通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

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第62話 クリスマスの願い

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「エヴェリーナ、ウエディングドレスはどうするの?」

「お母様のものを仕立て直すわ。大切にしまっていたから、綺麗に残っているの」

 ブライアと結婚式の準備で盛り上がる。ブーケは彼が作ると言ってくれたので、お任せすることにした。
 私はThe QueenとThe Ladyのファッション誌を広げて最近の流行を追っていた。

「あ、これ可愛いわね。エヴェリーナに似合いそう」

「本当?まあ、確かに素敵ね……」

「アルはなんて言ってるの?」

「アルに言ったらまたウォースで仕立てようとするわ。それに、新郎は結婚式当日まで花嫁のドレス姿を見ちゃいけないのよ」

「そうなんだ。妖精は結婚式なんかやらないからなんだか面白いわね」

 すると、メアリーが私たちを呼ぶ声がした。ダイニングに向かうと、お父様やアル、ロナルドたちも揃っている。

「クリスマスプディングね?」

「はい、準備ができましたので」

 ダイニングの机には大きな陶製のボウルが置かれ、お父様が木匙を持っている。牛脂とスパイスの甘い匂いを嗅ぐと、今年もこの季節が巡ってきたのだと感じられる。

「何これ、黒くない?」

 ブライアが怪訝な顔をしてボウルの中を覗き込む。

「クリスマスプディングよ。時計回りに一周混ぜて、心の中でお願い事をするの」

「では、はじめようか」

 お父様が木匙を持ち、時計回りにぐるりと一周かき混ぜた。そして次は私に木匙が渡される。

 両手で木匙を持ち、ぐるりと一周かき混ぜた。黒褐色の生地は、ねっとりとした重みがある。目を伏せて、心の中でそっと願い事を唱えた。

 (これからもお父様たちと領地民が豊かに暮らせますように)

「どうぞ」

 アルに木匙を渡すと、彼は戸惑った表情を見せた。

「あ……私も混ぜていいんですか?家族だけの行事では」

 私は目をぱちくりとさせると、肯定の言葉が自然と口をついて出た。

「結婚するんだから、家族になるじゃない」

「そうだよ、もう君は我が家の一員だ」

 アルはほんの少しだけはにかんで、私から木匙を受け取った。それぞれが心で願いを唱え、木匙をかき混ぜていく。
 
 クリスマス前のこの行事をみんなで行うのも、今年で最後になるだろう。静かな幸福の儀式を目に焼き付けておこう、そう思った。

♢♢♢

 たまに、セシルだった頃の記憶がふと蘇ることがある。

 例えば、クリスマス。農村では一年の内で数少ない休みだ。家族でささやかなお祝いをする、特別な一日。
 パーキンズ家でもやはり、クリスマスプディングを作っていた。貧しい家庭では、この日のために少しずつ材料を買い揃える。

 父が混ぜ、母が混ぜ、まだ小さい弟は母と一緒になって木匙を持つ。
 
 その幸せな光景を、部屋の隅で冷めた目で眺めていた。
 私に順番が周ってくることはない。
 
 こんなに狭い家の中なのに、あの三人だけが違う世界にいるみたいに遠い。
 見えない線のその先へ、私は入ることができない。

 クリスマスにプレゼントを貰ったこともない。
 みんなにとっては"暖かな特別な日"でも、私にとっては冬の灰色の空と同じように、より一層冷たさを感じる日だった。

 エヴェリーナが7歳、私が9歳の時のボクシングデーのことはよく覚えている。粉雪が散らつく、寒い日だった。
 

 ♢♢♢

 クリスマスの翌日、教会の前で領主一家が村人への施しをしていた。エヴェリーナも、籠を抱えて子どもたちにお菓子を配っている。

 エヴェリーナは鼻を赤くして、それでも寒さを吹き飛ばすような笑顔で笑っていた。

 いつもならその列には並ばない。彼女との身分差が浮き彫りになって、居心地が悪い気分を味わうからだ。

 でも、その日はどうしてもエヴェリーナからお菓子を受け取りたかった。
 全員同じものを施される慈善だと分かっていても、彼女の手を通して渡されるものが欲しかったんだ。

 僕の番が来ると、エヴェリーナはにこっと微笑み、「メリークリスマス」と小声で言ってくれた。

 僕も同じように返して、お菓子を受け取り列から離れる。長々と話すことは許されない。

 僕は平民で、彼女は男爵家の令嬢。
 これが、本来の僕たちの距離感なんだ。

 帰り道に袋を開けると、中にはトフィーが二つとジンジャーブレッドが一枚。

 奥の方に、紙が一枚入っている。袋から取り出せば、白いメッセージカードに彼女が書いただろう丸みを帯びた文字と、色鉛筆で書いた可愛らしい絵。

 『メリークリスマス セシル 雪がとけたら春がくるね また遊んでね』

 これは、僕だけに宛てられた手紙だ。
 自分だけの、特別な贈り物。

 (左下に書いてある男の子と女の子の絵は、エヴェリーナと僕だろうか。手を繋いでいる……)

 腹の底から迫り上がって来る多幸感と、彼女への想い。この絵のように、ずっと二人で手を繋いでいられたらいいのに。

 あれがきっと、人生で唯一貰ったクリスマスプレゼントだ。
 

 ♢♢♢

 時は巡って、現在に戻る。
 今年はエイヴェリー家でクリスマスを過ごそうとしている。

 セシルだった頃の自分が知れば、なんて言うだろう?なんて、柄にもなく感慨深く思っていると、メアリーに声を掛けられ、ダイニングに集まった。

 クリスマスプディングの儀式が始まり、男爵とエヴェリーナが木匙を握ってプディングを混ぜる。

 すると、彼女は私に向かって「どうぞ」と木匙を差し出した。

「あ……私も混ぜていいんですか?家族だけの行事では」

 戸惑っていると、彼女も男爵も何の澱みもなく私に向けてこう言った。

「結婚するんだから、家族になるじゃない」

「そうだよ、もう君は我が家の一員だ」

 二人の言葉が、私の心に蝋燭の明かりをそっと灯していく。

 (彼らは、当たり前のように私を受け入れてくれるのだな……)

 あの頃手を伸ばしても遠かった景色に、今は自分も立っている。

 初めて握る木匙は、エイヴェリー家の優しさで温められているような気がした。混ぜると想像していたよりも重たくて、腕に力がぐっと込められる。

 クリスマスプディングを混ぜながら、誰にも知られぬように、心の中だけで唱えるクリスマスの願いごと。

『エヴェリーナと、家族になりたい』

 それは幼い頃から願い続けた祈りだ。
 祈りが届く時まで、あと少し。

 あの日見た景色に、手が届く。
 絶対に――届いてみせる。
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