ユメノチカラ

伊能こし餡

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夢は未来の姿

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『夢はきっと、神様が見せてくれた未来の姿だよ。だから、君も君を信じてあげなきゃ』

  いつだったか、君は進路に悩む僕にそう声をかけたね。今でも覚えてるよ、その言葉にどれほど力をもらったか。

  自分の進路を決めるあの大事な白い紙に<漫画家> なんて昔の夢を書いていたのを勝手に覗きやがって、おかげで僕はもう一度挑戦したくなったよ、子供の頃、諦めてしまったあの夢に。

  君は今どこで何をしているんだ? 君もきっと、自分の夢に向かって頑張ってることだろう。僕をまたやる気にさせた君が途中でへばるんじゃないよ。舞台女優になるって自信満々に語ってただろう? 僕が書いた漫画がいつか舞台化されて君がヒロインを演じるんだろう?

  そう、最初の頃、僕は全然乗り気じゃなかった。それどころか、君が付きまとってくるのを鬱陶うっとうしくさえ思っていた。
  なんでそんなに僕を漫画家にさせたかったのか、正直今でも理解出来ないよ。

  ある日、あまりに鬱陶しく付きまとわれるものだから、僕は君に言ったね。「もう諦めたことなんだからほっといてくれ」 って。そしたら君は何て言った? 覚えてる?

『諦めるのが早すぎるよ、私たちまだ高校生なんだよ?』

  普通、高校生にもなれば現実を見始めるものさ。高校生って、プロ野球選手になりたいとか、歌手になりたいとかって言ってた奴らが、会社員になりたい公務員になりたいって言い始めるような時期だよ?
  そうして、僕は言ったね。

「子供の頃は上辺うわべしか見えてないからそういう職業ものを目指すんだよ。だって、毎日好きな野球ができてお金も貰えるなんて最高じゃん。でも現実はそうはいかない。プロ野球選手になるための競争、プロで生き残るための競争、一軍に上がるための競争、レギュラーになるための競争。そういうものに全部勝ち続けるために、常人では考えられないようなきつい練習をして、少なくとも現役の間は食事にも気をつかって、相手の選手の研究をしてっていうような職業の側面が見えてくる。そういう、夢をさえぎるものが見え始める頃、大半の人間はその夢を諦めてしまうんだよ。だからむしろ君がおかしいんだ、君は現実を分かってないからそんなことが言えるんだろ」

  今思い出すと君を傷つけるようなことを言ってしまって申し訳なかった。君だって頑張ってたのに、その努力を否定するようなことを言ってしまって悪かった。もしいつかチャンスがあるなら、このことはまた改めて謝罪させてくれ。

  でも君は笑ってたんだ。僕の言葉で傷ついて、もう僕に付きまとわないでくれるなら万々歳ばんばんざいだと思ってたのに、君は笑ってた。

『それでも、私は舞台女優ぶたいじょゆうになりたい』

  しめやかに言った君の一言は、なんとも表現しがたい説得力があった。君が言い放った<なりたい> の一言に比べると、僕が君を突き放すために言った長台詞ながぜりふの方が、よっぽど上辺だけを撫でた言葉だったと痛感つうかんさせられた。

  舞台女優・・・・・・。思えば、君が何になりたいのか、その時初めて聞いた気がする。そういえば、君はたった一人の演劇部だったな。演劇部と言っても、一人じゃ部活として活動できないから休部状態だったけど。

  そんなことがあったから、君に僕を諦めさせるのは諦めたよ。付きまとわれるのはちょっと嫌だったけど、それ以上に君に興味が湧いたんだ。

  君が僕に舞台女優になりたいと言った日から、元々変だった君の言動に拍車はくしゃがかかったように思えたんだけど、あれは僕の気のせいか?
  舞台女優を目指してるせいか、君はなんでもシアトリカルに表現したがった。特にあれには笑ったなあ。なんだったっけ、ほら、あれ。

『君が過去に何があって漫画家を諦めたのかは知らないけどさ、いつまでも過去に縛られてちゃ何もできないよ。夢を見るのに、身にまとうのは今日だけでいいんだよ。過去なんて、脱ぎ捨てなよ』

  あまりにクサい台詞だから思わず笑っちゃったよ。笑いながら君を見ると、恥ずかしかったのか何なのか分かんないけど、君まで笑ってた。

  続けて君は僕に聞いた。

『どうして小さい頃は漫画家になりたかったの?』

  うん、正直ね、面接かよ、って思ったよ。でも仕方なしに答えてやることにしたんだ。

「創作の世界って自由でさ。憧れも、理想も、愛も、全部自分の思い通りなんだ。勇者が魔王を倒すのに憧れたし、異世界に行ってのんびり暮らすのも良いなと思った。圧倒的な頭脳で犯人を追い詰めたり、逆に完全犯罪を犯したり。宇宙旅行で知らない惑星に降りたりもする。超高校級の球児になって彼女を甲子園に連れて行って、世界大会で大活躍して日本のヒーローになったり・・・・・・。
  創作はとにかく自由だ。いつだって自分が主人公で好きなあの子がヒロインで、嫌いなあいつは悪役で、最後は主人公に倒されるんだ」

  それに僕は絵を描くのも好きだった。小学校の頃からノートの隅の方に謎のキャラクターを描いたりしてた。そういうキャラたちを脳内で戦わせたり、突然闇の力に目覚めさせたり、楽しかったんだ。

  でも<楽しい> だけじゃ生きていけない。絵が上手い人間なんてそこら中にあふれかえってるし、僕が考えるキャラやストーリーは全部誰かの二番煎にばんせんじ。そんなんで、漫画家になれるわけがない。

『思ったより、ずっと素敵だった』

  自分の世界に入りかけていた僕、どんどんマイナスな方に考えてしまう僕を、君はそう言って引き戻してくれた。

「素敵? ただの子供のごとだよ」

  さっきの僕の話のどこに素敵な要素があるのか、小一時間ほど問い詰めたい気分になった。

『ううん、そうじゃない。夢を語ってる君の横顔が、とっても素敵だった。君はなんだかんだ理屈は言うけど、まだその夢を諦めきれてないんでしょ? だったら、もう少し、頑張ってみようよ』

  僕は確か、何も言えなかったと思う。
  そうまでして僕を励まそうとする君の気持ちも、そう理屈をつけてまでこれが現実だと自分に言い聞かせる僕の気持ちも、何もかも分からなかったんだ。

  君はどうして、叶わないかもしれない夢を追いかけるんだ?

  僕はどうして、叶うかもしれない夢を諦めたがるんだ?

  それからしばらく僕は何をしててもうわの空だった。もう一度、漫画家を目指してみようっていう気持ちと、現実を見て大人しく進学、そして就職しようっていう気持ちが、僕の中で見事に入り乱れていたんだ。
  おかげで、成績も落ちちゃったよ。三年生の大事な時期だったのにさ、親にも心配されて、大変だったんだよ。

  結局色々悩んだ僕を吹っ切ったのは、悩みの原因を作った君だった。

『私の夢、決まったよ』

  君の夢は舞台女優じゃないの? とぼけた顔をしてる僕を見て君は盛大に笑ったんだ。人の顔を見て笑うなんて失礼極まりないぞ。もし今後同じようなことがあった時は、せめて笑うのはこらえてくれよ。

  そして君は一拍置いて、僕の方に右手を差し出した。

『私は舞台女優になって、沢山の人が私を目当てに舞台を見に来るような人気女優になる。そしていつか、君が作った物語が舞台化された時に私がヒロインをやるの。どう?』

  自信満々に語る君の目は真剣そのものだった。僕が漫画家になるのが前提で、君が舞台女優になるのが前提の馬鹿げた夢だったが、何故だか、それを現実に起こせるような気もした。もし現実になったら、これより素敵なことなんて他にない。

  でも、その時になってもまだ、僕はもう一歩踏み出せずにいた。将来漫画家になっている自分を今ひとつ信じることが出来なかった。君はそんな僕を見透かしたように、ニッコリ笑って僕と目を合わせたんだ。君と、色んな意味で初めて目線が合った。

  今でも覚えてる。

  綺麗な、黒い瞳だった。

『夢はきっと、神様が見せてくれた未来の姿だよ。だから、君も君を信じてあげなきゃ』

  夢と自分を一途に信じ続けてきた君の言葉。誰のどんな言葉よりも勇気を貰えた。
  もう一度、いや、何度でも頑張ってみようと思えた。
  涙が出そうなのをグッと堪えた。この涙は、その夢が叶った時のためにとっておこうと、そう決意した。

  あの放課後の茜に染まった教室と、君の黒い瞳を、僕は生涯忘れることはないだろう。


◇◇


  時間が経って、僕は地元の大学に進学した。東京の劇団事務所に所属した君のことは今でも気にかかる。一体どこで何をしているのか、今の僕には知るすべはない。
  でもまたどこかで会える気がする。君と僕が夢を諦めない限り、またどこかで巡り会う気がするんだ。

  君は『過去なんて、脱ぎ捨てなよ』 と言っていたけれど、僕は過去を着飾きかざって生きていくよ。だって君と過ごした時間がなかったら、今もこうやって往生際おうじょうぎわ悪く漫画を描くなんてことはなかったんだから。

  大学に行きながら、バイトをしながら、漫画を描く日々。決して楽な生活じゃない。それでも頑張れるのは、やっぱり君との時間があったからこそなんだ。

  そうそう、最近僕の夢がもう一つ増えたよ。『君より先に有名になる』 どうだ? 君がモタモタしてるうちに僕が追い抜かすかもよ?

  あと最近、ようやく一作品完結させたんだ。夢を追う人間の力強さを書いた物語、タイトルは・・・・・・、そうだなあ、安直あんちょくかもしれないけど『ユメノチカラ』 なんてどうだろうか。

  もう僕に遮るものはない。胸いっぱいの希望と、限りない力と、夢を信じて、どこまでも歩き続けるよ。
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