【R18】うっかり攻めたら、年下国王陛下に求婚されました。

針沢ハリー

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1.それぞれの事情

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 サリアンは今年十九歳になった。国王として即位してから一年も経っていない。

 本来であれば、妾腹の子であるサリアンは学者として平穏に生きていけるはずだった。
 十二歳から四年ほど、身分を隠して地方の大きな街で暮らし、一学生として学舎まなびやに通っていた事さえある。
 しかし、正妃の子であった兄が三年前に事故で亡くなり王宮に呼び戻され、その生活は終わった。

 そして、一年ほど前に父親である前国王が急死したために、急遽彼が国王に即位しなければならなくなった。

 父は十人以上の子を成した。しかし、ただでさえ男児の数は少なく、夭折する者もいたため、兄を失った時に残っていた男兄弟はサリアンとまだ幼い弟だけだった。

 その五歳になる弟は有力貴族出身の側妃の子である。
 サリアンは、その弟がもう少し育つまでの繋ぎに即位させられたのは明らかで、数年以内には彼は退位させられ幽閉されるか、最悪は殺されるだろうと宮廷に出入りする誰もが知っている。

 それが分かっていながら、サリアンは父の代に決められたと言う政策にだくと答えるだけの毎日を過ごしている。
 国王とはいえ実権はない。父の代からの側近も、帝王学もろくに修めていないサリアンには意見を聞く必要がないとばかりに目を合わせない。
 サリアンも何も言える事などないから、彼らとは目を合わせない。

 そんな日々の中、降ってわいたように、新しい聖女が現れた。まだ五歳の幼子おさなごだと言う。今はまだ地方神殿で養育されている。


 十年から二十年に一度、この国には予言の力を持つ女児が現れるのが常だった。
 その力で災厄を前もって知ることで被害を最小限に抑えるか、その災厄の元を絶ってしまう。そうして、長い間この国は繁栄を続けていた。
 しかし、現在の聖女は十年ほど前にその力を失っており、長い間、新たな聖女が待ち望まれていた。

 現在の聖女がその地位についたのはサリアンが生まれたのと同じ年だったはずだから、もう二十年近くその地位にいる。
 しかし、聖女が力を失ってからの十年間、予言なしでまつりごとを行わなければならなかったのは、亡き父王にとっても大きな負担だっただろう。
 この十年というもの、幸いにも大きな災厄には見舞われなかったが、小規模な災害は何度も起こっている。
 
 サリアンにとっては、兄の死が最大の災厄だった。強くて優しい人だった。国王になるのに相応しい人だった。自分とは違って。
 
 サリアン自身はずっと植物学に熱中してきたので、政には興味がなかった。
 さらには、父の死で始まった怒涛の勢いで過ぎていった日々の中で、もう予言をできない聖女について考える必要も感じていなかった。

 聖女には何度か大神殿で会う機会があった。しかし、聖女はみだりに人にその姿を晒さない。いつも全身を覆う衣装を身につけている上に、顔も薄布で隠しているものだから、国王であってもその顔は知らない。
 
 新たな聖女を大神殿に迎える準備と並行して、現在の聖女が還俗するための一連の儀式の準備も進められていた。それが終わらなければ、新しい聖女を大神殿には迎えられないからだ。

 そして、サリアンの心を重くするのが、その儀式を締めくくるのが、聖女の破瓜の儀式であることだ。
 それは独身の王族やそれに準ずる者が務めるのが慣例とされているのだが、現時点でその条件を満たすのはサリアンだけだった。
 いや、本当は他にもいるのかもしれないが、すでに予言の力も失って久しい聖女に関わろうと思う者がおらず、周りが自分に儀式を押し付けたのではないかという気もする。
 

 当然サリアンはそんな気分では無かった。残り少ないかもしれない人生で、好きでもない人間を相手に、なんで初めてを捧げなければならないのか。

 若き国王の憂鬱はしばらく続きそうだった。せめて生きて退位出来ることを祈るだけだった。


 ◆


 イレーネは今年二十四歳になってしまった。

 この国では取り立てて特徴のない、茶色い髪に黒い瞳を持つイレーネの成熟した女性的な体は、いつも簡素な白い衣装で全身を覆われている。
 その顔も、直接見られないように薄布に隠されているのが常だった。
 大神殿の中でも、自室以外でこの衣装を脱ぐことはほとんどない。身の回りの世話をしてくれる老女と、大神官様だけが聖女の素顔を知っている。


 イレーネは、ほとんど記憶にない家族と離されてからずっと、聖女の務めを果たす毎日を送ってきた。
 
 もともと、聖女であると認定されるためには、予言の力が必要とされる。
 その予言によって人々をより良い状況に導くのが聖女の務めであるからだ。
 しかし、聖女でありながら、イレーネはその力を随分前に失ってしまった。それは、自分の価値が何一つなくなったも同然の出来事だった。

 聖女を辞めさせてくれと、まだ感情を出すことを恐れなかった、若き日のイレーネは叫んだ。
 でも、聖女の席を空けてはおけないからと神殿にとどめ置かれた。もしかしたら力が戻るのではないかという期待もあったのだろう。

 しかし、イレーネが力を取り戻すことはなかった。
 神に語りかけても、その語る内容が聞き取れなくなり、ついには何の返答も得られなくなった時の絶望は今も忘れられない。

 聖女は処女を失うと力も失うと言われているから、イレーネが誰かと密通したのではと勘ぐる者もいた。でも、そんな心当たりはなかった。
 その疑惑は医師からも否定されたものの、ではなぜ力が失われたのかは分からずじまいだった。
 古い文献に、やはりイレーネと同じように理由なく力を失った聖女の記録があったけれど、そちらも原因は不明だという記載があるだけだった。

 そんなイレーネは、役立たずの聖女と陰口を言われながらも、神への祈りを疎かにはしなかった。
 もちろん、何の意味もないことは分かっていた。でも、そうでもしなければイレーネは自分を保てなかっただろう。

 
 そんなある日、イレーネは次の聖女が現れたと聞かされた。

 ようやくこの日が来たと言う安堵と、あまりにも遅いという憤りが心に押し寄せる。
 そして次に感じたのが、この年齢まで神殿が世界の全てであるかのような生活を送って来てしまったのに、これからは外の世界で生きて行かなければならないのだという、強烈な不安だった。

 十代の半ばで神殿の外へ出た、先代の聖女であった貴婦人がよく大神殿を訪ねては、イレーネを心配してくれる。
 その方は聖女でなくなった後に、とある高位貴族に強く望まれてその家に嫁いだのだが、大神殿との暮らしの違いに大いに戸惑ったと言う。

 若くして神殿での生活を終わらせた方ですらそうなのに、イレーネはもう外の世界では立派な大人として扱われる年になってしまった。婚期も逃したと言っていいだろう。
 イレーネにも、いずれ第二の人生は我が家でと、貴族や裕福な商家から婚姻の申し込みが多数あったらしい。しかし、イレーネが力を失ったと知られると、それらは全て取り下げられたそうだ。

 そして、幼い頃に別れた実の家族は、国境にも何にも縛られない流れ者たちの一員であったらしく、その行方はもう分からない。

 帰る場所はない。

 イレーネは深く息を吸って、ゆっくりとそれを吐き出した。
 心を乱しては神への祈りが不十分なものになってしまう。それだけは矜持が許さない。

 しかし、確実にこの日々にも終わりが近づいて来ていた。
 聖女の資格を返上するためにはいくつもの儀式をこなさねばならず、それはもうすでに始まっていた。それは数週間かけて行われる。

 そして、その最後には高貴な身分の方によって処女を散らさせられ、イレーネは聖女ではなくなる。
 そうすることで、予言の力を失わせるのが目的なのだろうけど、肝心の力をすでに失っているイレーネにその儀式を行う必要はない。しかし、形式や慣習に固執するのが神殿という所だ。

 高貴な人でないと聖女には触れられない。そのため、大体その役割は王族やそれに連なる高位貴族が担うとされていた。

 それらを説明してくれた、祖父のような存在の大神官様は、「昔は儀式のお相手が聖女様を娶ることで、聖女様をそのお力がなくなった後もその生活を保障していた名残りらしいですが。今の聖女様の状況を考えますと、大変心苦しい」と言って心配してくれていた。
 
 しかし、それは大したことではない。その先の生活の心配に比べれば。
 

 ごく幼い頃、両親と共にいろいろな場所で暮らしていた頃に見ていた風景は、おぼろげながら覚えている。自由に陽の光の下で走り回り、自分と同じくらいの子供たちと遊んでいた。

 もう何を言ったか覚えていないけれど、イレーネが何事かを口走り、その翌日、大人たちが騒ぎをし出して神殿に連れて行かれ、そして楽しかった家族たちとの生活は終わった。
 できることならば、あの頃のように街の中で自由に暮らしてみたかった。

 王都の大通りには、片手で数えられるほどの回数だが、身分を隠して赴いた。
 それは毎回、人々の生活を知らなければ的確な祈りを捧げられないという理由で、短時間だけ神殿から馬車で連れ出される程度のものだった。

 でも、街という場所は人々から発せられる活気や、その笑顔で溢れていた。一目見ただけで感じ取れるくらいの力強さに満ちていた。
 あの場所で生活してみたい。自分もあんな風に自由に泣き、笑いたい。イレーネは心からそう思ったものだった。

 しかし、どうしたらそれが出来るのか今のイレーネには分からない。

 聖女でなくなったら、しばらくは地方の神殿で暮らせるらしいから、そこで少しでも多くの知識を得られるように努力をするしかない。
 イレーネは、ふとすると沈んでしまう自分自身を、そう鼓舞する。

 イレーネの毎日は、不安に押し潰されそうな心を押し込めて、聖女でなくなるために神に祈りを捧げる儀式を、一つ一つこなしていくだけのものになっていた。

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