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第31話 心が分かれば
しおりを挟むコーンウォールでの避暑が終わり、私たちは領地に戻ってきた。屋敷に異常はなく、ロナルドは安堵していた。
私はあの日々を思い返していた。アルがセシルだと分かってからは、以前よりも少しだけ二人でいることが自然になった。
アルと過ごす時間は、居心地がよかったのだ。
例えば、二人で読書をしている時。私がそろそろ休憩してお茶を飲みたいわ、と思うタイミングで「お茶の時間にしましょうか?」と言ってくれる。
浜辺を散策している時に綺麗な貝殻を見つけると、ハンカチを拡げてくれる。
まるで私の考えていることが分かるみたいだ。
……まさかエルフって人の心も覗けるんじゃないわよね?
屋敷の図書室のソファで向かい合わせになって本を読む彼に何気なく問いかける。
「ねえアル、まさかとは思うけど、貴方……」
「今度は半魚人にでも見えましたか」
「違うわよ!その、なんだか私の考えがお見通しみたいで」
口を尖らせてちらりと見やれば、アルはくつくつと笑って肩を揺らしていた。
「貴女は分かりやすいんですよ。心を読まなくたって分かります」
そんなに私って分かりやすいの?アルの視線は私の心を見透かしているようで、思わず目を逸らす。
「今は……そうですね。私ってそんなに分かりやすいの?って思っているでしょう。私に見られると見透かされているようで恥ずかしいですか?」
「本当に覗いていないのよね!?」
アルはお腹を抱えて笑っていた。笑っている彼の顔をまじまじと見る。以前みたいな作り物の胡散臭い笑顔ではなく、随分と自然に笑うようになったと思う。そして、その顔を見ていると、胸の内からせり上がってくる感情。
(アルの笑っている顔が、好きだわ)
私の表情を見て彼が笑うのを辞めた。
「……今、何を考えてますか?」
そう言われて、私は誤魔化すように立ち上がった。彼が上目遣いで私を見つめている。そんな顔をするのは狡いわ。何もかも正直に話してしまいたくなる破壊力があった。
「な、なにも?っていうか私の心の中なんてお見通しなんでしょう?」
「分からないので、教えて欲しいです。……エヴェリーナの口から聞きたい」
いつの間にかアルに握られている手のせいで逃げ出せない。私は遂に小さな声でぽそりと白状した。
「……た……から」
「え?」
「わ、笑った顔が!好ましいと思っただけ!それだけよ!」
私は手を振り解き、彼から脱出することに成功した。
♢♢♢
私がセシルだということが分かって警戒心を抱かなくなったのか、エヴェリーナは前よりも少し気安くなったように思う。
自然に側にいることを許してくれるようになった。
私は彼女に許されたのだろうか。
エヴェリーナは優しすぎるから、きっとああ言ってくれたんだろう。
私は己の罪を胸に刻まなければならない。もう二度と、彼女を傷付けることのないように。
それにしても、彼女は分かりやすい。私が彼女を注意深く見ているから、ということもあるのだろうが、感情が手に取るように分かる。
自分では気づいていないところがまた可愛らしい。
でも、一瞬だけ私に見せた、あの表情。明らかに、友情以上の感情が滲んでいるのを感じ取った。
私もエヴェリーナの心がすべて分かる訳ではない。彼女が今何を考え、どんな気持ちなのかが知りたい、どうしても。
「……た……から」
「え?」
「わ、笑った顔が!好ましいと思っただけ!それだけよ!」
エヴェリーナは私の手を振り解き、行ってしまった。彼女の言葉は私の緩やかな鼓動を不規則にさせる。
「えぇ……?」
一人取り残され、思わず情けない声を出した自分が可笑しくなる。長い耳の先がじわりと熱い。
「そんなの、狡くないですか……?」
言い逃げした彼女の言葉を脳内で反芻し、思わずにやける口元を手で覆った。
♢♢♢
丘から吹いてくる風が、乾いた麦の香りを運んでくる。黄金の稲穂は、村人たちに刈り取られるのを待っていた。私はその日、動きやすい服装に着替えて村にきていた。
収穫作業の間はとにかく人手が足りない。令嬢の私でも、できることはたくさんあるのだ。
「お嬢様、絵本よんで」
「みてみて、バッタ!」
「うえーん、ヘンリーが僕のおもちゃとった!」
私は苦笑して子供たちを見回した。村の動ける大人は収穫作業に出ている。その間、幼い子どもの面倒を見る大人がどうしても必要なのだ。しかし、子どもたちのエネルギーはすさまじく、無邪気に野原を走り回っている。虫取りをしたり、縄跳びをしたり、みんな楽しそうに遊んでいた。
「はあ、物凄い元気だわ」
お昼寝なんかしそうにもないわね。そう思っていると、アルが泣きべそをかいていた男の子を抱き上げていた。
「みんな、あまりお嬢様を困らせてはいけませんよ」
子どもたちは元気よく「はーい!」と返事をした。返事だけはおりこうさんだ。
「もうすぐおやつにするからねー!」
夏の午後が駆け抜けていくように過ぎ去っていく。収穫作業を終えた親たちが子どもを迎えにきて、一人、また一人と村へと帰っていく。夕暮れの畦道に、親子の影が長く伸びた。
夏の終わりが近付くのを感じた私は、彼と過ごす一年間の半分が過ぎ去ろうとしていることに気がついた。
♢♢♢
馬車で村から屋敷に帰ると、玄関でエアリエルが誰かと口論している声が聞こえた。
「だから!貴女殺されたいんですか!?あれだけ散々口を酸っぱくして言いましたよね!?」
「うるさいわね!エアリエルの馬鹿!あんたには関係ないでしょこの頭でっかち!」
「関係ない訳ないでしょおがああ!!貴女が来て彼らの関係が拗れたらとばっちりを喰らうのは私なんですよ!!見つかる前にとっとと帰りなさい!!」
……なんだかとてつもなく不穏な会話だわ。エアリエルと話しているのは、妖精の女の子?後ろ姿しか見えないが、金髪の長い髪を二つに束ねていて赤と白のドレスを着ている。
「エアリエル、どうしたの?」
「っ!!」
振り返った妖精の女の子は、赤い瞳に涙を浮かべていた。とてつもなく美少女だ。
その女の子は、こちらを見てパッと顔を輝かせ、両手を広げて一目散に飛び込んでいった。
「アルサリオン!!」
そう、彼の元に。
アルは飛び込まれる前にさっと避け、彼女は地面へと突っ込んでいった。
「ブライア……なぜここに」
こんなアルの顔、初めて見たわ。物凄く嫌そう。地面に手をついた彼女はこちらを見て赤い瞳を揺らめかせる。どこかで見たような、可愛い妖精の女の子。
「酷いわ、私というものがありながら人間の女なんかに手を出して!」
「えっと、貴女は……?」
私はおずおずと彼女に声を掛ける。すると彼女は目をきっと釣り上げて私を指差した。
「私はブライア。妖精女王の七番目の娘よ。あんたがアルサリオンをたぶらかしたのね!?アルサリオンと結婚させたりしないわよ!彼は私のものなんだから!」
後ろの方から聞こえたエアリエルの「終わった……」というか細い声を、私は聞き逃さなかった。
拝啓、天国のお母様。
アルサリオンは、「エヴェリーナは私のもの」だと言うのに、自分は他の人のものだなんて可笑しいですよね?
こういうのってなんて言うんでしょう……あ、二股ってやつですか?
愛情って分裂できるだなんて、私ちっとも知りませんでした。
まあ別に、怒ってる訳ではありませんけど。
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