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ぬけがら
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駄菓子屋の店先にセミが一匹死んでいた。健太は気がついたが、注意する前に綾乃は踏んでいた。がさりと乾いた音がして、セミはもう一度死んだようだった。
「やっほー、おばあちゃーん」
綾乃は元気よく店の中に入っていった。健太は後ろを振り返りながら入っていった。駄菓子屋のおばあさんはしわくちゃの顔をほころばせた。
「いらっしゃい。綾ちゃんの彼氏かい」
「そんなんじゃないよ、ね?」
「うん」
棚に並んでいるお菓子はあいかわらずだった。健太はあまり食べたことがなかった。綾乃は慣れた手つきで二、三個、ポケットに突っ込むと、
「アイスもいい?」
「ああ、いいよ。彼氏さんもね」
「ありがとー! おばあちゃん大好き!」
そういって先に出ていった。
「失礼しました」
健太は振り返って頭を下げた。おばあさんはにっこり笑った。健太が外に出ようとすると、セミがぱっくり割れていた。綾乃は外のアイスケースに手を突っ込んでいた。
セミが鳴いている。林道の小径は声だけが降り注いでくる。
「うるさ!」
悪態ついた綾乃は雑木林を眺めまわした。綾乃が先をいき、健太が後からついていった。綾乃はソーダアイスバーを食べていた。捨てられたフィルムは林道を吹く風に運ばれていった。
綾乃が振り返った。棒を口から引き出して何かいった。
「何?」
健太が訊き返すと、綾乃が手招きした。
健太は小走りで近づいた。
「面白くない」
健太の耳に寄せられた口がそうはっきりといった。
「家でゲームでもする?」
健太の提案に綾乃は棒を咥えたまま笑顔で首を振った。
「おもひおいおおひおうお」
綾乃の手が健太の腕を掴んだ。健太は引っ張られ、小径の先の屋根のあるバス停に辿り着いた。
健太は壁に押し付けられた。綾乃の体が密着した。二人は互いの汗の臭いを吸い込んだ。
健太は震えた。トタンの囲いの向こう側を覗き込んだ。雑木林でセミが鳴いているだけだった。綾乃の口からソーダアイスバーが引き抜かれ、健太の口に迫った。
ひんやり。
ソーダの味がした。
「おいしい?」
綾乃が笑いながら腰をかがめた。
健太は下を見られなかった。
綾乃の手がズボンにかかった。そして。
冷たい口の感触がぞくりと這い上がってきた。
健太は思わず上を向いた。口から棒が立った。棒の先にはクモの巣があった。クモの巣にはクモとコバエが張り付いていた。クモの巣はトタンの壁にもたれる健太が身じろぐと、合わせて震えていた。頭の上に落ちてきそうで健太はじっとしていようと踏ん張った。綾乃の頭だけが構わず動いていた。
セミの声が遠くなった。汗のしずくが頬を撫でるのを健太は感じた。クモの巣からトタンの囲いの向こう側に視線を移した。あいかわらずだった。
そして、目を閉じた。
母が映った。
次に駄菓子屋のおばあさんが映った。
綾乃が映りそうになって健太は目を開けた。全身汗でびっしょり濡れていた。
「うん、おいひいおへんあ」
健太は訊き返さなかった。
綾乃は上向いて健太をじっと見ていたが、再び動き始めていた。
「これでよし、と」
綾乃が立ち上がり、口元を拭うと、健太の口からソーダアイスバーを引き抜いた。
「もうこんなに食べちゃったの?」
アイスの最後のひとかけらを口の中に入れ、棒は二人の足元に捨てられた。
「ねえ」
綾乃の腰が迫った。
健太は生唾を飲み込んだ。
「したいんでしょ? いいよ」
片足が上がった。
健太の手が伸びた。
「そう」
口と口とが接近した。
唇と唇が求め合った。
腰と腰とが探り合った。
健太は、綾乃の中に入り込んだ。
中は意外と冷めていた。
もう何度目かの感触を健太は味わった。
健太は目をつむった。目を開けられなかった。開けたらそこに綾乃の目があった。綾乃は笑いながら健太を味わっている。
健太の腰が崩れそうになり、綾乃の動きが止まった。
「ああ。面白い」
二人の頭上のクモの巣はしばらくしてからようやく静止した。
「大丈夫?」
「うん」
綾乃の足が閉じられた。足元に捨てられた棒にアリが集っていた。
綾乃の腕が首に回り、健太の腕が腰に回った。
二人は体をぶつけ合った。セミの声が降り注いだ。トタンががたがた音を鳴らした。クモの巣が千切れそうなほど激しく揺れ動いた。
「気持ちいい」「いく、いく、いく」
綾乃の手が健太の肩から背中に移った。
健太の胸に綾乃の頭がぶつかった。
二人は声を絞り出した。
苦しいほど相手の体を引き寄せた。
上気した顔で二人はあえいだ。
健太の腹がぎゅるぎゅる鳴った。
喉の渇きを猛烈に感じていた。
「好き」
綾乃の腕に力が込められた。
健太の腕は痺れていた。
セミが遠くで鳴いている。
汗ばんだ手が背中と腰から離れ、ゆっくり、互いの体も離れた。
足元に捨てられた棒の先が濡れて、アリが黒く蠢いている。
「うわ。きっしょ」
綾乃はスカートを整えながら後ずさった。
健太はズボンを引き上げながらアリの動きを見つめていた。
バス停を出た。
「アイス、アイス」
セミがあいかわらず鳴いていた。
綾乃の声はよく健太の耳に届いていた。
綾乃はあいかわらず先を歩いていた。
駄菓子屋の店先まできて、健太はいった。
「セミがいるぞ」
綾乃が驚いたように振り返ると、足元の砕け散ったセミの死骸にそのときようやく、気がついたようだった。
「やっほー、おばあちゃーん」
綾乃は元気よく店の中に入っていった。健太は後ろを振り返りながら入っていった。駄菓子屋のおばあさんはしわくちゃの顔をほころばせた。
「いらっしゃい。綾ちゃんの彼氏かい」
「そんなんじゃないよ、ね?」
「うん」
棚に並んでいるお菓子はあいかわらずだった。健太はあまり食べたことがなかった。綾乃は慣れた手つきで二、三個、ポケットに突っ込むと、
「アイスもいい?」
「ああ、いいよ。彼氏さんもね」
「ありがとー! おばあちゃん大好き!」
そういって先に出ていった。
「失礼しました」
健太は振り返って頭を下げた。おばあさんはにっこり笑った。健太が外に出ようとすると、セミがぱっくり割れていた。綾乃は外のアイスケースに手を突っ込んでいた。
セミが鳴いている。林道の小径は声だけが降り注いでくる。
「うるさ!」
悪態ついた綾乃は雑木林を眺めまわした。綾乃が先をいき、健太が後からついていった。綾乃はソーダアイスバーを食べていた。捨てられたフィルムは林道を吹く風に運ばれていった。
綾乃が振り返った。棒を口から引き出して何かいった。
「何?」
健太が訊き返すと、綾乃が手招きした。
健太は小走りで近づいた。
「面白くない」
健太の耳に寄せられた口がそうはっきりといった。
「家でゲームでもする?」
健太の提案に綾乃は棒を咥えたまま笑顔で首を振った。
「おもひおいおおひおうお」
綾乃の手が健太の腕を掴んだ。健太は引っ張られ、小径の先の屋根のあるバス停に辿り着いた。
健太は壁に押し付けられた。綾乃の体が密着した。二人は互いの汗の臭いを吸い込んだ。
健太は震えた。トタンの囲いの向こう側を覗き込んだ。雑木林でセミが鳴いているだけだった。綾乃の口からソーダアイスバーが引き抜かれ、健太の口に迫った。
ひんやり。
ソーダの味がした。
「おいしい?」
綾乃が笑いながら腰をかがめた。
健太は下を見られなかった。
綾乃の手がズボンにかかった。そして。
冷たい口の感触がぞくりと這い上がってきた。
健太は思わず上を向いた。口から棒が立った。棒の先にはクモの巣があった。クモの巣にはクモとコバエが張り付いていた。クモの巣はトタンの壁にもたれる健太が身じろぐと、合わせて震えていた。頭の上に落ちてきそうで健太はじっとしていようと踏ん張った。綾乃の頭だけが構わず動いていた。
セミの声が遠くなった。汗のしずくが頬を撫でるのを健太は感じた。クモの巣からトタンの囲いの向こう側に視線を移した。あいかわらずだった。
そして、目を閉じた。
母が映った。
次に駄菓子屋のおばあさんが映った。
綾乃が映りそうになって健太は目を開けた。全身汗でびっしょり濡れていた。
「うん、おいひいおへんあ」
健太は訊き返さなかった。
綾乃は上向いて健太をじっと見ていたが、再び動き始めていた。
「これでよし、と」
綾乃が立ち上がり、口元を拭うと、健太の口からソーダアイスバーを引き抜いた。
「もうこんなに食べちゃったの?」
アイスの最後のひとかけらを口の中に入れ、棒は二人の足元に捨てられた。
「ねえ」
綾乃の腰が迫った。
健太は生唾を飲み込んだ。
「したいんでしょ? いいよ」
片足が上がった。
健太の手が伸びた。
「そう」
口と口とが接近した。
唇と唇が求め合った。
腰と腰とが探り合った。
健太は、綾乃の中に入り込んだ。
中は意外と冷めていた。
もう何度目かの感触を健太は味わった。
健太は目をつむった。目を開けられなかった。開けたらそこに綾乃の目があった。綾乃は笑いながら健太を味わっている。
健太の腰が崩れそうになり、綾乃の動きが止まった。
「ああ。面白い」
二人の頭上のクモの巣はしばらくしてからようやく静止した。
「大丈夫?」
「うん」
綾乃の足が閉じられた。足元に捨てられた棒にアリが集っていた。
綾乃の腕が首に回り、健太の腕が腰に回った。
二人は体をぶつけ合った。セミの声が降り注いだ。トタンががたがた音を鳴らした。クモの巣が千切れそうなほど激しく揺れ動いた。
「気持ちいい」「いく、いく、いく」
綾乃の手が健太の肩から背中に移った。
健太の胸に綾乃の頭がぶつかった。
二人は声を絞り出した。
苦しいほど相手の体を引き寄せた。
上気した顔で二人はあえいだ。
健太の腹がぎゅるぎゅる鳴った。
喉の渇きを猛烈に感じていた。
「好き」
綾乃の腕に力が込められた。
健太の腕は痺れていた。
セミが遠くで鳴いている。
汗ばんだ手が背中と腰から離れ、ゆっくり、互いの体も離れた。
足元に捨てられた棒の先が濡れて、アリが黒く蠢いている。
「うわ。きっしょ」
綾乃はスカートを整えながら後ずさった。
健太はズボンを引き上げながらアリの動きを見つめていた。
バス停を出た。
「アイス、アイス」
セミがあいかわらず鳴いていた。
綾乃の声はよく健太の耳に届いていた。
綾乃はあいかわらず先を歩いていた。
駄菓子屋の店先まできて、健太はいった。
「セミがいるぞ」
綾乃が驚いたように振り返ると、足元の砕け散ったセミの死骸にそのときようやく、気がついたようだった。
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