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メンヘラ大暴れ
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その日もまた、幸次は、渚と遊ぶ約束をしていた。
けれども、待ち合わせの場所にいたのは、渚ではなかった。
「あの、芦田幸次さんですか? 私、三島由利です。弟が世話になってます」
その女性は、恭しく礼をした。とても、渚の言うような悍婦《かんぷ》には見えない。
「弟が迷惑かけてませんか? 大丈夫ですか?」
「いえいえ、寧ろ弟さんとは楽しくお話させてもらいました」
「そうですか……彼家では結構荒んでますから何か迷惑かけてないかなと心配で……」
以前会った時も、こんな感じだった気がする。元来どちらかと言えば女性が苦手な方であった幸次も、彼女の大人しそうな様子に、恐怖心を抱くことはなかった。であるから、彼の方から、一対一で会おうと誘いをかけたのであった。
容貌こそ、弟とは比べるべくもない程に地味ではあるが、それでもその顔立ちには温柔な所があった。人柄が表れているのだ、と幸次は思った。
「それでなんですけど、弟は今日来られなくなってしまって、代わりに私、この間のレストラン予約したんで、インフルで休んだあの時の埋め合わせをさせていただけませんか?」
「そうなんですか。それならじゃあ……」
渚と会えなかったのは寂しいが、それでもこの人と会う約束を元々していたのだ。それの埋め合わせなら、断る理由もない。
二人は、例のレストランに入って席に座った。奇しくもそこは、渚と向かい合って座った場所と同じ席であった。
由利も幸次と同じくオタクな人であったが、やはり男性と女性のオタクでは、触れているコンテンツが違うこともあり、中々共通の話題はなかった。それでも、ただ一つ、セブン・キングダムズだけは、お互い知っていた。その漫画は少年誌に連載されているが、実は歴女層を中心に女性人気も割と根強いものがあったりする。
そして、その日の二人は次に会う日の約束をして別れた。
暫く経った後、再び由利と会う日になった。
「え、親父が倒れた?」
実家の母から、急に電話がかかってきた、曰く、父が家で倒れて病院に運ばれたのだという。命の危険もあるらしい。
幸次は由利にその旨を伝えて、断りの連絡を入れると、すぐさま実家に向かった。
片道三時間、幸次は地元の駅に着くと、タクシーで父の運ばれた病院に駆け込んだ。
「親父は、親父は大丈夫なの?」
先に病院に来ていた母と祖母、それから弟に早口で尋ねた。
「取り敢えず今は大丈夫みたい。命の危険はなくなったそうよ」
それを聞いて、幸次は少しく安堵した。
結局、父のことで休日は潰れてしまった。
「てめぇのせいであの人に嫌われちまったじゃねぇかよ」
幸次が父の所へ駆けつけたその日、予定が消えてしまった由利は、やけ酒を飲み、酔っ払った状態で弟を殴っていた。
「やめて……やめてよ」
「るせぇ口答えすんじゃねぇよこのグズが!クソ!」
由利は渚の腹を思い切り蹴って床に転がした。寝転がって咳込んでいる弟を、続けざまに二、三回踏んづけた。
弟が幸次にあることないことを讒言み、それを真に受けた幸次が由利と会う気をなくしてしまった。由利は、幸次が父のことでドタキャンしたのを、そう解釈したのである。そして、嚇怒した由利は、その怒りの矛先を弟に向けたのであった。
今日も母は、帰りが遅くなるだろう。それに、帰ってきたとて、母は彼女を止められない。三島家は母子家庭で、父は二年前に他界している。由利を唯一抑えることのできた父がいない今、彼女には誰も逆らえない。彼女に家を出てもらいたいのは、渚だけでなく、母も含めた二人の総意でもあった。
由利が疲れと酔いで眠ってしまうまで、渚はひたすら、由利の蛮行に耐え続けるしかなかった。
幸次の父の命には特に別状なく、容体も快方に向かった。幸次は日曜日の昼には地元を出発した。
「由利さんと次いつ会えるかな……もしかして怒らせちゃったかなぁ……」
この土日、父のことで頭がいっぱいであったが、帰宅後、ようやく幸次は由利のことを考えるに至った。けれども、その日は帰ってきたばかりで、しかも次の日は仕事である。体を休めるためにも、あまりあれこれ考えずに、さっさとあれこれ済ませて寝てしまった方がいいだろう、という結論に至り、由利との埋め合わせのことは後程考えることにした。
けれども、週明けから、忙しい日々が続いた。忙しさのあまり、由利へ連絡することも忘れてしまっていた。
それから二週間後の土曜日。
幸次は駅を降りて、とある油そばの店に向かっていた。
その店は、幸次の住まいの最寄駅から八駅ほどの場所で、決して近くはなかったが、前に一度職場の先輩が話していたのを聞いて興味を持っていた。そして、とうとう、行ってみようという気になったのである。
偶然にも、その油そばの店がある場所は、渚と由利の住む町であったが、幸次はまだ、そのことは知らなかった。
駅から歩くこと十五分、とうとうその店の看板が見えてきた。
その時であった。
「芦田さん、助けてください!」
聞き覚えのある声が、右方から聞こえた。そこにいたのは、三島渚その人であった。
けれども、待ち合わせの場所にいたのは、渚ではなかった。
「あの、芦田幸次さんですか? 私、三島由利です。弟が世話になってます」
その女性は、恭しく礼をした。とても、渚の言うような悍婦《かんぷ》には見えない。
「弟が迷惑かけてませんか? 大丈夫ですか?」
「いえいえ、寧ろ弟さんとは楽しくお話させてもらいました」
「そうですか……彼家では結構荒んでますから何か迷惑かけてないかなと心配で……」
以前会った時も、こんな感じだった気がする。元来どちらかと言えば女性が苦手な方であった幸次も、彼女の大人しそうな様子に、恐怖心を抱くことはなかった。であるから、彼の方から、一対一で会おうと誘いをかけたのであった。
容貌こそ、弟とは比べるべくもない程に地味ではあるが、それでもその顔立ちには温柔な所があった。人柄が表れているのだ、と幸次は思った。
「それでなんですけど、弟は今日来られなくなってしまって、代わりに私、この間のレストラン予約したんで、インフルで休んだあの時の埋め合わせをさせていただけませんか?」
「そうなんですか。それならじゃあ……」
渚と会えなかったのは寂しいが、それでもこの人と会う約束を元々していたのだ。それの埋め合わせなら、断る理由もない。
二人は、例のレストランに入って席に座った。奇しくもそこは、渚と向かい合って座った場所と同じ席であった。
由利も幸次と同じくオタクな人であったが、やはり男性と女性のオタクでは、触れているコンテンツが違うこともあり、中々共通の話題はなかった。それでも、ただ一つ、セブン・キングダムズだけは、お互い知っていた。その漫画は少年誌に連載されているが、実は歴女層を中心に女性人気も割と根強いものがあったりする。
そして、その日の二人は次に会う日の約束をして別れた。
暫く経った後、再び由利と会う日になった。
「え、親父が倒れた?」
実家の母から、急に電話がかかってきた、曰く、父が家で倒れて病院に運ばれたのだという。命の危険もあるらしい。
幸次は由利にその旨を伝えて、断りの連絡を入れると、すぐさま実家に向かった。
片道三時間、幸次は地元の駅に着くと、タクシーで父の運ばれた病院に駆け込んだ。
「親父は、親父は大丈夫なの?」
先に病院に来ていた母と祖母、それから弟に早口で尋ねた。
「取り敢えず今は大丈夫みたい。命の危険はなくなったそうよ」
それを聞いて、幸次は少しく安堵した。
結局、父のことで休日は潰れてしまった。
「てめぇのせいであの人に嫌われちまったじゃねぇかよ」
幸次が父の所へ駆けつけたその日、予定が消えてしまった由利は、やけ酒を飲み、酔っ払った状態で弟を殴っていた。
「やめて……やめてよ」
「るせぇ口答えすんじゃねぇよこのグズが!クソ!」
由利は渚の腹を思い切り蹴って床に転がした。寝転がって咳込んでいる弟を、続けざまに二、三回踏んづけた。
弟が幸次にあることないことを讒言み、それを真に受けた幸次が由利と会う気をなくしてしまった。由利は、幸次が父のことでドタキャンしたのを、そう解釈したのである。そして、嚇怒した由利は、その怒りの矛先を弟に向けたのであった。
今日も母は、帰りが遅くなるだろう。それに、帰ってきたとて、母は彼女を止められない。三島家は母子家庭で、父は二年前に他界している。由利を唯一抑えることのできた父がいない今、彼女には誰も逆らえない。彼女に家を出てもらいたいのは、渚だけでなく、母も含めた二人の総意でもあった。
由利が疲れと酔いで眠ってしまうまで、渚はひたすら、由利の蛮行に耐え続けるしかなかった。
幸次の父の命には特に別状なく、容体も快方に向かった。幸次は日曜日の昼には地元を出発した。
「由利さんと次いつ会えるかな……もしかして怒らせちゃったかなぁ……」
この土日、父のことで頭がいっぱいであったが、帰宅後、ようやく幸次は由利のことを考えるに至った。けれども、その日は帰ってきたばかりで、しかも次の日は仕事である。体を休めるためにも、あまりあれこれ考えずに、さっさとあれこれ済ませて寝てしまった方がいいだろう、という結論に至り、由利との埋め合わせのことは後程考えることにした。
けれども、週明けから、忙しい日々が続いた。忙しさのあまり、由利へ連絡することも忘れてしまっていた。
それから二週間後の土曜日。
幸次は駅を降りて、とある油そばの店に向かっていた。
その店は、幸次の住まいの最寄駅から八駅ほどの場所で、決して近くはなかったが、前に一度職場の先輩が話していたのを聞いて興味を持っていた。そして、とうとう、行ってみようという気になったのである。
偶然にも、その油そばの店がある場所は、渚と由利の住む町であったが、幸次はまだ、そのことは知らなかった。
駅から歩くこと十五分、とうとうその店の看板が見えてきた。
その時であった。
「芦田さん、助けてください!」
聞き覚えのある声が、右方から聞こえた。そこにいたのは、三島渚その人であった。
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