【完結】愛され妻は演技です 〜愛されない公爵夫人は「旦那様溺愛計画」を実行中〜

針沢ハリー

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30.悪役(風)令嬢からの招待状


 私が不機嫌を隠さずにサロンに入っていくと、そこにはノルベルの不愉快な笑顔があった。
 ノルベルは私の表情に気づいていないのか、無視をしているのか、慇懃に礼をして見せる。

 彼は父の生存中は突然家に押しかけるなどと言う無礼は働かなかった。私を軽視しているのは明らかだ。

「王宮でお話ししようとしたのですが、お早く帰られたとのこと。失礼とは思いましたが、お耳に入れねばならない事柄がございまして」

「…………」

「陛下がついに退位されると決意をされたとか」

「その話か」

 そういう輩がいるから早く王宮を出たのだ。そのくらいは分かれと思ってしまう。
 だが、ノルベルは得意げに話し始めた。

「私にはドラスゴー公爵の派閥からこちらに人を引き込むことが出来ます。もう何年もかけて準備をしてきたのです。この日のために」

「私が王太子殿下が王位についた時に宰相に取り立てられるためにか?」

「左様でございます」

「では、好きにするといい。そなたが、私の元で力を持ちたいのならば」

 私は実績を示せと言った。それ以外に言いようもない。
 だが、ノルベルはこちらに要求があるようで、慌てて話し始めた。

「ですが、そのためには、両家の間にもっと強い繋がりが必要かと」

「何の話だ?」

「いえ、公爵が宰相としてお力を振るわれるためには、派閥や、その他の夫人方とのお付き合いは必須ですが、今の奥方にはその自覚がおありにならないようで」

 ミレニアには確かに変わったところがある。社交も得意ではないらしい。結婚前から分かっていたことだ。そして、それで問題ないと判断した。

 なぜなら、ファルケン公爵家には女主人が社交界で目立とうが家にこもっていようが、立場が変化するような不安定さはない。

 実際、私の母は亡くなっていたので長く女主人がいなかったし、後妻となった義理の母は派手な夜会を好む方だったが、それでこの家の立場の良し悪しが左右されていた記憶はない。


 そして、私の妻を軽んじる発言をしているというのに、目の前の男はそのことに何の危機感も持たないようだ。

 この男は私の結婚相手を決める時にも活発に動き回っていたが、私はノルベル侯爵家と縁を繋ぐつもりは始めからなかった。

「あの時は、仕方ありませんでしたが、今はもっと公爵閣下に相応しい女性をお選びになれますな」

「……妻との婚姻を解消しろと?」

「そこまでは私の口からは……。ですが、より公爵夫人としての自覚を持ち、社交にも長けた令嬢がおられるかもしれません」

 私が反応を返さないと、ノルベルは意味ありげな笑みを残して、「では、そろそろ失礼いたしましょう。よい夜を」と言ってサロンを出て行こうとする。

 しかし、そこにミレニアが優雅な微笑みをたたえてやってきた。いつもの彼女とは違う、年齢に似合わない落ち着きが見える。

「遅くなりました。ノルベル侯爵。お久しぶりです。ご家族の皆様はお元気かしら」

「これはこれは、公爵夫人。わざわざお越しくださるとは……。いや、誰かに預けていこうと思ったのですが、娘から預かったものがございまして。お会い出来てよかった」

 彼はそう言うとミレニアに何かを渡し、私には聞こえない小声で彼女に何事かをささやく。

 そして、ノルベル侯爵は私の方を向いて別れの挨拶をすると、従僕を連れて帰って行った。

「何だ? その封筒は」

「招待状ですわね。お茶会の」

「先ほどは何を言われた?」

「ああ。『身を引かれてはどうか』と言われました」

 私はその言葉に頭に血が上った。あまりにも妻を軽視した発言だからだ。
 まだ彼は馬車には乗っていないだろうからと追いかけようとした。
 しかし、彼女に腕をとられる。

「怒る必要はございませんよ。これは私の仕掛けがうまくいった結果だと思います。まさか今日中に動くとは思いませんでしたけど」

「仕掛け……?」

「はい。ドラスゴー公爵夫人にご協力いただきました。構わないのでしょう?」

「……どこまで知っている?」

「その資料の内容がわかる程度には」

 私はドラスゴー公爵から、妻たち経由でやってきた書簡を懐から取り出して目を通した。
 この内容が理解できるのならば、ミレニアはほとんど全てを知っていると言ってよかった。

 彼女はやはりいつもとは少し違った。いつも以上に楽しそうに笑っている。しかし、その笑顔に無邪気さはない。

「クライド様。あなた様がなさろうとしていることに花を添えたいのですが、私の考えをお聞き下さいますか?」

「……どのような?」

 私はこの件で、ミレニアに何かをさせる気はなかった。
 しかし彼女は「ちょうどよくこの招待状をいただいたので、いいことを思いついてしまいました」と言ってまた微笑みを深くする。

「あなた様はきっと必要なことしかなさらないですよね。ですが、舞台が整いそうです。せっかくですから、活用いたしませんか?」

「詳しく説明して欲しいのだが……」

 私は彼女の話を聞いた。
 彼女の考える通りに事を勧めたとしても特に問題はないが、「せっかくの機会なのにもったいない」だとか、「こんなことはめったにございませんでしょう? どうせなら楽しみましょう?」だとか、そのハシバミ色の瞳を輝かせて言うのに若干の不安を感じる。

 しかし、出来るだけ内々で問題を処理したいと思っていた私にとっても、彼女の考えは悪いものではなかった。

「……やりすぎるなよ?」

「まあ! よろしいんですか!? そうと決まれば、メレディス様にお手紙を書かなければ。内容もただのお茶会のお礼ではありませんから、よくよく考えませんと」

 ミレニアは軽い足取りでサロンから出て行くが、その時によく分からないことを言った。

 「久しぶりの異世界小説っぽい展開だわ!」と。

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