私は初めて知った。

 その後ヒューゴが探しにくるまで、セシルの墓の前に立ち尽くしていたらしい。体はすっかり冷え切り、何日か寝込んだ記憶がある。

 目の前の現実が、まるで本を読むように他人事に感じられた。そうしなければ、心が壊れてしまいそうだったから。


 しばらくお互いに黙っていると、先に口を開いたのはアルだった。

「……もし、チェンジリングがなければ、と考えたことがあります」

 アルは水平線を見つめて小さな声を溢した。夜の海はどこまでも暗く、ずっと眺めていると飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥る。私は顔を上げて、右隣にいる彼の横顔を見つめた。

「人間の世界を知らずに、エルフとして生きていく……そんな未来もあったのかもしれません」

 整然とした彼の顔が、どんどん苦し気に歪んでいく。アルは感情を必死に押し込めるような顔をしてこちらを向いた。

「でも、そこにエヴェリーナはいない……そんなのは、耐えられない」
 
 口にするのも恐ろしいと言わんばかりに、彼は震えていた。私はそんな彼になんと言ってあげればいいのか、分からなかった。

 気の利いたことは言えないし、彼の心を慰める方法も知らない。

 ただ、今の私の気持ちを素直にアルに伝えることしかできなかった。

「あのね、アル。私、貴方が生きていてくれて嬉しい。また会えて良かった……おかえりなさい」

 私を見つめる瞳が揺れている。まるで、瞳の中に星が生れ落ちたみたい。
 アルは静かに微笑んで、囁くような声で言った。

「私も会えてよかったです……ただいま」

 彼と私の手が、重なった。
 
「初めて出会った時のことを覚えていますか?」
 
「確か私が森で迷子になっていた時なのよね?まだ小さかったし、昔のことだからあまり覚えてないのだけど」

「本来チェンジリングは入れ替わりを解消すれば、徐々に記憶は薄れていくんです。元に戻った後に周囲と馴染めるように」

 だから、セシルの顔も記憶も朧げなのかしら。今まで気付くことができなかった理由が分かった気がした。

「でも私は、貴女のことだけは覚えていました。他の記憶がどれだけ曖昧に溶けていこうとも、エヴェリーナとの思い出だけは、ずっと鮮明に思い出せたんです」

 答え合わせとしてこれだけ秀逸な解答があるのだろうか。重なった手のひらの温もりが心地よくて、私はまたじんわりと涙ぐんでしまった。
 
 セシルとアル。
 二人の姿が私の中で完全にイコールで結ばれた。それはずっと私が探し求めていた、最適解なのかもしれない。
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