通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

文字の大きさ
90 / 97

第89話 愛は死んだ

しおりを挟む

 彼女の制止の声も聞かず、足を持ち上げて、白い太ももの内側に口付けをいくつも落とした。
 誰にも暴かれたことのない清い体に、赤い花を散らしていく。

 止めるつもりはなかった。
 だって、私たちは引き裂かれた半身なのだろう?
 今から一つに還るだけだ。

 この腕の中に捕まえて、閉じ込めて、どこにも逃しはしない。
 ずっと私だけを見て生きればいい。
 二度と引き裂かれないようにする為には、縛り付けるしかないんだ。
 心も、体も、魂さえも。

 そう、あの二人シルヴァーラとロリアンのように。

 その時、彼女の体が震えているのに気が付いた。
 視線を顔へ向ければ、リーナは頬を紅潮させ、手で口元を押さえ必死に泣き声を殺していた。
 涙はとめどなく頬を伝い、瞳に浮かぶのは怯えと拒絶の色。

 心臓が大きく波打った。
 
 ――違う。
 こんなことを望んだんじゃない。

 『《愛を疑うな。疑えば、愛は死ぬ》』

 ディグレインの言葉が、唐突に呼び起こされた。

 床に落ちた彼女のガウンを拾い上げ、上からそっと掛けてやる。
 リーナは何が起きているのか分からないような顔をしていた。

「ア、アルサリオン……?」

 彼女は胸元でガウンを抑えて起き上がった。震えた声を聞くだけで、自分のした愚かな行為に吐き気を覚えた。
 
 (――もう、愛されない。愛は、死んだ)

 自分で壊したんだ。
 愛される唯一の機会を、永久に失った。
 
 私はこれ以上惨めな気持ちになりたくなかった。

「……自分の国に帰れ。君の愛した男はここにはいない」

 何度か呼び止められたけど、彼女を一人残して部屋を去った。

 ♢♢♢【side エヴェリーナ】

 朝まで待ったけど、アルサリオンは寝室には帰ってこなかった。
 冷えたシーツが、彼がここにはいないという証明だった。
 
 次の日も、その次の日も、彼が離宮に足を踏み入れることはなかった。

「エアリエル、アルサリオンは……?」

 エアリエルは、黙って首を横に振るだけだった。

 ♢♢♢

(どうすればいいのかしら……)

 首筋や胸に咲いた赤い花は、今日もあの日の出来事を私に思い出させる。
 
 怖かった。
 与えられる感覚も、腕の強さも、全てが私の知らない彼だった。

 壊れそうに歪んだアルサリオンの顔が、今も鮮明に瞼の裏に焼き付いている。
 きっと私は、彼に愛の証を与えてあげられなかったのだ。

 傷付けてしまったことを謝りたいのに、会っても貰えない。
 手紙も受け取りを拒否された。

 私は彼に、完全に拒絶されてしまったのだ。

 目頭が熱を帯び、じわりと涙が溢れ出る。
 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 私はただ貴方と一緒にいたかっただけ。
 貴方と幸せになりたかっただけ。
 それだけなのに――。

 ♢♢♢
 
 部屋のバルコニーからアルサリオンのいる王宮の方に目を向けた。
 アルサリオンは今何をしているんだろう。
 ちゃんと眠れているだろうか。
 食事は摂っているだろうか。
 元気でいるのだろうか――そんなことばかり考えていた。

 すると、何やら騒がしい気配がする。
 王宮の門から、騎馬兵が何頭も出立していくのが見えた。

 1頭や2頭ではない。何十頭もの銀の鎧を纏った白い馬が、列をなして大地を駆け抜けていく。
 まるで今から戦争をしにいくみたいだ。

「……何かしら」

 酷く胸騒ぎがした。嫌な音を立てながら鼓動は早くなっていく。私は部屋を飛び出し、ミースを探した。

「リーナ様ぁ?どうしたんですかぁ、そんなに慌てて……」

「ミース、王宮から騎馬兵が何頭も出て行ったわ。何があったの!?」

 ミースの顔がさっと曇った。視線を彷徨わせている彼女の肩を、強く掴んだ。

「ねえ、何があったのか教えて!」

「……魔物の国モルドールが、国境線を侵攻してきたと今朝早くに伝令が……殿下は前線で指揮をとるため、参戦されました……」

「そんな……!」

 ミースの呼び止める声も耳に入らず、私は離宮を飛び出した。
 今から走ったって到底間に合わないだろう。
 もう彼は行ってしまった。
 もしかしたら、このまま二度と――。

 息が上がって苦しい。
 喉が焼け付くように痛い。
 涙で視界がぼやけて、前もよく見えない。

 ようやく王宮の門の前に辿り着いた時には、砂埃が微かに舞い上がるだけでそこに彼の名残は一つも見つからなかった。

「アル……アルサリオン……」

 私はその場に力なく膝をついた。
 名前を呼んでも返事はない。
 もう、生きて会える保証もないのだ。

 私に出来るのは、彼の無事をこの守られた場所から祈ることだけだった。

 ♢♢♢【side アルサリオン】

 「《殿下、出立のお時間です》」

 「《今行く》」
 
 彼女と会わなくなってから、また亀裂が開き出した。
 以前よりも大きく、そして頻回に。

 だが、それもちょうどよかった。
 何かしらしていなければ、心が食い潰されそうだったから。

 国境に辿り着くと、既に闇の軍勢が待ち構えていた。後方からは「《醜い化け物共め》」と敵を罵る声が聞こえる。

「《化け物……か》」

 ぽつりと呟いた声は地響きでかき消されていく。

「《全軍、出撃》」

 この戦いに勝者はいない。
 ただ真正面からぶつかり合い、向かって来る敵を薙ぎ払うだけ。
 交渉も、投降も、戦術すらも存在しない。
 それに誰もなんの疑問も持たない。

 金属がぶつかり合い、肉が裂ける音が耳を打つ。
 鮮血が迸り、死骸が焼ける腐臭が鼻を刺す。
 剣で切りつけ、貫き、どちらかが朽ち果てるまで戦うのだ。

 この世界は本当に祝福された楽園か?

 魔法を連発して、腕が痺れてきた。
 口の中に鉄の味が広がる。
 ミスリルの剣は唸り声を上げて、燃えるような真紅に染まっていた。

 こうしてこの世界の消耗品として生きていれば、自分という存在もいつかは擦り減り消えてなくなるだろう。

 誰にも愛されず、何千年も一人で。

 「……ははっ」

 戦場には似合わない、乾いた笑いが漏れた。
 最初から、私のものなど何一つなかったのだ。

 じゃあ、もう終わっていい。
 愛が死んだなら私も死ぬべきだ。
 終われ、終われ、終われ

「《終われよ》」

 天を仰いだ瞬間、肩に鋭い痛みを感じた。
 燃えるように熱い。全身がどくどくと脈を打った。

 「《はっ……》」

 矢だ。鎧を貫き、矢が右肩に刺さっている。
 矢じりに手をかけると、そのまま無理やり引き抜いた。

 「《ぐぅっ……!!》」

 「《殿下、大丈夫ですか》」

 「《ああ、問題ない》」

 戦場で呆けていれば待っているのは死だ。
 痛みで我に返った私はまた攻撃を開始した。

 何のために戦っているのかも、もうよく分からなかった。
 ただ、このまま戦っていればいつかは死ねるだろう――そう、思った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

【完結】男装令嬢、深い事情により夜だけ王弟殿下の恋人を演じさせられる

千堂みくま
恋愛
ある事情のため男として生きる伯爵令嬢ルルシェ。彼女の望みはただ一つ、父親の跡を継いで領主となること――だが何故か王弟であるイグニス王子に気に入られ、彼の側近として長いあいだ仕えてきた。 女嫌いの王子はなかなか結婚してくれず、彼の結婚を機に領地へ帰りたいルルシェはやきもきしている。しかし、ある日とうとう些細なことが切っ掛けとなり、イグニスに女だとバレてしまった。 王子は性別の秘密を守る代わりに「俺の女嫌いが治るように協力しろ」と持ちかけてきて、夜だけ彼の恋人を演じる事になったのだが……。 ○ニブい男装令嬢と不器用な王子が恋をする物語。○Rシーンには※印あり。 [男装令嬢は伯爵家を継ぎたい!]の改稿版です。 ムーンライトでも公開中。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子

冬野月子
恋愛
突然日本から異世界に召喚されたリリヤ。 けれど実は、リリヤはこの世界で生まれた侯爵令嬢で、呪いをかけられ異世界(日本)へ飛ばされていたのだ。 魔力量も多く家柄の良いリリヤは王太子ラウリの婚約者候補となる。 「完璧王子」と呼ばれていたが、リリヤと同じく呪いのせいで魔力と片目の視力を失っていたラウリ。 彼との出会いの印象はあまり良いものではなかった。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

処理中です...