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第2部 セイ国編 アニマル・キングダム 前編 犬人族編
第36話 犬人族の国都
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「ほほう、これが最新鋭の航空母艦ですか」
セイ国の国都であるリンシ、その城壁の外に広がる湖のほとりで、馬車の車台から湖に浮かぶ艦隊を眺めている少年がいる。大勢の護衛の傀儡兵に周囲を囲まれたその少年は、艶やかな青い長髪を風になびかせながら、可愛らしい口元に笑みを浮かべた。
この少年――少年とは言うもののそれは見かけの形容であり、実際にはすでに長い年月を生きているのだが――こそ、セイ国王リョショウである。
「はっ、こちらがサメ母艦のホオジロでございます」
リョショウの右隣に立つ、少女は、セイ国の左丞相《じょうしょう》カンチュウである。右丞相のアンエイと並んでセイ国の官吏のトップであり、国王の車の右隣を任されていることから王の信頼も厚いことがうかがえる。
湖の上には、一隻の航空母艦が浮かんでいた。その船体の大きさは、実践投入されたヨシキリよりも一回り大きい。飛行甲板には例の飛行鮫が向かい合わせになる形でずらりと二列に並んでいる。
セイ国が今現在突き進んでいるのは、海洋強国路線である。いずれはモン=トン半島近海の制海権を全て掌握し、海上交易路をセイ国が確立する……そうしたビジョンをリョショウは描いているのだ。
「今に東の海は全て我がセイ国のものとなる……」
リョショウの麗しい顔に、野心の表出した邪悪な笑みが浮かんだ。
***
「はぁ……」
夜、寝台の上で、リコウは憂いを帯びたため息をついた。
トモエたち一行は、犬人族の都へと呼ばれることとなった。こちらとしても、特段断る義理はない。寧ろ、犬人族たちとの間に正式な国交を結ぶチャンスであり、またとない絶好の機会ともいえる。
リコウの悩みの種は、そのことではなかった。今、彼の頭の中にあったのは、トウケンに抱きつくトモエの姿であった。
あれほどの発情ぶりを別の男子に向けているさまを見せられたのだ。密かにトモエに懸想するリコウの煩悶のほどは察して然るべきものがある。
「子ども……かぁ」
今までは戦いに明け暮れるあまり考えが及ばなかったのだが、ロブ村では十五を迎えた男子は成人扱いとされている故に、リコウと同年代の少年たちには、すでに子をもうけている者もそう珍しくはない。
トモエと自分が夫婦となり子をもうける……そのようなことを考えてしまったリコウの顔はみるみるうちに真っ赤になってしまい、それと同時に下半身が熱くなっていくのを感じた。最早眠りに就くどころではなかった。
「何考えてるんだオレは……」
リコウは自らの頬をつねって自分自身を諌止した。
口ではああ言っていても、恐らく魔族国家との戦いがひと段落するまで、彼女は妊娠や出産を望まないであろう。しかし……この戦いはいつ終わるのだろうか。きっと、魔族国家の君主を全て倒すまで続くものなのだろう。気の遠くなるような話だ。
トモエがどうであるかは分からないが、自分は子を残すことなく戦場の土となるのではないだろうか……ふと、リコウの頭にそんな考えが浮かんだ。子を残すことなく死にゆくのは祖先の祭祀を絶やしてしまうことを意味しており、忌避すべきであると教えられてきた。けれども、トモエとともに戦えるのであれば、そうして死ぬことになってもよい……そう思ってしまうのも事実であった。
色々なことを考えすぎたのか、だんだんと疲れから瞼が重くなってきた。丁度いい頃合いだ、もう眠ってしまおう……リコウの意識は、次第に闇へと溶けていった。
***
「ここが犬人族の都かぁ……エン国ほどじゃないけどすごいな」
高い城壁を見上げながら、リコウが感心したように呟いた。
トモエたちは役人の誘導を受けて、避難民とともに犬人族の国都に招かれた。城壁の周囲には新造されたと思しき藁葺屋根の小屋が立ち並んでいる。これは難民キャンプのようなものであろう。
事実、リコウが感心したように、犬人族たちは北地の人間やエルフなどよりも高い文明を持っているようであった。方形の城郭都市や役人の制度を整備しているのは、魔族国家にも通じるところがある。
城内の風景も、エン国の都ダイトで見た光景と何処か似ていた。あれよりも幾分か狭く、中央にそびえる宮殿の規模も小さいけれども、やはり魔族の都市を思わせる作りになっている。南北に通りが直線状に通っており、区画が四角く切り抜かれているのも全く同じだ。
「よくおいでなすった。異邦の方々。そちら方の活躍は都の方でも評判になっております。ささ、どうぞこちらへ……」
中央の役人に促されて、トモエたちは城内の庁舎へと通された。ヤユウの庁舎よりも部屋が広く、そして内装も綺麗であった。
例によって、部屋は二つ与えられた。それぞれトモエとシフの二人と、リコウ、エイセイ、トウケンの三人の部屋に分かれた。
「いやぁ、今までで一番快適だなぁ」
トモエは早速、寝台の上に寝転がった。眠気に襲われたトモエは、そのまま不貞寝を始めてしまった。
「トモエさん……」
その傍らで、シフがそっと呟く。
「シフだけのトモエお姉さんでいてほしい……こんなこと思っちゃだめかな……?」
セイ国の国都であるリンシ、その城壁の外に広がる湖のほとりで、馬車の車台から湖に浮かぶ艦隊を眺めている少年がいる。大勢の護衛の傀儡兵に周囲を囲まれたその少年は、艶やかな青い長髪を風になびかせながら、可愛らしい口元に笑みを浮かべた。
この少年――少年とは言うもののそれは見かけの形容であり、実際にはすでに長い年月を生きているのだが――こそ、セイ国王リョショウである。
「はっ、こちらがサメ母艦のホオジロでございます」
リョショウの右隣に立つ、少女は、セイ国の左丞相《じょうしょう》カンチュウである。右丞相のアンエイと並んでセイ国の官吏のトップであり、国王の車の右隣を任されていることから王の信頼も厚いことがうかがえる。
湖の上には、一隻の航空母艦が浮かんでいた。その船体の大きさは、実践投入されたヨシキリよりも一回り大きい。飛行甲板には例の飛行鮫が向かい合わせになる形でずらりと二列に並んでいる。
セイ国が今現在突き進んでいるのは、海洋強国路線である。いずれはモン=トン半島近海の制海権を全て掌握し、海上交易路をセイ国が確立する……そうしたビジョンをリョショウは描いているのだ。
「今に東の海は全て我がセイ国のものとなる……」
リョショウの麗しい顔に、野心の表出した邪悪な笑みが浮かんだ。
***
「はぁ……」
夜、寝台の上で、リコウは憂いを帯びたため息をついた。
トモエたち一行は、犬人族の都へと呼ばれることとなった。こちらとしても、特段断る義理はない。寧ろ、犬人族たちとの間に正式な国交を結ぶチャンスであり、またとない絶好の機会ともいえる。
リコウの悩みの種は、そのことではなかった。今、彼の頭の中にあったのは、トウケンに抱きつくトモエの姿であった。
あれほどの発情ぶりを別の男子に向けているさまを見せられたのだ。密かにトモエに懸想するリコウの煩悶のほどは察して然るべきものがある。
「子ども……かぁ」
今までは戦いに明け暮れるあまり考えが及ばなかったのだが、ロブ村では十五を迎えた男子は成人扱いとされている故に、リコウと同年代の少年たちには、すでに子をもうけている者もそう珍しくはない。
トモエと自分が夫婦となり子をもうける……そのようなことを考えてしまったリコウの顔はみるみるうちに真っ赤になってしまい、それと同時に下半身が熱くなっていくのを感じた。最早眠りに就くどころではなかった。
「何考えてるんだオレは……」
リコウは自らの頬をつねって自分自身を諌止した。
口ではああ言っていても、恐らく魔族国家との戦いがひと段落するまで、彼女は妊娠や出産を望まないであろう。しかし……この戦いはいつ終わるのだろうか。きっと、魔族国家の君主を全て倒すまで続くものなのだろう。気の遠くなるような話だ。
トモエがどうであるかは分からないが、自分は子を残すことなく戦場の土となるのではないだろうか……ふと、リコウの頭にそんな考えが浮かんだ。子を残すことなく死にゆくのは祖先の祭祀を絶やしてしまうことを意味しており、忌避すべきであると教えられてきた。けれども、トモエとともに戦えるのであれば、そうして死ぬことになってもよい……そう思ってしまうのも事実であった。
色々なことを考えすぎたのか、だんだんと疲れから瞼が重くなってきた。丁度いい頃合いだ、もう眠ってしまおう……リコウの意識は、次第に闇へと溶けていった。
***
「ここが犬人族の都かぁ……エン国ほどじゃないけどすごいな」
高い城壁を見上げながら、リコウが感心したように呟いた。
トモエたちは役人の誘導を受けて、避難民とともに犬人族の国都に招かれた。城壁の周囲には新造されたと思しき藁葺屋根の小屋が立ち並んでいる。これは難民キャンプのようなものであろう。
事実、リコウが感心したように、犬人族たちは北地の人間やエルフなどよりも高い文明を持っているようであった。方形の城郭都市や役人の制度を整備しているのは、魔族国家にも通じるところがある。
城内の風景も、エン国の都ダイトで見た光景と何処か似ていた。あれよりも幾分か狭く、中央にそびえる宮殿の規模も小さいけれども、やはり魔族の都市を思わせる作りになっている。南北に通りが直線状に通っており、区画が四角く切り抜かれているのも全く同じだ。
「よくおいでなすった。異邦の方々。そちら方の活躍は都の方でも評判になっております。ささ、どうぞこちらへ……」
中央の役人に促されて、トモエたちは城内の庁舎へと通された。ヤユウの庁舎よりも部屋が広く、そして内装も綺麗であった。
例によって、部屋は二つ与えられた。それぞれトモエとシフの二人と、リコウ、エイセイ、トウケンの三人の部屋に分かれた。
「いやぁ、今までで一番快適だなぁ」
トモエは早速、寝台の上に寝転がった。眠気に襲われたトモエは、そのまま不貞寝を始めてしまった。
「トモエさん……」
その傍らで、シフがそっと呟く。
「シフだけのトモエお姉さんでいてほしい……こんなこと思っちゃだめかな……?」
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