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第一章

結社

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 シルヴァが少し酒に酔ったまま帰宅。……だが、クランの中は異様な雰囲気が満ちていた。

「…………なんだ。この匂いは」

 まるで何かが焼けるような匂い。徐々に乾燥していく空気が肺を埋め尽くす。

「火事?」

 シルヴァが真っ先に向かったのは、厨房。だが、火の手が上がる様子も、誰かがいる様子もない。

「厨房じゃない……となるとどこだ?どこから火の手が上がっている?」

 シルヴァの“真実の慧眼”で発火場所を探るも、視界には表示されない。また、クランのメンバー達も全員姿をくらましたような感じだ。

「これは、どうなっている?まずいな……」

 シルヴァの頭が警鐘を鳴らす。ここで何かしら良からぬことが起きる、と頭は言っているのだが、シルヴァはそのまま突き進む。

「シャルロッテ……は帰ったはずだよな。なんで誰もいない……まさか」

 シルヴァの頭には、先程のマスターの言葉がよぎる。だが、そうだとしてもゼラ達が居ないことの理由がつかない。

 放火ならまだ良かった。火を消せば事態も収束へと向かうから……だが、これは放火ではない。何か別のモノだろうと考える。

 シルヴァが食堂のとある部分に違和感を感じた。煌々と照らしていたシャンデリアの数が足りないのだ。

「……泥棒?これだけを盗むために……?いや、違うな」

 シルヴァは普段はシャンデリアの影になって見えないところにある小さな、小さな押しボタンに気づいた。真実の慧眼にも、“隠し扉の道標”と表示された。

「この先にいるとか……?ちょっと開けてみようか」

 シルヴァが高く跳躍してボタンを押す。すると、音もなく暖炉が横にずれ、隠し通路に繋がっていた。

「へぇ、これは面白い仕掛けだな。……この中にいるのか?」

 シルヴァが隠し通路を歩く。入り乱れていた通路は、時には這って進まなければならないほど狭くなったり、時には分岐点に遭遇し、正確な道を進まなければならなくなったり。

 これはもはや隠し通路などではなく、どこぞのダンジョンではないのかと悪態をついている時に、シルヴァの足元に一枚の紙切れがあった。

「……なんだこれ?」

 シルヴァが紙を持つ。だが、白紙で何も書かれていない。

「……?」

 頭を傾げながら、シルヴァが紙を裏返す。すると、そこには血文字で何かのマークが描かれていた。

「これ……血だよな。しかも、まだ乾ききっていない。となると、これを書いたのはほんの少し前とかになるのか?」

 シルヴァがその血文字に目をこらす。すると、予想はしていたがあまり帰ってきて欲しくなかった表示がされた。

 “ゼラの血によって書かれた血文字”と。

「んちっ、てことはあいつらはここに来て、それで……このメッセージをここに残していったってことは俺が来ているのを感じたのか、それともここにしか残していけないのか。このマークってなんなのか分かるか?」

 血の方に意識がいかないよう注意しながらマークをのぞき込む。新たな文字が浮かび上がってきた。

 “秘密結社ADFのシンボルマーク”らしい。こういう時に真実の慧眼が非常に便利だ。

「だがわかった所でどこへ行けばわからないし……いいや、ちょっと面倒だけど……」

 シルヴァが天を見上げる。そして、右目を開く。漆黒の瞳孔が闇と重なり、全てを飲み込むかのようであった。

「……ミツケタ」

 その声は、シルヴァが発したものなのか。それとも、別の物が発したのか。全く違う声質を鳴らしたシルヴァは、消えるようにその場から移動した。

 ◆◇◆

 秘密結社ADFのアジトは、ここ冒険者の街郊外にある簡素な建物の地下だった。

 この結社の主な目的は、この世界に不必要と判断した人の粛清……というのは名ばかりで、本当は莫大な金で動く復讐代行屋である。

 今回結社が動いたのは、壊滅的な被害を負ったクランに貴族の三男がいたのだ。それを知った貴族は怒り、また魔物は桔梗の飛龍元団長だと断定し、そのクランを壊滅させること……が目的。

 勿論、桔梗の飛龍のメンバーは元四大クランゆえ、戦闘力はそこらの人の何倍にも達する。しかし、この秘密結社は各国より選りすぐられた殺しのエリート。手間取ったがたったの四人くらい連行するのは容易いことであった。

「……あ」

 真っ先に目が覚めたのは、ゼラだった。復讐代行屋の強襲時に何とか他のメンバーを逃がそうと奮闘したが、最初に気絶させられたので、戻りも早いのだ。

「お目覚めかね。ゼラ君」

 低い男の声が響く。ゼラが周囲を見渡す。

「……ここは、どこだ」
「どこでもいいだろう。それより、ぜひ君に合わせたい男がいるんだ」
「……誰だ」
「とある貴族さ。君に言いたいことがあるらしいよ」

 その言葉と同時に、椅子に縛られているゼラ達の前の天幕が上がる。そこには、貴族らしい立派な服装で、仮面をかけた男がいた。

「……やぁ」

 その男は、薄気味悪い笑いを浮かべた。
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