38 / 42
38.断罪のその後
この日、私はクライドと一緒に王太子妃ご夫妻のお屋敷のサロンにいた。
私は最近よくこちらにお邪魔している。
三人掛けのソファが向かい合わせになって置かれている、その片方に私とメレディス様が座り、目の前にはそれぞれの夫が腰掛けていた。
そして、私とメレディス様の間には、一歳になられた小さな王子様が座っていらっしゃる。
お名前はアーサー様とおっしゃって、黒髪に黒い瞳の彼は今はオモチャやぬいぐるみを持ってご機嫌な様子だ。
たまにお母様に寄り掛かったり、何やら話しかけたりしている。
私には彼が何と言っているのかまだよく分からないけれど、その様子は大変可愛らしい。
今では一緒に過ごす時間が多くなっていると言うけれど、私とメレディス様が初めてお茶会をした頃には、王太子ご夫妻はすでに生まれていたアーサー様とほとんど会うことがなかったのだという。
きちんと乳母がいるので、それでも問題はない。王族や貴族は社交に忙しく、子供の世話は人に任せることが多い。
でも、メレディス様は本当は殿下と一緒に子供に関わりたかったらしい。
その気持ちを打ち明けると、殿下はきちんと家族で過ごす時間を取ってくれるようになったそうだ。
目の前の殿下がアーサー王子を見つめる目はとても優しい。きっとたくさん可愛がっているのだろう。
そして、なんと、私とメレディス様のお腹には新しい命が宿っている。生まれてくるのもだいたい同じ時期なので、最近の私たちの話題は子供のことばかりだ。
お互いの妊娠を知った時、私とメレディス様はうれしくて子供の性別について盛り上がっていたけれど、クライドと王太子殿下は何だか気まずそうだった。
なぜかは、ちょっとよく分からない。
そんなこんなで、つわりが治まった頃から私たちはよく一緒に過ごしている。
クライドが時間を取れる日に、彼と一緒に王宮に来て、私が帰る時間になると彼が仕事を抜け出して屋敷まで送ってくれるのだ。
その間、私はメレディス様のお部屋で一緒に編み物や刺繍をすることが多い。メレディス様は編み物も刺繍もお上手だ。
私は当然のごとく全く上達していない。自分の子供のために小物の一つくらいは作ってあげたいと日々奮闘中である。
そんなふうに、私はこのお屋敷にお邪魔しっぱなしだけれども、この日はクライドも王太子殿下もお仕事がないそうで、全員で集まることになった。
実のところ、あの断罪の顛末について話を聞きに来ているようなものだった。
ファルケン公爵家の屋敷内であったとしても、おいそれと話せない内容だからだとクライドは言う。
アーサー王子が眠たそうな様子になってぐずり始め、乳母に連れられて行くと同時に人払いがされた。
そうしてようやく、最近後始末がほぼ全て終わったと言う、ノルベル侯爵ら一党のその後についてクライドが話し始めた。
もともとは亡き先代のファルケン公爵が彼らの悪行に気づき、さらにはドラスゴー公爵の派閥の人間たちもそれに加担していると知り、ドラスゴー公爵と国王陛下にだけそれを打ち明けた。
そして、ノルベル侯爵らと、彼らの悪事に関係する人間達もまとめて捕らえるために動き出したのだと言う。
そのファルケン公爵が亡くなって、それを引き継いだのがクライドであり、同じ時期にこの件の責任者になったのが王太子殿下だったらしい。
断罪された人々がいなくなった穴はすぐに埋められたそうだ。王宮の秩序が乱れないように、何年もかけて準備をしていたのだという。
それには、ファルケン公爵家やドラスゴー公爵家の、保身の意味もあったのだとクライドは苦笑する。
自らが旗印となっている派閥の人間が罪を犯しているのは明白だった。しかし、その行為に気づかずにいたのは恥であり、彼らを監督しきれなかった責任を問われないように立ち回ったのだそうだ。
私は処刑だとか、そういう残酷な未来もあるのかもしれないと少し心配していたけれど、血生臭いことにはならないらしい。
なるべく家自体は取り潰さず、潔白であると確認された後継者に跡目を継がせるか、娘のいる家には息のかかった信用できる者を婿入りさせて、貴族社会の安定を図ったのだと言う。
ノルベル侯爵家も息子が後を継ぎ、存続を許された。
ちなみに、犯罪を犯した当主などは王宮近くの特別な牢獄に幽閉されている。
「血を流すと恨みを生むからな。それよりも恩を売って、きちんと味方として取り込む方がいい。数十年後のことを考えれば」
そう言った時のクライドは冷たいまでに美しい微笑みを浮かべていて、私は見慣れているはずの夫に惚れ惚れとしてしまう。
(もし彼が宰相になったら、冷徹宰相なんて呼ばれるのかしら。それはとってもいい響きだと思うわ)
私はそうなって欲しいというわけではないけれど、その状況にはうっとりしてしまう。
冷徹宰相の妻なんて、とっても異世界小説っぽい。
気を散らしていた私の耳に、メレディス様の冷静な声が聞こえてきて我に返る。
「殿下。以前ドラスゴー公爵夫人から、ノルベル侯爵令嬢は他国へ嫁がれるかもしれないとお聞きしたのですが」
「ああ。事実上の国外追放だが、国内にいても結婚相手もいない。精霊神殿も一度に多くの人間を受け入れるのには難色を示したから、受け入れ先がある者はそうすることにした」
私はご夫妻の会話を聞きつつ、最後にノルベル侯爵邸で彼女と視線が合った気がした時のことを思い出した。
社交界にデビューしてから、彼女とその取り巻きには意地悪をされた思い出しかないけれど、とはいえ、不幸になったと聞いても楽しくはなさそうだ。
私はアデライン嬢が、とってもとっても遠くで、幸せになってくれることを願った。
やがてその話題は終わりだという空気になって、王太子殿下が人を呼び込む。お茶が入れ直され、目の前のテーブルにはお菓子が並ぶ。
「ミレニア。あなたがお好きなケーキも用意させたわ。召し上がって」
「まあ! ありがとうございます!」
私はオレンジに似た風味の果実が使われたケーキを口に運ぶ。
以前こちらで食べて私が大好きだと言ったのを覚えていてくれたらしい。今日もとても美味しい。
ちなみに、クライドは目の前のお菓子にちらりと視線を投げただけで食べる気配がない。家ならば私よりもたくさん食べるのに。
私は彼が、王太子殿下の前では、甘いものが好きだというのを隠しているのではないかという気がした。
だから、私はメレディス様にケーキのレシピを聞いておいた。家で出したら彼もきっと喜ぶだろうから。
甘いものはほとんど食べないという王太子殿下が足を組み直して、私の方を向く。
クライドと殿下が並んでいるのを見ると、二人は従兄弟なだけあって、とても雰囲気が似ている。
「公爵夫人は初めての出産だな。こいつは涼しい顔をしているが、夫人は不安も多かろう」
王太子殿下はそう言いながらクライドをからかうように見る。クライドの方はどこ吹く風とお茶を飲んでいる。
私は彼がとても心配してくれているのを知っている。王太子殿下も彼がすましているだけだというのを分かっているような気がした。
私は何とも言えずに、誤魔化すように微笑むと話題をそらした。
「お腹の子はクライド様に似るとよいのですが」
「公爵夫人。あなたに似た方がいい。こんな堅苦しい人間はこいつだけで十分だ」
「同感ですね。妻に似た方が愛らしいでしょう」
クライドがそんなことを言うので、なんだかお尻がむずむずする。
そんな私の手が、横から伸びてきたメレディス様の手に握りしめられる。彼女はとてもうれしそうに微笑んでいた。
「ミレニアのおかげよ。殿下とこんなふうに過ごせる日が来るなんて、考えたこともなかったの。あの頃は」
「確かに。直接礼を言っていなかったな。公爵夫人には私も感謝している」
お二人からそんなことを言われて、またしても居心地が悪くなる。この世界で誰かに感謝されるなんて、ほとんどないことだったから。
私は、「お二人が努力されたからでしょう」と言葉を返すと、クライドに視線をやった。
今日、王太子殿下も含めて会うと知ってから、クライドには「緊張するから早めに帰りたい」とお願いしていたのだ。
私の視線に気づいたクライドが暇を告げる。
王太子殿下は鷹揚にうなずいたけれど、いざ私たちが立ち上がると、彼はクライドに向かってやや唐突に言った。
「いつかは宰相になってもらうぞ」
私は先日、彼が王太子殿下に宰相の位にはこだわらないし、子供と過ごしたいから、当分は今よりも位を上げないで欲しいと頼んだのだと聞いた。
王太子殿下はそれ以来、クライドに対してへそを曲げているのだと言う。
「殿下が国王として研鑽を積まれ、私もそれに並び立ってもよい程度に成長していましたら」
「ふんっ」
挑戦的な視線を交わし合っている二人を横目に、私とメレディス様は次に私が遊びに来る時に食べたいお菓子について楽しくおしゃべりをしていたのだった。
あなたにおすすめの小説
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?
こころ ゆい
恋愛
※最終話に、3/11加筆した分をアップしました。
※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱
※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦
ジャスミン・リーフェント。二十歳。
歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、
分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。
モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。
そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。
それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。
「....婚約破棄、お受けいたします」
そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。
これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
王妃候補に選ばれましたが、全く興味の無い私は野次馬に徹しようと思います
真理亜
恋愛
ここセントール王国には一風変わった習慣がある。
それは王太子の婚約者、ひいては未来の王妃となるべく女性を決める際、何人かの選ばれし令嬢達を一同に集めて合宿のようなものを行い、合宿中の振る舞いや人間関係に対する対応などを見極めて判断を下すというものである。
要は選考試験のようなものだが、かといってこれといった課題を出されるという訳では無い。あくまでも令嬢達の普段の行動を観察し、記録し、判定を下すというシステムになっている。
そんな選ばれた令嬢達が集まる中、一人だけ場違いな令嬢が居た。彼女は他の候補者達の観察に徹しているのだ。どうしてそんなことをしているのかと尋ねられたその令嬢は、
「お構い無く。私は王妃の座なんか微塵も興味有りませんので。ここには野次馬として来ました」
と言い放ったのだった。
少し長くなって来たので短編から長編に変更しました。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい
廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!
レジーナブックス様から書籍が4月下旬に発売されます!
王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。
『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。
ならばと、シャルロットは別居を始める。
『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。
夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。
それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。