通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

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第86話 希望がある限り、何度でも

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 私たちはドワーフの鉱山に向かっていた。ティルナノーグからさらに東、乾燥した、広大な黄色の砂丘を超える。
 すると、山に囲まれた大地に、忽然と大きな穴がぽっかりと空いていた。
 
「ここが、ドワーフの鉱山?」

「はい。この下に彼らは暮らしています」

 下。穴の中を覗き込めば、まるで深い谷のように底は暗く見えない。中へ吸い込まれるように風が吹き、水の滴る音だけが、妙に大きく響いた。

 あまりの深さに、内臓がひゅっと縮み上がる心地がした。

「まさか、飛び込むんじゃないわよね?」

 恐る恐る聞くと、アルサリオンは口の端を持ち上げて地面に手をついた。

「《大地の戦士よ、鉄の鐘を打ち鳴らせ》」

 エルフの言葉よりも荒々しく、低く重たい響きを持つ言葉だった。

 すると、ゴン、ガン、ゴン、と鈍い金属音が下から這い上がってくる。
 大地が揺れ、穴の中からは石の門が天に向かって突き出てきた。

 アルサリオンは、呆然としている私に向かって手を差し出した。

「おいで」

 私は彼の手を取って門を潜り、ドワーフの住処へと足を踏み入れた。

 ♢♢♢

 中は真っ暗だった。私たちが通り抜けると、門はすぐに消えてしまう。
 外の明かりが闇に飲み込まれる寸前、暖かい色の光が灯った。
 すると、そこは地下だとは思えないくらい精巧な石造りの建物だった。

「《エルフの王太子。それと人間の小娘。こっちだ》」

 目の前に現れたのは、私の腰よりも低い身長で、顎髭を三つ編みに結えているドワーフだ。

 彼は私たちを案内してくれるようだ。

「《族長は息災か》」

「《親父殿、二日酔い。鉱石、少し減った。エレンヌーレ、もっと減った》」

「《その話は後ほど。誰か、手の空いてる細工師を紹介してくれないか?直して欲しいものがあるんだ》」

「《分かった》」

 会話しながら歩いていくと、道は二手に分かれていた。

「《エルフの王太子、親父殿が待ってる。人間の小娘はこっち。細工師は物の持ち主としか話さない》」

 アルサリオンは、私にこっそりと耳打ちをした。

「彼らは気難しいが、悪い性質ではない。何かあれば、呼んで下さい」

 こうして私たちは二手に分かれた。

 ♢♢♢

 アーチ型の入り口にかかる古びた布をめくると、焼けた金属の匂いが立ち込めている。
 こちらに背を向けて座っているドワーフは、作業に集中しているようだった。

「《バルディロ、客だ。修理。》」

 バルディロと呼ばれた男は、作業台の横にある石の机と椅子を指差した。座れ、という意味だろうか。

 私は椅子に腰掛けると、バルディロはゆっくりとこちらを向いた。
 燃えるような赤い髪は、獅子のたて髪のようだ。顎髭は真ん中で一つにまとめられ、その両横には短い三つ編みの髭が垂れていた。片目にはジュエラーズルーペをつけている。

「人間か。なんの修理だ」

「あ、あの、これです……」

 私はハンカチの包みを開けた。中には見る影もなく無惨に横たわる、かつて指輪だったものの欠片たち。

 バルディロは、それをピンセットで器用に摘み、ルーペで覗き込む。少しの間沈黙が流れ、そしてはっきりと告げた。

「この石はもう駄目だ。死んでいる」

「えっ……」

「役目を果たした。だからもう去った」

 直らない。
 もう、元には戻らない――。

 瞳の奥がじんと熱くなる。唇を噛み、しばらく黙って俯いていると、バルディロは続けて言った。

「泣くことじゃない。物はいつか壊れる。粗末に扱ってないこと、分かる。この指輪は、お前を守りたかった。

「まるで、指輪に意思があるみたいね……」

 涙を滲ませて呟くと、赤毛の隙間から光る金色の耳飾りが揺れてカシャン、と音がした。

「お前、人間の国から精霊の国エルダールに来た。指輪、お前守った。こちらに来てからも加護をかけた主、呼んだ。お前守るため」

 次はトパーズを手に取り、ルーペで覗き込んだ。

「もの言わぬとも、分かる。深い愛、長く伝えられてきた誇り。この石は、まだ生きてる」

 母のトパーズは、まだ生きている。さらに、ほとんど朽ちて辛うじて輝きを保っていたエレンヌーレの欠片を指差した。

「……小さな欠片。これは、まだ生きてる。でも弱くて、加工はできない」

 私の掌に置かれた、小さな花びらの欠片。まだアルの愛が残されているようで、私はそっと両手で包み込んだ。

「持ち帰ってもいいですか?」

「お前のものだ。好きにしろ」

 バルディロは、使える素材と使えない素材を選り分けた。使えると判断されたのは、ほんの僅かな量だった。

「エレンヌーレ、数が減った。採掘難しい。同じもの作れない」

 再び元には戻せないことを伝えられ気落ちしていると、バルディロは髭を撫でながら切り出した。

「でも、トパーズは使える。新しいもの、作れる」

「本当!? では、ぜひお願いしてもいいかしら。あっ、でも、支払いはおいくらになるのかしら……」

「代金いらない。もう貰ってる」

「え?」

「この指輪、作ったの俺。エルフの王太子に依頼された。短い期間で無茶言うから、だいぶ吹っ掛けた。気前よく払ってくれたから、修理代込みにしといてやる」

 バルディロは唇の端を持ち上げ、ニヤリと笑った。

「ああ、なんてお礼を言えばいいのかしら……バルディロさん、ありがとう!! 」

「仕事だからな」

「それに、とっても立派な髭をお待ちね。素敵だわ」

「そ、そうか? ありがとよ」

 照れ隠しで頭をガシガシかくと、どういう加工をするのかを相談し、完成すれば連絡することを告げられた。
 作業台の壁についている小さな鉄の鐘を金槌で打ち鳴らすと、さっきのドワーフが戻ってきた。

「終わったか?」

「ええ。アルサリオンはどこ?」

「王太子、親父殿と仕事してる。お前はこっち」

 ドワーフに連れて来られたのは、応接間のようなところだった。

「終わるまで、ここで待っとけ」

 扉が閉まると、途端に静けさがやってきた。
 遠くでは石を打つ音が微かにこだましている。

 一人残された私は、考えた。
 壊れてしまったものはもう戻らない。
 でも、新しく作り直すことはできる。

 愛もきっとそうだ。
 生きてさえいれば、何度だってやり直せる。
 希望は残されているのだ。

 ♢♢♢ 【side アルサリオン】

 私はドワーフの族長であるディグレインと採掘場に来ていた。中ではトロッコを押す音や掛け声が反響している。ドワーフ達はツルハシを振り下ろし、黙々と作業をしていた。

「《採掘量はこれだけか》」

「《鉱脈弱ってる。エレンヌーレ、採掘難しい》」

 彼が見せてくれたエレンヌーレの原石は、箱の中で呼吸しているかのように虹色の輝きが点滅している。

「《最近とれたのも、あまり強くない。加工向かない》」

「《そうか……分かった。次回の納品時期までに報告書も纏めておいてくれ》」

 ディグレインは、眉間に皺を寄せて頭を摩った。

「《お前、来るの来週言った。だから俺昨日宴会だった》」

「《それは申し訳ないことをした》」

 すると、ディグレインはまじまじと私の顔を見つめてきた。

「《……なにか?》」

「《いや……お前、昔もっと死んだ目してた。今、ちゃんと生きてる》」

 直感的にリーナのおかげだと理解し、気恥ずかしい気持ちになる。そんな私を見透かしたように、ディグレインは目を三日月に変えた。

「《女か》」

 ディグレインは二重顎を揺らし、体を震わせながらかかっと笑った。あけすけな物言いだが、嫌いではなかった。

「《ご想像にお任せしますよ》」

「《いい女、生きる力になる。間違いない》」

 私たちは採掘場を出て、リーナが待たされている応接間へと向かった。
 扉をノックする寸前で、ディグレインに呼び止められる。

「《愛を疑うな。疑えば、愛は死ぬ》」

 彼はそれだけ言い残し、また頭を摩りながら元きた道を引き返した。

 なぜか、その言葉が無性に深く心に沈み込んだ。
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