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26.可愛い旦那様
「もう! いつの間に最後の一枚を食べたのですか!」
「そなたも食べていたではないか」
「でも食べる速さが違います! クライド様の方がずっと多く食べていらしたわ」
私たちが言い争いをしていると、新しい皿に盛られたビスケットが目の前に現れた。家令がそっと置いてくれたのだ。
「ほら、まだあったらしいぞ。先に食べるといい。だが、お菓子を食べ過ぎてしまったと毎日言っているのだから、ほどほどにな、ミレニア」
「うう……」
私はうめきながらも、薄焼きの、上に砂糖がまぶされた、そのビスケットに手を伸ばす。
調理場では、私が持ち込んだレシピを参考にしたと言う新しいお菓子も作ってくれる。どれも私の口に合う。だから食べずにはいられないのだ。
彼とのやりとりも、すっかり元に戻った。名前を呼び合うようになったから、むしろ前よりも仲がよくなったと周囲からは見えているだろう。
「あ、今日は私、自分の寝室で休もうと思っておりますので」
「なぜだ」
先日までのろくに話もしなかった期間、私は自分の寝室で休んでいた。そうなると当然疲れるような夜の運動とは無縁になる。
その時の私は、心は重たかったけれど、体は軽くて仕方がなかった。
今日はそんな、疲れとは無縁の夜が私には必要なのだ。
「私、明日は王太子妃殿下とのお茶会なのですけれど!」
前回、お茶会の後に熱を出して妃殿下を心配させてしまった。今回は万全の体調で臨みたい。
クライドもその予定は知っているのだから察して欲しい。
「いつもやめてと言ってもやめて下さらないのですから、始めから違う部屋で休みます!」
「……私は無理強いはしていない。そなたの負担にならないように配慮している。やめてくれと言われて本当にやめようとすると不本意そうな顔をするのは、そなたではないか……」
「なっ……!」
これまでのクライドとのめくるめく夜を思い出して顔に熱が集まる。彼も顎の辺りに手を置いて口元を隠しているが、目元は少し赤くなっている気がする。
(た、確かに、キスだけでその気になってしまうようになってはいるし、本当に無理にされているわけではないけれど……! でも、あんな表情で見られたら……!)
二人でうつむいて無言になっていると、執務机の方から咳払いが聞こえる。家令が無表情で、書類を動かしている。
すっかり忘れていた。
今は旦那様のお仕事時間で、私は休憩をとっていただこうとお菓子を持って来て、一緒にお茶を飲んでいたのだった。
メイドも控えているのを思い出して扉の方を見ると、すっと立ったままの彼女は無表情で壁の一点を見つめている。
恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい。いや、埋まりたい。
私が心の中で頭を抱えていると、クライドが沈黙を破った。
「分かった……。誓って指一本触れないから、夫婦の寝室には来てくれ」
「……はい……っ! そういたしますっ」
これ以上、人前で言い合う気にもならず、とにかくそれだけ言うと私はその場から逃げ出した。
そして、恥を忍んで、自分の部屋ではなくて夫婦の寝室で休むとメイドたちに言う羽目になったのだった。
私がうとうとしかけているところに、クライドがやって来た。何かをされる気配はなく、彼が少し間を開けて寝ころぶのを重いまぶたを開けて見つめる。
「……起こしたか……?」
「いいえ。まだ寝ておりませんでした。眠たいですけど」
「そうか。……おやすみの口づけをしても……?」
私はとっさに身を引いた。彼からキスなんてされたら、きっと最後までしたくなってしまう。
「私からしますから、絶対に動かないでください!」
「……いいのか?」
「え……?」
「いや、してくれ」
彼の目が一瞬驚きに見開かれたような気がしたけれど、すぐにこちら側を向いて微笑みかけてくる。
今日のように何もできない日は、その美しいお顔で優しく微笑むのはやめて欲しい。
私はドキドキしているのを悟られないように、軽く彼の額に口づけた。
唇にしろと言われるかと思ったけれど、彼はなんだか嬉しそうだ。
彼も髪を解いているから、長めのその髪の一房がはらりと目にかかっている。私はそれを後ろにどけながら、そっと彼の頭を撫でた。
その手触りが気持ちよくて、それを何度か繰り返すと、彼が目を閉じて静かになる。眠ってしまったらしい。
(超美形ハイスぺ旦那様をよしよししてしまった気がするわ……! それにしても、これだけで眠ってしまうなんて……!)
私はそのあまりの可愛らしさに悶絶しつつ、その寝顔を瞳に焼きつけてから明かりを吹き消した。
そして、少しだけ彼に近づいてから眠りについたのだった。
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