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第1話 大魔皇帝と侍中の別れ
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シン国・帝都カンヨウ
燃える城内を禁中から見つめながら、帝都の主である大魔皇帝は、その麗しい尊顔を憤怒で歪めていた。
「陛下、もう敵は禁中に侵入しております」
侍中のギゼンが、注進に上がった。それを聞いた大魔皇帝は、眉根に皺を寄せた。
魔族を率いる大魔皇帝がオーゲン地方にシン国を建国してから十年。人間側に「転生勇者」なる存在が現れた。四人一組の彼らは、ほぼ反則級の能力を使い、破竹の快進撃で次々と魔族たちを打ち破っていった。
とうとう、彼らはこのカンヨウを攻めた。城壁は一瞬で破壊され、立ち向かった魔族たちは皆返り討ちにされた。転生勇者たちはカンヨウの城内で殺戮の限りを尽くした後に、敵の首魁たる大魔皇帝の首を取るため宮殿に踏み込んだのであった。
「……何ということだ」
自らの前で平伏するギゼンの顔を、大魔皇帝はしげしげと見つめた。艶のある黒い髪を持ち、切れ長の目をした美少年だ。大魔皇帝よりも少しばかり年上に見えるが、長命種族である魔族の年齢を見た目で測ることはできない。魔族は体内に宿す魔力が大きい程肉体の成長が鈍り、その姿のまま固定されるため、見た目が若ければ若い程強大な力をその身に秘めている。
「恐れながら、陛下のお召し物を下賜してくださいませ」
「……何を考えている?」
「小臣が、今から大魔皇帝となります。その間に、お逃げくださいませ。我ら魔族には陛下がまだ必要なのです」
要は、影武者を買って出る、というのだ。
「……分かった。この場は頼む」
返事に少しばかり間が空いた所に、この君主の逡巡が見て取れる。
大魔皇帝は上着を脱ぎ、頭の冕冠を外してギゼンに与えた。
「敵の首を一つでも挙げたら、侯に封じよう」
「はっ」
空しい約束だ、と、大魔皇帝は心中で自嘲した。勝てるわけがない。それに、ギゼンの方とて、死は覚悟しているであろう。
――今生の別れだ。さらば、ギゼン。
そうして、大魔皇帝は奥の隠し通路へと向かっていった。
「全く拍子抜けだったぜ。なぁ?」
禁中に踏み込んだ男女二人ずつの転生者。その中の一人で、杖を携える男が気の抜けたような風に言った。
「魔族っていうからどんなにコワいもんかと思ったけど、大したことなかったわね」
鎖付き鉄球を持つ女も、やはり緊張とはかけ離れた様子で同調した。
彼らがそう思うのも当然だ。異なる世界で死に、この世界で新たな生を受けた彼ら転生者は、最初から反則級の能力を持っている。敏捷性、膂力、魔力――挙げていればきりがない。
その彼らの目の前に、冕冠を着け、黒と金を基調とした煌びやかな召し物を纏った少年が姿を現した。その首には、猛禽を象った紋章のようなものが浮かび上がっている。魔族は人間と変わらない容姿をしているが、首の左右どちらかに紋章のようなものが浮かぶという違いがある。
「禁中に土足で踏み入る不敬者ども、死を以てその罪を償え」
そこに立つのは大魔皇帝――ではない。身代わりを務めるギゼンである。
ギゼンは北斗七星のような形状に先端が折れ曲がった杖を振り上げた。この銅製の杖は名前を威斗といい、魔術を使用する際、術を向ける方向を安定させるために用いる道具だ。
「土の魔術、大岩雪崩《カタパルト・シュート》!」
ギゼンは威斗を振り下ろした。威斗を向けた先にいた転生者たちの、その頭上の空間に黒い穴が開く。
「さぁ、押し潰されろ」
ギゼンが言うが早いか、その穴から何かが降ってきた。
それは、一つが人の頭よりも大きな岩石であった。それが、無数に降ってきたのである。音を立てながら容赦なく降る岩石に、転生者たちの姿はたちまち埋まってしまった。
だが、その岩石の山は、瞬時に吹き飛ばされた。その中から、鎖付きの鉄球がギゼンに向かって放たれ迫ってくる。
「がはっ……」
鉄球が、ギゼンの身を打ち据えた。その体は吹き飛ばされ、柱に激突してしまった。
「おいおい、大魔皇帝サマってのは、その程度なのかい?」
「ほーんと。これじゃあ回復魔術の必要もなさそうね」
姿を現した転生者たちは、いずれも無傷であった。何の痛痒も感じていないようである。
「んじゃあ、こっちから行くぜ。火の魔術、炎の槍雨!」
木製の杖を携える男が、それを振り上げた。男の周囲に、まるで槍のように先の尖った炎の塊がいくつも浮かび上がる。杖が振り下ろされると、それらは一斉にギゼンの方に向かっていった。
「光障壁!」
ギゼンの体の前に、白く光る壁が現れる。けれども炎の槍は、それを貫いてしまった。炎の槍が命中したギゼンの体は、激しい炎に包まれた。
「とどめはオレに任せてもらおう。せっかく手に入れたこの「龍殺しの聖剣」の切れ味を確かめねばなぁ?」
リーダー格と思しき大柄な鎧姿の男が、ギゼンに近づいてくる。ギゼンを巻いていた炎は、それと同時に消えた。恐らく炎の槍を放った術者が解除したのであろう。とどめをこの男の聖剣に譲ったと見える。
「龍殺しの聖剣」、オーゲン地方で最も有名なレア物の武器である。上級魔獣の骨などを使った骨刀であるが、骨刀でありながらその切れ味は鉄製武器を凌駕し、さらに所有者に数々の呪術的加護をもたらすという。
「……駄目だったか……」
転生者に戦いを挑んだ時点で、こうなることは分かっていた。分かってはいたけれど、やはり死ぬのは恐ろしい。
仲間たちも、大勢死んでいった。その中にはギゼンが親しくしていた者たちもいた。彼らの仇を討てるのは、自分が望みを託した大魔皇帝のみである。
「それじゃあ、サヨウナラ」
ギゼンに向かって、「龍殺しの聖剣」が振り下ろされる。
大魔皇帝の影武者を買って出たこの憐れな侍中は、逃がした君主を想いながら首を落とされたのであった。
燃える城内を禁中から見つめながら、帝都の主である大魔皇帝は、その麗しい尊顔を憤怒で歪めていた。
「陛下、もう敵は禁中に侵入しております」
侍中のギゼンが、注進に上がった。それを聞いた大魔皇帝は、眉根に皺を寄せた。
魔族を率いる大魔皇帝がオーゲン地方にシン国を建国してから十年。人間側に「転生勇者」なる存在が現れた。四人一組の彼らは、ほぼ反則級の能力を使い、破竹の快進撃で次々と魔族たちを打ち破っていった。
とうとう、彼らはこのカンヨウを攻めた。城壁は一瞬で破壊され、立ち向かった魔族たちは皆返り討ちにされた。転生勇者たちはカンヨウの城内で殺戮の限りを尽くした後に、敵の首魁たる大魔皇帝の首を取るため宮殿に踏み込んだのであった。
「……何ということだ」
自らの前で平伏するギゼンの顔を、大魔皇帝はしげしげと見つめた。艶のある黒い髪を持ち、切れ長の目をした美少年だ。大魔皇帝よりも少しばかり年上に見えるが、長命種族である魔族の年齢を見た目で測ることはできない。魔族は体内に宿す魔力が大きい程肉体の成長が鈍り、その姿のまま固定されるため、見た目が若ければ若い程強大な力をその身に秘めている。
「恐れながら、陛下のお召し物を下賜してくださいませ」
「……何を考えている?」
「小臣が、今から大魔皇帝となります。その間に、お逃げくださいませ。我ら魔族には陛下がまだ必要なのです」
要は、影武者を買って出る、というのだ。
「……分かった。この場は頼む」
返事に少しばかり間が空いた所に、この君主の逡巡が見て取れる。
大魔皇帝は上着を脱ぎ、頭の冕冠を外してギゼンに与えた。
「敵の首を一つでも挙げたら、侯に封じよう」
「はっ」
空しい約束だ、と、大魔皇帝は心中で自嘲した。勝てるわけがない。それに、ギゼンの方とて、死は覚悟しているであろう。
――今生の別れだ。さらば、ギゼン。
そうして、大魔皇帝は奥の隠し通路へと向かっていった。
「全く拍子抜けだったぜ。なぁ?」
禁中に踏み込んだ男女二人ずつの転生者。その中の一人で、杖を携える男が気の抜けたような風に言った。
「魔族っていうからどんなにコワいもんかと思ったけど、大したことなかったわね」
鎖付き鉄球を持つ女も、やはり緊張とはかけ離れた様子で同調した。
彼らがそう思うのも当然だ。異なる世界で死に、この世界で新たな生を受けた彼ら転生者は、最初から反則級の能力を持っている。敏捷性、膂力、魔力――挙げていればきりがない。
その彼らの目の前に、冕冠を着け、黒と金を基調とした煌びやかな召し物を纏った少年が姿を現した。その首には、猛禽を象った紋章のようなものが浮かび上がっている。魔族は人間と変わらない容姿をしているが、首の左右どちらかに紋章のようなものが浮かぶという違いがある。
「禁中に土足で踏み入る不敬者ども、死を以てその罪を償え」
そこに立つのは大魔皇帝――ではない。身代わりを務めるギゼンである。
ギゼンは北斗七星のような形状に先端が折れ曲がった杖を振り上げた。この銅製の杖は名前を威斗といい、魔術を使用する際、術を向ける方向を安定させるために用いる道具だ。
「土の魔術、大岩雪崩《カタパルト・シュート》!」
ギゼンは威斗を振り下ろした。威斗を向けた先にいた転生者たちの、その頭上の空間に黒い穴が開く。
「さぁ、押し潰されろ」
ギゼンが言うが早いか、その穴から何かが降ってきた。
それは、一つが人の頭よりも大きな岩石であった。それが、無数に降ってきたのである。音を立てながら容赦なく降る岩石に、転生者たちの姿はたちまち埋まってしまった。
だが、その岩石の山は、瞬時に吹き飛ばされた。その中から、鎖付きの鉄球がギゼンに向かって放たれ迫ってくる。
「がはっ……」
鉄球が、ギゼンの身を打ち据えた。その体は吹き飛ばされ、柱に激突してしまった。
「おいおい、大魔皇帝サマってのは、その程度なのかい?」
「ほーんと。これじゃあ回復魔術の必要もなさそうね」
姿を現した転生者たちは、いずれも無傷であった。何の痛痒も感じていないようである。
「んじゃあ、こっちから行くぜ。火の魔術、炎の槍雨!」
木製の杖を携える男が、それを振り上げた。男の周囲に、まるで槍のように先の尖った炎の塊がいくつも浮かび上がる。杖が振り下ろされると、それらは一斉にギゼンの方に向かっていった。
「光障壁!」
ギゼンの体の前に、白く光る壁が現れる。けれども炎の槍は、それを貫いてしまった。炎の槍が命中したギゼンの体は、激しい炎に包まれた。
「とどめはオレに任せてもらおう。せっかく手に入れたこの「龍殺しの聖剣」の切れ味を確かめねばなぁ?」
リーダー格と思しき大柄な鎧姿の男が、ギゼンに近づいてくる。ギゼンを巻いていた炎は、それと同時に消えた。恐らく炎の槍を放った術者が解除したのであろう。とどめをこの男の聖剣に譲ったと見える。
「龍殺しの聖剣」、オーゲン地方で最も有名なレア物の武器である。上級魔獣の骨などを使った骨刀であるが、骨刀でありながらその切れ味は鉄製武器を凌駕し、さらに所有者に数々の呪術的加護をもたらすという。
「……駄目だったか……」
転生者に戦いを挑んだ時点で、こうなることは分かっていた。分かってはいたけれど、やはり死ぬのは恐ろしい。
仲間たちも、大勢死んでいった。その中にはギゼンが親しくしていた者たちもいた。彼らの仇を討てるのは、自分が望みを託した大魔皇帝のみである。
「それじゃあ、サヨウナラ」
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