17 / 42
17.気まずいお茶会、かと思いきや②
私は、初めて知った、王太子妃殿下の一面を微笑ましく思っていた。
彼女の方が私よりも少し年上だったはずだけど、私は前世の三十路女性の感覚も持ってしまっているから、彼女の様子がツンデレなだけのような気がして、つい可愛らしく感じてしまう。
もしかしたら、この人は言葉や文化の壁にぶち当たって苦しんでいるだけなのではないか、という気すらしてくる。
ほとんど話したこともない私から嫌われていると思い込んでいたということは、これまでにもそう思う出来事に遭遇しているのだろう。
でも、私が聞いた王太子妃殿下の噂は、妃殿下は気難しい方で、こちらに打ち解けない、といった内容がほとんどだった気がする。
「私、王太子殿下にも嫌われているし、この国の侍女たちからも、お会いした方たちからも、好かれていないの」
私はさてどうしたものかと思ったけれど、思い切って本音を言ってみることにした。粗相があっても、旦那様に何とかしていただこう。
「恐れながら、申し上げます。皆、妃殿下に遠慮されているだけではないでしょうか。妃殿下は先ほどから何度か私にお声をかけて下さっていますが、不快感を覚えていらっしゃるのではないかと思う表現をお使いでした。今のお話を聞いておりますと、言葉の使い方を間違えていらっしゃるのではないかと思ったのですが」
妃殿下は愕然としている。やはり言葉の微妙な意味合いの区別がついていなかったようだ。
「私はずっと皆に不機嫌だと思われていたのね?」
「いつもかは分かりませんが、おそらく、たまには」
「殿下も同じようにお思いね……。公爵夫人。どうしたら殿下と仲良くなれるとお思い?」
旦那様に言われていたように、これが今日の本題のはずだ。
本当は自分たちもただのセフレ夫婦で、想い合っているわけではないから難問ではある。
でも人のことはよく分かるものだから言いようはある。
「私は、お話すらしたことのない方との結婚に戸惑っておりました。ですが、仕事ばかりしている夫が気にかかって、迷惑がられながらも執務室に押しかけ続けました。休憩をとっていただくために。そうしたら自然と打ち解けておりましたが、妃殿下はどのように殿下に話しかけておいでですか」
「まあ。公爵夫人はお優しいこと。私は自分からお話ししたことはないわ」
彼女の言葉は嫌味に聞こえるけれど、次に続いた言葉から、そうではないと確信する。
「私は優しさも面白みも愛想もない女ですから、殿下はきっと側妃をお迎えになるのではないかと思うの。私を避けておられるようですし」
今までは眉を寄せている彼女の表情が怒っているように見えていたけれど、私はこの会話を通して、その顔が途方に暮れている時に見せるものなのではないかと思うようになった。
「先ほどの『お優しいこと』という表現も、嫌味に聞こえました」
私は後輩か何かのように思えてきてしまった彼女に、もう恐れは抱かなくなっていた。だからあえてはっきりと言う。
彼女は口を押えて驚いている。可愛そうな気もするけれど、今のうちに教えてあげるのが親切というものだろう。
「私、勉強して嫁いでまいりましたけど、こちらに来てからは国から連れてきた侍女たちとしかちゃんと話してこなかったの。言葉の使い方を間違えていたのね」
「妃殿下がお上手にお話になるので、皆その真意に気づけなかったのでしょう。この国出身の侍女たちに事情をお話になって、言葉遣いが気になったらその都度指摘してもらうといいかもしれません。勇気がおいりのことと思いますが」
彼女は左右の手を胸の前で組んだ。そして、その美貌を幼い女の子のようにゆがめて、コクコクと可愛らしい様子で何度もうなずいている。
「教えてくださって感謝するわ。あの、これが失礼でなかったら、私のことはメレディスと呼んで欲しいの」
「光栄でございます。では、私のこともミレニアとお呼びくださいませ」
私が出来るだけ優雅に見えるようにお辞儀をして顔を上げた時、彼女は微笑んでいた。
美しい女性の笑顔の破壊力もすごい。その顔を殿下に向けられる日が来たら、きっと誤解は解けるだろう。
もちろん、妃殿下、ではなかった、メレディス様は王太子殿下を嫌っているどころか仲よくなりたがっていると、旦那様にはきっちり報告するつもりだ。
事情を知れば、王太子殿下も何か行動を起こしてくれるかもしれない。
私が今日の役割は果たしたと満足のため息を心の中でついた時、立ち上がったメレディス様におずおずと手を取られた。
私が首をかしげると、彼女は少し目を輝かせているように見えた。
「こちらにいらして。ミレニア」
侍女たちを引き連れながら、メレディス様に手を引かれて王宮内を歩く。
私たちを見た侍従や侍女はさっと壁際によけつつ、意外そうな顔でこちらを見てくる。
それはそうだろう。皆、妃殿下が誰かと打ち解けた様子なんて見たことがなかっただろうから。
庇のある外廊下を渡って移動すると、やや殺風景で飾り気のない建物がいくつかある場所にたどり着いた。
騎士団の鍛錬場だと彼女が言う。土地の高低差のせいか、私たちが着いたのは二階部分の天井のあるバルコニーのような場所だった。
そして、人目を避けるためだろうが、やや奥まった、天井の下に出来た影の中に私たちは身をひそめている。
毎日酷使されている私の腰では、ここまで歩くのはつらかった。やせ我慢をしたので、出来たら早めに座りたい。
そんなことを考えていたら、金属音が聞こえてきた。
メレディス様に指し示す方向に視線を向けると、そこではなんと、王太子殿下と旦那様が剣を打ち合わせていた。
真剣な顔で汗を散らしている旦那様は文句なしにかっこいい。
こうしてあの体力が培われるのかと思って、少しげんなりしてしまったけれど。
メレディス様は弾む声で言った。
「ほとんど毎日、殿下がお仕事に飽きると、ああして公爵を連れ出すの」
笑顔の殿下と無表情な旦那様は対照的だ。
「あんな笑顔、殿下は私の前では見せて下さったことがないわ。それで以前言ってしまったの。『好きでもない相手には笑えませんわよね』と」
私は、それはだいぶまずいのではないだろうかと思った。
彼女が殿下に笑いかけないのは、まるでご自分が殿下を好きではないからだと言っているようにも聞こえてしまう。
私がそう言うと、メレディス様は私の手を離して、また胸の前で両手の指を組み合わせる。
「ええ……。きっとそうだろうと思ったの……さっきあなたに教えてもらった時に」
彼女の瞳がうっすらと潤む。やはりこの人は殿下がお好きなのだ。
「メレディス様。私でよろしければ、お話をお聞きするくらいは出来ます」
私は彼女に同情してしまった。前世で恋愛経験がほとんどなかった自分を思い出してしまったのだ。
とにかく意識をした相手には素直になれなかった。
彼女は部屋に戻ると人払いをして、ぽつりぽつりと話し出した。
殿下はいつもお忙しくて、不満ばかりを感じてしまう自分が嫌になっているらしい。
子どもは可愛いけれど、慣れない土地での子育てに不安もある。
「もっとたくさんお話をしたいの。でも、お忙しい殿下にいつ声を掛けたらいいのか分からなくて」
そういう彼女に私は、侍従や侍女たちに二人になる機会を増やすように調整してもらったらどうかと提案した。私も旦那様溺愛計画を実行に移す前にはメイドたちを味方につけた。
彼女は、国から連れてきた侍女ばかりをそばに置いていて、この王宮の侍女とはほとんど顔を合わさないでいたことを反省しているようだった。
「今私におっしゃった、そのままのお言葉を殿下にお伝えになればよろしいのでは? 不安に思っていると、でも好きなのだと。それを知れば、殿下も歩み寄ってくださるかもしれません」
「あなたもそうなさったのね」
「ええ。たくさん」
たくさん愛している振りをした。そのせいで、まるで本当に恋をしてしまったような気さえするほどだ。
ただの友達だと思い込もうとしても、体を繋げてしまうと全く意識をしない訳にはいかないらしい。
(私は何がしたかったのだったかしら……)
私は、愛され妻や淑女の演技から解放された帰りの馬車の中で、なぜかむなしい気持ちになっていた。
あなたにおすすめの小説
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?
こころ ゆい
恋愛
※最終話に、3/11加筆した分をアップしました。
※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱
※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦
ジャスミン・リーフェント。二十歳。
歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、
分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。
モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。
そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。
それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。
「....婚約破棄、お受けいたします」
そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。
これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
王妃候補に選ばれましたが、全く興味の無い私は野次馬に徹しようと思います
真理亜
恋愛
ここセントール王国には一風変わった習慣がある。
それは王太子の婚約者、ひいては未来の王妃となるべく女性を決める際、何人かの選ばれし令嬢達を一同に集めて合宿のようなものを行い、合宿中の振る舞いや人間関係に対する対応などを見極めて判断を下すというものである。
要は選考試験のようなものだが、かといってこれといった課題を出されるという訳では無い。あくまでも令嬢達の普段の行動を観察し、記録し、判定を下すというシステムになっている。
そんな選ばれた令嬢達が集まる中、一人だけ場違いな令嬢が居た。彼女は他の候補者達の観察に徹しているのだ。どうしてそんなことをしているのかと尋ねられたその令嬢は、
「お構い無く。私は王妃の座なんか微塵も興味有りませんので。ここには野次馬として来ました」
と言い放ったのだった。
少し長くなって来たので短編から長編に変更しました。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい
廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!
レジーナブックス様から書籍が4月下旬に発売されます!
王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。
『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。
ならばと、シャルロットは別居を始める。
『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。
夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。
それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。