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25.悲恋は好きではありませんので!★
今、一番人気だというお芝居は悲劇的な内容だった。
悪魔に囚われた姫君を剣士が助けようとするけれど、何度も打ち倒されてしまう。
私は旦那様に言い忘れていた。悲恋は好きではないのだと。
(楽しい方がいいもの。人生も、きっと、恋だとか愛だとかいうものも)
私はお芝居の筋だけは追いながらも、旦那様を見てばかりいた。
旦那様も舞台を見ていない。見ているのは、きっとあの人だ。
舞台上では、ついに剣士は悪魔に打ち倒されて死んでしまった。
私は、主演女優の哀しげな歌声を聞きながら、そんな旦那様を見ているのが辛くなってしまった。そして、声を掛けずにはいられなくなった。
「羨ましいわ。そんな風に人を愛せるなんて、素敵なことではないですか」
私が周囲に聞こえないように少し顔を近づけて言うと、旦那様はうつむいてその大きな両手で顔を覆った。
「ずっと隠していたんだ。姉上への気持ちは」
「結婚も出来た間柄でしたけれど、認められるわけはありませんものね」
旦那様の結婚は政略結婚と決まっていただろう。
それに、もし旦那様がそれを望んで、亡くなった前公爵が許したとしても、エリザベス様が受け入れたとも思えない。
彼女は義理の弟を恋愛対象として見ていなかったはずだ。彼女は幼馴染を愛し続けていたのだから。
旦那様だって、彼女に婚約すると決まっている相手がいることくらいは聞いていただろう。
不毛な恋と分かっていても、その気持ちを捨てられなかったのかと思うと、こちらが悲しくなってくる。
舞台の上ではクライマックスを迎えているようだった。
愛する人を失った姫君が、自分を捕えている悪魔を道連れに塔の上から身を投げると同時に、これまでで一番大きな効果音が鳴り響き、曲の演奏が始まった。
私は、沈んだ表情ながら、ようやく舞台を見た旦那様の手を取った。悲劇に影響されたのか、私は旦那様を慰めたくなってしまったのだ。
「つらかったのに、あんなことを言ってごめんなさい。エリザベス様はとても綺麗な方だから、そんな方をじっと見ていたあなたの様子が面白くなかったんです。私たちはお友達ですから、きちんと話をお聞きするべきだったわ」
旦那様は私の手を握り返した。久しぶりに目が合って、その悲しみを宿した彼の瞳に吸い込まれそうになる。
「意識はしていなかったが、妻以外の女性を見つめていたのなら気分を害して当然だ。そなたが謝る必要はない。……もう、怒っていないのか?」
「はい。まったく」
私はきちんと「愛され妻」の顔で笑った。彼も小さく笑い返してくれた。
「こんなことを相談できる相手は今までいなかった。そなたのような友人がいてよかった」
私はその言葉に胸が痛んだ。友人と言われただけなのに。自分からそうなろうと提案したのに。
いつの間にか、それだけでは物足りなくなってしまっていた。
でも、悲恋は好きではないのだから、悲しんだりはしない。
片想いでも楽しい結婚生活は送れるはずだ。
私と旦那様は手を取り合って、混み合う前にと、案内されるままに劇場を後にした。
◆
帰宅すると、二人で夫婦の寝室に向かった。
周囲は驚いた後に、慌てて動き出す。今日も別の部屋で休むと思っていたのだろう。
私たちは寝室に入ると、扉をしっかりと閉めた。
今頃、浴室には別の扉から湯が運び込まれているはずだ。
「今まで、誰かにお義姉様への想いを打ち明けたことは……?」
「ない。そして、この気持ちは一生一人で抱えていこうと決めていた。きっともう、これほど人を愛することはないと思ったから」
「そうでしたか」
旦那様は真摯だ。お飾りの妻に、嘘でも愛しているなんて言わなかった。それは彼なりの優しさだったのだろう。
私は彼をベッドに座らせて、慰めるようにキスをした。彼はそれを受け入れ、私の腰を引き寄せる。
お互いに服を脱がせあって、彼の上にまたがって体を繋ぐ。私は彼を慰めたかったし、彼はすがる相手を求めているような気がした。
余計なおしゃべりもしなければ、からかい合いもしない。そんなことは初めてだった。
腰掛けた旦那様は私を支えながら、中を優しく突き上げてくる。
「ん、あぁっ、もう、お好きにして大丈夫です……から、んっ」
「このまま果てたい。いいだろうか」
旦那様はそのままの体勢で器用に私の中をかき混ぜる。思わず喘ぎながら首を縦に振っていた。
彼の動きが激しくなると同時に、唇を塞がれる。
「ん、ふっ、ぁん、んっ!」
キスをやめてくれないので、思うように声が出せなくて、それが快楽を増幅させる。苦しいのに気持ちがいい。
「ぁんんっっ!!」
「……っ!」
二人で一緒に達して、キスをする。舌を絡めながら息を整えようとするけれど、当然うまくいかない。
私が楽しくなってしまって微笑むと、旦那様も目元を緩めた。
いつもの真面目な顔は美しいけれど、優しく微笑んでいる表情には心臓がギュッと握られたようになる。
私たちは体を離して寝転んだ。私の髪の毛はとても綺麗に結ってもらっていたけれど、もう崩れてしまっているのだろう。
旦那様が私の飛び出た前髪を顔の上からどかしてくれた。
「可愛らしいですね、旦那様は」
「……それは、年上の男に言うことだろうか」
「年齢は関係ないと思いますけど」
私は旦那様の髪を束ねていた紐をほどき、その頭を撫でた。
そして抱きしめずにはいられなかった。この、ずっと叶わない気持ちを胸に秘めていた、可愛くて美しい人を。
頭を引き寄せると、旦那様は私の胸に頭をつけて大人しくしている。私はついついその手入れの行き届いた髪を撫でてしまう。
それだけで満ち足りた気分になるのだから、これ以上望むものがあるだろうか。
また元に戻ればいいのだ。
私は旦那様に恋をしてしまっているけれど、それが叶わなくても一緒にはいられる。
こうして一緒に眠ってもらえる。
(私はいつの間にか、とても欲張りになっていたのね)
少し窮屈な第二の生を、もう少しだけ楽しく生きたいと思っただけだった。旦那様に嫌われても構わないとさえ思っていた。
少し胸は痛むけれど、仕方がない。片想いなんて前世でも慣れていた。それ以前に、両想いの経験がない。
私がそれを思い出して、自分の間抜けさを笑っていると、旦那様が胸元で身じろぎをしてこちらを見上げてきていた。
「また笑っている。いつも通りに戻ったな」
「はい。もう大丈夫ですよ」
「そうか……」
「旦那様も大丈夫ですからね。誰を愛していても、それはあなたの一部なので、そのままでいいんです」
「……ああ」
私がそのまま旦那様の髪を撫でていると、彼が「これからは旦那様、ではなくてクライドと呼んで欲しい」と言う。
友情の証というやつだろうか。
「では、そうさせていただきます。クライド様」
「ミレニア、もっと撫でてくれ」
「はい、分かりました」
私はまた胸元に頭をつけた可愛いらしいクライドの髪を撫でながら、そのままの格好で寝てしまった。
翌朝、訳知り顔のメイドたちに囲まれながら、ユリヤに「だらしがないですよ」とお小言を言われた。
疲れていたのだから仕方がないなどと、ほんの少しも見逃してくれないのが有能なメイドなのは分かる。私のお肌を美しく保つのに、彼女たちは責任を持っている。
もちろん、私もお化粧を落とさずに寝たのをとっても後悔した。鏡に映ったその顔は想像以上にひどい有り様だったから……。
私はその悲惨な顔のお手入れに、その日の半分以上を費やす羽目になったのだった。
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