愛さなくても結構ですが、溺愛はいたしますよ? 〜平凡令嬢に転生した世界で、美貌の公爵様の愛され妻を演じてます!〜

針沢ハリー

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1.突然の異世界展開

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 見慣れた自邸の居間で、見慣れた三代前のご先祖様の肖像画に見下ろされながら、私、ミレニア・ルドラーは素っ頓狂な声を上げた。

「はい? あの、私がファルケン公爵家へ嫁ぐ……? お父様、何かの間違いでは?」

 ルドラー伯爵家の当主である父は、ただでさえ厳めしい顔なのに眉間にしわまで寄せている。
 そんな顔ばかりしていたら、しわが戻らなくなってしまいそうだ。そのしわを伸ばしたい衝動にかられる私に、父は低い声で言った。

「派閥内の力学という厄介なものに巻き込まれたのだ。公爵には早く嫡子をもうけていただかねばならないが、どの家の娘を嫁がせるかで派閥が割れかけた。だが、前公爵が亡くなられたばかりで、仲間内でもめている場合ではない。そこで我が家に話が来たのだ。余計な権力を持たないからな」

(なるほど……。それならば、まあ納得できるわね)


 ルドラー伯爵家は三代前のご先祖様が戦争で大きな功績を上げたために伯爵位を賜った家だ。領地もいただいたけれど、それほど大きなものではないし、新興の家だからと派閥内でも軽んじられている。
 父も兄も弟も騎士団に所属しているだけで、王宮内で官職に就いているわけではない。

 そして何よりも、私が公爵夫人になったとしても余計な真似はしないと考えられたのが、私にその大役が回ってきた理由だろう。
 私はあまりにも平凡で、社交界でほとんど認識されていないどころか、街中を歩いていたとしても周囲に埋没してしまうような存在だ。

 同じ年頃の令嬢たちの輪にも入れないし、友人と呼べる相手もいない。結婚の話も持ち込まれないから、十八になるというのに婚約者もいない。ここまで無いない尽くしの令嬢は他にいまい。

 そんな私の嫁ぎ先が、この国で一番格式の高い公爵家だというのが大変面白い。

「それはお断りできませんよねえ」

「ミレニア。お前には酷なことだと思う。だが……」

「あら、お父様。私はどのようなお話だとしても結婚相手が見つかってよかったと思っておりますのよ? これ以上お父様やお母様に心配をおかけしたくはありませんし」

 私の結婚相手探しが捗っていないのは言われなくても分かる。それに、私はとってもワクワクしていた。

「受けてくれるか」

「はい。もちろんです」

 私が微笑むと父はほっとした顔をする。父の眉間のしわが消えて私もほっとする。お父様はまだ四十を過ぎたばかりなのに少し老け顔なのだ。

「では、ありがたいお話だと本人も喜んでいるとお伝えしよう。少しでもあちらによい印象を与えられるように」

 私は父に退出を許されて居間から出る。そして人払いされていた私の専属メイドのユリヤを連れて部屋に戻った。

 そして、ユリヤが私の後ろできちんと扉を閉めるなり、私は叫んだ。

「やったわっっ!!」

 喜びのあまり拳を握りしめた私に、お母様と同じ歳のユリヤの落ち着いた声がかけられる。

「お嬢様。はしたないですよ」

「いいのよ。ここにはあなたしかいないのだもの」

「それで、どのようなお話だったのですか? そんなに喜ばれているということは……」

「私、あのクライド・ファルケン公爵と結婚するの」

「……は……?」

 ユリヤは、目をしばたたかせたかと思ったら、口を大きく開けて固まった。
 その反応は正常なものだと思う。私も父から初めて聞いた時には何かの間違いだろうと思ったのだから。



 ところで、私がこれほど冷静に状況を受け入れられたのにはがある。
 私はこの世界に生まれる前の記憶を持っているのだ。

 社交界にデビューする前の十四歳の時、初めて両親に劇場に連れて行ってもらい、演技をする俳優たちを見て前世の記憶を思い出した。
 前世では、舞台上の彼らと同じように、演技をする側だったことを思い出したのだ。

 私は前世では売れない女優で、舞台に立っていた。それだけでは食べていけないので、生活のためにバイトをいくつも掛け持ちしていた。
 疲れ切っていた私は、仕事帰りの近所の道をぼんやり歩いていた時に自動車事故に巻き込まれた。
 そこで記憶が途切れているから、きっと命を落としてしまったのだと思っている。

 前の人生では忙しい両親とはあまり遊んだ記憶もないし、大人になって家を出てからはほとんど関わりもしなかった。
 夢を追いかけていないでまともな職につけと言われたのに反発していたのだ。
 でも、あんなに早く死んでしまうなら、もう少し話をしておけばよかったとも思うけれど、もうどうにもならない。


 そうして、この異世界小説の中のような世界で生まれ育った記憶と、取り戻した前世での記憶を持った状態で生活を送って今に至る。
 
 私は小説の中のヒロインのように哀れに生まれもしなかったし、悪役令嬢でもなかった。ヒーローに愛されてしまうモブなんかでもよかったけど、そもそもこの世界にヒーローがいるのかも分からない。
 よくある転生物のように小説やゲームの中に生まれ変わったのだとしても、国の名前も人の名前も何もかも記憶になかった。


 だからこそ、家柄も容貌も平凡すぎる私が、ごくごく政治的な理由で嫁ぐ先が名門公爵家だという異世界小説らしすぎる展開に、どうしたってテンションが上がってしまう。
 これが私に初めて訪れた「転生者らしいイベント」だった。

「私は楽しみにしているの。名門公爵家に嫁ぐとなったら、マナーやダンスの教師をつけてもらった方がいいのかしら。それとも、このままで行って公爵家のメイドたちにいびられるのもおもむきがあるかしら」

「……それは、ぜひ教師をつけていただきましょう。お嬢様の妄想ではないのですね」

「違うわよ。すぐに屋敷中が大騒ぎになるでしょうから、あなたも嫌でも思い知るわ。公爵家には一緒に行ってくれるでしょう?」

「お嬢様を野放しにはできませんからねえ……」

「よかった! それなら安心だわ。旦那様となる方はあのクライド様だから、目の保養には困らないわね」

「お嬢様。どうか、猫を被るのだけはお忘れになりませんよう……」

「まかせてちょうだい!」

 ユリヤはいつものようにため息をついた。彼女は若くして寡婦になった女性で、私が小さい頃からそばにいてくれている。
 いつも私をたいそう心配しているから、彼女を安心させようと力強く言ったのだけど、それは失敗だったようだ。

 前世の記憶と今世の記憶があいまいになりがちな私は、よくそういった失敗をする。それが、他の令嬢方と馴染めない理由でもあるのだけれど、それは忘れたい過去なので割愛する。


 そんな突然の異世界展開は、怒涛の日々の始まりでもあった。


 
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